7,アーティスト名も曲名も
これは、翔の好きなアーティスト。男性三人のバンドグループSAKURA。”たんぽぽ”は私の好きな曲で、アーティスト名も曲名も花の名前だねと笑った思い出がある。
『アーティスト名も曲名も花の名前ですね』
曲の終わりと同時に、ハルさんが言った。今度は翔が息をのんでいた。
『これも何か思い出のある曲なんですか?』
『あ、あぁ。うん。幼馴染は春生まれで』
『季節の春ですね』
僕じゃないですよ、とハルさんは付け足す。
『そうそう』
翔はそこで少し笑って、余裕を取り戻したようだった。
『俺がSAKURAの曲が好きで勧めてて、この曲が春らしいって気に入ってくれたんだ』
『あらやだ、また可愛いエピソードですね』
『中学時代だからなあ』
確かに、私は春生まれだった。春という季節はお気に入りだった。
――でもね?
翔は気付いているかな。
翔の好きな花だったから、私はこの曲が好きだったんだよ。
「そんな頃から惹かれていたのに…」
何も、伝えられなかったなんて。
私は、思わず冷たい自分の手を握りしめた。
『ショウさんの中学時代、新鮮ですね』
ラジオは勿論続いていて、ハルさんの声にハッとした。
『こう見えて勉強家だったのよ』
『うそ!?』
これは嘘だ。中学時代の翔は少しやんちゃだった。
『今のイケイケのショウさんからは想像がつかない…』
『だよね~ウソです』
『なんだ冗談ですか』
『幼馴染が勉強家だったよ。学力的に高校は別だった』
『勉強しとけば良かったって思います?』
『高校で再会できたらロマンチックだったよね』
『ショウさんそういうの好きそう』
『好きだね~』
『お、ここでお便りが来てますよショウさん』
『お、読みましょう読みましょう』
翔の声が弾み、ハルさんがメールを読み上げる。
『ハルさん、ショウさんこんばんは』
二人がこんばんは、とメールに相槌を打つ。
『僕もSAKURAが好きで、ショウさんに共感しておりました。”夏風邪”と言う曲が僕は好きです。夏生まれだからですかね。SAKURAの季節感あふれる曲大好きなんですよ~ とのこと』
『ラジオネーム、はやてさんからですね。ありがとうございます』
翔がラジオネームを紹介し、お礼を言う。
『僕も”夏風邪”好きですね~。彼女とプールに行って、夏なのに風邪を引いちゃうって言うストーリーですよね』
『言えないけど彼女に看病されたかったっていうなかなか男心に刺さる歌詞ですよね』
ハルさんの曲とストーリー紹介を受けて、翔が言った。
『少女漫画っぽいというか』
ハルさんの言葉に、翔が確かにと笑う。その声は少年ぽくって、中学時代がフラッシュバックする。
中学時代はよく二人で登下校していた。翔は音楽が好きで、部活に入らず家で音楽を聴いたり、楽器を弾いたりしていたから。
私は父のカメラを借りて、写真を撮りに出かけたりしていた。二人とも中学ではなかなか部活の無い趣味を持っていたというのが共通点だった。
『じゃあ、折角なのでSAKURAの”夏風邪”も流しましょうか』
翔の提案にハルさんが良いですね! と声を弾ませる。
『あと、可愛い曲が続いてるので、かっこいい系で明日は、の”キノウ”も続けてどうぞ』
明日は、がグループ名で女性三人のグループ。”キノウ”は昨日と機能をかけていて、機能不全と昨日の後悔がテーマになっているらしい。昔明日は、が特集された雑誌か何かで読んだのを思い出す。
少し暗い内容だが、暗いままで終らせず次に生かそうと思えるカッコいい曲調が人気だ。
建物の一辺をまた見終わり、角を曲がる。駅前に面するショッピングモールの裏手だが、こちらも大通り沿いで活気があった。
「裏手は無いかと思ったけど、大通り沿いならあり得るな」
私はまた、歩き出した、三度目の正直だ。建物の三辺目。