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蝶々姫シリーズ

【ラゼリード生誕祭】誰が為の贈り物

作者: 薄氷恋

 数日前、ハルモニアから手紙が来た。


『ルクラァンで買い物に付き合ってほしい。日時は…』


 なにそれ。

 わたくしを馬鹿にしているの?


 それでも手紙を丸めて捨てるなんて事は出来なくて、いつも通り引き出しにしまい込んだ。

 わたくしの机の引き出しは、もう既にハルモニアの文で一杯。


 彼は決して長い手紙を寄越さない。

『元気か?』『会いたい』『いつになったら色良い返事をくれるんだ?』

 いつも一言。


 それでも悪い気がしなくて手紙を溜めてあるのは……何故、かしら。

 わたくしにもわからない。


 お互いに即位してから数十年。

 彼は王太子だった時と違って会いに来る回数も格段に減った。

 『道』の魔法を覚えた精霊でなかったら、きっと何年も会えなかったのだろう。

 その点ではお互い精霊だった、いいえ、わたくしが精霊になった事が良い事だと思える。

 親しい友人に会えないのは辛いわ。


 机の上の鈴を鳴らす。

 侍従のユーベールがやってきた。


「ユーベール、明日はわたくし出掛けるわ」


「えっ! 陛下、公務はどうなさいますか?」


「一日ぐらいわたくしが居なくともなんとかなるように育てました。それでもどうにもならなかったなら、わたくしが遅れた分だけ多く働くわ」


 別の引き出しから青硝子の片眼鏡を取り出して、柔らかな眼鏡拭きで曇りを取る。


 エルダナ様から頂いたこれは今やお忍びには欠かせない。


 カテュリアの女王が、ルクラァンで国王と逢い引きなんて騒がれたらたまったものじゃないわ。



◆◆◆



 待ち合わせ場所はアド市の大時計台。


 初めてルクラァンに訪れた、あの事件の時にハルモニアに連れて来られた場所。


 針を調整する為の文字盤の扉から、『道』の魔法を使って中に入ると、そこにはハルモニアが床に直座りしていた。


 逞しく育った体を包むのは黒地に刺繍を施した袖無しの上着。


 長い脚を包むのは白い細袴。


 傍らには外套。


 もうあの頃の幼さはどこにも無い。立派な青年だ。


「久しぶりだな、ラゼリー…………エイオン。元気だったか?」


「ああ、私…俺なら元気だ。お前こそ元気だったか?」


「何故、『俺』と言い換えた?」


「あ、いや……なんとなく…その方が男らしいかと思って」


 立ち上がったハルモニアは私…いや、俺の頭をクシャっと撫でた。


「男らしいかどうかではなく、『お前らしさ』で勝負すれば良いのに」


 私…らしい?

 目を丸くしていると、ハルモニアはさっさと外套を羽織って下に降りようとする。


「行くぞ。いつも通りエカミナの店にも寄るだろう?」


「寄る!」


 私も現金なものだ。


◆◆◆


 ハルモニアは自分の買い物をさておき、先に中央区街のエカミナの店へ寄ってくれた。


 単に大時計台から近いという理由もあるんだろう。


 久しぶりに会ったエカミナは相変わらずだった。


「あら、若様に…アーシャ様! 久しぶりだねぇ。今日は何をお求めで?」


「リンゴ」


ハルモニアが店先からリンゴを選びながら唇に笑みをたたえる。


「若様は相変わらずリンゴが好きだねぇ」


「どこのリンゴよりも、エカミナの店のリンゴが一番美味しい」


エカミナの頬が、ぽっと赤くなった。


彼女は赤くなった両頬を押さえながらもじもじしている。こんな可愛い人だったのか。


「や、やだねぇ若様。このあたしをときめかせるなんて。昔と比べちゃなんだけどアレクの次ぐらいに佳い男じゃないか。昔も可愛かったけど、そ、そんなアレクみたいな事を言い出すなんてこのままじゃアレクみたいに格好良くなっちゃうよ?」


 アレクサンドライトはそんなに饒舌だっただろうか? むしろ無口だった気がする。

 首を傾げた私の隣で、ハルモニアが代金を渡しながらニヤリと皮肉る。


「無口になる予定は無い。そしてハゲる予定も」


「ぷっ…」


 それを言ったらお終いだハルモニア!


 思わず吹き出した私に、エカミナも続いて大声で笑う。


「そこが佳い男なんだよ、アレクは」


◆◆◆


 ハルモニアの手の中にはリンゴが一つ。

 私の手の中にもリンゴが一つ。


 エカミナにゴリ押しされて買った、果物の女王と謳われるタタの果実は荷袋の中。

 同じようにハルモニアも季節外れの蜜柑を荷袋に入れてある。

 噴水の縁に座って私達はリンゴをかじる。


「エカミナは相変わらずだったな。よく喋り、よく笑う」


「ああ。いつもあんな感じだ」


「それにしてもお前が言う通り、エカミナの店のリンゴは美味しいな」


かじるとしゃりっと歯ごたえが良い上に、汁気も多くて甘い。


「エカミナが選んで仕入れて、アレクが丹念に磨いてるからな」


「そうなのか。彼らにはいつまでもあのままでいてほしいな」


私達は暫し言葉を交わしながらリンゴを食べた。



食べ終わるとハルモニアはごみ箱にリンゴの芯を放り投げ、行こう、と促した。


「どこへ行くんだ? そういえば何を買うのかも聞いていなかったが」


「書いてなかったか?」


「書いてなかった。お前の手紙はどれを見ても一行だ」


 一行じゃ足りない。もっと何か書いて欲しい、なんて言えなかった。


「今から行くのは装飾品屋だ。高貴な女性に贈り物をするから、エイオンに見繕って貰おうと思ってな」


「なっ……!」


 なんだって!? この私をそんな事の為に呼んだのか!?


 ふつふつと怒りが湧き上がるのを自分でも抑え切れない。


 さっきまでハルモニアと楽しく話していたのに。笑顔になんてなれない。


「……。行くぞ、エイオン。嫌なら手を握ってでも連れて行く」


「手なんて握らなくていい。大体『男』同士だ」


 ハルモニアが伸ばした手から逃げるように手を外套の下に引っ込めて歩き出す。


「おい、エイオン」


「…………」


「そっちは西区街だ。あまり良い装飾品店は無いぞ」


「違う方向なら早く言え!」


ベタ過ぎる間違いじゃないか!



◆◆◆



 ハルモニアが私を連れて入ったのは東区街の上品な店だった。


 硝子の扉に金の文字で店名が記されている。


 店内には宝石から扇など、女性が必要とする装飾品がずらりと並んでいた。


「エイオン、ここで何か選べるか? ここの店が良いと評判らしくてな」


「待って、よく見せて。こんなにあるとすぐには選べない」


 今は男の姿をしているが私だって半分は女性だ。

 『わたくし』にはワクワクする物だらけの店で早く選べなんて酷すぎる。


 いつの間にか胸が高鳴っていた。


「あ、綺麗な細工の指輪…」


 言ってから気付いた。これはハルモニアが誰か知らない女性に贈るもの。

 指輪を贈れば……


「いや、指輪は駄目だ。他の物にしてくれ」


 ハルモニア本人から駄目出しを食らい、私は少し安心した。

 少なくとも相手とは指輪を贈るような間柄ではないという事だ。


「じゃあ、この白檀の彫り扇子は?」


 ルクラァンの女性なら夏場に扇子は欠かせないだろう。


 『わたくし』もハルモニアから贈られた物を愛用している。


 今年も早いもので、もう6月だ。

 いくらカテュリアが涼しいとはいえ、そろそろあの扇子の出番が来る。


 カテュリアより日差しの強いルクラァンなら扇子無しでは……


「いや、扇子は以前贈った」


「あ、そう……」


 そんな仲なのか。

 扇子が駄目なら何がいいんだ?

 手袋?

 首飾り?

 耳飾り?

 手首を彩る腕輪?

 見えない場所だからこそ着ける足首飾り?

 それら全てを挙げてみてもハルモニアには否定されるばかり。

 こうなったら『わたくし』が欲しい物を選んでやる!

 そう息巻いて店中の装飾品を選ぶ事、ニ刻。(※4時間)


「ハルモニア」


 私は、店主の側でげんなりしていたハルモニアを呼び寄せた。


「これはなんだろう? とても綺麗なんだが…」


 目の前には硝子で出来た紅の玉。


 紐を通す穴が上下にあり、その周りは全て硝子で出来ていた。


 ただ、不思議な事に硝子の中に小さな白薔薇と花弁、銀の粉が躍っている。


「ああ、それはいいな。ナーリヤの硝子細工物か。店主、これをくれ」


 なんだ。あっさり決められるんじゃないか。

 何の為に私を呼んだんだ?


 というかあの玉なら私が欲しかった……。


 店主の手により玉が箱に詰められ、色とりどりの紙で包装されていく。

 それを未練たらしく眺めながら、私は一抹の寂しさを感じていた。

 ハルモニアはあの玉を誰に贈るのだろう。

 妹君のメレニア様だろうか。

 母君のレカ様かもしれない。

 他の女性宛だったら……私は。

 私は……?




◆◆◆




「色々付き合わせて悪かったな」


 大時計台の中、ハルモニアは私の手を引いて階段を昇る。


「いや、別に……私も楽しかったから…」


 楽しかった。

 確かに選ぶのは楽しかったのだ。

 でもそれは私ではない誰かへの贈り物なんだ。

 その事を忘れて装飾品を選んだのは私だ。

 今更その玉が欲しいなんてどうして言えよう。

 ハルモニアはまるで宝物の様に玉の入った箱を胸に抱いているではないか。


 階段を登りきった所でハルモニアが振り向いた。



「これをお前、ラゼリードに」



 渡されたのはつい先程までハルモニアが宝物みたいに抱いていた箱。

 つまり、それは


「この玉を……私に?」


「自分の誕生日も忘れる程忙しいのか?」


ハルモニアが眉間に皺を寄せた。


「いや、そうじゃない…。なんでこんな回りくどい真似をしたんだ?」


 ぽろりと涙が零れ落ちた。

 ハルモニアが距離を詰めてくる。


 ばつが悪そうに口を開く彼の頬は赤かった。

 彼は私の頬を伝う涙を指で拭った。


「俺達は長生きだからな。大抵の物は贈り尽くしてしまって、今年は選べなかったんだ。だからお前自身に選んでもらおうと……なのにお前が男の姿で来るから」


「言ってくれたら女性になるのに」


「タネを明かしたら面白くないだろう」


 また一粒涙が零れた。

 結った髪を自分で解き、姿を切り替える。


 エイオンから、ラゼリードへ。

 男性から女性へ。

 身に纏うものも、ドレスへと変化させる。

 最後に青硝子の片眼鏡を外した。



「その為にわたくしを傷付けても?」


 ハルモニアが顔を寄せる。


「……許してくれ」


「今度、一行じゃない長い手紙をくださるなら許して差し上げてよ」


 濡れた睫毛を拭いながら見上げた彼は目を細めていた。


「それぐらい容易い」


 そのままハルモニアはわたくしの唇に口付けた。


「馬鹿……」


 合わせた唇の隙間から罵ってやると、彼の舌が口内に入ってきた。


「……ふっ……」


 熱い舌に絡め取られて息が上がる。



「……モニの……馬鹿ー!」


 渾身の力を振り絞ってハルモニアを突き飛ばすと、わたくしは大時計台の調整扉を開けた。


 その先は夕焼けの空。


 良かった、この空の赤さなら


「ラゼリード!」


「この玉はありがたく頂戴します!」


 この頬の赤さも見えないでしょう。




 この時わたくしは後悔する事を知らなかった。

 後に送られてきた手紙の枚数があまりに多すぎて、

 あの日の熱い口付けを思い出して、

 とてもじゃないけどお返事を書けなくて、

 ただ一行『長いお手紙をありがとう』とだけ返す羽目になる事を。



END 06/20 Happy birthday!


■補足

作中に出てくるタタの実は、地球で言うところのマンゴスチンみたいなものです。

同じく登場したプレゼントの玉はトンボ玉です。

ラゼリードの御守りとして将来的に小説に出てくるかも。

エイオンの片眼鏡は「恋花」にて壊れましたが、「戴冠」の後半でエルダナから再度贈られています。

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