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才女とメイド長

 風を切り雲間を抜けながら突き進み、真横を見れば併走して飛ぶアンリとタマの姿。

 互いに風から目を守る為のゴーグル越しに目を合わせ、ハンドサインで次に向かう場所を決める。


「……今の所は互角か。早く地表に行きたいんだけれど」


 僕は正直言って高所が苦手だ。

 ポチと一緒に飛ぶのは楽しいし、風と一つになる感覚は最高だ。だけど……寒いっ!


 次に向かう場所を決めるのは僕の番、今度はこっちが有利な場所を選ばせて貰うよ。

 僕がアンリに指示したコースは霧立ちこめる深く険しい渓谷。


「ポチ、そろそろだ。一気に行こうっ!」


「キュイッ!」


 苦手な寒さに耐えながらポチに指示を出す。

 僕の言葉に高らかに鳴いて了承するポチは僕の言葉を完全に理解していて、言葉が通じる前に比べて遥かに意志疎通が潤滑だ。


「タマ、一気に行くぞ!」


「ピー!」


 ……うん、この世界のドラゴンって空を飛べるペンギンだから凄く違和感。


 でも、そんな事はどうでも良い。

 僕同様、アンリとタマも言葉が通じているんだ。


 雲の上から一気に急降下、突き出した岩や木々の間を抜け、時に目の前の障害物をポチが操る風をぶつけて破壊。

 最短ルートで其処に到着、谷川の上を水飛沫を上げながら全速力で進んだ。


 今の所は僕が優勢、だけれども背後で障害物を雷で破壊し、数秒遅れで追走するアンリとポチの姿。

 僕同様、最短ルートを進んだが、小回りが効かない分差が出たね。



「……驚いたな。まさか君も相棒と言葉が通じているのか」


「何時までも君達だけの特権だと思ったら大間違いだ。この調子じゃ次のレースも僕が優勝かな?」


「抜かせ! 次は僕とタマが優勝させて貰うぞ! そうだろう、タマ!」


 アンリの叫びと同時にタマの全身から放電が始まり、鳴き声と雷鳴がが空気を震わせる。雷の噴射によって加速した。

 だが、ポチも負けてはいない。風を全身に纏い、一気に速度を上げて行く。

抜かし抜かれのデッドヒートを川の上で続け、やがて眼前に迫った大瀑布。朦々と水煙が上がる其処目掛けて飛び出し、滝壺に向かって一気に急降下、この垂直に落ちて行くスリルに手綱を握る手に力が入る。


 このスリルが堪らない!


「いやっほー!!」


 思わず口から出る叫び声は僕の集中力が途切れた証拠で、白熱した戦いでは完全に命取りだった。


「……気を抜いたな? この勝負、僕の勝ちだ」


 滝壺が迫り、本当ならば的確なタイミングでポチに指示を出さなくてはならなかったのに、体勢を変えるための指示が一瞬だけ遅れ、真横を飛んでいたタマが一気に置き去りにして来る。

 悔しいけれど実力は拮抗していて、だからこそ一瞬の油断が仇となった。


 耳に届いた勝利宣言とすれ違いざまに見えた勝ち誇ったアンリの顔。

 そのまま立ちふさがる崖を飛んで越え、スタート地点へと僕達よりも先にゴールする。


「今回は僕達の勝ちだ。この勝利を次の大会に繋げ、僕は栄光を取り戻す。共和国の軍人はドラゴンと共に生きる戦士だ。レースで負け続けるのは趣味じゃない」


「分かってるよ。幼い頃から相棒となるドラゴンと共に暮らす事で絆を深め、言葉を通じ合う儀式と成す、だっけ? だからこそ戦うのが楽しいんだ。だろ? ポチ!」


「……キュイ」


「え? ”負けたのが悔しいから不貞寝する”? おいおい、遅くなったらパンドラの授業に遅れちゃうよ。ほら、機嫌直して。ボール遊びでもしようよ」


「キュイ!」


「よーし! じゃあ……取って来ーい!」


「キューイ!」


 僕の指示が遅れたせいで負けちゃったから拗ねていたポチもお気に入りのボールを見た途端に機嫌を直す。

 矢っ張りポチは可愛いなぁ。

 ライバルに格好悪い所は見せられないから何時もの溺愛は出来ないけれど……帰ったらしよう!


「キュイ!」


 もっと投げてくれと期待した瞳を向けて来ながらポチがボールを咥えてすり寄って来た。



「よーしよしよし! ポチは凄いでちゅね~! 魔法で加速させたのにこんなに早く取って来るだなんて感心でちゅよ~! じゃあ、次はもう少し……はっ!?」


 どうやら僕は反省が足りないらしい。

 会ったばかりのアリアさんではなくて友人であるアンリとはいってもこの姿を見せてしまうだなんてさ。


「安心するが良い。僕は今の姿を無闇に他言したりはしない。友として、そして僕の秘密を黙っていてくれている君への義理立てとして、戦士の誇りに懸けて黙っておくと誓おうじゃないか」


「……安心した。矢張り持つべき物は友達だね」


「まあ、国籍も年齢も……性別も友情には無関係だ。さあ、二回戦と行こうか。次も僕が勝たせて貰うがな」


 得意気に言い放ってタマに乗るアンリだけれど、僕だって負ける気なんてしない。

 

「見ていろ、次は僕が勝つ」


 そんな風に言い返してポチの背中に飛び乗った時だった。



 突然の地響き、崩れる崖。巻き込まれる前に飛び上がった僕達の眼下の地面は谷底へと沈み、城ほどに巨大な岩のゴーレムが姿を現した。



「はっ?」


 そんな馬鹿なっ!? 彼奴はゲームでは最後の方……いや、この世界は現実だ。起こる筈だった事が先に発生しても不思議じゃ無い。


 さて、向こうは戦う気みたいだし、どうしようか……。





「……どうなされたのですか? 今朝の様な真似は貴女の業務には含まれないでしょう? それに……若様達と分かれてから今の今まで顔が真っ赤ですよ。慣れない色仕掛け等するから……」


 執務中に運ばれて来たのはお気に入りの茶葉で煎れたレモンティーとシナモンたっぷりの野イチゴのパイ、どっちも私の大好物だ。

 運んできたのは庭の片隅で材料の野イチゴを栽培しているメイド長ですが、一緒にお説教まで持って来られました。


「……若様もお年頃ですので。あの様な場面で理性を失うのなら矯正が必要と思い、普段は離れている私が実行すべきと思ったまでですが……慣れない事はすべきでは有りませんね」


「……声が上擦っていますよ。もう無理はお止めなさい。分野外の事に手を出すのが愚かだとは貴女なら理解して居るでしょう?」


 メイド長の厳しい言葉に私は反論を一切出来ません。

 私の役目は内政であり、ハニートラップの類による諜報や外交は専門外であり、私の羞恥心の許容範囲外なのは確か。

 ……どうも初対面の時から互いに虫が好かないレナが若様のその手の耐性を付ける役目を請け負ったからと勢いに任せて下着姿を見せてしまいましたが……。


「今思えば何とはしたない真似を……」


 改めて思い出せば思わず手で顔を覆ってしまう程に恥ずかしいし、若様の前で平静を保てる自信が無くなりました。

 ……その手の話題を振られても平静を保つ訓練は受けているし、そもそも若様に嫁ぐのは間違い無いのですが、流石に段階を飛ばし過ぎました。


 だって、私と若様は文通を続けては居ますが、偶に会うだけでデートらしいデートも未だで、互いにキスすら未経験なのに……。


「取り敢えず段階を踏みなさい。先ずは食事を共にするとか、一緒に出掛けるとか、婚約者であっても踏むべき段階が有りますよ。……若様に嫁ぐ事自体は嫌では無いのでしょう?」


「はい、それは間違い有りません。私は若様と出会った時にあの方を支えるのが恩返しだと心に決め、嫁ぐのが決まった時には異性としての好意と愛を向けようと誓いました」


 メイド長の言葉に迷い無く答える。

 嫁ぐのが決まった時、私は自分に家族が出来るのだと嬉しくなったのを覚えています。

 だから一生懸命若様を好きになろうとして、恐らく恋心に近いであろう物は抱けている。

 例えそれが偽り同然の物であったとしても、あの方を妻として、臣下としてお支えするのには変わり有りませんが、どうせ嫁ぐのならば仲の良かった両親みたいな関係を望む位の自由は許されますよね?


「……決めました。私、今後は無理をせずにあの方に接します」


「結構。そもそも若様だって続けば違和感を覚えるでしょうし、貴女が無理をしていると分かって心配するでしょう」


「あの方、鈍いのか鋭いのか分かりませんよね。何かの呪いの可能性は?」


「天然ですよ、彼は。確か今日は共和国の方と交流を深めているとか。ええ、結構な事です。道を踏み外さない為の楔は多い方が助かりますし、異国の名門との繋がりはクヴァイル家の利益になるでしょう」


 入って来る情報だけでも分かるのですが、若様は相手の感情の真偽を見抜くのはそれなりなのに、恋心が絡んだ途端に鈍くなるのですから困り物です。



「その辺りも貴女が教育なさい。ちゃんと理屈で説明すれば理解なさるでしょう」


「ええ、それならば私の業務の範疇です。色が絡むのはレナ……さんに任せましょう」


 そもそもの話、私がその手の仕事を引き受ける事自体が間違いで、人種やら母親が育った場所の風習的に貞操観念が軽い彼女が受けるのが最適……ですが、何となく悔しいので最後まで手を出すのは禁止にしておきましょう。


「おや、そうですか。それで理由は?」


 私がそれを口にすればメイド長は表情を変えずに問い掛ける。


「理由? 耐性を付ける必要は認めますが、学生ですからね。使用人に平気で手を出す輩と一緒では困ります」








「それで理由は?」


「……表向きはそれで、実際は彼女より私の方が側室としての序列が上の筈ですし、先を越されるのは悔しいので」


 見抜かれていましたか。

 流石はメイド長……いえ、正確には……×ですからね。



「まあ、個人的感情を出すなら、この王国で出歩くのは嫌なのですが……」


 レナさんに対抗しての越権行為だけでも自分が十代の小娘かと自己嫌悪したのに、流石にこれ以上は私的な感情を業務に絡めたくは有りません。


 でも、理屈と感情は別ですし、街中よりもピクニック等を望みます。

 良いですよね? 私の貢献度からして、その程度の我が儘程度は。


「貴女にも気苦労をお掛けしますね。……今回こそは前回の様な結末は避けませんと。宜しくお願いしますよ、パンドラ」


 恐れ多い言葉に対し、返答を口にする代わりに跪いて頭を垂れる。

 私の幸せの為にも絶対に成し遂げてご覧に入れましょう……。


ストック切れた


宣伝漫画作成中

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