第15話「大切なプレゼント」
「いらっしゃいませ。」
陽菜が笑顔で出迎えると、寒空の下から現れたのは水野涼だった。21歳の彼は大学生らしいカジュアルな装いに身を包んでいる。手には細長い紙袋を握っており、少し緊張した様子だ。
「水野くん、久しぶりね! 最近どうしてたの?」
「バイトとか課題とかで忙しくて、なかなか来られませんでした。でも……ちょっと肩と背中が限界です。」
陽菜は施術室に案内しながら、涼の顔をちらりと観察した。少しやつれたように見えるが、目元には迷いや不安ではなく、何か決意のようなものが宿っている。
「今日はじっくりほぐしていくね。無理してるみたいだから、ちゃんと体も休ませなきゃ。」
「はい……。実は、相談したいこともあって。」
涼の言葉に陽菜はうなずき、手早く準備を整える。いつも以上に深い話が聞ける予感がしていた。
施術が始まると、涼は少しずつ口を開き始めた。
「最近、バイト先で先輩からプレゼントをもらったんです。それが、すごく高価な万年筆で……僕なんかがもらっていいのかなって思っちゃって。」
「万年筆? それは特別な意味がありそうね。」
陽菜は涼の肩を丁寧に押しながら、さらに話を促す。
「先輩って、バイトの中でもすごく頼りになる人で。僕がミスしたときもフォローしてくれるし、何かと気にかけてくれて……でも、この万年筆をもらったとき、先輩が言ったんです。『これからの君に必要なものだから』って。」
「これからの君に?」
涼は深く息をついた。
「僕、その意味がちゃんと分かる気がしたんです。先輩は、僕にもっと自信を持てって言いたかったんだと思います。」
陽菜は、涼の背中のコリがどこか緩んできたのを感じながら、言葉を選んだ。
「水野くん、もしかして、自分がどう見られているかを気にしすぎてない? 先輩が君にその万年筆を渡したのは、きっと信頼してるからよ。それって、すごいことだと思うな。」
「信頼……ですか。」
涼の声は少し沈んでいたが、どこか前向きな響きも感じられた。陽菜はさらに背中に力を込めながら続けた。
「先輩は、水野くんがその万年筆を持ってる姿を想像して嬉しかったんじゃないかな。きっと、大事な場面でそれを使ってほしいって思ってるはずよ。」
「大事な場面……。」
涼は施術台の上で少し身じろぎした後、小さな声で言った。
「実は、その先輩に感謝の気持ちを伝えたいんです。でも、どう言えばいいか分からなくて。」
陽菜は微笑みながら手を止めた。
「簡単よ。『ありがとう』って言葉に、自分の気持ちを少しだけ添えればいいの。素直な言葉が一番伝わると思うな。」
「……そうですね。勇気出してみます。」
施術が終わり、涼は肩を大きく回しながら笑顔を見せた。
「すごい。肩が軽くなりました。ありがとうございます。」
「どういたしまして。でもね、心のコリも少しずつ軽くしていかないとね。」
涼は深くうなずいた。そして、持ってきた紙袋を陽菜に差し出す。
「これ、バイト先の近くで見つけたお菓子なんです。桜井さん、いつもお世話になってるので。」
陽菜は驚きながら紙袋を受け取った。
「わあ、ありがとう! 嬉しいなあ。でも、こんな気を使わなくていいのに。」
「いえ、桜井さんには感謝しかないので。それじゃあ、僕、これから行動してみます。」
涼の背中は、施術前よりずっとしっかりして見えた。
涼が店を出ていった後、陽菜は紙袋を開けて中身を確認した。そこには、鮮やかなパッケージに包まれたチョコレートが入っていた。
「こんな小さな贈り物でも、気持ちって伝わるものなんだよね……。」
涼が先輩への感謝を伝えるために勇気を出そうとしている姿を思い出し、陽菜もまた自分の人生について考えた。
「私も、もっと感謝の気持ちを伝えるのが大事かもなあ。」
「ほぐし庵」の店内は、今日も温かい気持ちで満ちていた。