大蛇強襲
”それ”は異様な熱気を周囲に振りまきながら姿を見せた。建物の二階に居ても見上げる程に巨大な蛇。月明かりを反射する文字通りに黄金の肉体には鱗が一枚一枚存在し、それがかなりの高熱を持っているらしく融解して滴り落ちている。
「にょほほほほほほ! どうじゃどうじゃ! 丁度良い実験台をシアバーンの奴から貰ったので早速利用して見たの……熱っつうっ!?」
「……うわぁ」
当然、その超高熱の雫は真下に居るサマエルへも降り注ぐし、時間停止した空気に包まれている体は兎も角、頭は出ているから僕達を見上げて笑っていた顔面に喰らい、煙が出る顔を地面に擦り付けて転げ回るんだけれど、地面にだって落ちているから余計に熱い思いをしちゃってる。
うーん、見た目が少女なだけで実際は大昔に大勢手に掛けた化け物なんだろうけれど少し可哀想な気がして来たぞ。
思いっきり自爆でしかないんだけどさ。
「あっ、落ちましたわ」
尚、ネーシャには一切同情した様子は見られない。多分こっちが正しいんだけ
「のじゃぁああああっ!?」
サマエルは熱がりながらゴロゴロと地面を転がり、そしてそのまま黄金の大蛇が現れた地割れの中に転がり落ちて行った。
……うん、駄目だ。脱力している場合じゃないんだけれど、何だかなぁ……。
「来るぞっ!」
あまりにも間抜けな姿を晒した伝説の怪物の姿に気を取られる僕達だけれど、黄金の大蛇はそんな事を気にも止めずに鎌首をもたげ、金の滴が滴る舌を動かすと勢いづけて僕達が居る建物に突っ込んで来た。
「きゃっ!?」
勢い良い向かって来るから飛び散る雫が広範囲に散らばり、焼けた臭いが届く上に開いた窓からも雫が飛び込んで来て、ネーシャは思わず身を竦めて悲鳴を上げて、僕は庇う様に前に飛び出していた。
「大丈夫。ネーシャの事は僕が必ず守るからさ」
「おい、私は?」
「も、勿論レキアだって守るさ……」
自然と口を出た言葉の後に時間停止した空気に黄金の大蛇が激突して動きを止める。今の衝撃で結構な量が周囲に散らばり体積が結構減った風に見えたけれど……。
チラッと外を見れば融解する程の高熱を持った黄金の大蛇に悲鳴が上がるけれど住民達は大勢の夜達が担いで避難させているのが見えた。それぞれ普段の如何にも忍者ですって格好をフード付きの服に変えて顔を隠して住民の保護に当たっている。
その内、遠目に映った一体が出したハンドサインは”本体の肉体は出せない”。
屋敷の護衛や各国に散らばらしている諜報役、そしてこれだけの数を出すとなれば力の大部分を回す事になり、今の状態の僕と同様に夜鶴も全力を出せないって訳だ。
まあ、良いさ。……あの大蛇は僕が倒すから。
「おい、ロノス。あの大蛇もゴーレムの類であろう? ならば時間操作で無効化してしまえ」
「あ、あれ? そういえば急に現れたから反応が遅れましたけれど……妖精?」
「ふん。聖王国と妖精の関係を考え見れば妾がロノスと親しい事に何の疑問が在る。そんな事よりもさっさとせぬか」
少し落ち着いたのか漸く自分に反応したネーシャを一瞥もせずにレキアは指示を飛ばしてくるけれど、僕との仲が”親しい”って認めたのは少し嬉しかった。
うん、何時か友達になりたいって思ってたけれど、レキアの中じゃ既に友達だったんだ。
だから折角の指示を否定するのは辛いなぁ……。
「流石にあの状態のゴーレムを元に戻した場合、あの溶けた状態の金から作ってたのなら一気に流れ出すし、あの量を即座にどうにかするのはちょっと難しいかな?」
「ならば時間を止めろ!」
「いやね、あの黄金の大蛇だけれど、術者と同化しているみたいなんだ。僕、意識のある生物の時間を操るのは未だちょっと……」
「ええい! リアスが言うには貴様は世界一強くなれるのだろうが! その様な無様でどうする!」
「いや、実は理由があって……」
ちょっと反論が出来ないな、これは。
あの大魔法の消耗なんて言い訳には出来ないし、ネーシャの前では匂わすのも駄目だ。
「でも大丈夫さ。それ以外の方法で倒すからさ。……っと、その前にちょっと失礼するよ、ネーシャ。急いで此処を脱出しなくちゃだしね」
「ひゃっ!?」
何度か体当たりを繰り返して漸く無駄だと分かったのか黄金の大蛇は尻尾を大きくなぎ払い高熱の滴を振りまきながら僕達が居る建物に叩きつけようとするけれど、それも当然防ぎながら僕はネーシャを抱き上げた。
突然のお姫様抱っこに驚いたネーシャだけれどこんな状況だから我慢して貰うとして、今は此処から出ないと禄に戦えない。
「も、もう! ロノス様ったら強引なのですから……」
「ごめんね。じゃあ、飛び降りるよ?」
「……へ? きゃ、きゃぁああああああああっ!?」
躊躇無く窓から飛び出し、時間を停めた空気を足場にして大蛇から距離を取る。
余程ビックリしたのかネーシャがしがみついて胸が強く当たっているけれど、今は気にせず観察だ。……ネーシャじゃないよ? この体勢だと胸元が間近だけれど凝視する訳にも行かないしさ。
「うわっ、元に戻ってるよ……」
動く度に滴り落ちて行く高熱の金だけれど、それ自体は一度離れたら操れなくても本体に触れれば自動的に元に戻っている。
あの巨体で渦を巻くみたいにして這いずり回られたら厄介だ。
「……ああ、それに厄介と言えば」
黄金の大蛇が現れた場所であり、さっき自爆の果てにサマエルが転がり落ちて行った場所から彼女が飛び出そうとしているのが見えた。
所詮は下準備もしていない簡易な魔法によるものだから術者から離れれば効果が薄まるし、大量な魔力で中和すれば拘束は溶けるんだけれど、この短時間でってのはちょっと自信が喪失しそうだ。
「にょほほほほほほ! 私様をあの程度で倒せたと思っていたら大間違いじゃ!」
いや、間抜けだとか馬鹿とは思っていたけれど、あの程度で倒せたとは思っていないよ。
だってさ、彼女ってギャグ担当でありながらも三体の中で一番最後まで生き残り、最後に力を取り戻して挑んできた時の能力値は当然だけれど最強。
”シリアスに割く大部分を戦闘力に持って行かれた女”、お姉ちゃんはそう評していたっけな。
ほぼ垂直の悪路を物ともせずに駆け上がり、傘を構えて飛び出す。
「のじゃっ!?」
其処に大きく体をうねらせて遠心力で威力の上がった大蛇の尻尾がクリーンヒット、寧ろ自分から軌道に飛び込んだよね?
「注意一秒怪我一生。事故には本当に気を付けようか」
大きく吹っ飛んで行くサマエルだけれど、僕も他人事ではないんだよね。
だってさ、リアスって組んで戦う時に僕を信頼してか平気で広範に魔法を放ったりハルバートを振り回したりするんだもん。
妹に信頼されるお兄ちゃんって大変だよね!
「の、のじゃ! この程度で……」
「キュイイイイ!?」
そして事故が事故を呼び、さっきの笛で呼んでいたポチが全速力で向かって来ている正面にサマエルが飛び込んだ。
「にょほぉおおおおおおおっ!?」
咄嗟に止まろうとしたポチだけれども簡単には止まれない。結果、防風目的で周囲に張ってる風の壁に激突されたサマエルは放物線を描いて遙か遠くに飛んで行った。
あ、建物に頭から突っ込んで、大蛇の影響も在ってか完全に崩れて下敷きだ。
「キュイ!? キュイキュイ!?」
「ああ、大丈夫大丈夫。僕の敵だから跳ね飛ばしても構わなかった相手だよ。ほら、それよりもこの子をお願い」
「キュイ……」
人身事故の発生に大いに慌てたポチを撫でてやりながらネーシャを背中に乗せる。
え? だったら止まろうとせずに全力で跳ね飛ばすんだった?
次があったらそうして貰うよ。ポチは良い子だなぁ……。
「じゃあ、ちょっと離れてて。今からアレを……斬り伏せる」
ポチの前脚には夜鶴の本体である大太刀が掴まれていて、柄を持てば鞘が自然と動いて抜ける。月明かりに照らされた刀身は美しく、何でも良いから斬りたいという欲求が心を支配し始めた。
「……矢っ張り妖刀なんだよなぁ」
慌てて気を取り直して黄金の大蛇を見据え、大上段に構える。
「あれ? 喉の当たりが膨らんで、代わりに胴体が少し萎んでない? もしかして……」
黄金の大蛇は大きく膨らんだ頭を僕に向けた状態で蜷局を巻いてドッシリと構える。
猛烈に嫌な予感がした瞬間、予想は的中して灼熱のブレスが吐き出された。
「黄金のゲロみたいだなぁ……」
融解した金のブレスを前にして思わず場違いな言葉が出てしまいながらも攻勢に出るのを中断して防ごうとした瞬間、天から地に向けて雹混じりの暴風が吹き荒れ灼熱のブレスを地面へと叩き落とした。
「今のはポチ……だけじゃない」
風自体はポチの得意分野だけれども雹は使えなかった。なら、誰の魔法かなんて直ぐに分かった。
「キュイ!」
「サポートはお任せ下さいませ!」
見ればポチの背に乗ったネーシャがウインクをしながら腕を前に突き出している。
吹き荒れる風に混ざった雹は大蛇の熱気から周囲を冷やし、火災の勢いだって落としていた。
「うん、これは心強いや」
「うふふふ。私に惚れてしまいましたか?」
「まあ、ちょっと素敵だって思ったかな? 改めて一緒にお茶でも飲みたい位にはさ! ……んじゃ、さっさと終わらせようか!」
ネーシャの冗談に冗談で返し、停止させた空気を踏みしめながら大蛇へと迫った。
周囲を舞う冷気が大蛇の熱気を中和、これで一切迷い無くたった切れる!
「ひゃう……」
あれ? 今、背後からネーシャの変な声が聞こえた気が……。