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最後か最期か。

ゆっくりと玄関のドアを開けると嗅ぎ慣れた家の匂いが鼻をくすぐる。玲は噛み締めるようにその場に留まり、しばらくすると靴を脱ぎ捨てリビングへと足を運ぶ。見慣れた空間に静寂が流れている、やけに心地いい。


「あれ、兄貴。帰ってきたの?」


背後から忍び寄る影、ぎゅっと玲を抱きしめながら安心した顔を浮かべる。彼は玲の弟のゆらぎだ。年はひとつしか変わらないが玲を敬い、隠すことなく愛情を伝える。


「もう…離してよ。暑苦しいな。」


サッとゆらぎの腕から抜け服を整える玲だが目には濃い喜びが浮かんでいた。たった一人の兄弟であるゆらぎを見る玲の瞳は優しさに包まれている。

ゆらぎは再び玲にしがみつき、離れずにそっとつぶやいた。


「つれないな…兄貴は…。明日から家にいないんだからいいだろ。最後くらい。」


"最後"その言葉に胸が落ちる。ゆらぎの言う最後と玲が言う最後の意味は違う。玲の最後には深い意味があり、最後ではなく最期かもしれない。家族はそれを知る由もないだろう。底知れない恐怖。玲の顔に悲しみの影がよぎる。


「……たぶん…また帰ってくるよ。永遠に警察署暮らしって訳じゃないから。…半年に1回くらいは帰れるだろうからね。」


ゆらぎは嬉しそうに頷く。本当はそんな日が来るのかもわからない。実際はもっと帰れるだろうが顔を見ると余計に辛くなる。玲は乱暴にゆらぎの頭を撫で、くすぐったそうに笑う姿をしっかりと目に焼きつける。愛おしいとはまさにこの事だろう。


「…そういえば母さんは?」


「寝室にいると思うけど。あ、待って、俺も行く。」


寝室のドアを開ける音に反応し、振り返った母は軽く微笑む。しかし玲の顔を見ると一瞬で真顔になってしまった。ゆっくり立ち上がり玲に近づくと肩に手を置き視線を合わせる。


「玲…まさかあなたも警察官になるなんてね。お父さんがみたらきっと泣いて喜ぶわよ。さすが俺の子だ!ってね」


クスッと笑う母の声には隠しきれない悲しさが滲んでいた。そんな母の手をぎゅっと握りしめ深く目を見つめて口を開く。


「…僕は父さんの代わりにはなれないけど…父さんと同じくらい家族が好きだよ。母さんもゆらぎも、僕にとってこの上ない宝物だから父さんみたいに立派になって僕も家族を守る。…父さんの代わりにね。だから僕は警察官になったんだ。」


「…全く。本当にあの人にそっくりね。でもね、玲。約束して。私はもう誰も失いたくないの。玲まで行方不明とかになったら…そんなこと想像もしたくないけど警察官は危険を伴う仕事よ。だから……いえ…あなたならきっと大丈夫よね。」


母の言葉に力強く頷く。そして母は首にかかったネックレスを取ると玲の首に優しく付ける。

このネックレスは父が生きていた頃大事にしていたものだろう。ぎゅっと握りしめ黙祷する。


「…きっとあの人が守ってくれるわ。あなたは一人じゃない。辛くなったら…寂しくなったらいつでも帰ってきなさい。あなたの居場所はここにあるから。」


母は玲を腕に抱き、優しく語りかける。このまま時が止まればいいのに。そう思いながら目を閉じる。

しかし確実に進む時間。秒針の音が大きく響く。

この幸せな瞬間は二度と訪れないのだろうか。不安と悲しみが同時に押し寄せる。


「兄貴、今日の晩御飯俺が作るからちゃんと食えよ。最後に俺の飯が食えるなんて光栄だろ?」


ニヤッと笑うゆらぎはこの重苦しい空間を和ませようと必死に見えた。誰もがこの空気を好まないだろう。玲は母から離れ、ゆらぎに向かって手を伸ばす。


「一緒に作るよ。僕と作れるなんて光栄だね。」


驚きと笑を浮かべながらゆらぎは玲を連れてキッチンに向かう。家族との時間を有意義に過ごした彼の表情は幸せそのものだ。

深夜、眠れない玲は机に向かってペンを持ち何かを真剣に書き始める。静かな部屋は玲の安定した鼓動で満ちていた。しばらくそうしていたが音もなく立ち上がり、再び布団に潜り込む。彼がゆっくりとまぶたを落とすと月明かりが寝ている彼を優しく包み込む。




拝啓


母さん、ゆらぎ。手紙を残すなど柄でもないことをしてみます。たわいもないいつもの日常。こんなにも素晴らしい日。この日常が、この時がずっと続きますように。

愛する家族が永遠とここに存在しますように。

次に会えるその時までどうかお元気で。


敬具

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