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不満な仕事

 何と言うべきか、特筆述べる事も起きずに”仕事”とやらは進んでいた。順調その物で、移動の方が体力や精神的に負担になったと思う。


「……偉そうにしていたのに口程も無い」


 背後で気絶している連中は一瞥する価値すら存在せず、このまま放置して獣の餌にでもなって貰った方が役に立つのではないだろうか?


 ”魔女と一緒に行動するとは不幸な”、”存在そのものが不愉快だ。足を引っ張る無様は晒すな”、山には行る前に合流した神官や傭兵達が私に向けて放ったのがそんな言葉で、今私の背後で”無様”に伸びて”足を引っ張る”連中なんて知らない振りをしたいけれど、私だけ生き残って戻るのも面倒なのが”不幸”で”不愉快”。


「使い捨ての盾にもならなかった癖に……。貴女達もそう思わない?」


 此処まで来れば仮面を被る必要も無い。取り繕う必要の無い相手であり、今回討伐を命じられたモンスターである”アラクネ”に声を掛けるけれど返事は妖しい笑い声だけ。


 ”アラクネ”は蜘蛛の胴体から美女の上半身が生えたモンスターだけれど、人の言葉を理解している訳では無いらしい。

 気絶しているゴミ共は色々な種類の美女にだらしない顔をして、その結果禄に動かずにやられてしまった。……うん、馬鹿だ。


 相手は人に似せた見た目をしていても人を襲うモンスター。それの目の前で前屈みになったり体を触ろうとしたり、服を着ていない女の姿だからと情けない。

 その結果、体当たりや前脚をモロに食らってこの様だし、ルメス家が雇えるのは所詮は三流の傭兵崩れや駄目神官だって事。


「フフ、フフフフフ」


 今もアラクネ達の人間の部分から笑い声が出ているけれど、実際の所、この部分は後ろで気絶している馬鹿みたいなのを誘い出す為で、本当の口は人間の部分と蜘蛛の部分の境に存在するのは事前に調べている。

 なら、馬鹿はどうして馬鹿みたいに気絶しているのかだけれど、馬鹿故に馬鹿な過信で馬鹿な姿を晒しているって事で、こんなのしか雇えない実家が情けない。


「……五月蠅い」


 まあ、要するに人間の見た目をしていても一切容赦する気にはならなくて、ダークバインドで動きを止める。周囲から伸びた腕に拘束されて暴れるアラクネの本当の口がミチミチと音を立てて開いて溶解液が巻き散らかされるけれど闇の腕の爪先は強く肉に食い込んで動く事を許さず、私は転がっている槍を拾って一匹一匹確実に仕留めて行った。


「……返り血がちょっと臭い。それと同じで臭い役立たずを一旦山の麓まで運ぶのが嫌。時々やらしい視線で見てたし、”どうせ胸を使って男を誘ってるんだろう”とか言って来たし。”やり方を教えてやる”とかも生臭神官に言われたけれど……ロノスさん以外の男の人に教わりたくない」


「……”恥ずかしがっている割には大胆だね”とか”もっと良い方法を手取り足取り教えてあげる”とか、ロノスさんによって淫らに調教されて……」


 最後の一匹の口の中を貫きながら妄想するのは完全に教えを物にしてロノスさんと交わる私の姿。

 もう其処には蔑まれて仮面を被るだけの惨めな私の姿はなくて、愛する人を求めるだけの……良い。


「そうと決まったら早く終わらせましょう。どうせ聖王国側からも討伐隊が出ているでしょうから今すぐ帰ってロノスさんとダンスの練習をしたいのですが、お仕事はちゃんと終わらせないと誉めて貰えない気もしますし」


 私にとって祖父母はどうでも良い相手、母の遺言の為にルメス家の娘として振る舞っているけれど、どうなろうと何を言われようと無関心。


 でも、あの人と、ロノスさんと一緒に居るのなら最低限の責務は果たさないと近くに居る資格は無い。


 先程まで脱ぎ去っていた仮面を再び被り、明るい声で自分に言い聞かせる。うん、本当に早く終わらせよう。

母様が遺してくれて、最新刊も少ないお小遣いを使って買い求めた恋愛……いや、認めよう……官能小説の登場人物と自分達を置き換えて頭の中で二冊分を妄想すればやる気が湧いて来る。


 明後日の舞踏会前にもダンスの練習をする為にも早く終わらせて、ちゃんと踊って……ロノスさんに私の想いを受け取って欲しい。

 女の子が”好き”って伝えたのに返事をくれないまま一緒に過ごすロノスさんは少し意地悪だけれど、逆に言えば拒絶されはしていない。

 ああ、どうせだったら舞踏会の後で二人っきりになって、最新刊みたいに物陰で……。


「……あっ」


 ちょっと妄想に浸っていたら手元が狂って返り血を浴びてしまう。未だ山の奥にも居るだろうから魔力を節約しようとしたのが仇になって……役立たずの前衛が本当に邪魔で不愉快だったせいだ。


「あっ、確かあの場所が……」


 ダークバインドは空中に出現させた腕で相手を拘束する魔法だから、私が移動すれば腕も移動する。

 金の無駄でしかなかった連中の首根っこを猫の子みたいに掴んで持ち運び(そんな良いものじゃないけれど)、麓まで運んで馬車に放り投げるとダッシュで登る。


 正直言って役立たずと一緒に登るより数倍の速度で元居た場所まで戻れたのだし、あれは嫌がらせの類だったのではないかと疑ったが、うちにそんな金銭的余裕は無い筈だ。


「小説ではお金持ちの家に身売りに出された女の子が……って内容だったし、まさかとは思うけれど。うん、その場合は何とかロノスさんに頼めないか言ってみませんと……。あの人相手なら同じ事をされても寧ろ良しですね」


 さて、現実逃避はこの辺にして目の前の驚異に向き合おう。

 巨大な蜘蛛の胴体と人間の上半身(但し中身は人形みたいにギッシリ詰まった甲殻。魔力で動かしているらしい)、だったけれど、それは今現在私の目の前で食べられている。


 蜘蛛の部分の脚を引きちぎり、グッチャグチャに食い荒らしながら胴体を解体しているのは膝を抱えて丸まった大人と同じ位の大きさの泥の塊。溶け出した雪像みたいに崩れた顔が見えるけれど、あんなドロドロで形が変わっている歯で固そうな蜘蛛の体を食べるなんてどうなってるんだろう?


 ”マッドマン”確か泥の塊に悪霊が取り憑いたって言われるモンスター。因みにメスも居るけれど”マン”。まあ、アラクネも馬鹿な人間……正確には馬鹿な男を油断させて誘い出す為に美女の姿をしている訳だけど雄と雌がいる訳で……。


「ダークショット」


 マッドマンの特徴は流動性の高い不定形の肉体。だから小さな穴を開けても大丈夫……でもなく、要するに凄く細身の本体が分厚い皮膚を持っているみたいなもの。

 だから対処方法は同じで構わない。……小さな穴で駄目なら徹底的に穴だらけにすれば良いだけ。


 闇の魔法でレンコンみたいになったマッドマンはその場で崩れ落ち、咀嚼でドロドロになった胃の内容物が流れ出して凄く気持ち悪い……。


 あっ、比較的無事なアラクネの死骸発見。確か悪趣味な好事家が人間部分の状態が良い死骸を結構な高値で買い求めてるとか。


「人間の上半身を運びながら戦うのは面倒だから持っていけないけれど、此処に埋めておけば……」


 それで得たお金で着飾ればロノスさんに誉めて貰えるかも知れないって思いつつ状態の良いアラクネの人間部分の胸部に視線を向ける。


「……勝った!」


 自分の胸に手を当てて少し揺らす。リアスが居れば凄い顔で見られそうだけれど、ロノスさんにもこんな裸同然の姿をしている奴を見られたくないし、二人共居ないのは幸いだった。


 それにしてもアラクネの血が凄く臭いしベタベタしていて不愉快だ。でも情報の中に水で簡単に洗い流せるってのがあったから……。



「水浴びをしましょう」


 幼い頃、遊んでくれる人が居ないから一人で遊んだ場所がこの山。特にお気に入りだったのは小さくて綺麗な池。浅いし、水浴びをするには十分だった筈。


「そうと決まればさっさと出発ですね」


 足手まといも居ない事で足取り軽く、私は山の奥に足を踏み入れた



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