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11,名前を呼んで

『ラジオネーム有芽さん』

『ユメさん、ありがとうございます』


ハルさんがメールのお礼を言う。


 翔は、有芽という独特な名前を、ちゃんと呼んでくれた。


『私も、ショウさんとよく似た経験をしました。翔という幼馴染が好きでした』


『えっ』


ショウはパーソナリティーネーム。


ハルさんはきっと、翔の本名を知っているのだろう。


驚いた声を出し、スタジオの中では慌てて口元を抑えていた。




『通学電車で一度見かけました。


でも大人っぽい姿が中学時代と少し変わっていて、別人かも知れないと、声を掛けることが出来ませんでした。


今思えば、スピードスターのグッズを付けていたので本人だったと思います。私も後悔しました。



 ショウさんのラジオ、幼馴染さんに届いていると思います。


月命日を大切にして貰って嬉しいんじゃないでしょうか。


私は今日、ラジオを聞けたのはたまたまで、奇跡みたいなもんだったのですが、ショウさんのお話を聴けて良かったです。


これからも頑張ってください。



 私は口下手なのですが、ショウさんのように曲で想いを伝えるの、素敵だと思います。


 リクエストで、私が今幼馴染の翔くんに聴かせたい曲、カフェオレとガムシロの”ありがとう”をお願いします』




『ユメさん、メールありがとうございます! ショウさんとよく似た経験されたんですって、凄い偶然ですね。ではリクエストのカフェオレとガムシロで”ありがとう”です!』


ハルさんはやや早口にそう言って、翔に話す隙を与えず曲を流した。


 メールを読み終わった翔は涙を流していて、慌てて自分のマイクの音量を下げていた。ハルさんは驚いているが声を掛けられずにいる。


 ――伝わっただろうか。


 信じて、くれるだろうか。



 私は、ここに来る時から持っていたスマホは触れた。ネット回線でラジオを聞けたから、メールなら送れるんじゃないかと思った。


ラジオのホームページのメッセージフォームからメールを送った。ラジオネームは翔に信じて欲しくて、本名の有芽にした。先ほど読まれたのが私のメールだ。



「送れて良かった・・・」


聴いていたことを、信じて貰えるかわからない。だって私は死んでいるから。今こうしていられるのもどうしてなのか、奇跡としか言いようが無くてわからないくらいだから。


でも、気付いてくれるかな。カフェオレとガムシロは私が昔から好きな男性五人のアイドルグループだ。


察するくらいで良い。信じなくても、もしかしたら、と期待してくれるくらいでも良い。



でも、心のどこかで確信していた。



 だって、翔はロマンチストだから。


 信じたかったら信じてくれるだろうって。


 ”ありがとう”という曲は私のお気に入りだったし、今の想いが全力で伝わる歌詞だと思ったからリクエストした。


お母さんが息子に、みたいなストーリーだけど。生まれてきてくれてありがとう、ずっと見守っているよ、という歌詞がある。



 ――伝われ、伝われ、伝われ…。



 ずっと念じていた。

 曲が終わった。


『いやあ、メール読みながらびっくりしちゃいました。俺の幼馴染も、カフェオレとガムシロ好きだったんですよ』


覚えててくれた。

それにきっと、気付いて――信じてくれてる。


翔は隠し事があると口元を隠す癖がある。ラジオネーム有芽さんは私だと、信じてくれているけれど。それをラジオで言うわけにはいかないから隠してるんだ。


 ラジオマイクの前で、不自然に口元を隠して翔は話している。



「ふふっ」


凄く久しぶりに、私は声に出して笑った。


『ユメさんの”ありがとう”って選曲がまた良いですよね。ずっと見守ってるよって歌詞、サビの最後が僕も好きです。…っと、名残惜しいですが、番組もあと少しとなって来ました』


『ほんとに番組全部俺の昔話だったね!?』


『話してくださってありがとうございます、ショウさん!』


『いえいえ、こちらこそ聴いてくださって、お付き合いくださった皆様ありがとうございます。今後とも頑張っていく所存です』


『ディレクターも、話し手もね』

『勿論』


『じゃあディレクター、今日のエンディング曲はどうしましょうか』


『今まで、考えていて、流す気になれなかった曲があるんです』


『と、いうと?』

『”迷わないで、探さないで”』

『お。夢野愛ちゃんの曲ですね』


『幼馴染が天国まで迷わず行けるように。あと夢を探しての対になるかなーと』


『凝ってますね! さすがロマンチスト』


『ずっとエンディングに決めてたんですけど。これまで、なんか流す気になれなくて。エンディングはその日の気分で別の曲に決めて流してたんです』


『うんうん』


『でも、さっきの”ありがとう”を聞いたら、気持ちがすっきりしたっていうか』


『幼馴染さんの話をしてくださったのも今日ですし。記念ですね』


『そうだね。幼馴染の話、やっと出来たし。一つ区切りをつける意味でも、ずっと考えてたこの曲を。今日はエンディングにしようと思います』


では、この曲でお別れです。夢野愛で、”迷わないで、探さないで”! 翔がそう言って、番組は終わった。



迷わないで、探さないで、を聴きながら、私に残された時間をなんとなく悟る。


この曲が終わると、私は消えてしまうのだろう。スマホやイヤフォン、持ち物が徐々に消えていき、私の体の感覚も無くなってきた。


体が軽くなって、少しずつ、宙に浮く感じがする。ただでさえ実態が無くて軽い気がしているのに、より、軽くなっている気がする。


私は、ふわふわしながら、最期に翔の顔を目に焼き付けた。曲が流れる裏で、スタジオで翔は笑っていた。ハルさんにすっきりした顔で笑いかけていた。




 迷わないで、探さないで。私は大丈夫だから。

 迷わないで、探さないで。夢は心の中にあるよ。

 私は前を向いて進むよ。大丈夫だから、きっと。




 そんな最後のサビを聴いて、私は舞い上がるように天に向かって意識と姿が消えた。


 もう、心残りはない。


 そっか、私は死んだけど、後悔して現世をさ迷ってたんだ。


 記憶には(もや)がかかって何もわからなくて、でも勝手に納得して。


 疑問を抱かず都合の良い夢でも見ているような心地だった。


 電車で翔に声をかけることが出来なかった後悔で、電車に乗る所から始まった。月命日の翔のラジオが、声が、選曲が、私を導いてくれたんだね。ありがとう。


 本当に消える直前に、私は今までの私のことも全てなんとなく理解して、翔にありがとうを言った。聞こえたかな。




 ラジオを終えて、翔は笑っていた。


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