勇敢な少年よ
街中の警察署前。玲は深呼吸し、もう一度ネクタイを整える。
新人警察官は玲を入れた2人だけだ。隣に立つ彼をちらっと見つめ、再び前を向く。緊張が漂う空間に重いドアが開く音が響き、おそらく署長であろう人物が演台に立つ。気を引き締め姿勢を正し、玲はサッと敬礼する。静寂した部屋に重く、低い声が響く。
「…お二人方、はじめまして。私は柳 、この警察署の署長です。我々は君たち二人を心から歓迎する。」
軽く拍手をしながら2人を交互に見つめ淡々と話し続ける。しかし柳の瞳には二人以外に他の感情も映し出していた。
「…君たちを我々の仲間に加え、人々の安心と安全、そして街を守るためにパトロールなどをしてもらう。"そこは"普通の警察官と何も変わらないだろう。」
「…そこは…って…どういう意味だ?」
隣の彼の独り言が玲の耳に届く。彼はブツブツ言いながら署長の言葉を注意深く聞いていた。柳はそんな彼を静かに見つめ咳払いをする。この咳払いには「黙って聞いていろ」という意味が込められているようだ。黙り込んだ彼を見ながら満足そうに頷き再び慎重に話し出す。
「しかしこの街には雨の日に…」
「……街にエラーが発生する…そしてその日に現れるバグたちをシャットダウンするために我々は己を犠牲にして戦わなければならない…」
ハッとする玲。咄嗟に出た言葉に深く頭を下げる。
目を見開き、驚いた顔の柳は言葉を途切れ途切れに発する。
「…お前…知っているのか…?なぜ…」
「……父の……日記帳に書いてありました。その反応を見る限り父の書いていたことはやはり本当なんですね…」
「父…?お前、名前はなんだ。」
「…成瀬玲と申します。」
名前を聞いた途端、柳の動きが止まり、まるでなにかに脅えているように目を泳がせる。
「成…瀬…?君、成瀬くんの…息子なのか…?」
玲は返事の代わりに軽く会釈する。そんな柳の動揺を見逃さなかった。
「…彼は非常に優秀な警察官だった…そんな優秀な彼の息子も警察官になるなんて…世の中わからないものだな…」
柳の声には少し寂しさが滲んでいた。
そんな気持ちを振り払おうと頭を振り柳は玲を見る。
「その日記にどんなことが書いてあったかは知らないが…少なくとも街にエラーが起きるということは知っているってことだな。なら話が早い。その通りだ、玲。この街は雨に濡れるとエラーが起きる。そしてバグたちの存在もそうだ。我々はその存在をシャットダウンしなければならない。」
何を言っているのか分からない様子で玲の隣にいた彼が声を上げる
「や、柳署長!一体何の話を……」
彼の声に目を移す柳は深くため息をつきながらこめかみを押さえる。
「黙って聞いてくれ、龍崎 創くん。」
「なっ…!?なぜ俺の名前を署長ってエスパーだったんすか!?」
興奮気味に騒ぎ立てる彼に柳は眉間にしわを寄せながら鋭い口調で言う。
「静かにしろ。エスパーなわけがないだろう。お前の胸についているものはなんだ?」
彼の胸にはでかでかと自分の名前が書いてあるネームプレートがついていた。照れくさそうにしながら玲を見て笑う。そんな二人を突き破る冷たい声、一瞬にして雰囲気が邪悪に包まれる。
「とにかく君たちには街を守るためにバグに立ち向かい、己を消しながら一心不乱でエラー解除に協力してほしい。…しかしバグを甘く見るな。気を抜けば一瞬にして殺されるだろう。しかし私たちは君たちを信じているぞ。特に玲に関してはこの事実を知りながらも警察官に就任した。その勇敢な気持ち、高く評価する。…詳しいことは明日話す。住み込みで警察署にいてもらうからあとで家族にはきちんと会いにいけよ。…脅すようで悪いが最後になるかもしれないからな。」
「えぇ……?全然意味わかんないっすよ…」
困惑する創を横目に立ち去る柳。玲はゆっくり頷く。もう逃げられない。怖くないといえば嘘になる。父もこんな気持ちだったのだろうか。
そんな不安を隠すように深く深呼吸しながら警察署を後にする。向かうべき場所はもちろん家だ。
ーこれが最後にならないと信じてー