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第一話 一日の始まり

 石造りの床と壁、年期の入った木材の天井の部屋の中、真ん中を開けるように左右にベッドが置かれている。ベッドの頭部側、枕が置いてある方の壁にはそれぞれ一着ずつ聖職者が着用するキャソックと呼ばれる裾が足首まであるような上着が掛けてあり、更にベッドの横にある棚には使いかけなのか少し短くなったろうそくがついた燭台とマッチ箱、その横に白い布が丁寧に畳んであった。すると片方のベッドで膨らんでいる布団がもぞもぞと動き出す。


「ん…、ふあぁ…」


 ベッドからむくりと起き上がった人影はあくび一つすると、白っぽい色の寝間着の袖から伸ばした右手で眠そうな右目の瞼を擦って見せた。額の真ん中で分けた紺色の前髪に肩まで届きそうな横髪、後ろ髪に至っては腰まで届きそうなほどの長さがある。服装との組み合わせも相まって一見すると女性のようにも見えた。


「…起きよう」


 長髪の男性はややぼんやりする頭を起こすようにそう呟いて静かに布団を退かしベッドの脇に腰掛けるような姿勢になると、薄暗い部屋の中慣れた手つきでマッチ箱を手に取って、マッチを一本手に取ると箱の側面に頭薬を擦り付けて火をつけた。すかさず使いかけのろうそくに火をつけると、燭台の周りが一気に明るくなる。長髪の男性がルームメイトが使っているベッドを一瞥すると、寝床の主が彼に背を向けたままのを見て取れた。そしてそのまま壁に視線を移していくと、少し高い位置に掲げられた十字架が目に入る。


「主よ、おはようございます」


 長髪の男性がベッドから降り、国教であるコルマール正教会のシンボルである十字架に向き直って両手を組み一礼する。数秒間祈りをささげるように首を垂れていた男性が頭を上げ、改めて静かに身なりを整え始めた。まず長い髪を後頭部のやや高い位置で縛り、次に寝間着を脱いで白いシャツに袖を通すとキャソックと同じ紺色のズボンを履き、ひざ下まであるブーツを履くとしっかり足に合わせるように調整した。


「…おはよう、マリアン」


「ウォルフ!? ごめん、てっきりまだ寝てるかと…」


 長髪の男性こと、マリアンがベッドを整えているタイミングで背中から声がした。驚いたマリアンが首を向けると、寝ぐせがばっちりついた金髪の短髪のルームメイト、ウォルフが寝間着姿で体を起こしていた。彼もまたその茶色い瞳をたたえた目はしっかり寝ぼけ眼だ。


「誰かさんのせいですっかり朝型になっちまったよ…、今日も朝練か」


「ああ」


 「精が出るねぇ」というウォルフの言葉を背中に受けながら、視線を戻しててきぱきとベッドを整えていくマリアン。ウォルフはマリアンの先輩でコルマール正教会の聖職者で、所謂階級もマリアンの一つ上の『司祭』になる。一方で少し歳の離れた『友人』でもあり、気心もしれた仲でもあった。対するマリアンの階級は『助祭』で、いわば駆け出しの聖職者の扱いである。二人とも世間的には神父と呼ばれる立場だったが、いくら友人とは言えマリアンも先輩の安眠を妨げるのは良い気分はしなかった。


「じゃ、行ってくる。ろうそくはそのままにしておくから…」


「おう、張り切りすぎるなよ」


 ベッドを整え、キャソックに袖を通しながら申し訳なさそうにウォルフに視線を送るマリアンの背中へ、柔らかい表情でフランクながら気遣う言葉を投げかけるウォルフ。そうやってマリアンが廊下へ続くドアの向こうに消えていくと同時に、ウォルフが一息つきながら後輩のベッド周りに目をやると白い布が視界に入った。


「―あいつ、ストラ忘れて行ってるじゃん」


 ストラは神父が業務の際に使用する首から掛ける帯のことで、業務中は原則階級に即したストラを身に付けていなければならない。そして忘れていった持ち主も当然、今日も業務が割り当てられている。


「相変わらず、しっかりしてるのか抜けてるのか良くわからん」


 自らの指で今月幾度目かの忘れ物の回数を数えつつ、二度寝の機会を逃したウォルフが思わず不機嫌な表情になったのは言うまでもなかった。



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