無価値で無意味
例え何があったとしても人にとって故郷は忘れられず、実家とは安らげる場所だと聞いた事があるけれど、その戯れ言を口にした者からすれば私みたいな者は”人”ではないという事と解釈するのは捻くれて居るのだろうか?
それとも私にとって故郷も実家も・・・・・・家族さえもそれに足り得ない、そんな所なのだろう。
実際の時間は一月にも満たず、恋をした瞬間からの濃密な期間からすれば体感的に結構な年月ぶりに顔を見せた実家は相変わらずだったら。
「既に足の準備は済ませてある。さっさと行け。お前が役に立てるのはその程度だからな」
「・・・・・・はい」
仮にも実の孫娘に向ける物とは思えない程に冷たく、怯え混じりなのを虚勢で隠した老人、実の祖父に私は感情の篭らない返事を向けた。
元より父親不明な私には冷たく母を詰っていた連中だ。母の遺言であっても明るく接する気にもなれないし、ならないで良いだろう。
「・・・・・・入り婿の候補について訊かれなかったな。まあ、それでも良いけれど。ロノスさん以外に肌を許す位なら家を出て髪を染めて遠くで生きていくだけだし」
婿を見付けて来いと命令されていたけれど、忌み嫌われる闇属性の私と結婚してまでルメス家みたいな貧乏弱小貴族の領地が欲しい物好きがどれだけ居るのやら・・・・・・。
「あの馬鹿王子が余計な真似をして、馬鹿な王が私に会いたがっているみたいだけれど本当に面倒。もしかしたら娘かも知れないなんて、王家の面子を優先して知らない振りをしてくれれば良いのに・・・・・・」
母の形見から浮上した、私に対する王の庶子だという疑惑。今は実家にさえ秘密だが、もし認知されでもすれば祖父母も周りの人間も手の平を返すのだろうか?
「ふざけるな」
その言葉しか出ず、声と同時に拳が震える。今更現れて、また私から幸せを奪う気なのか。
持った力も家も関係無く接してくれたあの人達以外は私には必要無い。引いている血に群がられても、それまで連中が私に向けていたのと同じ嫌悪感しか向けられない。
最初はそうだったらロノスさんの家に嫁げる可能性も考えた。他に相手が居たとしてもあの人の物になれるなら適わないと思った。
でも、現在の王妃は彼の叔母で、王族の血を引くのなら嫁がせるメリットは低い。彼が良くても闇属性なんて喜んで引き受けるとは思わないから。
今の家でも愛人なら可能性はあったし、もし本当に父親だったとするのなら一度だけでも親心を出して欲しい。
私と王家は無関係。・・・・・・それが私の幸せだ。
「でも、本当に娘だと思ったならそうしてくれないんだろうな。お姫様なら政治の道具になるから何処かに嫁がせて・・・・・・」
ああ、本当に現実はままならない。あの眼鏡が私に絡んで来て、兄かもしれない馬鹿王子が私の出生の秘密について気が付いて……いや、あれは私が母の遺言を破って首飾りを人前で着けたのも原因か。どの道、馬鹿王子は嫌いだけれど。
親の遺言は守るべきだ、でも、父親が何か遺しても速攻で忘れる。
”生まれ持った力のせいで虐げられていた女子が実はお姫様で、ドキドキの生活が始まる”だなんて何処かで聞いた様で聞かない話に興味は無いし、出来れば無関係で居たい。
私が欲しいのはロノスさんの側に居る権利だけ。”王女”よりも”魔女”の方が都合が良い。
「さっさと終わらせよう。……明後日は舞踏会、ロノスさんをお待たせする訳には行きません!」
視線の先で私に嫌悪の眼差しを隠そうともせずに待っている馬車の御者を景色の一部だと認識しつつ、仮面を被る。
……この仮面が本当の自分になりつつあるのは感じるけれど、それは未だロノスさん達の前だけ。
でも、それで何一つ問題無い。
「大丈夫、私にはロノスさん達に鍛えて貰った力が有るから。……此処数日の事は忘れたいけれど。あんな人に鍛えて貰ったなら二人は強くなって当然ですよね」
乾いた笑みが出そうになるのを必死に抑え、数日前の私を少し恨んだ。あの二人の師匠に自分も鍛えて貰おうなんて安易に考えた馬鹿な自分を……。
「ねぇ、レキア。お兄様が出掛けていて暇なのよ。ちょっと話でもしない?」
「妾は暇では無いのだがな。片手間で相手するのも惜しい程だが、それで良いなら相手をしてやろう」
ロノスが学園より帰るなりポチに乗って聖王国に慌てて向かった頃……少しは妾とゆるりと過ごせば良いものを……、奴から贈られた花を眺めていた妾に暇そうな奴が話し掛けて来た。
この花、本当に僅かではあるが神の気配を感じる。大きいグラス一杯の水に一滴だけ混ぜた果汁程度で、花に宿る魔力に混じって分かり難いのだが……先日戦ったサマエルとやらの気配に酷似している。
恐らくは奴の指揮下の神獣。宿る気配を解析し、宿す力を解析すれば術者の探知も可能だろうな。
だが、薄いせいで随分と困難を極めていて、集中したい……のだが。
「そうね。何から話そうかしら? レキアは何か話したい事とか無いの?」
「言いたい事なら有るぞ。”自分で考えろ”、”考えてから来い”だ」
この馬鹿娘は私が忙しいにも関わらず話し掛けて来ているし、多分無視したり拒否しても諦める奴でもない。
まあ、適当に話をしてやれば良いのだが、話題も考えずに来るな馬鹿!
本当に此奴は……。
「じゃあ、何してるの? お兄様から貰った花を眺めてるだけでも無いでしょう? どうも嫌な予感がするのよね、それ」
「野生の……いや、光属性の使い手として何か感じる物があったか。この花、どうも神の気配がするのでな。数本では大した事は分からんのだが、今はする事も無い」
「神の気配って事は、この前の決闘の時に手出しして来た糞野郎と、お兄様やアンタ達を襲ったって連中の仲間って事ね。……がぁああああああああっ!!」
「うおっ!?」
急に叫び出したリアス、此奴ついに頭が筋肉に侵食されてしまったのではないのか!?
まさに怒り心頭と言った様子で立ち上がり地団太を踏み、机を強く叩いた事で鉢植えが宙に浮く。馬鹿力め、机が砕け散り、鉢植えが天井に激突して砕け散ったぞ。
「人の決闘が終わった瞬間に野暮な手出しした連中っ! 絶対にぶん殴る!」
「いや、ロノスが落とし前を付けたと聞いているぞ? だから落ち着け? 貴様、一応は”姫様”と呼ばれる立場だろう? 脳みそ筋肉のバトル脳だが」
「余計なお世話よっ! あーもー! ちょっとイライラして来たから向こうの山まで走ってモンスターでもしばき倒して来るわ! レナー! ちょっと暴れに行くから付き合ってー!」
言いたい事だけ言い、暴れるだけ暴れてリアスは嵐の如き騒がしさで去って行く。
……彼奴、本当に偶に心配になるのだが、同時に思うのだ。
「リアスだから大丈夫とは思うのだがな。説明は上手く出来ないが、リアスだし……。ただ……貴族令嬢としては全然大丈夫じゃない。まあ、何年も前から分かっていた事なのだが……」
一応だが彼奴も私にとっては友……腐れ縁で結ばれた相手であると認めてやっても良い存在だ。
心配してやらない事もない。
「レナの奴も大変だな。いや、彼奴は彼奴で十分無茶苦茶だ。それにしても気軽に向こうの山まで……向こうの山?」
リアスが思い付きで向かった山だが、向こうの山と言っても視界に入るだけで結構な距離がある。早馬で一時間弱程の距離、ならばリアスが適度なペースで向かえば十分も掛からない。
其処まで考えた時、花から感じる力の気配と同質の物が山の向こうから漂っているのを感じ取った。
「まあ、リアスだしな。”今の状態の”ロノスより強いし……」