消えない罪、ここに眠る
流れる汗を拭いながら二人は柳の元へ向かうため署長室をノックする。「入れ。」という声が聞こえ、そっと扉を開く。
「訓練ご苦労だった、二人とも。どうだ?少しは撃てるようになったか?」
「は、はい。まだまだみなさんの足元にも及びませんが…」
「何を言うんだ。まだ一日目だろう。君は少し自分に厳しすぎるな。そこもあいつに……」
やはり柳の頭にはいつも玲の父がいた。玲を見る度にその思いは重く募っていく。真面目な顔、自分に厳しい性格、全てがそっくりだった。しばらく考えた柳は躊躇したように口を開く。
「玲。君に話があるんだ。創、君はこれで先に軽くご飯でも食べてきてくれ。」
柳は財布からお札を抜き、創に渡す。嬉しそうに立ち去っていく創を見つめながら柳は深く落ち込んだ瞳を玲に移す。やがて決心したように椅子から立ち上がり深く頭を下げた柳、その様子を見た玲は大きく動揺する。目の前に映る状況が把握できずに戸惑うばかりだ。
「……すまない。玲。君に言いたいことがあるんだ。」
いつもと違う柳の様子に身構えそっと頷く。玲は何を言われるんだろう…と緊張がとめどなく溢れ出す。
「君の父親。成瀬 純くんのことだ。成瀬くんの日記帳を見た君はきっと勘づいていたと思う。事故として片付けられていたがそれは違っていると言うことを…」
「…ということはやっぱり…バグが父さんを…?」
「ああ、そうだ…いや、そうだと言ったら私が犯した罪を否定していることになるだろうな。」
その言葉に目を見開く。玲は拳を固く握り締め、小さな声で呟いた。
「…署長が犯した…罪…ですか?それは一体どういう…」
「確かに君の父親はバグによって殺されてしまった。しかしバグだけの仕業じゃないということだ…その、つまり…私が殺したと言っても過言ではないだろう。」
玲の目が激しく揺れる。署長が殺した?この状況でくだらない冗談だろうか。しかしそんな冗談を言うように見えない柳に玲は途切れ途切れの言葉を放つ。
「それは…意味がわからないのですが…柳署長が…」
「もちろんわざとじゃないんだ…言い訳に聞こえるだろう。私もこんな自分が憎くて仕方がない。あの日…私は重症を負ってしまった。しばらく動けなかった私の目の前にバグがトドメを刺しに私に向かってきた。そんな私を見兼ねた成瀬くんは当たり前のように私の前に飛び出して身代わりになってしまったんだ。目の前で何度も何度も痛めつけられている成瀬くんを私は…ただ見ていることしか出来なかった。私が未熟だったせいで起こったことだがあの頃は私も若かった。突然の恐怖心に勝てなかったんだ…」
苦しそうに話す柳は頭を抱えながら声を震わせる。
「犯した罪は消えることない呪縛だ。時間が経つ事にそれはどんどん濃くなっていく。これは私が招いた種だ…。今成瀬くんが生きていたらどんなに良かっただろうか。なぜ私が生きているんだろうか。親友を失った心の傷はとてつもなく深い。しかし父親を失ってしまった君は私以上に私を憎むだろう。それでいいんだ。そうしてくれないと私は……」
呆然としている玲の目を深く見つめながらさらに深く頭を下げる。そんな柳を見ても玲はただぼんやりと突っ立っているだけだ。
「私もどうしたらいいかわからないんだ。君の父親を見捨てた私はバグより残酷な生き物だろう。わかっている…君の憎むべき対象は…私に変わったか…?」
玲はショックで黙り込んだまま、心ここにあらず といった様子だ。無理もないだろう。突然の告白だったのだから。決してわざとではない。それは玲も十分に理解していた。だがやはり、怒りと憎しみが勝ってしまう。人間とはそういうものだろう。
重く哀しい雰囲気が二人を嘲笑うように流れていく。そんな空間。いたたまれない時間。
玲の冷たく悲しい声がハッキリと響く。
" 僕は署長を……許しません "