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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人間の捨て子を拾った魔王が死に、その息子はその幼馴染を救うために追放したら、その幼馴染が勇者となって帰ってきた話 ~優しい嘘で私を騙そうとしたのでこっちも優しいざまぁを返してやった~

作者: 甲田ソーダ

 真っ暗な森の中。


 小さなかごの中に入れられた一人の赤ん坊が助けを呼ぶように大声で泣いていた。


 そのかごのすぐ横では、その赤ん坊の母親らしき女性がぐったりと木にもたれかかっており、服はボロボロで、身体には無数の傷跡が見えた。

 そして、悲しいことにもう息をしている様子は見られない。


「……なんて、ひどい」


 たまたまそこを通りがかった男の腕に抱えられた赤ん坊が、かごに入った赤ん坊と共鳴するように泣き始めた。


「おぉ、よしよし。大丈夫だからなぁ」


 男が優しく腕の中の赤ん坊の頭を撫でるが効果は全くない。


「困ったなぁ」


 男は泣き止まない赤ん坊達を見比べると。


「……よし」


 何かを決断し、腕の赤ん坊をかごの中の赤ん坊に寄り添わせるように置いた。


 そしてゆっくりと事切れた女性の方へと歩みを進めると、そのまま片膝を地につけて女性の顔を見上げるように覗いた。


「……本当に申し訳ない」


 この第一声は本当であれば必要のない謝罪なのかもしれない。


 しかし、それでも男は心の底から申し訳なさそうに、また、悔しそうに唇を噛み締めていた。


「この子がまだ元気に泣いているということは、まだここに来てからそこまで時間が経っていないのだろう?」


 女性に答えられるわけがない。しかし、この状況を見れば、肯定しかありえなかった。それを、この男は瞬時に悟っていた。


「助けられたかもしれない。もっと早くにここを通っていれば」


 そんなたらればの話は意味のないものであることは男も重々承知していた。男が謝る必要なんてないはずなのだ。


 だとしても、やはり男は顔を上げることはできなかった。


「……今から私が行うことはおそらく、貴方にとって許しがたい行為なのかもしれない」


 男はそう言って、チラリと赤ん坊二人を見た。

 二人の赤ん坊は気付けば泣き止んで、お互いに寄り添うようにお互いを見つめ合っていた。それが男にはなんとも眩しく見えて。


(……そうか。そうだよな)


 男の目に映ったそれが、男にほんの僅かな自信と笑みを与えた。


 男は改めて女性に振り返ると、冷たくなった手をギュッと握った。


「貴方はきっとこの子が自分よりも大切で、自分の手で育てたかったのだろう。生きる力も、生きる楽しさも、大変さも、貴方が教えるべきで、貴方自身もそれを味わって、自分の人生もこの子の人生も素晴らしいものにしたかったのだろう」


 親が子に対して思うことなど、どこに行っても誰でも同じだ。子どもを持つ同じ身として、男には、この女性の気持ちが痛いほどわかっていた。


 だからこそ、次の言葉は残酷なのかもしれない。


「私にその役を、貴方の代わりを務めさせてはいただけないだろうか」


 男の目は光を失った目をしっかりと見据えていた。


「貴方がこの子に教えたかったものをすべて教えよう。貴方がこの子に伝えたかった想いをすべて伝えよう。夢も愛情も。貴方が捧げるはずだった愛には劣るかもしれないだろうが、それでも私のすべてをこの子に注げよう。貴方の夢をすべてこの子に与えよう。貴方の分までこの子を幸せにすると約束しよう」


 ――だから。


 男は許しを請うように両膝と両手、そして頭を下げた。

 どこまでも深く。


 頭の上の()()が、やめろ、といわんばかりに邪魔しようとするが、もしそうなるのなら男はきっと自らの手でそれをへし折っていただろう。

 ちっぽけなプライドなど、ない方がマシだ。


 そのときだった。


 女性のボロボロの服の中から一枚の紙がひらりと男の前に落ちた。


「……ありがとうございます」


 その紙は女性からの許しを得た、ということでいいのだろうか。

 その紙に書かれた文字をくみ取った男は、ゆっくりと立ち上がって二人を一緒に抱えた。


「行こうか、グウェン」


 息子の名を呼ぶ。


 そして――。


「コルシェ」


 母親が唯一この子に与えてくれた大切な名前も。




 ★☆★




 それから数年後。


「コル、早くしないと置いて行くぞ」

「待ってよ、グーちゃん!」


 二人は揃って大きくなった。


 二人は周りも驚くくらい仲良しだった。

 二人の間に本来あるべき壁など、一切感じさせることなく、それが当たり前かであるように二人はいつも一緒にいた。


「遅いぞ、コル」


 少年はもともと顔つきがよかったのだろうが、目尻が尖ったつり目であることも相まって、子どもながらに相手に怖い印象を与えてしまう顔だった。

 しかしそれは必ずしも悪い意味ではなく、言ってしまえば男前な顔をしているということだ。


 これから数年も経てば、誰もが一度は振り向かざるを得ない人になるだろう。


「グーちゃんが早すぎるんだよ」


 その隣に立つ少女もまた、少年とはまた違う魅力を持っていた。


 顔で言えば決して悪くない。中の上、人によっては上の下と判断する人もいるだろう。

 しかし、少女の本質はそこにあるわけではない。


 少女には内面から滲み出るほんわかとした温かさがあった。


 少女が笑うだけで、つられて周りも笑ってしまうような、そんな温かさ。少女に話しかけられるだけで嬉しい、楽しいと思わせてくれる不思議な魅力が少女には備わっていた。


 少年は外見で人を引きつけ、少女は中身で人を惹きつける。


 そんな対極な二人はそんな二人だからこそ、気が合うのかもしれなかった。


「親父に久し振りに会えるってのに」

「楽しみなのはわかるけど。転んだら危ないよ」


 少年はようやく追いついてきた少女の手を優しく握った。

 少女もそれを当然のように握り返した。


 手を繋ぎ合っている二人が見つめるのはドアの先だった。


 そして、そのドアが開いたその瞬間。


「親父!」

「お父さん!」

「うわっ!?」


 二人は同時にドアを開けた人物の胸に思いっきり飛んだ。


 その二人の重さに負けそうになったところをグッと受け止めたその人は、改めて二人を驚いた表情で見た。


「グウェン、コルシェ! どうして、ここに?」

「親父と遊びてぇから!」

「少しでも長くいたいと思ったんだけど……ダメだった?」


 そんなわけがない。


 自分も早く二人に会いたかったぞ、そう言おうとしたところで、後ろから声がかかった。


「魔王様? そんなところで立ち止まって何を……あぁ、なるほど」


 二人の父親の向こうから現れたのはスーツ姿の老人だった。


「すまない、セバス。邪魔したな」

「いえいえ、滅相もない」


 セバスと呼ばれたその老人は、魔王に抱えられている二人を見て柔らかい笑みを浮かべた。


「まるで本当の兄妹のようですね」

「あぁ、そうだろう?」

「種族は違うことが、本当に些細なことのように思えますよ」


 そう言ってセバスは二人の近くに寄ると、二人の高さに合うように腰を下ろした。


「また大きくなりましたね、坊ちゃん、お嬢様」

「セバスも久し振りだな」

「いつもお父さんがお世話になっています、セバスさん」

「っはん!」


 そのときだった。


 その微笑ましい空間を馬鹿にするように笑い現れたのは、三メートルという巨体を持ち合わせた怪物だった。


 その怪物は子どもである二人、特にコルシェを見ると大げさに顔を顰めた。


「忌々しい人間など、家畜か奴隷のようにこき使えばいいものを」

「オグニア、それは魔王様への不敬であるぞ」

「執事のような真似事をするヴァンパイアが何を言うか」

「……仮にもオーガの長たる者が情けない」

「あぁ?」


 オグニアと呼ばれたその緑の怪物は、セバスを威嚇するように見下ろした。

 高さだけでなく、横にも大きなその身体から発せられる威圧感というのは尋常ではない。


 それに加え、明らかな敵意のこもった視線に、コルシェは思わず泣きそうになった。


「やめろ。セバス、オグニア」


 それを諫めたのは魔王と呼ばれる男ではなかった。

 二人の間に割り込んできたのは、二人よりもはるかに小さいグウェンだった。


「コルが怖がってる。やめろ」


 そう言われてセバスが目を向けると、グウェンの言うとおり、コルシェが魔王の影に隠れるように顔だけを覗かせていた。

 しまった、と思ったのも束の間。

 二人に負けじと鋭い眼光を放つグウェンに、この場の誰もが驚いた。


 しばらくして、オグニアは大きな鼻を鳴らして四人に背を向けた。


「さっきの言葉は俺からのアドバイスと受け取ってくれ、魔王様」


 そう言ってオグニアはズシンズシンという音ともに去っていった。


 また、沈黙が流れて。


「……すまないな」


 口を開いたのは魔王だった。


「私がしっかりしていれば」

「魔王様が悪いわけでは……」

「帰ろうか。グウェン、コルシェ」


 強引に話を打ち切るように、魔王は二人の手を繋いで立ち上がった。

 コルシェは未だ話がよくわからず困った表情をしていたが、グウェンはどこか不機嫌そうにも見えた。


「久し振りに家族でピクニックにでも行こうか!」

「ピクニック! 楽しみだね、グーちゃん」

「……そうだな」


 しかしコルシェの笑顔ですぐにグウェンはいつもの調子を取り戻し、たわいもない話を再開していくのだった。




 ★☆★




 それからまた数年。

 そんなことがあったことも忘れ始めて来た頃。


 二人が成長するにしたがって、問題も少しずつ目に見えるようになっていった。


「コル、遊びに行こうぜ」

「で、でも。私が行ったら迷惑じゃないかな?」

「そんなわけあるか」


 二人の間に相変わらず壁はなかった。


 だがそれは前とは少し違っており、それは、コルシェがグウェンに対して何か思うことはあるものの、グウェンがそれを気にしない、というようなものになっていた。

 それ、というのが何を指すかはこの頃になってくると明確になっていた。


「種族がどうした。俺が魔族で、コルが人間ってだけだろ。気にすることなんてねぇよ」

「グーちゃんがよくても皆が……」

「皆も気にしちゃいねぇよ」

「でも前にオーガンが……」

「オーガン達に言われたことなんて気にすんなって。アイツらはアイツらで、俺達は俺達。もしアイツらに何かされたらすぐ言えよ? 俺達がお前を守ってやる」


 グウェンはそう言うと、コルシェの手を引っ張った。

 男らしいと言えばいいのか、魔族らしいと言えばいいのか。

 グウェンの手は、もうコルシェのような柔らかい感触から少し固めの感触へと変わっていた。


 それでもコルシェは昔と変わらずその手が好きだった。

 感触は違っても、その手には昔と変わらない優しさがあったから。

 だから、その手を振り切ることなど、コルシェにはどうしてもできなかった。




 ★☆★




 しかし、事件は突然起きた。


「グーちゃん!」


 扉を勢いよく開け放ったコルシェの目に映ったのは、呆然と立ち尽くすグウェンの姿と、ベッドに顔を隠されて眠る誰か。


 顔を隠すはずの白い布からはみ出るように見えるのは、コルシェもよく知っている角だった。


「っ……」


 コルシェが息を飲んだのはその事実を突きつけられたからなのか、それともこの空気のせいなのか。


 コルシェが部屋に入った瞬間、部屋にいた魔族の目がコルシェへと向けられた。

 それはコルシェを心配する目ではなく、今までに感じたことのない敵意と殺意のこもった目。

 真っ暗な部屋だというのに、皆の光る目がスポットライトのようにコルシェだけに向けられていた。


「グ、グーちゃん……」

「お嬢様、いけません」


 ようやく絞り出した声に反応したのは、名前を呼ばれたグウェンではなく、入り口近くに立っていたセバスだった。

 セバスは他の魔族の目からコルシェを守るように向き合うと、肩をグッと掴んだ。


「落ち着いて聞いてください、と言うにはもう手遅れでしょうが。改めてここで言っておきます」


 セバスはゆっくりと深呼吸をして口を開きかけたときだった。




「親父が……死んだ」

「っ……」




 セバスが言うはずの言葉をかすめ取るように、グウェンの声が聞こえた。

 その声はあまりにも淡々とした声で、だからこそ部屋中に響き渡った。


 その言葉が闇に溶ける前に。


「誰だか貴様にわかるか?」


 いつの間にか逃げ場をなくすように背後に立っていたのは、恐怖という言葉を初めてコルシェに植え付けたオグニアだった。

 そんなオグニアにセバスは焦った様子を見せ。


「や、やめ」




「人間だ」




 貴様が殺ったのだ、と言われるようだった。

 コルシェは必死に「違う、私じゃない」と言いたかった。叫びたかった。


 しかし、この重い空気と周りから押しつけられるような圧。

 そして、忘れていた恐怖が自分の背後にいるということが重なり、コルシェの手は震え、足は動かず、その結果、本当に自分が殺ったのだとさえ思い始める。


 そんなコルシェに追い討ちするように、オグニアは言葉を続けた。


「魔王様は人間と和談すると出掛けた。そこで差し出された飲み物の中に遅延型の毒が入っていた」


 記録のような結果だけを伝えることで、コルシェ自身に考えさせ、自らに罪悪感を生ませる。

 さらにはどこの国、誰が、という情報ではなくあえて「人間」とだけ言うことで、同じ人間であるコルシェを追い詰める。


「出て行け」


 ビクッ、とコルシェの肩が震えた。


「……お嬢様」


 セバスがコルシェの優しく部屋の外に出るように誘導する。

 コルシェに触れる手は優しかったが、コルシェは気付いていた。

 オグニアの言葉を否定せず、こうして部屋の外に出そうとしているセバスも自分をどう思っているか、など。


 怖かった。怖くなった。


 周りの目も、オグニアも、セバスのことも。


 だけどそれ以上に。


「……」


 セバスの肩の上からチラリとグウェンを見た。

 しかし、グウェンは結局コルシェと目を一度も会わすことなくて。


 それが何よりも怖くて、胸が痛かった。




 ★☆★




 魔王が死んだという知らせは、一晩と立たずに国中に広がった。


 そして、魔王を殺したのが何の種族なのか、ということも。


「コルシェ、気にしちゃだめだよ?」

「コルちゃんは何も悪くないじゃん」

「大丈夫、大丈夫だから、ね?」

「……うん」


 その知らせを受け、仲のいい魔族の子どもたちがコルシェの心配をしに来てくれた。


 人間を、コルシェを悪く言う魔族は前からいた。

 しかし、それと同時にコルシェの人柄に惹かれ、コルシェの友達になってくれた魔族も少なからずいる。


 その子どもたちがこの件を境にコルシェのもとから離れていくことなどはなくて。

 それが唯一のコルシェにとっての幸せだった。


 ……だけど、それは同時に不幸でもあった。


「グウェンだってきっとすぐに立ち直ってさ。また皆で遊べるよ」

「今は少し一人になる時間がほしいだけだって」

「少しの辛抱だよ。大丈夫」

「……うん」


 あれからコルシェはグウェンの顔を見ていない。

 ずっと部屋にこもって、何度か部屋の外から呼びかけたが返事はなかった。


 魔王の子どもということもあって、グウェンもコルシェもいつも忙しい魔王と家族らしいことをした数は多くない。

 だからこそ、グウェンはあまり会えない父親を尊敬していたし、口にあまり出さなかったけど好きだったと思う。


 その魔王である父親が死んだ。

 ましてやその犯人が幼馴染であり兄妹でもあるコルシェと同じ人間。


 立ち直るにはかなりの時間が必要。

 セバスが何度かグウェンの様子を心配して部屋に入っていることはコルシェも知っており、グウェンの様子をセバスに聞いてはいるが首を横に振るばかりだった。


 心配と不安が毎日コルシェの心を蝕んでいた。


 それに加え。


「おいおい。魔王様を殺した人間がなんでまだ生きているんだ?」

「さっさと死刑にしちゃえばいいのにな!」

「死・刑♪ 死・刑♪」


 もとからコルシェをよく思っていなかった魔族達があからさまな嫌がらせをするようになった。


 コルシェを見る度に「死ね」など「父親殺し」など。

 言葉だけに留まらず、石を投げつけるならまだいい方で、一歩間違えば死んでしまう可能性のある魔法を平然とコルシェに撃つようになった。


「アンタ達ねぇ!」

「オーガン、やめろ!」


 オグニアの息子オーガンのもとに集まる魔族のほとんどは武闘派であるのに対し、コルシェの周りにいる魔族はどれも戦いを得意としない魔族ばかりだった。


 ほんの少し前までなら、こういうときグウェンがいて、グウェンが全部解決してくれた。


 魔王の息子ということもあって、グウェンに攻撃することは許されることではないし、グウェンが単純に強かったこともあってオーガンらもグウェンの前では手を出せないでいた。

 そのグウェンがいない今を狙って、オーガンはここ最近毎日のようにコルシェらにつっかかるようになっていた。


「おいおい、よく庇えるな。極悪非道の人間を」

「っ……!」

「違う! コルシェは何もしていないじゃない!」

「いいや。お前のせいで魔王様は、グウェンの父親が死んだんだ」

「この野郎!」


 オーガンの言葉に耐えきれなくなった一人が殴りかかったが、その拳を片手で受け止めたオーガンは逆に殴り返した。


 近接に特化したオーガ族の拳の威力は巨大な岩石を砕くほど。

 その本気の拳に魔族の一人が目をつぶったときだった。


 パシッ。


「あぁん?」

「……え?」


 その威力をすべて吸収されたかのような静かな音が小さく鳴った。

 見ると、オーガンの拳がそれよりも小さな手で受け止められていた。


 それは、久し振りに見たグウェンの姿だった。


「グーちゃん!」

「グ、グウェン……。お前、いたのかよ」


 コルシェが嬉しそうな声をあげる反面、オーガンが引きつった笑みを浮かべた。


 グウェンはチラリとコルシェを見たと思ったら、オーガンに言った。


「やめろ。これ以上この国をバラバラにしてどうする」

「……あん?」

「え……」


 その異変に気付いたのはコルシェだけではなかった。


 グウェンはたしかにオーガンに注意していた。

 しかし、今までであればコルシェを守るための言葉だったはずが、今回のものはどちらかと言えばオーガン寄りのものだった。


「グ、グーちゃん?」

「……さっさと帰るぞ」

「え、あ……う、うん」


 グウェンはコルシェに背を向けると歩を進めた。


 コルシェの中の不安がさらに増していく。




 ★☆★




 少しずつ、少しずつグウェンが変わっていくのを、コルシェは見ていることしかできなかった。


 最初は気のせいかと思った。

 しかし、そうではないと次第にわかってくる。


 簡単に言えば、グウェンとの距離が開いた。壁ができたと言ってもいい。


「あ、あのグーちゃん」

「……」


 コルシェの呼びかけに答えなくなった。


「ね、ねぇ。グーちゃん?」

「……チッ」


 コルシェの声に舌打ちをするようになった。


「グー……ちゃん」

「……はぁ」


 コルシェを見る度に顔を顰めるようになった。


「……」

「……」


 コルシェからもグウェンに話しかけることがなくなった。


 変わってしまった。グウェンとコルシェの関係が。

 あんなにも仲の良かった二人が。どうして。


「……わかんないよ」


 コルシェは一人で泣くことが多くなっていった。

 依然として魔族の友人はいる。けど、泣いている姿は見せたくなかった。


 そうしているうちにグウェンはオーガン達とつるむようになっていた。

 アーガン達も最初はグウェンの変化に戸惑っていたが、そのうち当たり前のようにグウェンを自分達の輪の中に入れるようになった。


 それに痺れを切らしたコルシェの友人がグウェンに詰め寄った。


「お前、いつまで引きずってんだよ!」


 グウェンの胸ぐらを掴む友人を、グウェンは鼻で笑った。


「お前らこそ恥ずかしくないのかよ」


 友人だったはずの腕を力強く握りしめたことで、苦痛の表情を見せる友人を一切気にせずグウェンは言った。


「ソイツが俺達に何をしたのかわからねぇのか? 殺したんだぞ、俺の親父を。魔王を」

「っ……」

「違ぇ! コルは何もしてねぇだろうが!」


 その瞬間、グウェンが友人だったはずの魔族の腹を思いっきり蹴飛ばした。


「何もしてねぇだと? なら俺の親父はどこに行った!?」

「まぁまぁ落ち着けよ、グウェン」


 グウェンが初めてコルシェに向けた明確な嫌悪と敵意だった。

 それを宥めたのがオーガンだった。


「コイツらはお前の気持ちなんてまるでわかってねぇ。そうだよな、辛いよな」


 オーガンはニヤニヤとコルシェを見る。


「アイツがいなかったら、今頃俺達は皆仲良かったってのに。邪魔だよなぁ、アイツ」

「……あぁ、邪魔だ。本当に……邪魔だ」

「グ、グーちゃん……」


 次の瞬間。


 コルシェの腹に味わったことのない衝撃と痛みが起きた。

 地面を叩きつけられるように転がり、少し離れたところでグウェンが片足の裏を見せていたことで、ようやくコルシェは自分がグウェンに蹴られたのだと理解した。


「グ……ちゃん……?」

「っ……」


 次に感じたのは顔への衝撃だった。

 まるで女の子に向けるべきではない暴力の連打が次から次へと行われた。


「おまっ、何やってんだよ!?」

「や、やめなさい。グウェン!」

「ば、バカ野郎! 今、殺したらマズいって!」


 コルシェが気にくわなくて仕方ないオーガンですら暴れるグウェンを抑えに周り、ようやくグウェンはコルシェに向かって叫んだ。


「消えろ! 消えちまえ! 俺の視界に入ってくんじゃねぇ! テメェなんか――」


 感情のままに叫んだ。




 ――死んじまえ!




 コルシェの心が折れる音がした。




 ★☆★




 それからすぐのことだった。


「今すぐ出て行け」

「え……?」


 グウェンが家に帰ってくると同時にコルシェは耳を疑った。


「ここはテメェの家じゃねぇ。俺と親父の家だったんだ」


 それなのに、とグウェンは続けた。


「お前のせいだ。お前さえいなければ」


 グウェンの隣にはコルシェに優しくしてくれたセバスも立っていた。

 コルシェはセバスに助けを求めるような目を向けるが。


「申し訳ございません。魔王様が亡くなった今、私の主はグウェン様であり、貴方ではないのですよ」

「で、でもここには」

「出て行け。この家から、いや、この国から!」


 そう言うと、またコルシェの腹を蹴った。


「さっさと出て行け。魔物にでも食われて死んじまえ!」


 それを最後にグウェンは家の扉を閉めた。

 セバスもそれを黙って見て、決してコルシェに手を伸ばさなかった。


 それが、決別だった。


「……ひっく。……ひっく」


 帰る場所も何もかも失ったコルシェはこの日をもって。




 魔族領から追放された。




 ★☆★




 それからまた数年。


 魔族の国は大きな変化が起きた。

 新たな魔王が誕生したのだ。


 しかしそれは、グウェンではなかった。


 新たな魔王として選ばれたのはオグニアだった。

 一部の者達が魔王の息子であるグウェンを推したのだが、それが認められることはなく。

 理由はいくつかあった。


 その一、グウェンが魔王として君臨するにはまだ若すぎるということ。

 その二、グウェン自身の戦闘力は確かに高いが、魔王としては不十分であったこと。

 その三、前回のように魔王が人間と和解しようとする意志が芽生えるかもしれないということ。


 いろいろあったが、大まかな理由はその三つに絞られる。

 そして、グウェン自身もそれを受け入れ「魔王になる気はない」とはっきり申し出たことが決め手だった。


 そして新たな魔王の誕生とともに、魔族は人間への宣戦布告を申し込んだ。


 それが魔族と人間の戦争となった。


 魔族も人間も数え切れないほどに命を落とした。

 それでもお互い戦争を止めることはなく、両者五分五分の戦争を繰り返していた。


 しかし、あるときから徐々に人間側が魔族を押すようになり始めていた。


 曰く、人間側で勇者が現れた、なんて話を聞くようになったのだ。

 魔族に苦しめられている人々を助ける勇者。聖剣に選ばれた勇者がいるのだと。


 最初は魔族側も偶然とばかりに笑っていたが、日を跨ぐ毎に徐々に追い詰められている状況に焦り、気付けば戦える者が少なくなっていた。


 そしてそれは、グウェンも同様だった。


「……」


 グウェンは今や、魔王第四軍部隊のトップ、つまり魔王軍の幹部に位置していた。

 グウェンの強さは父親譲りだったようで、若くありながら魔王軍トップクラスの実力を持っていた。


 しかし、そのグウェンの部隊も残り僅かとなっていた。


 どうやら人間の勇者と呼ばれる者が直にここにたどり着くらしい。

 そうなればグウェンは自身のすべてを懸けて戦わなければならない。


 そうなればどちらかが死ぬまで終わらない。

 それはつまりグウェンも死ぬかもしれない、ということでもあって。


「……何を今さら」


 自分を奮い起こすように笑みを浮かべると、噂の勇者と呼ばれる者を待つ。

 そして……。




 ついに邂逅を果たす。




「久し振り、だね」

「……はっ」


 グウェンはその勇者を見て笑わずにはいられなかった。


 それもそうだ。


 だって、勇者はかつて自分が追放したはずの人間だったのだから。




 ★☆★




 その顔を見て、俺は思わず顔に手を当てて笑ってしまった。


「勇者というのが誰かと思えば、はっ、テメェかよ」


 あれからもう何年も経つというのに、顔はまるで変わっていなかった。

 いや、ほんの少しだけだが大人びた顔になっているようにも見えなくもない。


 しかし、その顔を忘れるわけがなかった。忘れたことなど一度もなかった。


「グー……グウェン」


 俺への呼び方も変わっていた。

 そりゃそうだ。あれだけのことをしてやったんだ。俺を憎まないわけがない。


「久し振りだな、コルシェ」


 俺が名を呼ぶと眉がピクリと動いた。

 俺に名を呼ばれるのももう嫌ってか。よくもまぁ、こんなにも嫌われたもんだ。


「いつまでこんなことをする気なの?」

「いつまで? そんなの決まってる。人間が滅ぶまで」

「……そう」


 コルシェは覚悟を決めたように剣を抜いた。


 ……あぁ、それでいい。


 コルシェの頬に小さな傷が見えた。

 俺が昔つけた傷だ。コルシェの顔を思いっきり殴って蹴ってつけた。




 忌々しい傷だ。




「さぁ、やろうぜ。兄妹喧嘩ってやつを」


 俺は笑うと同時に思い出す。

 走馬燈ってやつだろうか。


 なによりも大事な女を守るために自ら背負った罪の記憶を。




 ★☆★




 俺は後ろを振り返った。


「コル、早くしないと置いて行くぞ」

「待ってよ、グーちゃん!」


 ようやく俺に追いついてきたコルの手を俺は握った。


「遅いぞ、コル」

「グーちゃんが早すぎるんだよ」


 コルと俺は幼馴染であり、兄妹でもあった。

 何をするときもいつも一緒で。俺が何かするときも、コルが何かするときも必ず一緒に行動していた。


 俺はそれが当然だと思っていたし、きっとコルもそう思っていたんだと思う。


「親父に久し振りに会えるってのに」

「楽しみなのはわかるけど。転んだら危ないよ」


 俺とコルは親父が大好きだった。

 魔王である親父はいつも忙しくてなかなか会う機会はないが、ときどきしか会えないからこそ俺達はそのわずかな時間を大切にしていた。


 普段は行くことのない会議室の前に立っていると、ゆっくりとドアが開き、それが親父だとわかると俺達は親父の胸に飛び込んだ。


「親父!」

「お父さん!」

「うわっ!?」


 親父が驚いた様子で俺達を受け止めたあと、親父の奥からセバスが姿を見せた。

 魔王である親父の側近であり、ヴァンパイアの長も務めるセバス。

 普段のスーツ姿しか見たことがないから実感がないが、怒ると怖いんだぞ、と親父が笑っていっていたのを憶えている。


「すまない、セバス。邪魔したな」

「いえいえ、滅相もない」


 親父とセバスが数回ほど言葉を交わした後、セバスは俺達を見て笑った。

 俺もコルも親父と同じくらい、セバスが好きだった。

 その見た目もあったが、優しいおじいちゃん、のように思っていた。


「まるで本当の兄妹のようですね」

「あぁ、そうだろう?」


 セバスの言葉に、親父が嬉しそうに、誇らしげに笑った顔を今でも憶えている。

 そのときはその表情の意味がわからなかったが、今ならよくわかる。


 そのすぐあとだった。


「っはん!」


 俺達の幸せな時間を邪魔するようにオーガ族の長であるオグニアが介入してきたのは。


 オグニアは人間であるコルを誰よりも毛嫌いしていた。

 そして、コルと関わる俺達のことも付随して嫌っていた。

 子どもながらでも、それがよく伝わっていた。


「忌々しい人間など、家畜か奴隷のようにこき使えばいいものを」

「オグニア、それは魔王様への不敬であるぞ」

「執事のような真似事をするヴァンパイアが何を言うか」

「……仮にもオーガの長たる者が情けない」


 その度にセバスとよく言い合いになって、それを親父が諫めるというのが恒例になっていた。


 しかし、その日は少し違っていた。


 自分達の種族を馬鹿にするようなお互いの発言に、セバスもオグニアも頭に血が上ってしまったのだ。


 オグニアはただでさえ子どもに恐怖を与える大きな巨体を持っているにもかかわらず、それをさらに筋肉で膨らませていた。

 セバスは背中から漆黒の翼を生やし、さらには目を赤くして戦闘態勢に入っていた。


 コルと誰よりも近くにいて手を繋いでいた俺は、誰よりも先に気付いた。


 コルがビクリと恐怖に震えていることに。

 だから思わず親父よりも先に、身体が動いてしまった。


「やめろ。セバス、オグニア」


 俺が手を放したコルが泣きそうになったが、俺は「大丈夫だ」と優しくコルの頭を撫でると、歩を進めて二人の間に身体を挟んだ。


 俺の身体の何倍もある二人の間に入るには、それなりの勇気と覚悟が必要だったが、コルの不安そうな顔を見たらそんなことを言ってもいられなかった。


「コルが怖がっている。やめろ」


 俺はそう言うと、二人を責めるように睨みつけた。


 俺がコルを守るのだと、絶対に泣かせないのだと。

 そのためなら俺は自分よりも強い相手に立ち向かう。


 この頃には、そういった覚悟がもうできていた。


「さっきの言葉は俺からのアドバイスと受け取ってくれ、魔王様」


 そんな俺の目に臆したのか、呆れたのか。

 オグニアが不機嫌そうに自治領へと帰っていくのを見届けた後。


 ポツリと親父がこぼすように言った。


「……すまないな」


 どうして親父が謝ったのか、それを知るのはもう少し先で。


「私がしっかりしていれば」

「魔王様が悪いわけでは……」


 ただ、俺達が生まれる前に何かがあったということはわかった。

 だとしても、オグニアの行為を許したくはなかったし、親父が謝る姿が無性に嫌だった。


 親父が苦しそうに謝る度に、俺の頭の中に俺の知らない光景が浮かび上がるのだ。


 暗い森の中で誰かに許しを請うように頭を下げる親父の姿が。


 俺にとって親父は尊敬の対象で、そんな顔は見たくなかった。


「久し振りに家族でピクニックでも行こうか!」

「ピクニック! 楽しみだね、グーちゃん」


 そんなとき、この暗い気持ちを吹き飛ばしてくれるのがコルの笑顔だった。




 ★☆★




 少し歳をとると、コルは魔族の中に唯一人間である自分がいることに不安と罪悪感を感じるようになっていた。


 俺が遊びに誘っても必ずと言っていいほど一言目には遠慮の言葉が返ってきていた。


 それが俺は気にくわなかった。


「種族がどうした。俺が魔族で、コルが人間ってだけだろ。気にすることなんてねぇよ」


 魔族がなんだ。人間だからなんだ。

 俺とコルはいつも一緒だった。その俺がコルに思うことなんて一つで。

 俺は俺で、コルはコルだ。


 同じことで笑い合って、悲しくなって、ときには怒ったりして。

 同じ心を持っている。

 わかり合うとか、わかり合えないとか、そんなんじゃなくて。


 俺達は別々に生きているけど、同じように生きている。

 ただ、それだけのことなのに。


「グーちゃんがよくても皆が……」

「皆も気にしちゃいねぇよ」


 ここ数年でコルにも魔族の友人ができた。

 皆、コルが人間だと知っても態度を変えることなく、むしろ優しくしてくれる奴らだ。


 だけど、その真逆の考えを持つ者もいて。


「でも前にオーガンが……」

「オーガン達に言われたことなんて気にすんなって。アイツらはアイツらで、俺達は俺達。もしアイツらに何かされたらすぐ言えよ? 俺達がお前を守ってやる」


 コルを嫌うオグニアの息子オーガンは俺のいないところでコルをいじめていた。

 俺には勝てないからと言って、いつも隙を窺って、本当にセコいやつだ。


 そんな卑怯者のせいでコルが魔族を嫌って、元気を無くしていくのが嫌だった。

 だから俺はコルの手を引っ張って無理矢理にでも外へと連れて出した。


 この頃から、自分の中でもうっすらとわかり始めていた。


 コルが笑う顔が見たい。

 泣いている顔なんて見たくはない。

 いつも俺の隣にいてほしい。


 そういった感情をひとまとめにした名前を俺は、少しずつ理解していた。




 ★☆★




 ……親父が死んだ。


 その知らせを俺は魔王軍幹部であるオグニアから伝えられた。

 オグニアは人間であるコルをよく思っておらず、そして、そのコルと魔王の息子である俺が一緒にいることもよく思っていなかった。


 だからオグニアから呼び出されたとき、また助言という名の嫌みを言われるのかと構えていたのだが。


 まったく予感していなかった言葉に俺は動けずにいた。


「そ、そんなわけがねぇ!」


 ようやく出した言葉が否定だったがオグニアは俺を憐れむような目で見ると。


「先日ここに迷い込んだ人間がいたのを憶えているか?」

「あ、あぁ」


 ここに迷い込む人間達はよくいる。

 人間が魔族領に足を入れること、もしくはその逆は明確な悪というわけではないが、忌避されている。


 その昔、俺が生まれる前まで魔族と人間はお互いに対立していた。

 言うなれば戦争だった。


 それを終息させたのが親父だった、というのも知っている。


 しかし、その名残というのは未だ存在していて、お互いの種族はいがみ合っている。

 特に、俺達の親の代はそういった考えをする魔族が多く、人間なんて見たらすぐにでも殺してしまうだろう。


 だからこそ、親父は魔王として人間と交渉してお互いの領地を区分した。

 お互いの土地に足を踏み入れてはならない、と。


 それでもときどき例外は出てしまう。


 人が魔族領に、魔族が人間領に。

 なんらかの手違いでそういったことが起きてしまうことはあった。


 そういうとき、親父は人間を一時的に保護し、人間の意思を尊重して人間領に返したり、もしくはここへの移住権を与える。


「そのときに保護した人間があろうことか、どこかの貴族の娘だったらしい」

「貴族の?」

「あちらが勝手に迷い込んできたというのに、誘拐だの、拉致監禁だの。あらぬことを言われて、そこで魔王様が和談に向かったのだが……」


 オグニアはそこで一度切り、鋭い歯をグッと噛み締めて。


「その和談の最中に提供されたものの中に毒物が入っていた」

「そ、そんなバカな……」

「その毒はすぐに効くものではなく、少しずつ魔王様の身体を破壊していき……そして、つい先ほど倒れてしまった」

「う、嘘に決まってる! だって親父には……!」

「未来を視る目がある、か」

「あぁ!」


 これは魔王軍幹部の中でも一部の者と、そして俺だけが知っている事実。

 コルも知らないことだ。


 魔族の中でも特に優れた魔法の力を持つ者は、日常生活においても魔法の影響を受ける。

 特殊能力といっても差し支えない。


 親父の場合、それは『未来視』という形で現れた。


 いつも発動しているわけではない。

 親父ですら予知できないタイミングで現れることがあるらしい。

 ただ、自分の身に危険が迫ったときと、人と目が合ったときに比較的発動することが多いらしく、その場合、その人の将来の一部分を見ることができるということらしい。


 それを親父が俺に伝えた理由は、おそらく俺にもいずれその力が目覚めるから。

 その未来を視たらしい。

 そのとき俺が戸惑わないように、と。


 その親父が……なんで。


「魔王様の未来視は強力だ。自分の身に危険が迫ったとき、ほぼ間違いなくそれを回避できる……はずだった」


 にもかかわらず、親父は死んだ。

 なぜ、いったいどうして。


「考えても仕方あるまい。今はこの現実から、我々がどうするべきかだ」

「……何を考えている?」

「言うまでもない」


 そう言ってオグニアは俺に背を向けた。


 一瞬、オグニアの背中が二重に見えた。




 ★☆★




 オグニアと分かれた後、呆然としていると、気付けば目の前にベッドの上で眠る親父の顔があった。

 どうやら無意識のうちに親父のもとに歩いていたらしい。


「……親父」


 呼んでも返事は返ってこない。けど、俺は言葉を続けた。


「どうすればいい?」


 親父が死んだことが悲しいし、苦しい。辛い。

 自分の中で憎悪と怒りがふつふつと時間とともに湧きあがってきているのも知っている。


 ……だけど。


「どうすればいいんだよ……!」


 それを人間という種族に向けることはできなかった。

 親父を殺したやつが憎い。ソイツが人間だってことも知っている。


 けどだからって人間すべてを憎めない。

 うちの中に湧きあがる感情と、それをぶつける相手の数が見合ってない。


 その理由は簡単だ。


「コルを憎むなんて、できるわけないだろ……!」


 人間すべてを憎むということは、もちろんその中にはコルもいるわけで。

 コルだけが特別なんじゃない。

 コルのように優しい人間がいるってわかっているからこそ、彼らを純粋に憎むことができない。


「……なんで死んじまったんだよ」


 俺はやけくそ気味に寝てる親父の胸ぐらを掴んだ。

 親父の身体に傷跡はない。オグニアの言うとおり内側だけを破壊したのだろう。


「なんのためにその目があるんだよ……!」


 俺は閉じてしまった目を無理矢理開けた。


 光の失った目は、俺の姿を無機質に映している。


 その瞬間だった。


「な、なんだ?」


 急に視界が変わった。


『セバス、オグニア、まだいけるな?』

『もちろんでございます』

『当然』


 親父が全身から血を流していた。その隣には、どこか若く見えるセバスとオグニア。

 親父の雰囲気は丸っきり違う。

 俺が知っている親父はこんな冷徹な目をしていない。


『やつらめ、こざかしいことをしてくれる』

『いかがなさいますか?』

『ふん、決まっているだろう』


 ふと、辺りを見渡してみると俺の周り、いや親父達を中心に人が倒れていた。

 誰も彼もが親父以上の血を流していて、まさに地獄のようだった。


『殺戮だ』


 と、親父でない親父の声が聞こえた瞬間、また景色が変わった。


『……なぜ魔族が人間を庇う?』

『本当にわからないの?』


 そこはちっぽけな村のようだ。

 しかし、その村には魔族と人間が一緒に過ごしているようだった。


 それをどこから聞きつけたのか、魔王である親父はこの村に来て人間を殺そうとした。

 それを邪魔したのが、一匹の魔族の女。


「……お袋、か?」


 親父の前に立ちふさがったその女は、親父の部屋に飾られている写真に写るその人だった。

 親父は俺に「この人がグウェン、お前の母さんだ」と教えてくれた。


『人間? 魔族? どちらにも同じ心というものがあるのに。わからないの?』

『魔族と人間が同じだと? 世迷い言を』

『迷っているのはあなたの方よ』


 息子である俺ですら尻込みしてしまいそうなオーラを身にまとう親父よりも、それを真っ正面から受け止めた上で立ち向かうお袋に目を奪われた。


『わからないのなら、ここでしばらく生活してみるといいわ』


 また、視界が変わった。


『君がいなかったら、私は弱いままだった』

『あら、最後にどうしたのよ?』


 親父はベッドに横になっているお袋の手をしっかりと握っていた。

 お袋はそんな親父を見て楽しそうに笑っていた。


『君ともっと一緒に笑いたい。もっと君に尻を叩かれたい』

『あら、喧嘩を売ってるのかしら? 魔王といえども、喧嘩は買うわよ』

『それでもいい。買ってくれ。私のすべてを売り払ってでも、君ともっと一緒にいたいんだ』


 ――あぁ、そうか。


 ここまでくるとわかってしまう。


「これが俺の力、なんだな?」


 俺は実体のない身体で目に手を当てる。


 これは親父の過去だ。

 俺は過去を視る力、『過去視』の力を持っているのか。


『私に育てられるだろうか』

『もちろんよ』


 いつの間にか、二人の目は親父の腕の中にいる赤ん坊に向けられていた。

 親父の中でスヤスヤと眠っている赤ん坊は、将来今の自分を見ることなんて考えてもいないだろう。


『……安心してくれ』

『ん、今度はどうしたのよ?』

『……立派に育ってるよ』

『……そっか』


「……え?」


 二人の目は赤ん坊の俺から、今の俺へと向けられていて――


 景色が変わる。


『本当に申し訳ない』


 暗い森の中、親父の声だけが響いていた。


『貴方はきっとこの子が自分よりも大切で、自分の手で育てたかったのだろう。生きる力も、生きる楽しさも、大変さも、貴方が教えるべきで、貴方自身もそれを味わって、自分の人生もこの子の人生も素晴らしいものにしたかったのだろう』


 木に寄りかかる人物は黙って親父の謝罪を聞いていた。


『貴方がこの子に教えたかったものをすべて教えよう。貴方がこの子に伝えたかった想いをすべて伝えよう。夢も愛情も。貴方が捧げるはずだった愛には劣るかもしれないだろうが、それでも私のすべてをこの子に注げよう。貴方の夢をすべてこの子に与えよう。貴方の分までこの子を幸せにすると約束しよう』


 そう言って親父は動かない女性を前に深々と土下座をした。

 お袋と出会わなかったなら、きっと親父はこんなことをしなかったのだろう。


 親父とお袋の過去の一部しか知らない俺には、親父の心中を察することはできないけれど。

 親父の姿が、俺には眩しく見えて誇らしく思えた。


『行こうか、グウェン、コル』


 女性から一枚の紙を受け取った親父は俺ともう一人の赤ん坊を持ち上げた。


 すべては、ここから始まったんだな。親父。




「……おい、待て」




 俺の知らない親父の決意を知ったと思った次の瞬間、俺は目を疑った。


『憎い! 憎い!』

『人間が憎い!』

『魔王様を殺した人間が憎い!』

『殺してやる』

『殺してやる!』

『誰一人残らず!』

『殺してやる!!』


 場所は魔王城前の大きな広場。魔族領でお祭り等が行われる際に用いられる場所だ。


 その広場に、埋め尽くすほどの魔族が集まり、泣きながら、ある者は怒りを顕わに叫んでいた。


 その中心。


 魔族達に取り囲まれるように置いてあるのは、処刑台のように大きな十字架を打ち付けられた大きめの台。


『人間の手によって魔王は殺された。人間が魔王様を殺したのだ!』


 十字架の隣で先ほどの言葉を肯定するように宣言したのは幹部であるオグニア。


「待てって言ってんだろ……。なんだよ、これは……」


 オグニアのすぐ横で、十字架に縛られているのは服も身体もボロボロになっているコルだった。


 なんだ。何が起こっている!?


「コル!」


 思わずコルを呼んだが、過去を視ることしかできない俺の声は届かない。


 こんな過去、俺は知らない!


『――私が死んだ? コルがどうして……。グ、グウェンはどうした!?』


 すると混乱する親父の声が聞こえた。


 親父の声に、思わず自分自身を探した俺は、処刑台の奥で複数の魔族に押さえつけられている自分を視た。


『やめろ! コルは悪くない! 手を出すんじゃねぇ!』


 俺と同じように必死に叫んでいるのに、その声も周囲の魔族達の怒りの叫びによってすぐにかき消されている。


『人間め! 殺してやる!』

『殺せ! 殺せ!』

「やめろ……やめろ!」

『頼む、やめてくれ!』


 俺の叫びは届かない。


 なにやってんだ、コルを守るんじゃねぇのかよ! おい!


 俺の怒りが俺へと向かったとき、オグニアがコルの頭を無造作に掴んだ。


「『オグニア!』」


 二人の俺が同時に叫ぶと、オグニアは魔族達にコルを見せびらかすように顔を突き出した。


『その憎き人間がここにいる! 貴様らこの人間をどうしたい!?』

『殺す!』


 オグニアの質問にすぐさま返ってきた言葉にオグニアは首を横に振った。


『いいのか、その程度で!? ただ殺せば怒りは収まるか!?』

「『オ、グニアぁぁぁぁぁぁ!!』」


 俺達の怒りはてっぺんまで達していた。

 それなのに、どうして身体は動かない!


『見ろ、この人間の目を! まだ何か希望を見出している目だ!』


 コルの目は誰かに殴られた後でいっぱいになっている。だが、目の光は失われていない。

 俺が知っている綺麗な目だ。


『この人間に絶望を与えたくはないか!』


 そう言うと、オグニアはコルの頭を掴んでいない右手で拳を握った。


「や、やめろ……。やめろ……」


 オグニアが何をしようとしているか察した俺が止めようとするも。


『ふんっ!!』

『……ぅおぇっ!』

「コル!」


 腹に巨大な拳が入ったコルが呻き声を上げ、血と胃液を吐き出した。


 何発か繰り返し、コルの足下には胃液と血が混じった溜まりができていた。


『殺すなんて生ぬるい。そうは思わないか?』


 オグニアはそう言うと十字架を根元から持ち上げて、コルを道具のように魔族の集団に投げ放った。


『殺さなければ、何をしようと構わない。気が済むまで絶望させてやれ』

「『やめろぉぉぉぉぉぉ!!』」


 俺の咆哮が響き渡り、また、景色が変わった。




「ごめん、コル」


 気付けば俺は牢獄にいた。


 俺が捕まっているのではない。


 俺は牢屋の外側にいて、内側にいるのは右手と両足を鎖によって拘束されたコルだった。

 左手は……。


『グー……ちゃん』


 顔を上げたコルの顔は、俺が知っている顔じゃなかった。

 左目は包帯で隠され、右半分は腫れていてまるで別人のようだった。

 かろうじて、左目の色がコルとわかる判断材料となっていた。


『もう限界だ。コル。お前はここから逃げるんだ』

『そんなことしたら……グーちゃんが……』

『俺なら大丈夫だから……頼む』


 俺自身をよく見てみると、背も高くなり顔つきも変わっていた。

 俺は未来を視ているのだろうか?


 だが、そんなことは今どうでもよかった。


 ただコルだけを見ていた。


『……できないよ』


 コルはゆっくりと首を横に振った。


『グーちゃん、を置いて、私は……できないよ』

『頼む……!』


 俺はコルに土下座していた。

 みっともなく涙を流しながら。どっちが捕まっているのかわからないほどに。


『グー、ちゃん。……私を、一人にしないで……』

『っ……』


『――あぁ、ダメだ』


 親父の声が聞こえた。

 そしてそれは俺も同じだった。


 こうなったらコルは意地でも逃げないし、それを言われてしまったら、俺も何も言えない。

 俺はコルに甘えてしまう。

 コルにまだ耐えてくれ、と最低な考えに至ってしまう。


『――バカ野郎』


 そうだな、親父。俺はバカ野郎だ。


 ここが過去か未来かなんてどうでもいい。

 今、何もできない俺が何よりも憎くて仕方ないんだ。


 ……どうすりゃいいんだよ、親父。




 また景色が変わった。


『人間、か?』

「っ……!」


 場所は同じ牢屋の中。


 しかし、その前に立っているのは俺ではなく、俺のまったく知らない人物。

 だが、その人物が人間ということはすぐにわかった。


「やっと……!」と思ってしまった。

 ……だが。


『……あなたが』


 コルは同じ人間であるその人物を恨めしそうに睨んでいた。

 コルに似合わない暗く、光のない目。絶望した目だ。


 まさか、と思った。


『グー、ちゃんを……殺したの?』

『……あの魔族なら自らの手で死んだよ。お主を任せた、と言ってな』

『っ……!』


 その瞬間、コルが聞いたことのない声で叫んだ。


『人殺し! よくもグーちゃんを! 許さない、絶対に許さない!』


 それはあの処刑台の周りにいた目と同じ目をしていて。


『殺してやる! お前らなんか、全員! 殺してやる!』


 鎖に縛り付けられた腕も足も引き千切る勢いで暴れるコルに、その人間はため息をついた。


『魔族にここまでひどい目にあってよくもまぁ、そんなことが言えるものだ』

『死ね! 死ね! 死んじまえ!』

「……やめろ。やめるんだ、コル」


 俺はそんなことをコルに言わせたいんじゃない。

 コルにこんなことをしてほしくて死んだわけじゃない。


 コルを死なせたくないから。

 一人にしたくないから。同じ人間である彼らに任せたんだ。


「や、やめてくれ。頼む!」

『この女は私達にとっての害となる』

「やめてくれって!」

『すまない、魔族の者よ。約束は違えた』

「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 コルの首がはねられ、俺と目が合った瞬間、コルが笑ったような気がした。




 ★☆★




 そして俺は真っ暗闇の中にいた。


『過去を視る目、か。私と似てはいるが、私とは逆の目だな』


 俺の目の前にぼやっと親父の姿が現れた。


『……今のはなんだよ、親父』

『グウェン、お前は過去を視る目を用いて、過去の私が見た未来を見たのだ』

『……だと、思った』

『逆に今私は未来のお前を視ることで、このように会話ができている。……うまくいったようだ』

『……親父』

『わかっている』


 親父の身体が早くも透け始めていた。

 時間はもうない。


『未来を知っていれば、未来は変えることができる。今回私はできなかったが、グウェンお前ならきっと』

『どうやって?』

『さすがにそれはわからん。が、今のままではダメなことはわかっているだろう?』

『……コルを守ればいいんだよな?』

『あぁ』


 親父の姿が消えると同時に、俺の今が帰ってきた。




 ★☆★




「ぐっ……」


 今という時間に戻ってきた俺は、身体の倦怠感に思わず膝をついた。


 まるで夢のようだったが、紛れもなくこのままだと現実になる未来。

 俺がこれからどうするかによって、コルの未来が変わる。

 未来を見れない俺にとって、チャンスは一度切り。どうするべきか。


 思考を重ねていると、複数人が廊下を歩いてくる音を感知した。


「時間がねぇ……」


 俺はゆっくりと立ち上がると眠る親父を見た。


「必ず、守ってやるからな、親父」


 俺が決意したもの、俺がすべて引き継いでやる。


 そう、誓うように。




 ★☆★




 コルに残酷な事実を伝えた後、俺は自分の部屋に引きこもった。


 他の奴らからしてみれば父親の死に悲しみ、凹み、立ち上がれなくなっているのだと思われているのだろう。

 だがしかし、俺にはそんなことをしている暇はなかった。


 親父が死んでからすぐに、おそらく新たな魔王が選ばれる。

 そして次の魔王はおそらくオグニアだろう。


 オグニアはその就任式か、そのすぐ後にコルを拷問にかけ、あの地獄のような処刑場に立たせるだろう。

 そうなってしまったらすべては後手に回ることになる。


 その前になんとかしなければならない。

 だが、俺の力だけでは無理だった。


「坊ちゃん、ご気分はどうでしょうか?」


 いつの間にかセバスが俺の部屋に入っていた。

 ノックはしたんだろうが、おそらく俺が気付かなかっただけ。


 しかしちょうどいいときに来た。


「セバス、知恵を貸せ」

「坊ちゃん?」

「時間がない。コルを救う方法を考えてくれないか?」

「っ……!?」


 セバスは俺の言う意味をすぐさま理解したようで、ほんの数刻、自分の中で相づちをうつと俺を見た。


「確かに今のままではお嬢様が危険ですね。しかし、なぜそれを?」

「親父の過去を通して未来を視たからだ」

「そ、それはまさか!?」

「あぁ、その通りだ」


 俺はセバスに目を見せびらかすように見つめると、セバスは「なるほど」と頷いた。


「何を見たのか参考までに聞いても?」

「あぁ、すべて伝えよう。……だが」

「口外してはならぬ、ですね?」

「あぁ」


 そうして俺はセバスに俺が視たすべてを伝え、それをもとにコルを助ける方法を考えた。


 その果てにたどり着いたのが、コルにとっても、俺にとっても残酷なものだとしても、俺はコルのためになるなら、と。


「お嬢様がこの魔族領を離れたがらないのは、坊ちゃんがいるから。では、一緒に亡命するのはどうでしょう?」

「魔王の息子である俺が逃亡は無理だ。今の俺はいまや注目の的だ」


 おそらく俺はこれから新魔王の候補に選ばれる。

 魔王の息子と言うこともあるし、なにより子どもということで裏から操りやすい立場として利用される。


 それができるなら、未来の俺もとっくにやっているだろう。


「……だが、確かに亡命自体は悪くない」


 俺はできずとも、コルだけなら。

 コルが俺を理由に亡命しないのなら、俺という理由がなくなれば。


 それならどうだ、とセバスに聞いてみると。


「まさか死ぬ気ですか!?」


 そんなことはさせないとばかりに、セバスの目が赤く光った。

 まさかここでセバスの昔の目を見ることになろうとは。


 だが、それは杞憂というものだ、セバス。


「俺が死んだことでコルは人間を恨んだ。だからこそ、今その選択をすればコルは人間でなく、魔族を恨むことになる」


 コルの強さは未来で作られるものじゃない。

 もともとコル自身が持っているものだ。


 俺が今死を選べば、コルは魔族に喧嘩を売り死期を早めるだけだ。


「なら、どうするというのですか?」

「簡単だ」


 コルが俺に執着するのは、俺に対する好感度が高いことが起因だ。

 逆に言えば。


「俺への好感度を最悪にすれば、自ずとコルはこの土地から去って行く」

「……それは、つまり」

「嫌われる、ただそれだけのことさ」


 単純明快な答えに、セバスは何も言えなかった。

 俺の想いを思ってのことだろう。


 だからこそわかってくれ、セバス。


「セバス、俺が一番辛いと思ったことは何かわかるか?」

「……お嬢様が殺されたことですか?」

「半分正解だ」


 確かにそれは間違いではないが、もっと言えば。


「人間であるコルが、同じ人間に殺されたことだ。コルが一人になってしまったことが、辛くて苦しいんだ」


 俺一人を求めて、誰一人コルの傍にいなかった。


 俺を早くに見限ってくれれば。俺が早くにコルと分かれることを決断していれば。


「コルに嫌われようと、コルが生きてくれてさえいればそれでいい」

「坊ちゃん……」


 同情の目を向けるセバスに俺は笑みを返すと、部屋の戸を開けた。

 ここからはコルを騙し、自分自身を騙す戦いだ。


 コルに一切の隙を見せてはならない。

 僅かな隙につけ込まれたら、死ぬのはコルだ。後悔するのは俺だ。


 徹底的にコルを嫌え。恨め。

 この土地に二度と足を踏み入れないよう。




 自分を殺せ。




 ★☆★


 それから俺は悉くコルから距離を取った。

 コルをいじめるオーガンの輪の中に加わった。


 急に変わってしまうと怪しまれるので、最初は無視から始めた。

 その次に舌打ちをするようにした。

 その次は嫌悪を顕わにした。


 それを繰り返していると、次第にコルから俺に話しかけることもなくなった。

 俺にどこか恐怖しているようだった。


 その顔を見る度に心臓が握りつぶされるような痛みを発したが、決して顔に出ないように繕った。


 ずっと思っていた。


 早く出て行け。

 早く逃げてくれ。

 俺を置いて逃げろ。

 いるべき場所に帰れ。

 人間として生きてくれ。

 頼むから死なないでくれ。


 一日を終える度に、一日が過ぎる度に想いは増していった。

 想いと共に罪悪感も増していき、俺は一人森に訪れることが多くなった。

 コルの母親に何度も泣きながら謝った。

 約束を果たせなくてごめん、と。コルを幸せにできなくてごめん、と。

 何度も何度も。


 コルが捕まるのがいつになのか、すっと気がかりで仕方なかった。

 今日か、明日か。もしかしたら数秒後訪れてしまうかもしれない。


 そんなときだった。


「アイツがいなかったら、今頃俺達は皆仲良かったってのに。邪魔だよなぁ、アイツ」

「っ……!?」


 オーガンと目が合うと同時に見えた過去の記憶。


『そろそろ頃合いだ』

『どうしたんだ、父ちゃん?』

『私が新たな魔王となるときだ』

『マジかよ! やっぱり父ちゃんだよな! 新しい魔王はよぉ!』

『魔王になるためにはやはり見せしめが必要だ』

『それってもしかして……!』


 その一瞬の記憶が視えてしまった俺にはもう、なりふり構っていられなかった。


「……あぁ、邪魔だ。本当に……邪魔だ」


 思いっきりコルの腹を蹴った。

 だが、ダメだ。これじゃ全然足りない。

 もっと俺を憎め。恨め。恐怖しろ。嫌え!


「消えろ! 消えちまえ! 俺の視界に入ってくんじゃねぇ!」


 そこから先はあまり記憶にない。

 それほどまでに必死だったんだろう。

 コルの足を、腹を、顔を殴り、蹴った。


 もともと仲良くしていた魔族達も、オーガンですら俺を止めようと羽交い締めにしてきたが、それを振り切ってまでコルに暴行と暴言を浴びせた。

 好きな女の顔に一生消えない傷跡を残して。心に一生消えない傷を残すつもりで。

 何度も何度も。


 それでも最後に言った言葉だけは、はっきりと憶えている。


「テメェなんか死んじまえ!」


 その言葉にコルの心が壊れる音が聞こえたから。


 ……ホント、どっちが、だよ。




 ★☆★




 時間がない。あともう一押し。あともう一押しなんだ。

 何が足りない。何を言えばいい。


 何を言えばコルは俺を見限ってくれるだろうか。


「今すぐ出て行け」

「え……?」


 その果てに見出したのが、コルの居場所を消すことだった。


「ここはテメェの家じゃねぇ。俺と親父の家だったんだ」


 コルの居場所がここにあるからコルはここに帰ってきてしまう。


「お前のせいだ。お前さえいなければ」


 ここに何もなくなれば、コルはいなくなってくれる。

 コルは救われる。助かるんだ。


「出て行け。この家から、いや、この国から!」


 家にあるコルのものをすべて燃やした。

 お前なんか帰ってくるんじゃないと。

 ここに一切の未練を残してほしくないから。


 またコルの腹を蹴った。


「さっさと出て行け。魔物にでも食われて死んじまえ!」


 それが、俺からコルに与える最後の餞別だった。

 こんなものしか与えられない俺は、本当に最低だ。


「……ひっく。……ひっく」


 家の前からコルの泣く声が聞こえる。

 つられて泣きそうになるけど、俺は必死に我慢した。


 ふざけんな。お前が泣くんじゃねぇよ。


 コルを傷つけた俺に、約束の一つも守れない俺に泣く権利などあるわけねぇだろ。


 そうして、俺の企み通りコルを魔族領から追放させることに成功した。




 ★☆★




 そして、親父の未来通りオグニアが新しい魔王として誕生した。

 オグニアはコルを庇うような行動をした俺に対しそれなりの不信感を抱いたようだが、息子であるオーガンが俺の肩を持ったことでなんとか嫌疑を持たれずに済んだ。


 そうしてその後すぐ、人間と魔族の戦争が始まった。


 親父の未来と変わったことと言えば、コルの他にいるとすればやはり、俺の周りいた仲間達だろう。


 コルと仲良くしていた魔族達が、一斉にいなくなったのだ。

 さしずめ、アイツらも俺を見限ったということだろう。


 俺はその報告を聞いたとき、思わず笑ってしまった。

 表面上は「魔族の不穏分子がいなくなったのはいいことだ」と言ったが、実際はそれとは真逆の意味で喜んだのだ。


 短い間だったとは言え、コルと仲良くしてくれた仲間達。

 アイツらが戦争で死んでいくのなんて見たくなかった。


 今はもうどこで何をしているのかわからない。しかし、無事でいてくれればと思う。


 そして、俺は本当に後に引けない立場になっていた。


 魔王第四軍部隊のリーダーとなっていた俺は、その手を血に染めた。

 直接人間を殺したわけではない。

 しかし、部下達が人間を殺すことを容認し、実際に俺の目の前で何人か殺させたこともある。


 俺の手はもう魔族らしい真っ赤になっていた。


 仕方なかった。


 コルを追放したとしても、俺が誰一人殺していないなんて噂がコルの耳に届いてしまったら、勘のいいコルは疑問を抱いてしまう。

 だから、この手を血に染めるしかなかった。たとえ、誰一人殺していなくても。


 戦争は何年にもわたって続いているが、終着点は着実に見えてきていた。


 当然だ。


 俺が親父の視た未来では、魔王城の牢屋に人間が来ていたのだ。

 それはすなわち、人間が魔族を追い詰めていたからにすぎない。


 ……ただ一つ気がかりなことがあった。


「グウェン様!」

「……なんだ?」

「勇者によって、また我々の領地が奪われました」

「……またか」


 勇者という存在だ。

 一年前に突如現れた正体不明の人間の戦士。


 そしてその勇者が引き連れている部隊というのもまたすごいらしい。

 人間とは思えないほどの身体能力を持っているらしく、最初は強い部隊がいる、程度の認識だったのが、ここ最近は魔族の天敵とまで呼ばれ始めていた。


 彼らと対立した魔族は瞬く間にやられていく。

 つい先日、長らく俺の傍で使えていたセバスがその勇者にやられたという。


 老いたとはいえ、あのセバスを倒すなんて相当だ。

 セバスには本当に迷惑をかけた。セバスにはまだ生きていてもらいたかったんだがな。


「……何を今さら」


 そう思っていられる俺も今だけだ。


 セバスを倒した勇者と、誰一人殺せない魔族。

 どちらが勝つかなんて、目に見えている。


「かまわねぇよ」


 どのみち俺は過去の未来で死んでいるんだ。

 コルを助けられた今、死ぬことなんて怖くない。


「始めようか、勇者様よぉ」


 だがその勇者の顔を見たとき、俺は本当に驚いた。


 まさか勇者がコルだったなんて、夢にも思っていなかったから。




 ★☆★




「おいおいおいおい! どうしたんだよ、勇者様よぉ!」


 俺の拳をいとも簡単に受け流すコルに、俺は嬉しくなった。

 口では俺が責めているように聞こえるが、実際のところはその拳が届く気がしなかった。


 遊ばれている、とわかっているのに、俺はそれに気付いていないように振る舞った。


「防御一辺倒じゃ、俺には勝てねぇよ雑魚が!」

「っ……!」


 俺の強烈な拳を空中で受け止めたコルはそのまま地面に叩きつけられ、大きな砂埃が俺達を包んだ。


 きっとコルは俺を心の底から憎んでいる。




 それが、なによりも俺は嬉しかった。




 なぜなら、俺を殺したところでコルはきっと何も思わないからだ。

 それどころか「いなくなって清々した」なんて言ってくれるだろう。


 あぁ、そうだ。それでいい。


「どうしたんだ、さっきから! 勇者が聞いて呆れるぜ!?」


 俺を殺したことを後悔して泣く、なんてあってはならない。


 これが空想物語なら、俺が死んだあとにすべてをコルが知ってしまうというハッピーエンドとも、バッドエンドとも取れない結末になって終わってしまうだろうが。


 コルの泣く顔はもう見たくねぇ。

 たとえ俺が死んだあとでも、そんなものは視たくねぇ。


「そこの無能どももさっきから見てるだけでいいのかよ!? 殺してもいいんだよな、そこのクソ女をよぉ!」


 だから遠慮なく俺を殺してしまえ。


 そのための挑発に、コルの仲間の何人かが動く気配がした。

 やれよ、やっちまえよ。俺をボコボコにしてくれ。頼むから、俺を殺してくれ。


 だけど、砂埃の中でコルが叫んだ。


「皆は手を出さないで!」

「……あぁん?」


 あぁ、なるほど。

 自分の手で俺を殺したいということか。


 ……そうだな。俺もできることなら惚れた女に殺されたい。


「もう、やめて。あなたじゃ私に勝てないってわかるでしょ?」

「俺がテメェに勝てない? 笑わせんなクソ女」


 コル、これ以上俺と言葉を交わすな。

 お前のような人間に、俺のような怪物は似合わない。

 お前の声に、最低な俺がまだ生きたいと叫んでしまいそうになる。


「もういいの。もういいんだよ?」

「さっきから何を言ってやがる!?」


 ダメだ、コル。これ以上言葉を重ねても意味ねぇんだよ。

 ……もし、まだ俺を殺す覚悟ができてないって言うのなら。


 俺がちゃんと背中を押してやる。あの日のように。


「あの世に言ったらテメェの母ちゃんに慰めてもらいな、バカ女!」


 砂埃の中を俺は全力で駆けだした。


「っ……」


 息を飲む音が聞こえた。


 物心ついたときにはもういなかった母親と言えど、バカにされたら誰だって怒る。

 これでもう、遠慮なんてなくなっただろ?


 この砂埃の中でも、音ははっきり聞こえる。

 コルのいる場所なんてまるわかりだ。


 俺なんて特に、大きな足音をわざと立てているのだから、コルだって俺の場所どころか様子すらわかるだろう。


 砂埃の中で最後に笑う。

 誰にも見せられない顔だ。


「じゃあな、コルシェ!」


 そう叫び、砂埃をかき分けると――




「……コル?」




 ――静かに泣く二人のコルが重なった。




 ★☆★


「消えろ! 消えちまえ! 俺の視界に入ってくんじゃねぇ!」


 嘘だ、って言いたかった。


 昔はあんなにも仲良く、一緒に二人でいろんなところに行ったのに。


 どうして変わってしまったの?

 そんなにも人間のことが、私のことが嫌い?


 そう叫びたかった。


 だけど、あの頃の私は弱かった。

 グーちゃんに頼りっきりで、何をするにもグーちゃんが私の道を先に照らしてくれてたから。


 そのグーちゃんが私の隣からいなくなった途端、私は何もできなくなった。何も言えなくなった。


 大好きなグーちゃんに、話しかけることすらできなくなった。


 それが私の罪だ。


「テメェなんか死んじまえ!」


 だから、それを言われたとき、本当にそうしようかと思った。


 グーちゃんのいなくなった世界はもう私は生きていられないと。

 グーちゃんが心の底から私を憎んでいるのなら、私は本当に生きてはいけないのだと思った。


 ごめんね、ごめんね。グーちゃん。


 それでも私は死ねなかった。

 死ぬ勇気すらなかった。


 本当に、情けない。


「……」


 それからのことはあまり憶えていない。

 周りの魔族の友達がたくさん心配の声をかけてくれていたと思う。

 でも、それを聞き取れる状態じゃなかった。


 いろいろ悩んだ。

 でも、答えなんてなかなか出せなくて。


 傷心のまま、気付けば家に帰ってきていたんだけど、そこでもグーちゃんが立ちふさがった。


「今すぐ出て行け」

「……え?」


 ここは私の居場所じゃないの?


「出て行け。この家から、いや、この国から!」


 私のせいでお父さんは死んでしまったの?


「さっさと出て行け。魔物にでも食われて死んじまえ!」


 本当に私のことが憎いの?

 本当に私は死んでしまった方がいいの?


 そこで、私の知っているグーちゃんはもう世界には存在しないのだと気付いた。


 あんなに優しくて、私を認めてくれたグーちゃんはもういないのだと気付いた。


 グーちゃんのいなくなった世界……。

 そんな世界に私はいる意味があるのだろうか。


「……ひっく。……ひっく」




 死のう。




 自然とその言葉が浮かんだ。


 そこでようやくわかったんだ。




 あぁ、私はグーちゃんに恋していたんだって。




 でも、そのグーちゃんはもういない。

 お父さんと一緒にいなくなってしまった。


 一人残された私が生きていけるわけもない。

 生きていく意欲なんて湧かない。


 死ぬしかないんだって。


 そう思った。


 ……なら、せめて。

 最後は誰かと一緒がよかった。


 だから私は今にも死んでしまいそうな足で、ゆっくりと、ゆっくりと、森に向かった。


 ――お母さんに会うために。




 ★☆★




 ……それ、なのに。


「どう、して……?」


 どうしてそこにあなたがいるの?


「グーちゃん……」


 私のお母さんの墓の前で、グーちゃんが正座していた。

 膝の上で血が滲むほどの力で拳を握って、その口からは血が流れていた。


 私は思わず木の陰に隠れて、様子を伺った。


 あんなグーちゃんの顔、お父さんが生きていた頃にも、その後にも見たことがない。

 それでもただ、見えも聞こえもしない何かしらの感情だけが空気を通して伝わってきた。


「……」

「……」


 グーちゃんはしばらくずっと沈黙を続けていた。

 私もそうだった。


 だけど、ようやくグーちゃんが口を開いた。

 そこで私は知ってしまったのだ。


「すい、ません……」


 グーちゃんがようやく吐き出した言葉が謝罪だった。


「俺は最低です。最低最悪のクソ野郎なんです」


 そこからはひたすら自分を貶めるようなものばかりが続いた。


 俺は弱い。

 誰よりも弱い。

 生きてる価値もない。

 死ぬべきなのは俺の方だ。


 私は戸惑いを隠せなかった。

 グーちゃんが何を持って自分をそんなにも責めるのか、皆目見当もつかなかった。


 実は私に気付いていて、私を騙すための演技なのでは、とすら思った。


 けど、そんな疑惑は次の言葉で一瞬にして消え去った。


「それでも、俺は、コルを守りたかった。アイツには生きてほしいんです」

「……え?」


 私を、守る?

 私に、生きてほしい?


「過去を通し、親父の目を借りて視た未来が頭から離れないんです」


 グーちゃんが何を言っているのかわからないけど、グーちゃんは何を見たの?

 どうしてそんなにも苦しく辛い声を出しているの?


「このままだとコルは死んじまう。俺に縛られ、魔族からも殺され、最後は人間にも殺される」


 魔族にも、人間にも殺される?

 どうして?


「それなのに。アンタの代わりに守ると誓った親父に代わって、俺がコルを守らなきゃいけないのに」


 人間が憎い? 私が憎いの?


「コルを傷つけなきゃ守れねぇなんて、全然守れてねぇじゃねぇか!」


 私を守るために、私を傷つけた?


「俺に想いを寄せたばかりに絶望して殺されるくらいなら、俺はコルに憎まれてでもコルに生きてほしいなんてっ。それがコルを傷つけていい理由にならないことはわかっているのにっ。それでも俺はそうする以外の方法を見つけられなかった!」


 だから私を遠ざけようとしたの?

 だから私を追放したの?

 全部自分一人が背負って?


「今日、大事な娘さんの顔に傷をつけてしまいました。本当に、ごめんなさい」


 グーちゃんはそう言って頭を深く下げた。

 額に土がつくことなど、一切気にしていなかった。


「コルに嫌われ、憎まれ、もしかしたら殺されるかもしれません。でも、殺されてもいいんです」


 殺さないよ。

 私がグーちゃんを殺すなんてできるわけがない。


「それでもコルには幸せになってもらいたい。コルの隣に俺じゃない男が立っていてもいいんです。俺が幸せにできなくてもいいんです。あなたと親父の約束を守れなかった俺に、そんな権利はないんです。だから――」


 違う。違うよ。グーちゃん。

 グーちゃんも幸せになる権利はあるよ。

 だから一緒に――




「俺一人で死にます」

「っ……」




 ……私、バカだ。

 私はいつだって自分のことばかりだ。

 グーちゃんのことなんて一度も考えていない。


 ……止めないと。


 私が死んだらグーちゃんは一人で死んでしまう。

 私がグーちゃんを救わないといけないんだ。


「……させないよ、グーちゃん」


 もう弱い私はいらない。

 強くなるんだ。


 グーちゃんが私を守るために追放するのなら、私はグーちゃんよりも強くなって見返してやる。


 もうグーちゃんに守られる存在にはならない。守る存在になってやる。


 優しい嘘で見る結末なんて全部ひっくり返して、「どんなもんだい」って笑ってやる。

 だからグーちゃん。




『「自分を殺さないで」』




 ★☆★




 俺の拳はコルの目の前で動きを止めた。

 俺が視た過去は視てはいけないものだった。


「……どう、して」


 俺がここまでどれだけのものを犠牲にしてきたと思っている。

 すべてはコルの未来のため。


 コルがもう傷つかない未来を届けるために俺はここまでやってきたんだ。

 それなのに、なぜ。


「ずっと……知っていたのか」

「……うん」


 最後の最後でボロを出しやがって過去の俺。バカ野郎。


「ダメなんだよ」


 こんなのはダメなんだ。

 このままだとコルが……。そんなの見たくない。


「俺を……殺してくれよ」


 俺は無駄と知りながらも、そうこぼした。


 けど、コルは首を横に振った。


「グーちゃん、それはもう遅いよ。……でも、まだ遅くないよ?」

「な、なにが……」

「過去は変わらない。でも、未来を変えるにはまだ遅くない」


 だから一緒に探そうよ、とコルは明るく笑った。

 俺がずっと望んだ笑みだ。


「私もグーちゃんも、皆が幸せになれる未来を探そうよ、グーちゃん」


 気付けば俺の拳はコルの胸の上に置かれていて。

 その柔らかい温かさに思わず今まで溜めてきた涙がすべて溢れそうになった。


「私はまだ生きてる。グーちゃんもまだ生きてる」


 そう言われて、俺は捨てきったはずの自身の振動を感じた。


 すると。


「おいおい。勝手にイチャイチャしやがって。恥ずかしくねぇの?」

「どんだけ私達を待たせるつもりよ」

「お前ら……っ!?」


 もう限界だった。


 俺とコルの周りに集まってきたのはかつて仲違いした友人達。

 いったいいつから、と聞こうとしたところで。


「最初からいただろ。ったく、途中思わず殴りそうになっちまったぜ」

「アンタ、ずっと言ってたもんね。昔蹴られた分、殴ってやるって」

「おう。っつうことで、一発殴らせろ」


 コルの仲間はかつての友人達の他に、俺の知らない人間も混ざっていた。

 あぁ、そうか。だから勇者と呼ばれていたのか。


「人間も魔族も関係ないよ。私はグーちゃんといたい」


 あぁ、やっぱり俺はダメダメだ。

 最低最悪のクソ野郎だ。


 まんまとしてやられた。


「……俺でいいのかよ?」

「グーちゃんだからいいんだよ」


 コルはそう言って、手を差し出した。

 勝てねぇなぁ。勝てなくなっちまった。

 昔は俺の方から握ってあげなきゃいけなかったのに。


「絶対に死なせないからな、コル」

「私も死なせないよ、グーちゃん」


 俺とコルは互いに笑って手を繋いだ。


 昔のように。いつまでも。



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