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目覚めぬ眠り 永きまどろみ

作者: ララーニア

星新一さんに傾倒して、ショートショートを書いています。

 その女性はスパゲッティ症候群と呼ばれる状態にあった。

 彼女の体には多くの管が取り付けられ、酸素マスクがつけられ、多くの機械がそれを制御している。彼女の命は機械によって維持されている。

 家族はそれでも延命を望んでいる。彼女の所属する組織も延命を望んでいる。彼女の意識は常に覚醒しているが、その意識を口から紡ぐことはできない。目は閉じているが、彼女の脳は常にものを見ている。電気刺激によって多くの情報、多くの画像、映像が彼女に届けられているのだ。


 その女性は高明な科学者であった。彼女の開発した技術、発明、多くの論文、レポートは地上にイノベーションを起こした。今、人類はハンプティダンプティと呼称されるずんぐりむっくりした高さ二千メートルの卵を半分にしたような半球のドームに住んでいる。ドーム内は百階層になっていて、それぞれの階層に街がある。街はかつて地上にあったような道路もあり、小規模な住宅、集合住宅、公園等、街の機能を持ち、二十メートルほどの天井は常にプロジェクションマッピングで空が映し出されている。それは刻々とその映像を変え、まるで地上にいるような状況を作っている。それを可能にしたのは彼女が作り出した炭素繊維のおかげである。鋼鉄の数千倍の強度を持ち、加工しやすく、コーティングすれば耐火性も高い。その素材のおかげで二千メートル級の建造物も可能になった。それは住居だけではなく、商業施設、工業施設、農業施設も中に抱え込んだ。それぞれがその目的に特化した巨大ハンプディダンプティになった。そうして人々は安心して生活ができるようになった。

 20世紀、21世紀の暴力的とも言える自然破壊で、人は自らの棲家すら失おうとしていた。そこに現れた彼女は、新素材を作り出し、人類に安全な住処と、生産の場を提供した。低温核融合も実用化させ、もはや人類はエネルギーで争う必要も無くなった。新素材のおかげで宇宙エレベーターも実用化し、ロケットに頼らず、宇宙に行けるようになった。各惑星にも居住できる基地が作られ、人々は気楽に宇宙旅行を楽しめた。量子コンピュータも実用化させ、量子もつれを使った通信システムを構築し、地上のみならず、各惑星の基地にもタイムラグなしに通信が可能になった。コンピューターに脳を接続して記憶を移し替えることすら可能になった。


 ただそれまでだった。コンピューターに意識を移し替えることはできなかった。コンピューターはその人の知識を情報として保存はできても、その人ととして、発想や閃きを出すことはできなかった。

 高齢になった彼女は、多くの病を得て、寝込むことが多くなった。それは死の到来を予見させた。最高の医学、治療を施しても彼女の体は徐々に衰えていった。家族は彼女に生きて欲しかった。組織も生きて欲しかった。人類さえも。そうして彼女は自分の意思では死ねなくなった。生きて脳波の形で技術のアイデアを出し、論文を書き、膨大な実験データーに意識を向ける。


 多くの人類が彼女の技術、発明の恩恵を受けながら、安寧の日々を過ごし、安楽な眠りを貪る。彼女は今も眠ることすらできない微睡の中で研究を続けている。食べることも、飲むことも、どこかの出かけることも、音楽を聴くことも直接景色を見ることさえできない情報の海の中に漂っている。


 人々は彼女のことを人類の幸福をもたらす救世主と呼ぶ。

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