彼女の狙い
悪漢やモンスターに襲われている女の子を助け、その相手に好意を持たれる……まあ、前世でも今の人生でも物語ではお決まりのパターンで、絵本にだって出て来る展開だ。
恐らくは吊り橋効果って奴で危険へのドキドキを恋だ何だのと勘違いした結果だろうけれど、この世界ってモンスターが実在するから非日常的とは言えないし、そんな簡単には行かないんだよね。
……まあ、それでも感謝したりはされる物だろうけれど、どうもあの子はそれだけじゃないって感じだね。
「ポチ、もっとゆっくり飛んで。うん、良い子だ」
「キュイ!」
馬車を先導しながらの低空飛行、激しい飛行が大好きなポチからすれば不満が溜まる飛び方なのに不服そうな様子すら見せずに元気に返事をするポチの首筋をそっと撫で、背後の馬車にチラリと視線を送る。
「ペースはこのままで平気かな? もっとゆっくりした方が良いかい?」
「いえ、大丈夫ですわ。寧ろ遅れていた分を取り戻せそうで感謝ですわ、ロノス様!」
幾ら先導の為に速度を落としていたとしてもグリフォンは空の王者であり、馬車が後を追うにはそれなりの速度が必要だ。
流石は皇室御用達の商会だけあって引き離されずに付いては来ているけれど一応心配した様子を見せて声を掛ければ彼女は……ネーシャ・ヴァティは馬車から顔を出して愛想良く返事をしてくる。
緑色の髪を縦ロールにして胸元が少し開いた派手では無いけれど質の良いドレスを着た上品そうで……その奥に強かさと野心を隠している感じの美少女に付いては実は既に知っていた。
帝国所属で皇室御用達の商人だから下手に接触するのも憚られるけれど、出来れば繋がりが欲しいとパンドラに言われていた相手であり、”夜”とクヴァイル家の手の者を二重に使って調べていたから馬車の家紋で気が付き、助けるのに迷いが殆ど生じなかったし、短剣で自害する寸前だったのが窓から見えたから本当に間に合って良かったよ。
「値踏みされてるなあ。それを指摘しても誤魔化されたしさ」
さっき僕は無理に愛想笑いをする必要が無い旨を伝えたんだけれど笑顔ですっとぼけられた上に名前で呼んで良いかと聞かれて思わず了承してしまったんだ。……流されちゃって情けない。
あれはパンドラと同じ事務や交渉事の世界で鍛え上げられた類だね。
僕はどちらかと言えば特殊技術職とか戦闘とか兎に角前面に立って目立つ広告塔だし、相手の土俵に立って勝負するには早すぎた。
「好意……は無くもないけれど、助けてくれた事への感謝よりも別の事の方が勝ってるか。見抜かれているって分かっていても隠すのを止める気は無いみたいだし……勘違いしそうだよ。それが目的だろうけどさ」
恩人に感謝しない訳でもないが、その相手に利用価値が有るならば利用してしまおう、そんな意思を秘めた眼差しは隠し方に巧拙は有っても今まで散々向けられて来たし、見抜き方も叩き込まれた。
まあ、あの子は特に上手だし、勘違いだって勘違いしそうになるけれど、事前に調べた結果じゃ野心旺盛で結構腹黒い所が多いんだよね。
……っと、此処までは今の僕としての意見や知識であり、ゲームの登場人物としての彼女についての知識も前世の記憶に含まれて、概ね僕としての知識に合致する。……一つを除いて。
「……婚約者、だったんだよなあ」
ポチにも聞かれない様に小さな声で呟く。
ゲームではリアスの取り巻きの一人であり、ロノスの婚約者でもあった人物で、詳しい経緯は不明だけれど、確か危ない所を助けたのが切っ掛けだと作中で語っていた。
最後は婚約が破談になり、家に連れ戻されるんだけれど、そもそも貴族の学園に商家の彼女が通えていた理由があって……。
「おっと、危ない」
「キュイ?」
「何でもないよ、ポチ」
ゲームはゲーム、現実は現実だって忘れちゃう所だったよ。第一、あの頃と違って僕には……あれ? あの頃と違って?
まただ。レナスがゲームでは死んでいた事を思い出した時と同じで、実際に体験した訳でもないのに体験した事みたいに感じている。
物語を知ってるが故の思い込み、かなぁ?
「……」
もう一度後ろを見ればネーシャ(僕は恩人だし、自分は貴族でないので呼び捨てで構わないと言われた)はニコニコと愛想を振り撒く笑みを向けていて、何かモヤモヤとした物が心に溜まって行くのを感じた。
例えるなら未練が残っている元カノと再会したけれど向こうは完全に自分を忘れている、だと思うけれど、前世でも今世でも交際経験皆無な僕じゃ分からない。
そんな事を考えている間もポチを警戒してかモンスターに襲われる事も無く順調に進み、やがて目的地であるミノスが見えて来た。
さて、朝からこっちに向かって色々と話を進めているパンドラを労ってからネーシャの事を相談しないとね。
正直言って僕の対応が良かったのか悪かったのかは判断が付かないけれど、パンドラならばどうとでもしてくれるって信頼がある。
政務方面に有能で美人、そんな彼女が婚約者なのは嬉しいし、支えられるだけじゃなくて並びたいとも思う
それがどれだけ大変なみちであったとしても僕にだって意地があるからね。
「名残惜しいですが此処で一旦お別れですわね。あの……宜しければ後ほど正式にお礼に参りますので滞在先をお教え頂けますか?」
「確か今日は金鉱の責任者兼役人の屋敷でお世話になるよ」
「まあ! 私もその屋敷に商談に参りますの。もしかしたら運命かも知れませんわね」
本当に名残惜しそうだし、目的地が同じだと知って嬉しそうにも見えるけれど、君の演技力には舌を巻くよ、ネーシャ。
周囲よりも自分が優秀だと確信し、自分の居場所に不満を持っている向上心と承認欲求の塊だってのが調査内容で、命の危機から救って貰ったお礼がしたいって口実を手に入れたからか随分と機嫌が良さそうだ。
この出会いを利用して更に上に行きたいんだろうな。初めて出会い、一緒に過ごしてた時だってそうだった……まただ。
「あら? どうかなされましたの?」
「うん、君について少し考え事をね」
「まあ、嬉しい」
この手のタイプには下手な誤魔化しは通じないし、嘘と本当を混ぜて伝えれば如何にもこっちに好意を持っていますって態度で両手を口に持って行くんだけれど、その時に腕で両側から胸を挟んで強調するのも忘れない。
……貴族の交渉術とは別物の商人流の交渉術か。
「じゃあ、また後で会えたら」
「ええ、お会い出来るのを楽しみにしていますわ」
ちょっとの会話と腹のさぐり合いで分かったけれど、相手の方が流石に交渉事では一枚以上上手だね。
正直言って事前に調べていなければ完全に騙されていた可能性だって有るし、家柄の違いからかグイグイ来れなかったのは幸いか、それとも引いてみせる策略なのか……凄いなあ。
世の中には格上が多いし、多少勉強して少し見抜いただけじゃ安心できないね。
「……成る程。出会い方は上々ですね。若様は天運に恵まれている模様。当主には必要な能力であり、手に入れようとして手に入るものでもありません。しかし、大きな恩を売る形で出会えたのは幸いですが、相手がこの街に滞在中にどの様に接触してくるかが問題ですね。所有する屋敷に来たのならペースを握りやすいのですが」
パンドラと合流後、ネーシャに関して報告すれば嬉しそうにした後で思案を始めた。
向こうがクヴァイル家との繋がりによって得たいのは聖王国での商売の拡大って所かな? 後ろ盾になるって公言しなくても、親しいと周りに思わせれば新参者かつ余所者への嫌がらせへの牽制になるだろうし……。
「その代わりに向こうが提示して来るであろう物ですが、情報も金もクヴァイル家ならば頼る必要は無いですし、皇室御用達という立場から持っている貴族とのコネやクヴァイル家傘下の商人の手助け。後は……」
「後は?」
特に問題は無いと言わんばかりの態度のパンドラだけれど、最後の最後で言葉を濁す。
深刻そうな様子に僕が尋ねれば、パンドラは一瞬だけ迷った後、言いにくそう口を開いた。
「い、色です。申し上げにくいのですが若様は女性への耐性が高くありませんし流されやすいご性格。それこそネーシャさん自ら……その」
「……あっ、うん。大体察したから言わなくて良いよ。……照れるパンドラって可愛いよね」
「……そんな所ですよ。兎に角、今後の為にも若様には女性に慣れて頂かねば」
……あれぇ。パンドラは変に張り切っているし、何か大変な予感……。
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