お兄ちゃんとお兄様 ついでに眼鏡が本体の男
お兄様……いえ、心の中で位は貴族の兄妹じゃなくて普通の兄妹としてお兄ちゃんと呼びたい。
前世の記憶によって私達に待ち受ける可能性のある運命をどう乗り越えるかを話し合った結果、今可能なのはレベルを上げたり技術を磨いて強くなる事だけだった。
この世界にステータス画面なんか存在しないけれど、モンスターを倒すとかで経験を積んだら強くなれるのは知られている。
政治的手腕は子供の私達じゃ学ぶにしても限度があって、人脈を広げるって事もお祖父様が既に色々な人達と繋がっているもの。
「あの人かな?」
「あの人ね」
じゃあ、強くなる為に誰を頼りにするかって話になった時、前世の知識なんて普通は話せない事情を話さなくても頼みを聞いてくれそうで、尚且つ信頼出来る相手は一人しか知らない。
「……強くなりたい? 二人なら十分基礎訓練だけで強くなれるだろうに、何を焦ってるんだい? ……まあ、目を見れば真剣なのは分かったし、アンタら二人は可愛いからね。旦那の孫って事を抜きにしても引き受けてやるさ」
最初は渋ったけれど、どうしても凄く強くなりたいって伝えたら引き受けてくれた彼女は私にとってはレナと同じで家族同然の相手。
彼女は腕組みをしながら何時の笑みを浮かべていた。
彼女なら理由を話さないでも受けてくれると信じていた。でも実際に受けてくれた時は本当に嬉しかったわ。
「ただしっ! 一度引き受けたからにゃ妥協も譲歩も無しだ! 一切の甘えを許さないから覚悟を決めな! ……ついでに馬鹿娘もビシッと鍛えてやるか。仲間外れは可哀想だ」
……ちょっとだけ頼んだ事を後悔したけれど、口に出したら叱られそうだから黙っておきましょう。
この日から始まったのはスパルタなんて物じゃない修行の日々。
私達は貴族としての、レナは使用人としての勉強も有ったから思い出したくもない程に大変で、巻き込んでしまった彼女には悪いと思っているわ。
「じゃあ、私は友達とお茶をしてから帰るわ。馬車で送って貰うから心配しないで先に帰っていて」
前世の記憶なんて無かった場合の私と今の私を比べた場合、一番変化があったのは人間関係でしょうね。
お兄ちゃんに対して呼び捨てじゃなくてお兄様って呼んでいるし、少し甘えて我が儘も言うけれど命令してこき使っている訳でも無いし。
……もしかしたら周囲が急に甘やかすようになって、聖女の再来としか扱ってくれないのが寂しいから最後まで妹として接してくれる家族に叱って貰いたかったのかも。
だって記憶が戻る八歳までの、リアスとしてだけの時点で私はお兄ちゃんが大好きだったんだから。
「それでお兄様と乳母兄姉のメイドと行ったカフェのパンケーキが美味しかったのよ。特製のシロップが沢山掛かっていて。他にもトッピングが沢山あったし、行ってみない?」
「それは素敵ですね。私も親戚の屋敷に住まわせて貰うのですが引っ越しの後も色々やる事が多くて街を散策出来てなくて……」
他にもお祖父様の部下の家の長女であるチェルシーとの関係も、ゲームでは取り巻きの一人だったけれど、こうして敬語は使われるけれど友達として付き合っている。
私の属性が”光”だって分かってから周囲からの扱いが変わったけれど、チェルシーの父親に彼女の態度が変わった事への不満をぶつけて良かったわ。
前世で対等な友達関係を経験していたから……あら?
「何やら騒がしいわね。喧嘩かしら?」
「リアス様、近付いて巻き込まれたら危ないので離れましょう。何かあれば私が叱られます」
「そうね。でも、喧嘩にしては……」
人混みで何が起きているのか詳しくは分からないけれど、何やら怒った様な声はガヤガヤといった野次馬の声に混じって聞こえて来て、私は思わず足を止める。
”従うだけの人間は面白くない”と前に言ったからかチェルシーが腕を引っ張るし、どうせ先生が騒ぎを聞きつけて止めに入るだろうからカフェに行きましょうか。
「……あ~あ、馬鹿馬鹿しい」
確かゲームでは私が主人公に因縁を付けて攻略キャラの誰かが庇う筈だけれど、私はそんな事しないから関係無いわね。
「おや、彼女は例の子爵家の悪魔憑きですね。災いを呼ぶ存在だと伝わって居ますし、関わらないで正解でした」
「……え?」
人垣の隙間から見えたのは怯えた様子で俯く主人公と、一方的に責め立てている眼鏡の男子生徒。
長い髪を後ろで束ねた真面目そうな顔を何処かで見た気がするけれど、ゲームでだとしたら精巧な似顔絵でも有るまいし分かる筈もない。
「兎に角! 君みたいな闇属性の者が王国の貴族として学園に通う時点で僕達の品位にまで影響する。来るなとまでは言わないでおくが、顔を出すのは最低限に……」
「くっだらないわね。この臆病者が」
気が付けば口から漏れ出た言葉に注目が集まり、進み出れば生徒達が左右に分かれて道を開ける。
「格好付けて格好悪い事を言わないで貰えるかしら? そんな情けない臆病者が同級生というだけで私達の品位にまで影響するもの」
「君はリュボス聖王国の……。おい、流石に今のは聞き逃せない。このアンダイン・フルトブラントの何処が臆病者だと言うんだ!」
「……ああ、確か辺境伯の次男の」
思い出した、”眼鏡が本体”だったわ。
「いや、本当に分からないの? 闇属性ってだけで彼女に怯えてるじゃない。でも尻尾巻いて逃げ出すのも何か言われそうで怖いから弱そうな内に遠ざけようとか……情けない」
「そういう君はどうなんだ! 闇属性が災いを呼ぶと伝わり恐れられているのは……」
「私? 私は強いから全然怖くないわ。だって聖女の再来である”光属性”の持ち主で、才能に恵まれて、更に驕る事無く研鑽も積んでいる。災いなんて正面から叩き潰すだけの自信があるの。だって私、将来的に世界で二番目に強くなれるもの」
最後まで聞くのも煩わしいし、言葉を途中で被せて中断させた私は一気にまくし立てる。
はっ! この程度で押し負けてる癖に、生まれ持った物だけを理由に見苦しく相手に絡むんじゃ無いわよ。
……あっ、チェルシーが怒っているし、後でお小言を食らいそうね。
あの子、小言が長いのよね。
何時だって見かねたお兄ちゃんが止めるまで続くもの。
「反論は……出来ないみたいね。それとも文句が有るなら私達と勝負してみるかしら? 負けた方が謝るって条件で」
ちょっと不愉快が過ぎたから一気にまくし立てたけれど相手は押し黙って反論しない。
私の勝ちで決定みたいだし、じゃあ此処で手打ちにしてあげましょうか。
「あら、怖いのね? だったら不戦勝って事で終わらせましょうか。負けた側には当然要求を飲んで貰うけれど……」
こうやって慈悲を見せてあげれば向こうだって感謝するし、丸く収まりそうね。
「……良いだろう。其処まで言われれば僕だって黙っていられない」
……あれぇ?
投げられた手袋を見ながら私は首を傾げ、どうしてこうなったのかを悩むけれど決まっている。
……ちょっと調子に乗り過ぎた。
「……あ、あの、ありがとうございます。でも、貴女まで……」
主人公……いえ、アリアが頭をペコペコ下げながら心配そうにしているけれど、先ずは自分の心配をしなさいよね。
初日からこれじゃあどうするの。
……ゲームでは反論した筈だけれど一体どうしたのか疑問だけれど、今は私と人型眼鏡置きの戦いについて考えないと。
「別に気にしなくて構わないわ。私が勝手にした事で……ん? ねぇ、今のって貴女まで決闘に参加する流れじゃない? 勢いで”私達”って言っちゃったし」
「ええっ!?」
……やっちゃった。
「お兄様に相談ね」
お兄ちゃんなら絶対何とかしてくれるわ!