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一時決着

 パンドラの声が響いた瞬間、鋭利に隆起した地面が黄金の大蛇を刺し貫いた。


 常に融解した金が体表から流れ落ちてはいるけれど完全に全体が液体になっている訳でなく、例えるなら溶けかけたアイスクリームや雪だるま。中心部には固体の部分が残っている。

 刺し貫かれた部分から高熱の液体になった金が流れ出すけれど、大蛇を貫いたまま地面が沈み、沈んだ分は穴の周囲が壁になって盛り上がった。


「これでブレスの勢いは大幅に削れ、吐いても街には届きません。若様、此処から先はお願い致します」


 パンドラが微笑み、実際にブレスが街の方に向かって放たれるけれど量が足りず、深い穴の底では穴を囲む土壁に僅かに届いただけだ。

 その金はすかさず空中に固定。大蛇は最初の半分も体積が残っていなくて、頭部だけが不自然な程に大きさを保っている。


 ……馬鹿だなぁ。


「パンドラ、君は素敵だね。抱き締めてキスしたい位さ」


「では後程唇……いえ、頬……額にお願いします」


「うん、分かった!」


 僕を睨んでいる様に見える大蛇に向かって僕は空中を一気に駆け下りる。大蛇は大きく身を縮め、その勢いを乗せて一気に飛び掛かる。頭の先は鋭く尖った槍みたいに変化し、融解した金が滴り落ち続けるけれど形は崩れない。


「無駄だよ。もう街の被害を気にしなくて良いんだからさ。パンドラは本当に素敵だなぁ」


 黄金の大蛇を維持する魔力は全体に行き渡り、今も供給が続けられて活発に動き続けている。

 なら、その魔力が停止すればどうなるかって? 答えは簡単さ。


「”マジックキャンセル”」


 電子回路を流れる電気が停止するみたいに魔力の時を停め、その瞬間に黄金の大蛇は完全に溶けた石像みたいに形が崩れて落ちて行く。

 頭部の上側、脳味噌の辺りから半透明の膜に包まれたフードと道化の仮面の術者が現れた。

 目の所の穴から見えるのは白目と黒目の色が逆転した瞳と黄金の腕輪を填めた皮と骨だけになったガリガリの腕。此奴、一体誰だ?


 ……あの腕輪はゲームではチェルシーが填めていた物だった……と思う。うろ覚えの記憶じゃその程度で、精々命と精神の汚染を対価に凄まじい力を与えるって事。

 あのエンシャントドラゴンゴーレムも此奴の仕業かな?


「……ロノス! ロノス・クヴァイルゥウウウウウ!!」


「声が嗄れているし、知り合いだったとしても誰か分からないな。恨まれる理由は……まあ、貴族だし色々か」


表沙汰に出来るのも出来ないのも、貴族社会じゃ沢山思い当たるのが当然だ。

 錆びたナイフを振り上げて襲い掛かって来るし、声からは殺気を感じるよ。


「遅い」


 でも、恨みが正当だったとしても殺されてやる気は毛頭無いし、この程度じゃ僕は殺せやしない。壁を蹴って一気に加速、その勢いを突きに乗せて腕輪を狙う。

 大蛇の熱から体を守り宙に浮くのに使っていた膜も、咄嗟に割り込ませたもう片方の腕すらも易々と貫いたけれど腕輪は大きなヒビが入ったけれど貫通には到らない。


「いや、違うな。自動修復か」


 夜鶴を通じて感じる押し戻す力と引き抜いた途端に塞がる傷。ゲームでは魔法で一気に吹き飛ばしたけど、ちょっと油断が過ぎたかな? もうちょっと力を込めて肉体共々両断する気で振れば良かったよ。


「ぐぅぅ……」


「でも君は生け捕りの方が良いかな? 他国の相手でも同国の政敵でも生きていた方が都合が良いからね」


 逃がす気はないけれど、今は逃げの一手だった筈だ。それを此奴は恨みを優先して向かって来たし、自国の街を襲った下手人を見逃すのは愚か者でしかない。

 悪いけれど僕は愚か者になる気は無いし、悪いのは君だ。


「腕輪が再生するのなら……腕を貰うよ」


 肘から先を斬り飛ばし、ついでに勢いを乗せた蹴りを顔面に叩き込む。随分と硬質な感触が伝わったけれど気にせず地面に向かって叩き落とし、真下に溜まった金の時を停めた。まあ、灼熱の金に包まれたら死んじゃうだろうからね。


「さてと……」


「ロノス、そっちに行ったぞ!」


「何が……わわっ!?」


 響いたレキアの声と迫る気配に意識を向ければ、サマエルの日傘が先端を僕に向けて向かって来ている。時間を停止させて防げ……ないっ!?

 リンゴの日傘は動きを停めず、表面に爬虫類の瞳が現れる。此奴、モンスターだったのっ!?


 咄嗟の空気を蹴って軌道上から逃げれば向かって行くのは道化仮面の男の所。残った腕を貫通し、すわ口封じかと思いきや光って一緒に消え去った。

 どうやら転移で逃げられたらしく、腕輪の嵌まった腕だけを手土産代わりに穴から飛び出せばサマエルにも逃げられたのか不機嫌だけれど目立った怪我のないレキアが寄って来る。


「無事みたいで安心したよ。でも隠れて見えない怪我はないかい? 君が痛い思いをすると僕は悲しいんだ」


「……恥ずかしい奴だな。あれか? 貴様、妾が好きなのか?」


「うん、大好きさ。子供の頃からずっとね」


「そ……そうか。まあ……私も貴様が嫌いではない」


 苦手な部分もあるけれど、じゃないと友達になりたいだなんて普通は思わない。

 だから友達が無事だと僕は嬉しい。


 それにしても女王様に教えられてからはレキアも素直になってくれたよね。前までは人間なんて嫌いだって態度だったのに、ちゃんと友達だから好きだってみたいな事を口にするんだからさ。


「うんうん、レキアはそっちの方が可愛いと思うよ」


「……恥ずかしい奴め」


 ありゃりゃ、同じ事をいわれちゃったよ。


「さてと、一旦は終わりだね。問題は山積みだけどさ。それにしても結構被害が出ちゃったなぁ」


 人的被害は殆どないみたいだけれど、黄金の大蛇のせいで建物が焦げたりしているし、金が冷えてそこら辺にへばり付いている。穴の底にも結構溜まっているし、資金にはなっても、これだけの量を一気に出せば価格相場に影響しちゃいそうだ。


 いや、その辺はゴブチョの仕事か。ご苦労様だし、僕も家から人員を派遣するとして、今は僕の仕事をこなそう。

 いい加減眠いし結構力を使ったけれど最後の大仕事として街の時間を戻して行く。金はそのままに地面や建物を元の状態にして、凄い疲労感の中、地面に降り立てばパンドラが支えてくれた。


「……良い匂いだね。あっ、そうだ」


 レキアに戦って貰った事を女王様に何か言われそうで怖いし、どうも捨て駒か実験台らしい道化仮面の男の右腕と腕輪だけは手に入れたけれど、主犯については公にすれば混乱を招くか信憑性の薄い騙りの類だったと判断されるだけだ。

 まあ、混乱防止には後者で十分なのだけれども。


 この大量の金の取り扱いとか観光業への打撃とか住民の心のケアとか撃退したと言えば聞こえは良いけれど実際は逃げられただけだって失態についてだとか、もう考えるだけで疲れそうだし、実際に対応に当たる今後はもっと疲れるんだろうけども、今はすべき事がある。


 …それにしても眠くて頭が働かないや。


「わ、若様? 一体何を……」


 僕の体を支えてくれているパンドラの腰に手を回して抱き締める。花の香りによく似た髪の匂いが漂って、押し付けられる柔らかい体の感触に心地良さを感じながら顔を近付ける。


「何って、約束を守らなくちゃ……えっと、確か……」


 戸惑うパンドラに笑みを向け、その頬に軽くキスをする。…あ、間違った。

 頬じゃなくて額にしてくれって言ったのにうっかりしてたよ。


「ひゃ、ひゃわ……」


「ごめんごめん。もう一回」


 今度はしっかりと額にキスして、誤魔化す為に頭を撫でてもう一度強く抱き締める。

 後始末とかパンドラに任せる事が多いし、労っておかないとね。



「「……」」


 ……あれぇ? なんか、背後から、怒りを感じる……。


 恐る恐る振り返るけれどレキアもネーシャも怒ってないみたいだし、敵が未だこっちを見ていたのかな?

 所でポチはなんで二人を警戒して羽毛を逆立ててるの? こら! 止めなさい!



「おい、妾に大仕事をさせたのだし、礼として何処かで接待せよ。無論貴様が考え、貴様のみでもてなすのだ」


 レキアは僕の肩に止まって挑発するみたいな口調で告げる。


「あら、でしたら私も先程お誘いになったお茶の約束を期待しても宜しいのですの? 勿論二人きりじゃないって野暮は言いませんわよね? ふふふ、楽しみですわ」


 ネーシャもレキアの提案に乗っかる形で告げて来て、僕の背中に体をすり寄せる。前後から挟まれてるし、嫌じゃないけれど嫌でも二人の感触を感じられた。


 ……それにしても強引だよ。別に良いけれどさ。



「キュイキュイ!!」


「え? ポチも頑張ったからご褒美を割り増しして欲しいって?」


 仕方無い子でちゅね~。今回は特別でちゅよ~?


「取り敢えず一休みしようか。皆疲れているだろうからね」


 今後も一波乱も二波乱も有りそうだけれど、今は無事解決って事で……良いよね?




「所で明日の学校なんだけどさ……」


 疲れているし既に夜遅いし、休むのは無理でも昼からなら……。


「ええ、後処理は私に任せて普段通りに登校して下さって結構です。少し休んでもポチの速度ならば大丈夫ですね」


 ……厳しい! でもパンドラが頑張るんだから当然だよね。……ちぇ。


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