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 一時間目では隣の女子に調子を狂わされてしまったが、いつまでも歯車が噛み合わないのではいけない。何せ、私には大切な用事があるのだ。昼休み、どうしても、是が非でも食堂に赴き、先輩を誑かそうとする明石という委員長を確認せねばならない。

 と言う訳で、二時間目も三時間目も四時間目も体力と気力の回復に努めた。有り体に言えばガン寝である。決して、授業が分からなくて不貞寝していたのではない。万が一にも有り得ない話だが、もしも私の頭が悪いと言うのなら、それは授業のやり方が下手な教師に問題がある筈だ。こちらに非はない。責は全てあちらにある。全て秘書がやりました。

 さて、そろそろ食堂に向かおうかな。

「ねえ、七篠さん」

「…………何?」

 また、こいつ。またこいつだ。隣の席の眼鏡女。確か、名前をさくらと言ったか。

「良かったら私たちと一緒に食堂へ行かない?」

 たち? 訝しげに顔を上げると、眼鏡の後ろに眼鏡がいた。両方似たような感じで、さっぱり見分けが付かない。強いて言うなら、後ろの方の髪が長いのと、背が高いくらい。

「……えーと」

「あ、そっか。七篠さんアレだから私の名前覚えてないよね。同じクラスだけど初めまして、別所(べっしょ)(ひめ)、だよ」

 ……それと、こっちの方が若干テンション高い。良い感じに甲高い声である。実に耳障りだった。

「私は夙川(しゅくがわ)さくら。よろしくね」

 何をよろしくするのだろう。と言うか自己紹介? なんだこいつら、ちょっと寒い。

「それじゃあ行こうよ七篠さんっ」

 別所と名乗った眼鏡が私の手をナチュラルな動作で掴もうとするのが見える。許可なく私の柔肌に触れようとするとは良い度胸だ。その手を逆に掴み返し、教室の隅へと投げ飛ばして……いや、窓から叩き落してやる。

 しかしその時、私に天啓が閃いた。そう、私は学食に行こうとしている。そこにはネズミよろしくレミングスよろしく屑が群れを成している事だろう。正直、一人では浮いてしまうかもしれない。目立ってしまうと、先輩に見つかってしまうかもしれない。いや、それは非常に喜ばしいのだけれど、明石とやらを確認するのが重要だ。

 つまり、眼鏡二人と連れ立って行った方が目立たずに済む。崇高且つ重要な任務を遂行出来る確率が高まる……!

「……分かった」

 私が返事するのと同時、手が結構な勢いで引っ張られた。良いだろう、今だけは我慢してやる。



 学食は相変わらずの阿鼻叫喚だった。今、ここには四時間目をフライングしてきたネズミどもと、ついさっき授業が終わったであろう虫どもがひしめき合っている。実に最悪だった。

「どうしよっか、席、埋まっちゃってるね」

「うーん、ここで座って食べるのは諦めようか」

 誰が諦めるものか。お腹が空いているし、何よりも――

「あは、お待たせー」

「ううん、全然待ってないわ」

「それじゃあ食べようか」

 ――見つけたっ!

 先輩に群がる蝿め! 先輩の隣の席へ座るあいつは舞子眞唯子、その対面っ、髪の長いのが明石か! ここでおめおめと引き下がる訳にはいかない。何としても席をを獲得しないと…………ん、あった。先輩たちの対角線上の隅の席、狙うはあそこだ。

「……空いてる」

「え?」

 夙川と別所が、私が指差した方に顔を遣る。遅い、遅過ぎる。もっと早く気付けバカ。

「あ、じゃあ、私たちが……」

 ダメだ。ここでこいつらに選択肢を用意させてはならない。

「……席、取っておいて。何が良い?」

「え、あの、何が良いって?」

 ええいっ、何もかもが遅過ぎる。さっさとメニューを決めろ。この私がお前らのパシリになってやろうと言うのだ。咽び泣きながら席をキープするが良い。

「ご飯、取ってきてくれるの?」

 喋るのが面倒だから頷くだけにしておく。

「良いのっ? じゃあ、私日替わり!」

「あ、じゃあ、私も姫と同じで……」

 ちっ、私も日替わりにしようとしたのに。まあ良いや、そっちの方が覚えやすいし。

「……よろしく」

 私は奴らが頷くのを確認する前に駆け出した。

 ここは、戦場だ。眼鏡の鈍くさい二人では一秒と掛からず粉砕されてしまうだろう。眼前に立ち塞がる肉の壁。常人ではこの列に並ぶ事さえ困難な空間。だが、僅かな隙間は必ず生まれる。屑どもが押し合いせめぎ合いひしめき合っているお陰で、不定期ながら、不規則ながら空間が生じるのだ。そこを、すり抜ける。

「おばちゃーんっ! 俺カレー!」

「てめえ順番抜かしてんじゃねえぞ!」

「一年は三年の後ろにいろってんだ!」

「どけえええええええ!」

 ふん、醜い。

 時には見知らぬ男子の尻を蹴っ飛ばし、時には見知った女子の背を殴り飛ばし、私は、そう、何かアレだ。今、風になる。なっている。

「おいっ、今誰か蹴ったろ! てめえか!?」

「ぼっ、僕じゃないです!」

「この際誰でも良いんだよ!」

「おわーっ、喧嘩だ喧嘩! やれやれーっ!」

「ちょっとぉ、今私の胸触ったでしょ!?」

 カウンターが近付いたっ、視線を巡らし、一番手薄な(おばちゃん)を攻める。今まさに声を上げようとしていた男子を横合いから殴り飛ばし、何食わぬ顔でオーダーを通させる。

「……日替わり三つ」

「はーい、ちょっと待っててねー」

 後は、この場を死守するだけだ。どうやら、今日も私は戦場においての勝者とやらになったらしい。しかし、この場において何よりも恐ろしいのは学食のおばちゃんだろう。目の前で生徒たちがズタボロになっていると言うのに、顔色一つ変えないで料理を作り続けている。鋼の精神と言う奴だろうか。うん、キッチンは戦場だ。

「どけよチビ!」

 うるさいノッポ!



 日替わりが出てくるまで五分と掛かっていない。流石おばちゃん、手際の良さはプロ顔負けである。その辺の料理人だって裸足で逃げ出すに違いない。

「……お待たせ」

 トレイを右手に。トレイを左手に。もう一つのトレイは頭の上に。何もおかしい事はないのだが、何故だろう、席を取っていた夙川と別所は酷く驚いていた。

「あ、すごいね、七篠さん」

「……そう?」

 見開かれた目からは驚愕の色をひしひしと感じる。とりあえず、トレイをテーブルに置き、箸を割った。何はともあれ腹拵え、見てろよ明石。貴様の弱点見抜きまくってやる。弱みを握ってやる。余すところなく!

「……いただきます」

「いただきまーす」

「あ、いただきます……」

 さて、先輩たちの様子は、と。……うん、まだまだ食べ終わりそうな気配はない。舞子眞唯子は喋る事に気を取られて、全然箸が進んでいなかった。この調子だと、先輩たちはまだまだ食堂にいるだろう。人混みに紛れて観察するには、実に都合が良い。

「あ、あの、七篠さん……」

「……何?」

 邪魔するな眼鏡。私は先輩の声を聞くのに忙しい。

「さっきから、どこを見てるの?」

 えーと、私に話し掛けたのは……多分夙川の方だな。まあ、合ってても間違ってても知ったこっちゃあないが。

「……別に」

「や、ものすっごく向こうを睨んでるじゃん」

 ええい、一々うるさい。私が誰を睨もうが私の勝手だろうボケ。

「あ、でも、折角一緒にお昼を食べてるのに……」

「そうそう、私たちとお喋りしようよ」

 なんだお前ら、お前らは私のお父さんか?

「…………」

 特に話す事もない。私は無視して、舞子と明石に視線を遣る。聴力を上げろっ、研ぎ澄ませ神経っ、必殺ナナシノイヤー!

「舞子さんって食べるのが早いのね。もう少し噛む回数を増やしてみたらどうかしら?」

 ん、うわ、早っ。本当に早いっ、いつの間にか舞子の食器が空になっている。しっかり見ていた筈なのに、まさかこの私が見落としていたなんて。

「え、そうかなー? 明石さんはアレだね、ゆっくり食べるんだね。あは、おぜうさまって感じだ」

「うーん? 委員長、もしかして食べるペース落としてない? だって前はもっとガツガツと……あ、いや、ううん、ごめん。何でもない。いや、だからごめんって!」

 うがーっ、超楽しそう。許せない。この世界の何もかもが許容出来ない。目に見えるもの全て敵。聞こえるものは全て呪い。良いだろう、今は我慢してやる。だが明日には、いや、今宵の帰り道には気を付けるんだなゴミ二つ。先輩と楽しそうに話せるなんて泡沫の夢と知るが良い。

「あ、七篠さん。もしかして、明石先輩を見てたりする?」

 ……え?

「いやいや、目線の先追っていったらば、めぼしい人は明石先輩以外にありえないでしょ」

 夙川と別所が笑う。愉しげに、ニヤニヤと。

「……いや、ち――」

「まったまたー、隠さなくても良いって。あの人、すっごい人気だからね」

 待てよ。ここで否定して、頑なに拒絶し続けるのは簡単だ。だが、さり気なく何気なく明石についての情報を聞いてみるのも悪くない。あわよくば、何か弱みを握れるかも。

「……人気、なの?」

「うん。と言いますか、ここの生徒で、いや、先生含め学校に在籍する人間で明石つみきを知らないってありえないんだなあ、コレが。モグリだよ、モグリ」

 別所が何故か誇らしげに胸を張り、夙川が彼女の言葉に対して頷くのを繰り返す。

 ――明石つみき。

 は、なるほど。それが奴のフルネームか。存外変な名前である。

「成績優秀だし、運動神経も抜群、容姿端麗品行方正才気煥発美人薄命中も外もイッツアワンダフルパーフェクト。子々孫々まで語り継がれるであろう明石ヒストリー。いやー、カッケーです」

 何を言ってるか分からないが、何を言いたいかは分かる。要は、明石つみきは完璧なのだ。私の一番嫌いな奴である。

「姫、言ってる事が分からないよ。……とにかく、明石先輩ってすごいの」

「今は二年だからクラスの委員長で止まってるけど、次期生徒会長は明石先輩で間違いないよね」

 ますますつまらない。何だか知らないが、長って字が憎くてしょうがない。

「……何か、具体的な話は?」

 これはさり気ない。我ながら素晴らしい。場の流れを壊す事なく、且つ私にとって有利なものに変わる質問だ。

「明石先輩の? うーん、生まれて初めて話した言葉が『絶対君主制』だとか」

「えー? それはデマでしょ姫。私はねー、先輩が中華さんって子の命を救ったって聞いたよ。何でも、爆発炎上する建物から、中華さんをお姫さま抱っこで運びだしたって」

「さくらー、嘘はいけないなあ。んな話誰から聞いたのよ?」

「本人から。あ、他にも川で溺れていた子を助けてクロールからバタフライ、古式泳法に至るまで多種多様な泳ぎ方を教えてあげたーとか」

「傘を忘れたクラスメートに傘を貸してあげて、自分は雨を避けながら帰ったとも」

「本当は左利きだけど、常に右を意識して使っている」

「アンダーグラウンドなファンクラブがあるとか。明石先輩の写真はおろか、その名前を出すに至るまで制限が掛かってて、莫大なお金が動いているとか。元締めってのもいて、幹部や役員を影で動かすとか。先生たちの中にもクラブに属する者がいるとか」

「委員長の中の委員長を決める為に首括り島ってところまで徒歩で行って、あまつさえチーム戦なのに一人で参加して対戦相手を文字通り粉砕してきたとか」

 …………人間か?

 少なくともB級妖怪を超えている。が、話を聞く限り根も葉もない噂ばかりだ。真実は少しくらい混じっているだろうが、大いに脚色されている筈。ふん、そんな馬鹿みたいな話が罷り通ってしまうくらいな奴なのだろう。明石つみき、敵にするには申し分ない実力者のようだ。

「長い黒髪、猫みたいにくりくりっとした瞳、スタイルも良いし、本当天下無敵にカッケーっす」

 ちっ、うざい。弱点があるどころか完璧超人じゃないか。ビッグザ武道を軽く凌駕するスペック、ええい、化け物め。弱点がないのが弱点です、とでも言うつもりかホーリー嫉妬!

「明石先輩の前では性別も国境も関係なさそう」

「……ちっ」

「な、七篠さん……?」

 あ、しまった。つい箸をへし折ってしまった。てへへ、失敗失敗。

「もしかして、嫉妬してるのかな?」

 なんですと?

「明石先輩と一緒にいる人たちに」

 …………はあ?

「あ、最近はずっとあの人たちといるのを見掛けるもんね。あの男の人……彼氏、とか?」

「……!」

 殺すぞクソアマ。眼鏡割り殺すぞ。ふざけるな、どうして先輩があんなのと付き合うのだ。冗談にしてはタチが悪過ぎる。

「あはは、さくらー、それはないない。あんな普通っぽい人が相手じゃあ釣り合わないよ。もっとカッコイイ人じゃなきゃ、明石先輩とは、ねえ?」

 殺すぞクソアマ。眼鏡割り殺すぞ。ふざけるな、先輩超かっこいいじゃないか。

 ……まあ、良い。先輩の素晴らしさを理解するのは私だけで良い。それよりも、どうするか、だ。このまま舞子と明石の好きにさせる訳にはいかない。どうにかして妨害せねばなるまい。ん? あ、ああ、まずい。先輩たちが立ち上がったぞ、しまったもう食べ終わってしまったのか。ここを出て、教室に戻られたらまずい。流石に二年生の廊下までは近付き辛い。

「七篠さーん、お箸止まってるよー?」

 く、くそ、どうする。お、追い掛けなきゃダメだっ、いやでもお腹減ってるし。お腹減ったなあ。やっぱり食べよう。うん、今はお昼。お昼はお昼。メリハリ付けなきゃね。奴らの観察は放課後にでも回そう。

 こうなったら、最後に明石つみきをガン見してやる。睨みまくってやる。おらあ、邪眼の力を舐めるなよ前髪パッツンガー。

「――――っ!」

 と。明石の後姿を睨んでいたのだが、奴は私の視線に気付いたのか、そうでないのか、こちらへ振り向いた。目が合う。きっちりと、奴は……明石つみきは七篠歩をその視界に捉えている。

 ……良い度胸じゃないか、委員長風情が。



 どうやら、敵は相当にやるらしい。

 私の視線に気付いたばかりか、微笑み掛けてくる始末。くそ、くそ、何か悔しい。実に腹立たしい。あいつめ、何か勘違いしているんじゃないだろうな。先輩の隣にいて良いのは私だけなのだ。

「さっきはびっくりしたねー」

「明石先輩、私たちに手を振ってくれたのかな?」

 夙川に別所……何も知らないで。あいつは、明石つみきはただの委員長じゃない。奴は最悪だ。成績優秀? 運動神経も抜群? 容姿端麗品行方正才気煥発美人薄命? ああ、確かにそうなのだろう。特に薄命ってところには全面同意である。だが、そこに付け加えなければならない事がある。あの野郎、大した食わせ物だ。あの姿は全て嘘。偽物で作り物。とんだフェイク。とんだペルソナ。掌の上で低脳どもを躍らせる、稀代の魔女、悪女だ。

「七篠さん、さっきから難しい顔してるね」

「あ、もしかしてー……」

「ちょっと姫ー、そういうのはやめときなさいよね」

「さくらったら何想像してんの? やーらしーいー」

 黙れ。



 午後の授業も全部寝て過ごした。途中、隣の夙川がちょっかいを掛けてきたが黙殺した。と言うか出来るなら殺してやりたい。私は放課後の為に体力を回復、温存するのに忙しいと言うのに。

 しかし、さて、とにかく終わった。これから先輩たちを追尾しなければ。いや決してアレだ、ストーキングなんて下種な行為ではないし、私はストーカーなんてどうしようもない人種でもない。これは神より賜った崇高で偉大なミッションなのである。必ず果たしてみせる、首を洗って待っていろゴッド。

「さくらー、帰り本屋寄っていかない?」

「う、うん。あ、七篠さんもどうかな? 一緒に帰らない?」

「………………え?」

 どうして私を誘うのだ。私とお前らメガネーズとは何の関係もない。まるで友達みたいに気軽に誘いやがって。

「あ、もしかして部活、だっけ?」

「……いや、別に」

 気分が乗らないから、行かない。第一、陸上部にもう用はないのだ。用なら済んだ。あんなめんどい集団行動はしがらみでしかない。とっとと辞めたいのだけど、顧問がしつこい。……最近顧問が変わったのだが、そいつがやけに厳しいのである。君には力があるのだから辞めるななど、示しがつかないなどと。私の勝手だろう。なので行かない。ボイコットである。抵抗の意思を示すのだ。

「じゃあ一緒に帰ろうよー、親睦を深めようよー」

 別所は今日一日で随分と調子に乗っている。親睦どころか溝が深まるばかりだ。こういう能天気な奴が一番気に入らない。気に食わない。

「……用事があるから」

「えー?」

「そっか。残念。ん、それじゃあ……」

 夙川は少しばかり物分りが良いのだが、本当、残念そうに恨めしそうに捨てられた子犬のようにこちらを見る目には辟易している。私が何をしたと言うのだ。

「また、明日ね」

「またねー、七篠さーん」

 また明日とは、いやはや、まるで友人に掛けるような言葉である。



 幸い、先輩はまだ靴を履き替えていない。つまり、まだ校内にいるのだ。今の内にと昇降口で靴を履き替えていたところ、

「七篠、何をしている」

 実に厄介な奴に声を掛けられてしまう。

「……靴を履き替えているんです」

「見れば分かる。教師を馬鹿にしているのか、君は。部活はどうした、部活は」

 声を掛けてきたのは、現陸上部顧問の河原だ。眼鏡を掛けた(また眼鏡か)怜悧な印象を受ける女教師。現役の私から見れば、とうが立ったと言っても過言ではない三十路。

「……今から行くところですよ」

「ならば良い。が、早朝練習はどうした。何故連絡もなく休んだのだ。理由があるなら……いや、あったとしてもそろそろ許せんな」

 へえ、許せないならどうだって言うのだ。どうすると言うのだろう。

「七篠、君は確かに素晴らしい才能の持ち主だ。正直、他の部に行って欲しくないとは思っている。稀有な身体能力の持ち主である君を流出するのは陸上部にとって痛い損失だろう」

「……光栄です」

「心にもない事を。……しかしだ、君がその実力に甘んじ、天狗になるのは許し難い。立場と言うのを理解するんだな」

 えっらそうに。

「……具体的に、私にどうしろと言うんですか? ペナルティとして頭でも丸めさせたいんですか?」

 私がそう言い放つと、河原は薄く笑んだ。

「君が男ならばそれも吝かではなかったがな。とにかく、放課後は必ず練習に顔を出せ。ああ、君が団体行動を好まないのは理解している。トラックを適当に流して走れ。それだけで部員の士気も高まるだろう。それと、私は職員会議があって練習を見に行けないかもしれん。部長に伝え忘れていたから、そのように頼む」

 ちっ、パシリかよ。さて、どうするかな。練習に参加してしまうと先輩を追い掛けるのは不可能になる。が、ここで下手に抵抗するのも上手くないやり方だろう。正直、今日は苛々しているので走りたいって気持ちもあるのだ。

「……分かりました」

「うむ、ではな。しっかり励め」

 仕方ない。今日のところは諦めるか。

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