だからそういう所つってんだろ!by乳母
「……うわぁ。これは想像以上にボロボロだ」
”歴史的価値の高い教会を補修工事が可能な状態にまで戻す”って仕事内容だったけれど、もう何時倒壊しても不思議じゃない位にボロボロで、壁や屋根は所々に穴が開いている上によく見れば地震でもないのに揺れている。
「数年前の地震の後、入ろうとするだけで全体が揺れる状態になったのですが、それだけならば古代の建築様式を調べ上げ、何とか補修が可能だと判断したのです。ですが、更に街に入って来たワイバーンが衝突してしまいまして……」
「……あー、成る程。裏に大きな穴が開いてたのはそれか。もう崩れていないのは神の奇跡……いや、そういった魔法のお陰か」
街を納める役人かつ金鉱の経営者のお爺さんは人の良さそうな笑みを浮かべたゴブリンだった。途中街中で住民に挨拶される様子からして穏やかで慕われているのが見て取れる。
そんな彼に連れられてやって来た教会だけれど、風が吹けば倒れて当たり前の状態でも保っているのは多分崩壊を防ぐ魔法の力だろうね。
神を奉る場所が災害で崩れたら情けないって事で古代に開発された土属性の魔法なんだけれど、難しいから最終的に使い手が居なくなって消失してしまったんだけれど……面倒だ。
「あの……どうかなされましたか?」
「いや、ちょっとね。……魔法に影響を与えずに時間を戻すのはちょっと大変でさ。集中したいから少し静かにして貰えるかな?」
僕の様子に不安そうにする彼……名前は”ゴブチョ”、に笑みを向け、そっと目を閉じれば何やら静かにするように周囲に指示を飛ばしているのが聞こえて来る。
ああ、これで大丈夫だ。そっと自分の奥底に意識を向け、魔力を練り上げる。
想像するのは巨大な懐中時計。針が高速で動き、その度に全体を包む淡い光が強くなって行く。その光は前方の崩れる寸前の教会にまで届き、徐々に包んで全体を把握すれば地中に巨大な魔法陣が刻まれているのが伝わって来た。
そっと其処に掛かれた文字を読みとり、教会との繋がりを崩さない様に意識を向ける。
「……”リターンクロック”」
静かに呟けば時計の針がゆっくりと逆回転し、目を開ければテレビ画面を巻き戻した時みたいに崩れた部分が元の場所に飛んで行って収まり、穴の周辺が盛り上がって塞がって行く。
保全魔法は……よし! 影響は出ていないな。
「終わったよ。……って、君も来ていたんだ」
「ええ! 初めてお目にしましたが素晴らしい力ですわ。流石は過去に遡っても唯一無二のお力。このネーシャ、歴史的瞬間に立った気分です」
今後の補強作業が可能かつ古い建物の趣が残っている状態まで教会を戻せば背後のギャラリーから拍手喝采が響いたけれど、その中にネーシャの姿を見つけた僕は内心では顔をひきつらせる。
「それにしても建物に掛けられた魔法に影響を与えずに新たに魔法を掛けるだなんて凄いですわね。私も魔法の道具の作成を体験した事が有るのですが、修理や魔法の改変をすると後から使った魔法が影響を与えるのですよね」
「うん、今のだって慎重にやったよ」
「あら、でしたら古代の魔法にじっくりと触れたという事ですわよね? 私、古い物に興味が有りますの。機会があればお話をお聞き下さいませ」
だってさ、如何にも純粋に驚いて感心しているって顔だけれど絶対値踏みしているし、今だって探りを入れているんだからさ。
失われた魔法、それも金と名誉の匂いがプンプンする情報をどの程度手に入れたのかってさ。
この子、僕とは周りと自分に対する評価が逆だけれど、同じく愛想の良い素直な子の仮面を被っていてもアリアさんとも真逆だ。アリアさんは自分を守る為の盾だけれど、この子の場合は相手に攻め込む為の矛。
……ちょっと苦手かな? まあ、長く一緒に居たから本当の顔も……って、今日会ったばかりなのに変な考えが浮かんだよ。
「ロノス様、わざわざご足労頂き、勝手な願いを聞き届け下さり誠に有り難う御座います。我々一同感謝の極みでございます」
「気にしなくて良いさ。民の為に動くのは貴族の仕事だからね。じゃあ、また何かあれば領主一族として力になるからさ」
「ははっ!」
そんな僕の気持ちを察してか挟まれた言葉がネーシャとの会話の流れを断ち切ってくれる。
助かったと安心したら、ゴブチョはネーシャに見えない角度で目配せして笑っているし、これは分かっていてやったな。
流石はお祖父様が街の管理を任せただけあるよ。さっきから普通にゴブリン語以外も使っているし、さてはかなりの曲者だな。
ネーシャの方を見れば流石に金鉱の経営者との会話に話って入れないのかニコニコとしているだけだ。
まあ、僕は了承していないけれど、探りを入れられただけで一旦は満足って所か。
正直言ってグイグイ来られた方が強引に振り払えるんだけどね。
「では、私は商談の時間ですので。ロノス様、素晴らしい物を見せて下さり感謝致しますわ。では、後ほど機会があれば……」
「うん、機会があればね……」
その機会が有るかどうかはパンドラ次第だけれど、ちょっと情けないから敢えて口にはしない。
……それにしても貴族と商人の違いはあるけれど、こうして同じ歳の子が精力的に動いて居るのを見ると素直に凄いと思うよ。あの強かさも荒波に揉まれて鍛え上げた結果だろうな。
元からの才覚と経験によって今の彼女が在るって思うと少し魅力的にさえ思えて来たよ。
「それでは屋敷に戻りましょうか。コックが腕によりをかけてゴブリン料理を作っていますよ」
そう言えばそろそろ夕ご飯の時間か。
お腹も減ったし、ゴブリン料理は大好物だから楽しみなんだよね。
リアスも前世から大好きだし、僕だけ食べたって知ったら文句を言われそうだな。
空を見れば夕日が沈む頃合いで、何処からか美味しそうな香りが漂って来ている。
自然と空腹を感じた僕は仕事が残っているらしいゴブチョと別れ、夕ご飯を楽しみにしながら鼻歌交じりに屋敷へと向かって行った。
「……脂っこく味の濃い料理ばかりですね」
大きなテーブルの上に並ぶのはエビチリに豚の角煮にチンジャオロースー。その他沢山の中華料理……じゃなくてゴブリン料理。
いやぁ、この世界じゃ二度と食べられないと思っていた中華料理が総称が違うだけで存在するって知った時は嬉しかったよ。
ああ、でも全体的に脂っこくって味の濃い料理が多いから薄味が好きな夜鶴はちょっと苦手らしいけれどね。
妖刀状態なら別に食べ物は要らないんだけれど、人の姿を維持したり分体を作り出すには結構な量の食事が必要になる。
普段は頬をリスみたいに膨らませて食べる姿が可愛いけれど苦手な物が多いなら今日は見られそうにないな。
「人払いは済んでいますし、三人揃って今後の話をしつつ食べましょう」
そんなパンドラの提案から三人揃って席につき、あの中央が回るテーブルの上の料理を取り皿に乗せて行く。
「あっ、ゴマ団子や点心も有るや。ほら、君もこれは好きだろ? 僕の分も食べなよ」
「で、ですが、主の分を頂く訳には……」
中に好物を発見してか僅かに嬉しそうな顔をする夜鶴だけれど、僕の分までは遠慮して食べるのを拒否する。
やれやれ、仕方ない子だよ。僕は夜鶴の前の取り皿に手を伸ばして僕の分まで乗せると強引に差し出した。
「これは主としての命令だ。僕は夜鶴が美味しそうに物を食べる姿が可愛いから好きだし、今見せて欲しい。……駄目かな?」
「いえ、それならば慎んで頂戴いたします。……主は卑怯ですね」
「君の笑顔が見られるなら多少の卑怯は構わないさ」
海老蒸し餃子にカニ焼売、どれも僕の好物だけれど他にも好きな物があるから今日の所は夜鶴に譲ろう。
最初は遠慮していた彼女も少し強引に渡せば直ぐに嬉しそうに食べ始めるんだけれど、卑怯って評価は酷いなあ。
でも、普段頑張って貰ってるから美味しそうに食べる姿を見るのは本当に嬉しいんだ。
……まあ、帰りにリアスへのお土産として夜食に餃子やら油淋鶏やらを屋台で買い込むんだけれど、実は口止め料も含んでいる。……メイド長がその辺厳しいからね。
「……若様、リアス様へのお土産は私が後ほど私が買い求めて置きますので、クヴァイル家の嫡男が屋台で夜食を買い込むという真似はなさらない様に。お二人の好みは把握していますので」
「何の事やら……はい、分かりました」
駄目だ、到底誤魔化せる相手じゃない。
夜鶴はモキュモキュと頬張って嬉しそうにしていて、パンドラだって一見すれば声も穏やかで微笑んでいるんだ。
でも、その奥に隠された凄みが有無を言わせない。……仕方無いから従おうか。
だってパンドラの言葉だからね。
「ああ、それと若様……こちらをどうぞ」
そっと差し出されたのはパンドラの分の海老蒸し餃子の半分で、他の料理も綺麗に半分こされている。
それを箸で摘まんで差し出していた。
優しいなあ、パンドラは。
賢くて優秀で美人で……。
「パンドラ、君と結婚出来る事は凄く嬉しいと思うよ。君により掛かるだけじゃなくて寄りかかって貰える様に頑張るからね」
「ふふふ、楽しみにしていますね」
パンドラは微笑みながら僕の口に料理を運ぶ。……あれ? これって……。
「主、それは間接キスという奴ですね」
夜鶴、言わないであげて。ほら、照れてそっぽ向いちゃってるよ、可愛いなあ……。
このまま食事をして、後は視察という名目で街を散策してからポチに乗って帰るだけ……だったんだけれど。
「まあ! お会いするなって奇遇ですわね。お帰りになる前にお茶でもご一緒致しませんか?」
……うーん、面倒な事になった。