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第十二話 逃避行

 結局、マリアンが背負っていた背負子はほぼ丸ごと、巧妙に隠匿していったん放棄されることになった。持ち主が追加で持っていく事が許されたのは予備の非常食くらいで、残りは普段身に着けている装備品だけだった。


 相変わらず森は鬱蒼としていて道以外の場所は良く見えず、撃退したものの盗賊たちの再襲撃という懸案が三人の足を速める。


「ねぇ…、エマ…」


 先を進むウォルフの背負子を追いかけながら、マリアンが意を決してようやく口を開いたのは出発して暫く経ってからだった。隣を歩くエマが微かに顔を傾ける。


「どうしたの?」


「さっきはありがとう。その、言いそびれちゃって…」


「ああ、どういたしまして」


 エマは今朝とは打って変わって明るい声色でまんざらでもないといった顔をした。予想と違う反応に安堵したマリアンの顔から笑みがこぼれる。


「それで、その…。さっきの魔法は一体? ウォルフは見たことないって言ってたんだけど…」


「ああ、ちょっと高度な回復魔法よ。本来なら魔術師の学業を修めないと使っちゃいけないんだけど、内緒にしてね」


 エマがウィンクして人差し指を自らの口に当てた。その仕草にマリアンがどきりとして目をぱちくりさせる。


「えっ、あ。…そうなの?」


「祖母にみっちり叩き込まれたのよ」


「ってことは、エマのおばあさんは魔術師?」


「まあね、ある意味私の育ての親」


 エマがそこまで言ってフッと笑う。


「だから恩返しも兼ねて、魔術学校を卒業して魔術師になろうって決めてたの」


「そう、なんだ」


 嬉しそうなエマの顔にマリアンも笑顔を浮かべる。ただ心奪われた相手の顔が間近にあるがために雑念を振り払おうとした結果、その笑顔は普段信徒と会話している時の愛想笑いに近いものになってしまっていた。


「…なんか変な顔ね」


 相変わらず柔らかい表情ながら違和感から眉を微かに顰めるエマがそう続けるが、「あっ」と何か思い出したように不意にマリアンから一瞬視線を外す。


「そういえばさっきそのぶら下げてる棒みたいなのが光ってたけど、何?」


「え。これ、ね…」


 表情を曇らせたマリアンが腰にぶら下げている魔払いの杖を触って見せる。


「魔払いの杖っていう、自衛用の杖だよ。詳細は省くけど、これを光らせることができたら神父として一人前ってことになるんだけどさ…」


「…もしかして、今まで光らなかった?」


「ああ」


 説明の最中、明らかに声のトーンが下がるマリアンを見て、エマが言葉を選ぶように口を開く。


「でもさっき光ったんでしょ。いいことなんじゃない?」


「そうだね、ありがとう」


 エマの言葉にマリアンが表情と声色を取り繕う。ある意味最悪の形での覚醒となってしまった事を素直に喜ぶことができない。戦闘中での覚醒が何を意味するのか全く分からないのだ。マリアンが押し黙ってしまったのを、二人の前を行きながら聞き耳を立てていたウォルフも察知して首を回し目線を送る。


「大丈夫?」


「えっ、いや…。あれ?」


 黙ってしまいへ不安そうな表情を向けるエマに、マリアンが俯いていた顔を上げ慌てて言葉を探す。と、不意に周囲が暗くなる。三人が立ち止まってまだ目がくらむ強さの太陽光を手で遮りつつ顔を上げると、分厚い灰色の雲が燦々と周囲を照らしてした太陽を隠し始めているのが見えた。


「…まずいな、こりゃ一雨来るぞ」


「雨具なんて持ってないわよ…」


 慌てて三人が雨を凌げそうな場所を探して周囲を見渡すが、生い茂る木々も手伝ってどんどん周囲が薄暗くなり道以外の箇所が暗闇に埋もれてよく見えない。そんな中、マリアンは道の外れの一か所に目が止まりそのまま食い入るように見つめる。そして何かある、と直感を感じた。


「こっちだ!」


「ちょっと! どこいくのよ!?」


「あーもう…」


 突然走りはじめ結んだ長い髪を靡かせるマリアンの背中をエマとウォルフが追いかける。その間にとうとうぽつぽつと葉に水が当たる音がし始め、その間隔がどんどん短くなっていく。そうやって体に当たる雨の感触を無視するように少し走ると、マリアンの目の前に岩肌に大きく口を開けた洞窟が現れた。躊躇うことなくそのままマリアンが中に飛び込む。


「はぁ、はぁ…」


 乾いた地面で立ち止まり、肩で息をしているマリアンがかがみ込んで両手を膝に乗せる。少しの間とは言え濡れた前髪からしずくが滴り、地面を濡らしていく。その後すぐに二人分の足音が近づいてきた。


「ちょっと、驚かせないでよ…」


「ほんとだよ…」


 マリアンが顔を上げると同じように左手を膝に乗せて杖をついているエマのぼやき声と、その横で肩を竦めながら呆れ声を漏らすウォルフの姿が目に入った。しかし二人ともどこか安堵しているような表情を見せている。


「でもま、ひとまず雨は凌げそうだ」


 ウォルフが振り返って入り口へ目をやると、先ほどよりも葉や地面に打ち付ける雨音が激しくなっている。


「…上着は脱ごう、体が冷えちまう」


 そう言ってまずウォルフが背負子を下ろしてそれなりに濡れているキャソックを脱ぎ始めると、それに釣られるようにマリアンもアーマーのベルトを外しにかかった。するとふと視線に気づき手を止めると、エマが口を尖らせてマリアンを見ている。


「なに…?」


「それ、脱いじゃうんだなって。さっきは嫌がってたのに」


 エマの形容しがたい表情を見て、マリアンが気まずそうに咳払いして顔を背ける。


「二人とも、風邪引くぞ。っと、どこかかける場所は…」


 既にキャソックを脱いで白いシャツ姿になったウォルフが動きを止めている二人を咎めると、すかさずキャソックを乾かすために吊るしておく場所を探し始めるが、洞窟の岩肌はどこも物を引っかけられそうな突起が見当たらない。


「なら、考えがあるわよ」


 そう言ってエマが不敵な笑みを浮かべると洞窟の真ん中へ歩みを進める。マリアンとウォルフが目で追う中、エマが両手で持った杖で地面をついた。そして真剣な顔つきでマリアンを治療した時のように小声で術式を呟きはじめると、杖の先の地面の一点が緑色に光り始める。エマの帽子とローブがはためき、緑の光が洞窟の壁に反射して幻想的な空間を作り出す。そうしている内に光っている地面から植物の芽が生えたかと思えば、それはあっという間に成長して細いながらしなやかさを醸し出す一本の木に成長してしまった。


「すげ…」


 その様子にぽかんとしているウォルフの隣でマリアンもエマに釘付けになっていた。はためくローブが彼女の凛々しさを際立たせている。そうしている内に光が消え、ローブのはためきも収まり洞窟内が元の薄暗さに戻る。


「さ、これならかけられるんじゃない?」


 見とれている二人に振り返ってしたり顔のエマが胸を張る。そんな目の前の光景に、マリアンとウォルフは少しの間固まってしまった。


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