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フォカルロス

作者: 藤野葵

 夢を追い続けた1人の女性。


 いつしか、大量のフラッシュを浴びることになり、それらの前で彼女が微笑んだ写真は、今でも伝説と語られる一葉である。


 まさに神の傑作。

 圧倒的な美貌・標準的な身長と細さが恥じない凹凸の豊富さ。

 白という異色の睫毛と真っ直ぐの二重は生まれつきの恵みという。


 彼女がメディアに出る際、必ず着用した古風なレースドレスは、彼女を名を冠してファッション史でも異質なアイコンとなる。

 まるでウェディングのルックと称され、彼女の守り続けた白髪と共に世界から逸脱したような写真が新聞を踊った。

 

 彼女の活躍全てをメディアは追い、出演・容姿の僅かな変化・私生活・恋愛まで全てが毎日の大見出しとなる。

 

 彼女の出身である日本は、海外の新聞で舞う彼女に心配の声をあげた。

 それだけ全てを報道され、いい気になるはずはない、と。

 一時は自宅も花を添えたくらいだ。

 

 自宅を出てすぐにメディアのカメラに投げキッスを贈り、彼女独特の歩き方が魅せる私服のヒールはまたショーウインドウから姿を消す。

 La() poupée(プペ) de() Dieu(ドゥー)とも他称された、上品さとセクシーを兼ね備えた、女性の望む女性。





 しかし、彼女が伝説としての一生を過ごしたフランスのメディアは、彼女自らがそのようなメディア露出を望んだと言う。


 

 これは、後に世界が悲劇した新聞『悪夢のクリスマス』に名を刻んだ、

 女優ルナ・フォカルロスと、彼女を報道し続けた男性記者アンジュの、物語である。

 



 ***


 「アンジュというの?変わった名前ね」


 最初に、彼女はそう言い口元に手を寄せ微笑んだ。

 天使のような微笑み、というよりも明らかに嘲笑うような嫌味を込めた笑みだった。

 アンジュはそんな少女にカメラを向け一枚。


「ルナ・スタイルの由来は?」


 そう問うと、彼女は更におかしなものを見るように笑う。


「勝手に若者がそう呼んでいるだけでしょう?知らないわ」


 

 新聞社に帰った後、アンジュは撮影した写真と共に記事にこう刻んだ。


『いくら掛けて整形しようとも、どんな加工を施そうとも、この表情に辿り着くことは出来ないだろう』


 翌日早朝、この記事には賛同の意見が多く上がった。


 



 ***


 とある撮影現場で、アンジュはまたシャッターを切っていた。


「完成品以外を撮って、楽しいの?」


 撮影現場でメイクを受ける最中の彼女は視線だけをアンジュにずらした。


「前を向いていて」

「あら、失礼?」


 彼女の唇にリップを乗せていたメイク師は、19歳の少女の輝きに、手元の手鏡を無意識に落とし割っていた。



 12月21日

 帰社後、アンジュは伏し目にメイクを受けるフォカルロスの写真と共に言葉を刻む。


『彼女はメイク中ですら神の傑作だ。La () poupée (プペ) de() Dieu(ドゥー)という名に相応しいだろう』


 翌日、美しいオフショットに多くの称賛が寄せられた。



 ***


 神の傑作、La poupée de Dieu、神の人形

 数多の異名が全て正解だと、毎日の彼女が自ら証明していた。


 

 女優 ルナ・フォカルロス

 日本出身にも関わらず、白髪と白人顔負けの透明な肌を持つ異邦人。

 突如、当時17歳でフランス映画の世界に姿を表すと、初作『乾杯』にて一気に階段を駆け上がりトレンドの最先端に立った。

 銀幕における演技力もさることながら、彼女の最大の魅力は美貌。

 スクリーンでは小柄な158cmと残像のない身長ながら、見た目のインパクトとオーラがそれを払拭している。

 

 彼女には異質な点がいくつもある。

 1つに、あまりに日本出身というプロフィールからかけ離れていること。

 語学が堪能であることはその話題にすらならない。

 洋風の顔立ちに、ほんの僅かに感じられる和が余計に彼女の容姿に幻想的な印象を与え、身長という点を除けば彼女がフランス人女優と言われても、違和感を感じない者がほとんどだろう。


 2つに、メディア露出を拒否しないこと。

 私生活、撮影中、更には度々起こる熱愛まで、全ての報道を許可し彼女自身がそれを事実と頷く。

 今まさに一世を風靡する大スターが、どうして毎日の私生活を紙面で飾るだろう。

 自宅の高層マンションを出発直後に向けられるカメラに、全力で投げキッスをする女優がどこにいるだろう。


 3つに、彼女はそれだけメディア露出があるにも関わらず、過去や出自が一切不明であること。

 いくつも、彼女の出自について噂がありそれは唯一、出身国だと彼女が表明した日本でも同じことだった。

 出身が日本であるだけで、人生の大半をフランスで過ごしているという説。

 両親のどちらかがフランス人で、ハーフであるという説。

 酷いものだとそもそも彼女はフランス人であり、フランス人両親が日本滞在中に産まれただけという説。

 そのいずれも、彼女は否定しておらず肯定もしていない。

 彼女をスカウトしたという『祝杯』で映画監督を務めたミシェルもこれについて一切声明を出していない。


 

「君は、どこからやってきたんだ?」

 

 アンジュはそう問い、カメラを向ける。

 今日の彼女は、新たな映画のオーディション会場へ向かう途中だった。

 ”神の人形”がオーディションなんか受けるのかと問えば、既に自分は出演が決まっており、今日は相手役のオーディションと正直に語った。


「それは、アニメのキャラクターにその質問をするのと同じことと、以前言わなかった?」

「……あぁ。聴いたよ」

「なら、明日の新聞には『フォカルロスは空想上の人物らしい』とでも掲載するのはどう?」


 いつもの、口元に手を当てる笑い方で煽られ、アンジュの今日の取材はここまでとなった。


「じゃあね」


 毎日纏わりつく記者に手を振る大スターなど、どこにいるだろうか。



 12月22日

 町を歩く自然体の写真と共に、アンジュは文字を残す。


『彼女はやはり空想の女神を自称する。それに、間違いはないのかもしれない』


 翌日早朝、過言でない記事には多くの同意が寄せられた。



 ***


 映画監督・ミシェルはスカウトの達人と呼ばれていた。

 長く映画監督として目は出ず、自らでプロデュースした作品も評判は呼ばなかった。


 そんなミシェルを映画監督として大成させたのはやはり『祝杯』だ。

 これで脚光を浴びたのは主演のエリシア役・カミーユではなく、脇役としてエリシアを支えるフランソワ役・フォカルロスだ。

 今作が洋画初出演、演技初挑戦の新人女優。

 白髪の特徴を隠すために全編ウィッグで臨んだにもかかわらず、フォカルロスの魅力にフランス中が引き込まれ、洋画最高峰のレイージ最優秀助演女優賞、最優秀新人賞、審査員特別賞をトリプル受賞。


「『祝杯』大成の由縁は何だと考える?」


 テレビの取材で、ミシェルは問われた。


「間違いなく、フォカルロスの配役だろう。彼女は主役の似合うタイプではない。私だから作れた既成事実だ」

「フォカルロスはどこでスカウトした?」

「それは言えないな。彼女に、私は空想上の生物だと思うようにしろと言われているのでな」


 ミシェルは不思議なことを言って笑う。


「フォカルロスの魅力はどこだと思う?」

「見た目、それに尽きる」

「演技については?」


 ミシェルはそれまでの即答のようなテンポを一度崩し、間を置いた。


「悪いはずはない。が、彼女の一番がそこでないという話だ。強いて言うなら、自信に溢れた役柄はその質問に最も似合う、というくらいだろう」

「君なら、彼女に気弱な役は与えない?」

「だろうな。面白くはなりそうだが。彼女はやりたがらない」

「フォカルロスはオファーを選んでいるのか?」

「新人が選べるのか、と問いたいなら、フォカの場合はそうだ。既に彼女はフランス映画の世界で一級品の女優だ。世間から固定のイメージもある。崩さないよう、ルナ・フォカルロスらしい役柄を選んでいても不思議じゃない」


「君の次回作で、フォカルロスが主演を演じるという報道があるが」

「さっきも言っただろう。彼女は主演の似合うタイプじゃない。『祝杯』に彼女がハマったのも、私と彼女の運だ」


「では、君と彼女の関係は?」

「互いに、自身の救世主といったところか?」


 

 ***


「君は、私が何者かを知りたいの?」


 カフェで通りを見つめるフォカルロスは目線をそのままに隣に問うた。


「分からない」

「意志の弱い人は好きじゃないわ」

「けど、君を報道する」

「新手のナンパかしら?なら嫌いではないわ」


 足を組み替えながら自らの白髪をいじる。


「君は日本人なのか」

「日本出身よ」

「では、ハーフ?」

「違うわ」

「否定するのか?」

「えぇ。ハーフではない」


 今まで認否を明らかにしなかった、ハーフへの言及にアンジュは興奮する。


「では、フランス人?」

「さぁ」


 日本人かフランス人のどちらか。

 そこまで回答が絞られた。


「日本のどこで産まれたんだ?」

「東京よ」

「首都か。両親は裕福だった?」

「いいえ?両親とではなく、祖父母の元で育っているわ。そっちは裕福と言えたわね」

「……その祖父母の住まいは

「どこでしょうね」


 結局、そこから進歩はない。


「1つ、答えて欲しい」

「いつも答えているじゃない」

「君は、なぜ古風なレースを好む?ただの趣味ではないだろう?」

「どうしてそう思うの?」

「君がショーウインドウのレースに目を盗られているを、見たことはない」


 スーと細く息を吐いた。

 

「白が好き。その方が、正しいんじゃない?」


 自ら、疑問形の台詞を残した。


 

 12月23日

 カフェで佇む彼女の写真と共に、アンジュは文字を刻む。


『ルナ・スタイルの由来は彼女の”白好み” それは時代を作っている』


 翌日早朝、多くの称賛があがった。



 ***


 フランスのスター、ルナ・フォカルロスが東京出身であり祖父母の元で育ったことを明かすと、フランス以上に揺れたのは日本だった。

 が、それだけの情報では以前と変わらず目星すらつかない。

 自らの地元からスターが誕生していた事実に一時は歓喜したものの、誰も追求する術はなかった。



 唯一、このフランス報道と容姿に目を見開いた者がいた。


「数年前、どこかの社長の孫が、国際コンクールに出たことがなかったか」


 その者は、運営委員会の知り合いに問い合わせた。

 

「何だその断片的な情報は」

「それしかないんだ。容姿などに記憶はない。弾いたのは、そうだ。『風のささやき』だ!国際コンクールでどこぞの主題歌を演奏した、随分ナメた娘がいただろう!覚えはないか!?」

「『風のささやき』・・・・あぁ。日本の若いピアニストだったな」

「覚えているか!」

「名前までは今すぐ出てこない。有望なピアニストだったにも関わらず、確か二年前の国際コンクールで受賞後、ピアノ界を引退しただろう。いいだろう。調べておいてやる」

 

 翌日、知り合いはすぐに返事を寄越した。


「清水瑠奈。受賞当時17歳。日本の東京都出身の娘だ」

「そうだ・・・!その子だ!!何か、動画か画像はないか!」

「演奏中のものは残っていない。受賞時のスピーチならある。今送る」


 そこに映っていたのは、黒髪と異様に白い肌を持つ、痩せこけた娘だった。

 長すぎると言える、しかし黒い睫毛、はっきりとした二重に加え高くはない背。

 二年前の映像なら、今とほとんど変わらない容姿といえる。

 

 自身は両親と縁が切れており、祖父母に勧められるままに幼い頃から習っていたピアノが、ここで大成された。嬉しく思う。

 その旨の内容を辿々しい英語で話している。

 

 そして運良く、スピーチから退場後すぐに、彼女に話しかける男が映っている。


「この男は!?」

「……あぁ、ミシェル監督じゃないか?」

「誰だそれは」

「フランスの映画監督だ。ほら、鳴かず飛ばずにも関わらず、昨年に『祝杯』が世界中で流行したろ。知らないのか?欧米じゃ有名だ。見た目のいい少年少女にスカウトを掛けまくってるってな。どれも当たるんだからいいものさ」



 ***


「ピアノが得意なのか」

「えぇ。唯一の趣味といっても過言じゃないわ」


 現在撮影中の映画で、フォカルロスは音楽家を演じる。

 役は才能がなく芽の出ない若きピアニストのはずが、それにそぐわない実力を撮影の合間に披露する。


「習っていたのか?」

「いいえ。ただの趣味よ」

「それにしてはあまりに卓越しているだろう。素人目に分かる」


 周りは映画の方向性から、耳の肥えた者が多いのだろう。この作柄では現場で優雅なピアノが鳴っていても不思議ではない。違和感を感じている者はアンジュ以外にいないらしい。


「それは何という曲なんだ?好きなのか?」

「好きというわけではないわ」

「ではなぜ?」

「これしか、弾けないのよ」

「そういうことか。1つを極めた?」

「別に?聞き慣れただけね。耳が覚えただけよ。譜面すら見たことはない」

「それは……趣味と呼べるのか?」

「呼んだ方が都合がいいじゃない。元々音楽のセンスなんてないわ。さて私が、作中とはいえ、大舞台でピアノなんて弾けるのかしらね~」


 珍しい弱気のまま、フォカルロスはキーカバーで鍵盤の蓋を拭いていた。


 

 12月24日

 珍しく自然に微笑むフォカルロスの写真と共に、アンジュは文字を刻んだ。


『フォカはピアノが堪能。その実力は実に不思議なものだった。まるで彼女を空想たらしめている』


 この翌日早朝、報道には多種の意見が飛んだ。



 ***


「あぁ。確かに、彼女のスピーチの最中カメラを向ける老夫婦が一瞬映っているな。ほらここ」

「それが祖父母ということか」

「ところで、この娘がどうかしたか。どこにでもいるだろう。学校を卒業と同時に辞める子供は。才能があったことは確かだが」

「違う。お前、この見た目に見覚えはないのか?」

「ないな」

「はぁ。どれだけ見る目がないんだか」

「なんだと?」

「この日本人離れした顔だよ!本当に純日本人だと思うか?お前ら地域の出身と言った方がいくらかマシだろ」

「だからどういう――

「今、フランスで人気の女優!日本出身!ここまで言えば検討つくか?」

「……La poupée de Dieu ルナ・フォカルロス……い、いや!しかし彼女は白髪が特徴的な」

「いくらでも染められるだろそんなもの!!それに、お前の言うスピーチ後に映っている監督とやら!調べてみれば、ルナ・フォカルロスのデビュー作の監督だろ!?」

「そういえばこの前インタビューをしていたな……どういうことだ」


 2人は電話越しに動揺した。

 

「い、いや待て。この清水瑠奈が、大女優ルナ・フォカルロスと同一人物だとして、別に騒ぎ喚くことじゃない。音楽家から俳優業に転向する者がいないわけではないし、名を変えることだってある」

「違うんだ!!あぁもう、お前はどこまで言わないと分からない!!」

「さっさと本題を言え。何だ!」

「ルナ・フォカルロスは日本出身だと明言しているだけで、育ちも『祝杯』以前の遍歴も全て不明。そうだな!?」

「あぁ。新聞では、よく見かけるがな」

「日本人すら名前を知っている。それだけの大スターだ。確か次回作も既に決まってる。そうだな!?そんなやつが、今更、自分で徹底的に消している過去に戻るなんてこと、あり得ると思うか?」


「…………なんだと?」

「先日、日本で開催された日本ピアノコンクールで、清水瑠奈という少女が大賞と審査員特別賞のダブル受賞をしている。日本国籍、東京出身、黒髪のせいぜい160cmもない女の子だった!ルナ・フォカルロスは今、フランスの永住権を取得している、そうだな!?」


 

 ***


 12月25日

 クリスマス


 世界一斉の祭りが、一瞬にして悲劇の夜へ変わった。



 毎日、当たり前のように女優ルナ・フォカルロスの記事を掲載していた新聞社から、夜に号外が出た。



【大スター ルナ・フォカルロス 自宅窓から投身自殺 死体で発見】



 彼女の象徴である髪、服は全て赤く染まり、細く映える手足が1つ残らず、有り得ない方向へもげていたとのこと。

 顔は潰れ、大スターとしての面影すらない。


「なぜ・・・なぜだフォカ!!!なぜ君が!なぜ!!!?」


 世界に涙が舞った。


 大スターが人気絶頂で自殺。

 それも聖夜に。


 ミシェルも自室で妻から投げるように渡された号外に、あやうく目を落とすところだった。


「フォ、フォカ・・・?本当に、お前なのか?う、嘘だと言え!!お前は、お前は・・・!!




 若きフランスの大スターの訃報が世界を巡った夜11時46分


 日本のテレビショーが緊急ニュースへと変わった夜11時54分



 イギリス、リーズ国際ピアノコンクール運営室の電話が鳴った0時。


「お訪ねしたいのですが、今、お時間よろしいでしょうか」


 辿々しい英語に、担当者も日時に不満げながら話を聴いた。


「私、清水瑠奈と申します。五日後にそちらで開催されるコンクールに、今から応募することは可能でしょうか」

終わり方が若干ホラーっぽくなりましたが。

色々モデルはいらっしゃいます。登場人物の名前・そしてフォカに限りますが身長はそんな方々を一部引用しております。

フォカが何人(なんにん)なのか、フォカは何人(なにじん)なのか。アンジュは何がしたかったのか。

是非ご高察下さい。

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