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男装少女の回想

「……穴があったら入りたい。あっ、塹壕掘る訓練とかしていたな。氷でスコップでも作り出して……」


 媚薬効果のあるお香の原材料を直に嗅いでしまった僕は見事に醜態を晒してしまった結果、落ち着いてから凄く恥ずかしい状態だ。

 うわっ、うわぁ、僕は友人の前でなんて無様な姿を……。


 今は落ち着いて居るけれど、体が火照ってしまい、普段は抑え込んでいる女の部分が出てしまったのはハッキリと覚えている。


「以外と背中が大きくて逞しかったな。僕と同じで中性的な顔立ちなのに、彼奴はちゃんと男なんだ」


 幼い頃に溺れてから水が怖い僕は入る事は出来ても泳げはしない。背も低いから落ちたら大変だと慎重に水面を覗けば映っていたのは女の子らしくない自分の顔だった。

 それなりに鍛えているからか並の男よりは遙かに強い腕力は持っていても腕はそんなに太くなってくれない。胸は……何処の誰とは言わないけれど、友人の双子の妹に比べたら有るからサラシを強く巻いて誤魔化しているし、腰回りだって詰め物をしているんだ。


 それでも年々誤魔化すのが無理になって来たからこそ認識を阻害するチョーカーを身に着けては居るんだけれど……。


「……女らしい振る舞いってどうすれば良いのかな? 全然分からない」


 髪を手で弄り、首元を隠すチョーカーを外しても全然変わらずで、何度かそれらしい表情や言葉遣いの練習をしてみても水面に映る姿には我ながら違和感しか覚えない。


 ちょっとだけ空しくなって溜め息さえこぼれ落ちた。男らしく振る舞う為の特訓は僕から女らしさを奪ったらしい。

 いや、自分らしさもかな? 言われた通りに振る舞っていると自分の意思とは別の行動を取るのが普通になっているからな。

 本当は他の女の子みたいに可愛い服を着て甘い物を食べ歩きをしてみたいし、お化粧やら相手は居なくても恋の話で盛り上がる事にも興味を引かれているんだ。

 でも、男として振る舞う内はそんな事は許されないし、一緒に楽しむ相手だって居ないけれど……。


「後数年の我慢だ。その後は女として生きて行ける。でも、今更僕が女の子に戻れるんだろうか? 本当の僕を知る者の中で可愛いとか言ってくれたのはロノスだけだからな……」


 さっきまでは奴にドキドキしたのは否定しないが、今は落ち着いているから再認識出来る。僕にとって彼は気兼ねなく関われる友人であり、レースの優勝を争う宿命のライバルだ。

 


 なら、奴が僕の性別を知ったのも運命だったのかも知れない。友なら何でも話すべきだなんて思わないが、自分を偽って接するのに抵抗がある相手は誰かと考えれば真っ先に浮かぶ相手だから。

 恋心を向けているかどうか問われれば友人だと即答する自信がある。その位に大切な相手であり、自分らしく振る舞える数少ない相手だ。


 それだけにさっきまでの反応が恥ずかしい。思い出すだけで顔が熱いし少し洗って冷やそうか。



「しかし、まさかあんな理由でバレるだなんてな」


 苦笑しつつ思い出す。一族の掟として十八までは男として過ごす事になっている僕が女だとロノスの奴に知られた経緯を……。





「タマ、分かっているな? 誰か人が近付いたら教えるのだぞ」


「ピッ!」


 あれは”|アッキレウス《レース大会〉”での事だった。飛行レースが主な大会ではあるが、四年に一度は趣向を変える事になっていて、この時は飛行禁止で陸路を数日掛けて進むサバイバルレース。

 不正防止は感知装置が所々に仕掛けられ、そもそも誇り有る本当のレーサーならばその様な真似はしない。

 そして本当のレーサーであるからこそ僕は少し不利と思われた陸のレースにも参加していたのだ。


 この時、レース二日目。矢張りタマは僕の最高の相棒なだけあり、空の王者であるドラゴンでありながら二本の脚で颯爽と上位を走り続けてくれた。

 このままならば表彰台は間違い無いが、これはサバイバルだから体を休める事も重要だ。故に浅瀬を発見した僕はタマに見張りを頼んで居たのだが……。




「キューイ?」


「おい、タマ。ポチが来ているぞ」


「ピー?」


「いや、確かに僕が言ったのは”人が来たら”だが……」


 目の前には前回の大会で出会い、レース後に意気投合した友人が乗るグリフォンの姿。餌でも探しに来たのか魚を丸飲みにしつつ僕の方をジッと見ている。

 タマは本当なら警戒心が強いからモンスター相手でも鳴いて知らせるのだが、ポチと仲良くなっていたから一切警戒しなかったか。


「……まあ、大丈夫だろう」


 幸いな事に僕とタマが言葉を通じ合わせているのは幼い頃から共和国の軍部の極秘トレーニングを受けているからで、ロノスとポチは大の仲良しでも言葉が通じてはいない。



「何となくニュアンスで分かるけれど、僕も君みたいに相棒とお話したいよ」


 ……確か去年のレース後にこんな事を言っていたし、大丈夫だろう。……そう言えば彼奴とはスタート地点が離れていたから今回は会っていないな。

 今回は幾つかのチェックポイントを目指して進むのだが、その順番はバラバラだ。


 友人でありライバルでもある彼と競いながら進めないのは寂しい気もするが、こうして性別がバレる危険性を考えれば助かったのだろう。

 

「ポチも今回は偶々進むルートが交差したから遭遇しただけだろうし、奴も休んでいるだろうからちょっと顔だけでも見せに行くのも悪くないか? ……うん、そうしよう」


「ピーピー!」


「キュイ? キュイキュイ!」


「こらこら、喧嘩するな。タマ、ご飯はちゃんと後であげるから人のはねだらない」


 ポチが来た側の岸を見れば今晩の夕食らしい大猪が置かれていて、そろそろお腹が減る頃のタマは分けて欲しいとお願いしているが、グリフォンとドラゴンでは言葉が通じない。

 それでも身振り手振りで何とかコミュニケーションは可能な様だが……。


「ロノスの奴、食料を持ち込まなかったのか? 確かに荷物が減るのはレースに有利だが、現地調達に失敗すればどうなるか分かるだろうに。……いや、ポチが新鮮な物を欲しがった可能性も有るのか……」


 ロノスとはレース以外では社交界等限られた場でしか会っていないが、その時の会話や文通でペットや妹への溺愛が伝わって来る。

 ……それ以外では真面目な奴なんだが、本当に惜しい奴だな。。

 長々と妹とペットの可愛さについて読まされる僕の身にもなって欲しいものだが、恐らく口で言っても無駄だろう。


 保存食ではなく狩ったばかりの獲物を欲しがるポチの願いを聞き入れる友人の姿が簡単に浮かび、少し寂しさを感じる。

 さっさと着替えて会いに行くか。凄く会いたくなって来た。





「……えぇ!? アンリの胸が凄く腫れ上がっていたって!?」


「え? 言葉が通じてる……だと?」


 友人であるロノスが相手であろうと一族の掟は掟、しっかりと性別を誤魔化し、獲物を咥えて戻って行くポチの後について行けば、速攻で僕の性別を知られてしまった。


「打ち身かな?」


 あ、違った。此奴、天然なんだったな。

 ふぅ。どうやら誤魔化せたらしい。なんでポチの言葉が分かるのかは知らないが、危ない危ない。



「アンリ、大丈夫!? 毒虫か怪我かは分からないけれど、薬があるから早く脱いで!」


「脱げるかっ! 僕は女だぞ!」


「え? アンリって女の子だったの?」


「……あっ」


 まさかの天然に救われた僕だったけれど、結局自分から開かしてしまったのだったな。



 ……今思えば僕は彼奴には打ち明けたかったのかも知れない。だからこの事を切欠にして思わず告げてしまったのだろう。



 だって面倒だとは思わないか? 女児が生まれたとしても成人扱いされる十八迄は男として過ごし、友であっても女である事を明かしてはならない。



 ……例外として惚れた相手が居る場合のみ、家族の了承が有れば女に戻れるのだが、家が家だけに作り話も友人に協力を求める事も不可能。

 

 でも、僕にとって彼奴は、ロノスは本当に大切な友人だから心に凝りを持ったまま接するのは嫌だったんだ。


 この後に僕は一族の掟について話し、ロノスは何かと手を貸してくれる事になった。


「僕にはアンリの辛さは分からないけれど、せめて友達として力になるよ」


 まったく、あんな言葉を平気で口にして、その上本当なんだからな。




「ああ、お前は僕にとって一番の友達だよ。出会い方次第では惚れていたかもな」


 さて、落ち着いたしロノスを呼ぼうか。


「……誰だっ!」


 大きな声を出そうと立ち上がった時、背後の茂みから此方に何かが接近するのを感じ取り、僕は咄嗟に武器を構えた。

 茂みをかき分け、姿を現したのはアラクネ、罠を張って群れで待ち構えるモンスターだ。他に仲間の気配はしないからはぐれたのだろう。


「さっさと終わらせる……か?」


 だが、僕が手を出すよりも先にアラクネは崩れ落ち、自らの血に沈む。蜘蛛の部分には大きな穴が穿たれ、闇の力の残滓が有った……。


「一体これは……」


 アラクネの傷口を観察する僕だが、完全に油断だった。思い出に浸っていたせいで気が緩んでいたのだろう。

 アラクネに致命傷を負わせた奴が直ぐ側に居るだなんて普段の僕になら分かる事なのに。




 それは気配を感じ取らせずに僕に接近していたんだ。影が差さなければ存在に気が付かなかっただろう。


 完全に失態だ。ああ、情けない。


「キュクルルルルルルル」


不気味な鳴き声が直ぐ背後から聞こえて来た……。


 




 



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