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10,チューニング



 どうしても、翔の顔を見たくなった。諦められない。諦めたくない。


 後悔したくない。



 私はイヤフォンを外して、スタジオを探して走った。番組が始まってから、それなりの時間がたった。ラジオが終わってしまうかも知れない。私は少し慌てていた。


 あれ?


 イヤフォンを外しても、微かにラジオが聞こえた。


 音を頼りに探してみる。音が大きくなる方に走る。


 スピーカーを探すけど、見当たらなかった。



 一番音が大きく聞こえるところで足を止めると、建物の窓ガラスに――私の姿は鏡のように映ってはいなかった。



 ――そういう事なんだ。


 大通り沿いの真ん中あたりに、スタジオはあった。窓越しに中の様子が見える。そこには通学電車で見かけた時と、あまり変わらない顔があった。


「やっぱり…翔だったんだね」


私は幽霊なのかな。翔には勿論、私は見えていないようだ。実体が無いのだろう。



 音の出所を探すと、窓ガラスの上に学校の教室にあるような箱形のスピーカーがついていた。中の声がよく聞こえて、好きだな。ラジオでこの形式。公開収録みたいだ。


 スピーカーを見上げていた視線を、正面に戻す。


 首を動かすと、首から下げていたデジカメのベルトが、存在を主張した。ここまで来ると、私も欲が出た。


 目の前の、好きな人の、懐かしい顔を。きちんと見たかった。


 こんな、モノクロじゃなくて。


 色のついた状態で、最期にこの目に焼き付けたかった。


 私はカメラに翔全体が入るように、窓ガラスから数歩離れた。カメラを構える。ダメもとだけど、さっきみたいにカラフルな写真が取れるかも知れないと思っていた。



 緊張で手が震えたのか、シャッターを切る前。画面に映る、ガラス越しの翔の輪郭は少しブレていた。


 深呼吸して、ゆっくりとシャッターを切る。


 少し、長押し気味になってしまった。


 すると、一瞬。またノイズのような耳鳴りがした。


 ジジッ。


 すぐにノイズは収まり、急に耳に届く音がクリアになる。



 カチッと、何かがはまるような音がした。


 シャッターボタンを放した音だったのだろうか。



 ふわっと風が吹き付けた。


 構えていたカメラを降ろして驚く。


 画面の中にだけあった色が、視界にも広がっていた。


 景色がカラフルになっていた。



 辺りを見回して、空も、街も、目の前のガラス越しの幼馴染も、色付いていた。


 私は思わずスタジオの窓に駆け寄った。



 私は窓ガラスに向かって、口を開いた。喉を震わせる。


 声は――届かない。



 窓ガラスを叩いてみるけど――触れることもできない。


 ガラスの向こうで、ハルさんを慰めながら、少し切なそうに笑う幼馴染。私の、かけがえのない人。



 色づいて、感情の機微がより伝わって来た。


私は唇を嚙んだ。


悔しくて、


やるせなくて。



 ――翔、ありがとう。ごめんね…!


 嬉しかった。告白、聴きたかった。しんじゃってごめんね。


こんなに近くに居られることが奇跡なのに、奇跡だってわかるのに。何もできなくてごめん。


ラジオで話してくれたことも、ディレクターとしての想いも、嬉しい。ありがとうって、伝えられなくてごめんね。



「なんでっ・・・!」



後悔ばかりだ。



 俯くと、外したイヤフォンが地面に垂れてしまっていた。それを拾いながら、はっとする。イヤフォンをたどって、ポケットに入れていたスマホを慌てて取り出した。


 驚いて涙は止まっていた。


顔を伝っていた涙が、数滴スマホの画面を濡らした。


急いで服の袖で画面をぬぐって、スマホを操作した。イヤフォンから漏れるラジオの音に、ノイズは無かった。ネット回線は良好みたいだ。




『お、メール来ましたねショウさん』


ガラスの向こうでハルさんが言う。


『おう、えっと』


翔が応じて、メールが印刷されているであろう紙を受け取り、目を通す。


『ショウさん?』

『あ、うん。えっと…』


翔は、一瞬言葉に詰まった。


『どうしました?』


目を見開き、固まる翔にハルさんは声を掛ける。


『いや、ごめん。大丈夫』


失礼しました、と翔はリスナーに一言謝り、気を取り直してメールを読み始めた。

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