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ギリギリ逢魔が時



「えー、まだ追うのー? 七篠さーん、もうそっとしといてあげようよ。そりゃ、誰かを追っ掛け回すのは面白いけどさあ。ラブホ行くぐらいだったら、どうせもう付き合った時からヤリまくりだと思うよ? 今更現場押さえたってこれ以上話は広がらないってば。それよりさー、私最近こう……」



 加古川は死んだ。

 彼女がいなくなったので、私は今、一人で先輩たちを追っている。正直、やりやすい。元より傍に誰かがいると言うのがおかしかったのである。私には一人が似合っている。一人が良い。

 路地裏を抜けていく先輩たち。人目を気にしている風には見えないが、やはり通行人は少なくなっていく。気を引き締めないと。振り返られたらアウトだ。

 ……まるで、ドラマの逃避行みたい。振り向きもしないで、ひたすらに歩き続ける。愛し合う二人には、お互いしか見えていないし、見るつもりがないのだろう。ならば私は何だ? 何をしているのだ。しかし虚しくはならない。何故ならあの二人は恋人同士でも何でもないからである。先輩を惑わす者には聖者も引くぐらいの断罪を下さなければならない。そして下すのは私だ。裁判なし。あの人の隣を歩いてあの人の近くの空気を吸ってあの人と言葉を交わしている。それだけで万死に値するのだ。殴るだけでは飽き足らぬ。蹴るだけでは満たされぬ。嬲るだけではまだ足りぬ。私が満足するまで、心底嫌になるまで苦痛を味わわせてやるのだ。もう知るものか。許さない。本当なら、今日、今、先輩の隣にいるのは私だったのに。横合いからかっさらいやがった。目には目を、歯には歯を。その罪、地獄には持っていかせない。閻魔なんぞにやらせるものか。私が裁く。捌いちゃう。

「お嬢さん、随分機嫌が悪いな……ようでございますですね」

 あ?

 私の足を止めたのは、得体の知れない、腹の立つぐらい背の高い女である。と言うか、こんな奴さっきまでここにいたっけ。先輩たち、凄いスルースキルを持っているんだな。

「どうだ、あ、でしょう。占い、やっていったりませんか?」

「……占い?」

 そんな暇、ない。分かってはいたのだが、女の風貌、雰囲気が気になった。

 色褪せたジーンズに、裸足。半袖の黒いTシャツを着ているせいか、こいつの戦闘力(バスト)は『おい、こっちを見ろぉー』ってな具合に強調されている。死ねば良い。私より胸のある人間は捻れて死ぬが良い。……いや、それよりも何よりも目に付くのはその長い髪だ。地面にまで垂れた髪の毛は実に不快である。その筈なのだが、決して汚い、と言う訳ではない。むしろ羨ましいぐらいに綺麗だ。きちんと手入れされているらしく、艶やかな光沢を放っている。

「…………」

 長い髪の毛のせいで、女の顔は隠れて見えない。辛うじて、にやついた唇が覗いているだけ。ついでに言えば、この女はお面も被っている。戦隊ヒーローものっぽい、顔の上半分を隠れさせる赤い奴の面だ。顔を見られるのがそんなに嫌なのだろうか。心配せずとも、お前みたいな奴と好き好んで目を合わせようとしたり、見ようとする馬鹿はいない。安心しろ。私は一般人だ。これ以上なく、限りなく、容姿だけは人並外れた、それ以外は至って普通の人間である。だから言えるのだ。これまでに、しかもつい最近までに、私は色々な人格破綻者やらド変態と出会った。が、こいつは別格である。同じ人間ではないと言うか、何だか、変な感じなのだ。だから変態。実際、それっぽいし。

「……占いなんてものを信じるような人間が嫌いです」

 すると、女は大口を開けて笑った。ごみ箱の上に座って、ぱちぱちと手を叩く。

「オ……ああ、ワタクシも嫌いでございますです。信じられるのは自分だけ。そう思うのだったり、です」

 変な話し方。やっぱおかしいぞこいつ。と言うか、占いを勧める奴の口から出る台詞じゃないだろそれ。もしかして私は時間を無駄にしているのではなかろうか。早くしないと、先輩たちの姿が見えなくなっちゃう。

「焦らなくても大丈夫だ……で、ございます。あの人たちは、ほら、あのラブホ、じゃなくて、ピンクの建物に入る様子ですから」

 馬鹿な。そう思いつつ、私は先輩たちの動向を確認する。驚くべき事に、この女の言ったとおり、先輩たちは趣味の悪いピンク色の建物に入っていった。

「……最近の占いって当たるんですね」

「おー、これは占いっつー……もの、では、その、ないのでございましてですね……」

「……? はあ、まあ、そうなんですか」

 面倒な喋り方をする女のせいで、私のペースは乱されている。そう自覚しておきながら、何故かこの場を立ち去ろうとは思えない。いや、立ち去っては駄目なんだと、心のどこかで思っている自分もいた。

「で、どうだでしょう。占い、やっていきはしませんですか?」

 どこからどう見ても怪しい。そんな女が占いをしきりに勧めてくる。裏、以外の何があると言うのだ。大方、とんでもないぼったくりを吹っかけてくるに違いない。

「……結構です」

「あ、と、おっ、お金はいらねー、で、ございますんですよ?」

 金を取らない? 商売が成り立つのか? いや、成り立つ筈がない。……ああ、そうか趣味でやっているのか。そう考えれば、まあ、まだ納得出来るけれど。しかし、当たるのか? 実際、先輩たちがあの建物に入るのを的中させているが、まぐれ、たまたまだったかもしれない。外れていたら外れていたで、それっぽい誤魔化しも用意していたに違いない。往々にして、占い師ってのは詐欺師に違いものがある。女難の相だとか水難の相と言われてしまえば、全く関係のなさそうな事でも無理矢理に結び付けようとする。要は気の持ち方一つなのだ。

「……では、試しに占ってもらいましょうか」

 まあ良い。先輩たちがあの建物に入ったのは確かなのだ。彼らが出てくるまでの退屈凌ぎには打ってつけだろう。

「……先程の建物に入った男の人、あの人と私との相性と言いますか、今後どうなるか是非占ってください」

「あー、まあ、普通に無理だろうな」

 聞こえなかった。何も聞こえなかったので睨み付けてやると、女は黙った。

「……で、私と先輩はどうなるのですか?」

「最高! で、ございます、です」

 ほほう、この占い師は見る目がある。何せ私と先輩の相性は最高なのだから、真実を口にしている以上は信用してやっても良いかもしれない。

「何か、こう、ラッキーアイテム的なものはないんですか?」

「占いに頼らないって言ったくせに必死じゃねーか」

 うるせえ早く教えろ。

「うーん。……仮面とか、良いかもしれねーなー、で、ございます、です」

「……仮面?」

 まさか、お前がしているような馬鹿みたいなものの事を言っているのか?

「あなたは、その、感情表現の方法が行き過ぎていると言うべきっつーのか、と、言いますか。少しはパッツンを見習って自分の欲望を隠す事も大事なんじゃねーの、で、ござるのでは」

 むう? 急に侍口調になったのはともかくとして、私の感情表現が行き過ぎ? 欲望を隠すべき? 馬鹿な、私ほどストイックな人間もそうはいないぞ。第一、感情なんて表に出しているつもりはない。それとパッツンって誰だ。

「……やはり当てにならないですね」

 他を当たってもらおう。私に声を掛けたのは、この自称占い師にとっては不運でしかない。

「さー、当てになるかどうか判断すんのはまだ早い、ん、じゃねーのでございます」

 女は口の端をつり上げると、私に顔を近付ける。嫌なものを思い出して、私の手は咄嗟に動いた。

「うおおおっあっぶねえなあオイ!」

「……失礼、右腕が勝手に暴れ出してしまいました」

 ゴミ箱から滑り落ちた女は(多分)恨みがましい目付きで私を見ている。しかし、今の攻撃を良く避けられたな。割と本気でいったんだけど。

「……それで、どういう意味ですか?」

「あー、さっきのな。おま、いや、あなたつけられてますよ」

 何を言い出すかと思えば。つけているのは私の方だぞ。

「正確に言えば、つけられているのはあなたの追っている二人なんだけどなー、で、ござるのでます」

「……先輩たちが?」

「もっとハッキリ言えば、つけられてるのはパ……えーと、明石つみきさん」

 明石つみきが私以外の誰かにつけられている?

「……証拠はあるんですか?」

「おー、そーだな。……振り向くなよ」

 ぞくりと、肌が粟立つ。どうして今まで気付けなかったのだろう。

「……私の、後ろ?」

「奴さん、かなり距離は取ってるみてーだけどな。幸い、まだ顔は見られてないと思うぜ、で、ございます」

 全く気付かなかった。先輩の神々しい後姿に気を取られ過ぎていたのだろう。歩、反省。

「……私とも距離を離すと言う事は」

「あー、多分、あなたがあいつらをつけ回してんのがバレてんだ」

 なるほど、そいつは私を警戒しているのか。しかし、何者だ。明石つみきに気取られるどころか、今の今まで私にその存在さえ気付かせなかったとは。

「……明石つみきをつけていると言いましたね。あなた、そのストーカーの正体を知っているんですか?」

「まーな。けど、言わねーぜ、です」

「……何故ですか?」

「言っても無意味だから。あなたの知らない人だから、ですよ?」

 まあ、確かにその通り。人の顔と名前を覚える理由はないからな。問題なのは、私以外にも、誰かが明石つみきをストーキングしているという事実のみ。あの女狐がつけられるのはどうでも良いが、必然的に先輩まで、先輩の私生活まで私以外の何者かに暴かれてしまう。それだけは我慢ならない。

「……邪魔ですね」

「それどころか、あなたの先輩があぶねーぜ、ですと思いますけれど」

「…………え?」

 どうして先輩が危ないのだ。狙われているのはあのクソ女だけだろうに。

「つーかさー、そいつはストーカーするぐらい明石つみきにイカれてんだからさー。想像してみ? 好きな奴の近くにいるモノをあなたはどう思うよ?」

 考えるまでもない。想像するまでもない。

「……殺してやる」

「おー、コワ。はい、でも答えは出たでございますね」

「……明石つみきのストーカーは、先輩をころ――」

 そこまで言い掛けた瞬間、私は自分の体温が上がったのを感じた。血が、熱い。許せない。

「うわ、マジにこええな」

 明石つみきが誰かに殺されるのは構わない。むしろ願ったり叶ったり(尤も、あのドグサレを殺せるような人間がこの世に、私以外にいるとは思えないが)。でも、駄目だ。駄目だよ。駄目に決まってる。先輩を、何だって? 先輩に危害を加えようとする人間なんて、人間じゃない。この世全ての人間が認めても、この世全ての人間を敵に回してでも、そんな事はさせない。全部だ。全部殺してやる。

「……良い事を教えてもらいました。と言う訳で、やってきます」

「いや、やるなよ。駄目だろ」

「……何故ですか?」

「真顔で聞くなでございます! ……あー、だから、そーゆーのは先輩って人も望んじゃいないんじゃないのかなーって思ったのですよ」

 お前が先輩を語るな。が、確かにそうだ。先輩はそんなの望まないだろうし、と言うか、何も望まないだろう。私にも、誰にも。先輩は、誰にも何も望んでいない。

「……しかし、このままでは先輩が」

「何も殺さなくてもいーじゃねーかです。とりあえず、今日はもう何もしたくねーってぐらいに痛め付ければ済む話ではないのでしょうかと思うのです」

「……今日は良くても、明日はどうなるか分かりません」

「なら、明日も痛め付ける」

「……懲りずに明後日も動いていたら?」

「明後日もだ」

 さっさと殺した方が手っ取り早いじゃないか。が、ううん、仕方ない。病院に送るぐらいはセーフだろう。死んでないんだし。

「では、やってきます」

「え? えっ? オレ、じゃなくてワタクシの言った事聞いていましたですか!?」

「……聞きましたよ。要は殺さなければ良いんでしょう。骨や内臓は死神にくれてやりますけどね」

「そのままで?」

 そのままって、これ以上どうすれば良いのだ。

「顔バレしたらどーすんのか、とか考えてねーの、でございますか?」

 ああ、そうか。確かに良くない。いっけないいっけない、てっきり忘れてた。

「……目を潰します」

「ギリギリアウトだよ。第一、人目に付いたらどーすんのでございます」

 むう、確かにその通り。ストーカーだけならともかく、他の人間に見られてチクられたら一巻の終わりである。

「……私を見た者全ての目を潰します」

「敬語使う死神って逆に怖い。いや、だから駄目だって。やり直しきかねーんだからさ」

「……何を馬鹿な。誰だって知っています。人生はいつだって一度きり。同じ時間は二度流れません」

「ケーサツに捕まったら、もう二度と先輩には会えねーんだぞ、と、思う」

「ならば警察の目を……」

「もう良いって」と、面を付けた面妖な女は、呆れた風に両手を広げた。

「……殺すのも駄目。目を潰すのも駄目ではどうしろと?」

「いや、他にやり方は幾らでもあるです。そーだなー、ワタクシがお膳立てしてあげますですよ」

 お膳立て?

「まず、人目に付くってんならここにそのストーカーを連れてこさせる。あー、大丈夫。誰も近付けさせねーし。ま、誰も寄ってこねーよーにするからよ、でございます」

「……どうやって?」

「それは企業秘密でござるのです。それから、何が起こっても良いように、ん」

 と、女は自分の付けているお面を指差す。

「……?」

「鈍いなー。いや、だから顔バレしねーよーにこいつを付けろって言ってんだよでございます」

 なっ、なあっ!?

「おいおい、まさか先輩の危機を救う気がないってのか?」

「そっ、それとこれとは話が別でしょう!」

「別じゃねーよと思いますがー」

 私はもう、高校生だ。と言うか、何歳だとしてもこんなお面を被るなんて恥辱は耐えられない。耐えてはいけない。が、しかし!

「……良いでしょう」

 しかし、先輩を守る為なのだ。その為ならば、どんな汚名だって、いや、泥だって、汚物に塗れたって構うものか。

 女は面を外すと、それを私に差し出す。

「…………あなた」

「んー?」

「……お面を付ける意味、ないですよ」

 お面を外しても、女の顔は長い髪の毛に覆われていて殆ど見えない。眼鏡の上に眼鏡を掛けるようなものである。眼鏡が二つあっても意味がない。……眼鏡が二人いてもしょうがない。

「おし、んじゃワタクシはストーカーを連れてくるから。ちゃんとそのダッサ……カックイーお面付けとけよ」

「……ぶっ殺しますよ」



 女の後姿を横目で見送りながら、私は思う。今更になって気付いてしまう。

 何故、私はあの女の言葉を信じたのだ?

 何故、私はあの女を疑わなかったのだ?

 あんな胡散臭い、詐欺師のような、ろくでなしの塊のような存在に唯々諾々と従っているのだ?

 分からない。分からない、が。何だか、彼女のルールに則って動くのが当然のようで、心地良く思えてしまうのだ。あいつ、何者なんだろう。

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