第十七話 生還
「ひっ!?」
マリアンが目を開けると、目の前に見知らぬ木の天井が広がっていた。かいた汗で全身ぐっしょりべた付いていて、口の中が異様にねばねばしている。更に普段まとめているはずの髪が解かれ、顔の周りにまとわりつていた。額にも何か巻かれている、恐らく包帯だ。
「どこだ、ここ…。うっ!?」
マリアンが鉛のように重たい体を無理やり起こすと、すぐに上半身に激痛が走った。体のあちこちが悲鳴を上げている。すぐにまたベットに体を沈ませると、視界の端で何かが動く。
「気づいたか」
石造りの壁を背景に、それに寄りかかった見覚えのある茶髪の神父が安堵したような表情でマリアンへ視線を向けている。
「ウォルフ…。ここは…」
「王都の教会だ。一室を用意してもらった」
ベッドに近づいてくるウォルフを目で追いながら、マリアンが安堵してゆっくり息を吐く。ひとまず、助かったのは良かったが、気を失った後何が起こったのかわからない。
「何があったんだ…?」
「お前が無茶をしに行った後、俺とエマが森を飛び出したら運よく王都のパトロール隊と出くわしてな。すぐ一緒に助けに戻ったんだ」
「そう、だったのか…」
視線を再び天井に戻しぼんやりとした顔で説明を聞くマリアンを見て、ウォルフが腰に両手を当てて安心したような笑み見せる。
「とりあえず、目覚めてよかった。一時はどうなるかと思ったが…」
ウォルフの話を聞きながら、マリアンが相変わらず天井を見つめ続ける。紙一重というところで自分は生き延びられたという事実、いざ相対してもいまいちピンと来ない。
「う~ん…」
突然マリアンのすぐ脇で声がした。そちらに視線を送ると、見覚えのある金色の髪がもぞもぞ動き始めている。更に枕元にタオルがかかった小さい桶があることにも気づいた。
「っと、人を呼んでくる。ごゆっくり」
「えっ、ちょっと…。イテテ…」
続いてウォルフが笑顔でウィンクすると、足早に廊下へ繋がっているドアへ向かっていく。マリアンが静かに閉められるドアをみて困惑し慌てて上半身を起こそうとしたが、また痛みに阻まれる。
「…あっ、気が付いたんだ!!」
「ちょっと…。いっ!!」
見覚えのある金髪に赤い瞳、聞き覚えのある声。ベットの隣で蹲って居眠りしていたエマが目覚めたマリアンに気づき大声を上げて抱き着く。驚きがすぐに痛みに上書きされ、マリアンが身もだえる。
「痛い、痛いって…」
「あっ、ごめん!」
痛みに思わず手足をバタつかせ弱々しくもがくマリアンに気づいたエマが慌てて飛びのく。
「び、びっくりした…」
「びっくりしたじゃないわよ!!」
痛みから解放されて胸を撫でおろすマリアンにエマが被せ気味に言葉を吐き出す。
「一人で盗賊の足止めなんかして返り討ちに遭うなんで馬鹿じゃないの! 私とウォルフが巡回部隊に出会わなかったらあなた死んでたのよ!!」
両手でシーツをギュッと掴み、エマが声を荒げる。怒りと悲しみが混じった顔に溢れんばかりの涙を湛えて。
「挙句に何日も寝込んで、魘されて…。みんなどれだけ心配したか…」
エマが声のトーンを下げながら顔を伏せる。肩を震わせシーツを掴んでいる両手に、大粒の涙が何個も落ちていく。静かに話を聞いていたマリアンが、おもむろに口を開く。
「…ケガは大丈夫?」
その言葉にエマが泣きはらしている顔を上げた。よく見れば彼女の目元にはっきりとクマできている。
「私は大丈夫、あなたに比べたら大したことない」
マリアンとの視線の高さを合わせるように床に座り込むエマ、視線を絡ませつつどんどんお互いの顔の距離が近づいていく。
「もしかしてずっと僕の看病を…?」
「当たり前でしょ! 命の恩人をほったらかしなんてできるわけないじゃない!!」
「でも、魔術学校の入学手続きは…?」
「大丈夫、他人の心配より自分の心配をして」
エマの気遣いにマリアンが笑みを見せると、何とか手を伸ばしてエマの手に自らの手を重ねる。
「ありがとう、エマ。おかげで助かったよ。なんてお礼をしていいか…」
そこまで言ったところで、マリアンが恥ずかしそうに視線を反らす。その瞬間、エマが意を決したように距離を詰め、マリアンとエマの顔が重なった。
マリアンは突然の事に何が起きているのかわからずされるがままになり、唇に伝わる暖かくやわらかい感触だけが、強烈に脳裏に焼き付く。それを数秒間感じた後、頬が赤くなったエマの顔が離れると、ぽかんとしていたマリアンの顔がどんどん赤くなっていく。
「何、いまの…。なに…」
真っ赤な顔でそのまま再び天井を見つめ、うわごとを呟きだしたマリアンを見たエマの顔が青くなった。
「マリアン!? マリアン!!」
エマは大慌てでマリアンの体を揺することしかできなかった。