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くノ一とお風呂

 屋敷の浴槽の中、時折天井から滴り落ちる滴の音と互いの息遣いだけが聞こえる。僕は今、凄いミスを犯していた。


 ……うわぁ、やっちゃったよ。女の子に三人掛かりで身体を洗われるとか密着されるとかした後で同じ顔って言うかほぼ同一人物の夜鶴と混浴したもんだから口が滑って胸について言及しちゃうなんてさ。


 自己嫌悪と気まずさで相手の顔が見れず、だからと言って立ち去るのは立ち去るので尾を引きそうで怖いし、僕は一体どうすれば良いんだって思うんだけれど、こんな状況に馴れていないからこその特訓で、その特訓の最中にこんな事になった訳で……。


 思考はグルグル回り、されど進まずに無意味に時間ばかりが過ぎて行く中、浴槽の底に置いた手に別の手が重ねられる。

 うぇっ!? 考え事をしている間に夜鶴が更に側に来てる!? 


 肩が触れ合いそうな程に接近した夜鶴の鼓動が聞こえて来る錯覚さえ覚える中、僕は何とか口を開く。

 本来は刀で、人間の肉体は仮初めだからこの手の事は本来不要……だからこそ一切耐性が無いにも関わらず忠誠心から僕への特訓として肌を晒す(まあ、普段着の方が露出過多だけれども)彼女に向けるべき言葉は謝罪じゃない。


 でも、お礼を言う前にちょっと……。


「……ねぇ、正直に言って欲しいんだけどさ。僕ってちゃんと君の主をやれてる?」


 不意に口から出た言葉に自分でも驚いた。

 でも、同時に前から思っていた事だから納得もしていたんだ。


 自分なりに頑張ってはいるし、それなりの評価は貰えているんだけれど、与えられた物は大きく、背負う物は重い。

 前世の記憶なんて便利な物を偶然手に入れたから何とかなっている事だって多いし、本当に持っている物に自分が相応しいのか疑問に思えてしまうんだ。


 でもさ、こうやって尋ねても耳障りの良い言葉を貰えるって心の何処かで理解しているんだよね。


 折角のお風呂なのに自己嫌悪が押し寄せる。そんな僕の考えを察してか、諫めるかの様に重ねられた手が強く握られて引き寄せられた。


「主、私は刀です。選ばれ評価される事は有っても主を選ぶ立場に御座いません。ですが、敢えて言わせて頂くのなら主は敵に厳しいですが変に甘い所があって後先考えずに行動し、妹やペットに甘いにも程があります」


 ……厳しいなぁ。でも反論の余地は無い。

 夜鶴はちゃんと僕の気持ちを察して本当に欲しい苦言を向けてくれるんだから感謝しかないよ。


 ”でも”、と、夜鶴は其処で言葉を区切り、両手で僕の手を優しく包み込んだ。


「私はそれでも好ましいと感じ、例え私が刀でなくても……道具でなくとも主に仕えたいと思います」


「そっか、有り難う」


 ……本当に僕は駄目だなあ。こうして認めてくれる部下が居て、それでもウジウジと悩むんだからさ。

 僕のすべき事は自分の無力を嘆くんじゃなく、だったら相応しくなる様に頑張るだけなのにさ。


「夜鶴、僕はもっと頑張るよ。君に相応しい主だって胸を張りたいからさ。だから僕とずっと一緒に居て欲しい」


「はっ! この身が滅びるその時まで私は主と共に在りましょう」


 僕の感謝に夜鶴は勢い良く立ち上がり、飛沫が周囲に飛び散った。

 そして、その立ち上がった勢いで身体に巻いたタオルが解け掛ける。


「ひゃっ!? あ、主……見ました?」


 捲れかけた胸元を咄嗟に両腕で抱き締めた夜鶴は少し涙目になっているし、そんな所が可愛いと思う。

 あと、彼女じゃなくて夜の面々が最初にやって来たのは正解だったんだろうな。本人が最初から最後まで引き受けるって絶対無理だし。


「……一瞬だけ」


 前に鍛錬の時に隙を作る為に見せられたけれど、今も直ぐに目を逸らしたとしても至近距離で直視しちゃった訳だし、目に焼き付いた。


「だ、大丈夫です。これも特訓の一環だと思えば……」


「そっか……」


 この子、ちょっと心配になって来た。既に暗殺とか汚れ仕事を任せた事さえある僕が言うのもアレだけれど、忠誠心から何でもし過ぎじゃないのかなぁ?

 でも、して貰ってる側が言うのも悪いし、此処は労っておこう。




「夜鶴はエロ……偉いなあ」


 言い間違えたっ!? は、反応は……駄目だ、両手で顔を覆って羞恥心の限界突破だよ。


 ……こりゃ暫くは直視出来そうにないな。





「……恥ずかしいのに僕の為にこんな事してくれて有り難う、夜鶴。君には普段から感謝が絶えないよ」


「いえ……主の武器である事が我が誇りでしゅ……ですから。こうして主の為に動く事が喜びです」


 ああ、本当に夜鶴を発見して、偶然が重なって主に選ばれて良かったよ。だって僕には絶対に必要で、絶対に勿体ない子なんだからさ。


 噛んだ? 知らない知らない。僕は何も知ぃらぁない!


 こうして言葉を交わすと自然と緊張が解れるのを感じるし、流石に直視は出来ないけれど横目で見る位はした方が良いよね?

 じゃないと特訓に付き合って貰う意味が無いし……うん。


「レナスももう直ぐ城に向かうし、君にはこれからは僕の側で動いて貰うよ」


「はっ! 主の命令ならばどの様な場所、どの様な状況であっても構いません。しかし、刀である以上はお側に仕える事に喜びを見出す愚かさをお許し下さいませ」


「全然愚かじゃないさ。じゃあ、これからも末永く宜しくね? って、これじゃあ新婚さんみたい……夜鶴?」


 あれ? 冗談を言った途端に動かなくなって……気絶してる!?


「いや、何で?」


 仰向けになって浴槽の中に浮かぶ彼女の顔は真っ赤になっていて、仕方が無いので抱き上げる。まあ、今日の特訓はこれで終わりって事で良いけれど、この子の方が異性への耐性が無いよねぇ。


「……娼婦や愛人と情事の最中の獲物を暗殺するとか何度かやったのにね。隙を窺って待機とかも有っただろうに」


 まさか隙を狙ったんじゃなくて気絶したんじゃないのかって疑惑が生じたけれど、彼女の名誉の為に忘れる事にした。


「よっと! ……あっ」


 持ち上げた時にタオルが緩んだけれど直す勇気は僕には無いからそのまま運び、さっき夜鶴が分体に投げた手桶を踏んで転び掛けた。

 わわっ!? 危ない危ない。揺れる大きな胸に……じゃなくて夜鶴が起きないか見てたせいで足下が疎かになってたよ。これで転んだらレナスに地獄の特訓を受けさせて貰った意味が無いし情けない。


「もう少し君に相応しい主に近付きたいからね。頑張るよ、夜鶴」


 いや、こうやって足下がお留守な時点で恥ずかしいんだけれど、今はその情けなさが意識を夜鶴から逸らしてくれる。

 さっき解けたから直した部分が再び解け始めて、少し揺れる度にタオルが捲れてしまっていた。


 これじゃあ丸見えまで後少しだし、此処は慎重に手元の夜鶴から上手く視線を逸らした上で身体を揺らさず進むしかない!


「落ち着け。ロノス、君ならやれば出来る。君は凄い奴だ」


 自分を奮い立たせて一歩一歩確実に進み、脱衣所への扉へと辿り着いた。


「夜鶴は……よし! 未だ隠れてる。傾けたら一気に行きそうだけれども! ……んっ?」


 背後の壁を通して聞こえた音に足を止め、分厚い壁の向こう側に中庭があって、今はリアスとアリアさんがレナスに鍛えて貰ってるのを思い出した。

 アリアさんも決闘があるからって鍛えはしたし、今後も強くなって貰った方が都合が良いんだけれど、自分から強くなりに来るなんて。


「……急ごう」


 第六感、虫の知らせ、兎に角このまま浴室に居たら面倒になると何故か感じ、多少バスタオルが乱れるのも気にせずに戸を開けて慌てて閉める。


 夜鶴を一旦イスに座らせたのと、脱衣所が揺れる位の何かが崩れる大きな音が響いたのはほぼ同時。


 まあ、崩れたのは壁だろうね。扉の向こうからリアスの気配がするし、声も聞こえて来たよ。



「レナスも容赦無いわね。壁をぶち破る位に吹っ飛ばされるなんて、怪我すると思ったわ」


「すると思ったで済んでるんですか!?」


 アリアさん、リアスに関しては鍛え方が違うんだから今更だよ?

 でも、本当に分厚い壁を破って中に飛び込む位のを受けても無傷って我が妹ながら……。




「リアスは本当に頼りになるね。あの子と一緒ならどんな敵だって倒せる気がするよ。我等兄妹は最強無敵ってね」


 これから立ちふさがる敵は多くて強いだろうけれど、何とかなりそうだって心の底から思えて来る。


 僕は本当に恵まれているよ……。






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