第十四話 更ける夜
片付けもそこそこに、乾いたキャソックを身に着けたマリアンが洞窟の入口に向かっていた。視線の先には一足先に見張りに立ったウォルフの後ろ姿があり、彼もまた自らのキャソックを身に着けている。
「片付け済ませてきた」
「エマは?」
「ぐっすり」
「なら良かった」
心なしか声量を抑えながら、入り口の淵に立つ二人。外は焚き木で温められた洞窟内との寒暖差を感じられる程度にはひんやりとしており、夕食前の雨が嘘のように空には雲一つなく、代わりに大きな月が周囲の草木を照らしている。ヤンクロットの夜は歓楽街もあり喧騒を放っているのだが、ここには逆に静寂が支配しているをいやというほど感じさせられる。マリアンの耳に焚き木が爆ぜる音がこびりついているのを気づかせるくらいには。そして、暗い木々と空に浮かぶ月の組み合わせもマリアンに新鮮な感覚をもたらした。
「静かだけど、なんか新鮮な感じ…」
「神秘的ってやつか?」
不意に風が吹き抜け、二人の髪を梳かしていく中、ウォルフが胸の高さまで肘を曲げた右手を左手で揉んでいる。
「どうかしたの?」
「見て見な」
マリアンがウォルフの右手に視線を落とす最中、つかんでいた左手を放すと右手が見てわかるくらいに震えているのが目に入った。
「今頃になって震えてきやがった。やっぱり実戦は違うな」
ウォルフは余裕をたたえた顔をしているが、それは却って虚勢を張っていると周囲に暴露しているようなものだった。その様子にマリアンはかける言葉が見つからない。
「お前はすごいぜ、あいつらに一歩も引かなかった。俺がお前の立場だったら今頃…」
「ウォルフ」
とめどなく溢れてくる後ろ向きな言葉を制するように、マリアンがウォルフの肩へ手を置いた。
「大丈夫、どうにかなるさ」
内心戸惑いながら、マリアンが口を開く。普段なら彼が励まされるところだが、今はまるで立場が逆である。
「そうだな…」
「…ところで、盗賊連中はどう思う?」
どこか諦めが混じった笑みのウォルフの横顔に、マリアンが思わず言い淀む。少し間を開けてどうにか場の空気を変えようと、マリアンが話題をひねり出した。
「さぁね、雨で痕跡は消えてるはずだから見つかりにくくはなってると思うけど」
「もし見つかってたら?」
「ならもう襲われてるだろ」
「確かに」
言葉を交わしながらおもむろに夜空を見上げるウォルフに釣られて、マリアンも顔を上げた。夜空は大小さまざまな星が無数に瞬き、埋め尽くしている。
するとマリアンが「そうだ」とおもむろにオーレッドから預かっていた手紙を取り出すと、ウォルフの顔の横に差し出す。
「預けていい?」
ウォルフが差し出された手紙を一瞥こそしたが、それ以上の反応はない。
「頼むよ」
「…死んだら承知しないからな」
少しの沈黙の後、怒りとも呆れとも取れる顔でウォルフが乱暴に手紙を奪い取る。表情も幾分活気が戻ったように見えた。
「ありがとう。やっぱりこうじゃないとウォルフらしくない」
「全く…。さっさと休め、この分からず屋」
「ああ」
マリアンもどこか諦めの雰囲気を纏った笑みをウォルフに向け、ウォルフもマリアンへ細めた目で視線を送りながらしっしと指を動かす。それに従うように、マリアンはおもむろに洞窟の中へ戻っていった。