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才女の仕事

 突然勃発したレナVSパンドラの戦いは、互いに冷静を装いながらも強烈な敵愾心は近くに居る僕にヒシヒシと伝わって来て、このままどうなるんだろうって不安になる。


 って言うか、パンドラは何時まで僕に密着しているのだろうか?

 スラッとした長身に知的でクールな美貌、モデルの類か、はたまた白衣を着ていたら”美人すぎる天才学者”とでも呼ばれそうな彼女が下着姿で抱き付いているって状況は年頃の僕にとって色々と辛い。

 

 普段誘惑して来るレナでさえ此処まで行動的にはならないのに……。


「早く若様から離れなさい。そろそろ起床時間です。何時までそうやっている積もりですか」


「ああ、そうですね。何方かが臨時の授業を邪魔したせいで無駄に時間が過ぎてしまいました。やれやれ、絶好のタイミングで入って来ましたし、実は不作法にも聞き耳を立てて居たのでは?」


 そう、レナが部屋に押し入ってパンドラとの口論が始まって既に数十分が過ぎていたんだ。

 その間、互いに全く声を荒げずに居たけれど、此処に来て挑発的な笑みを向けたパンドラによって遂にレナの仮面にヒビが入る。

 頭から母親譲りの赤い角が飛び出していた。


「パ、パンドラ。早く起きないとメイド長にも怒られるし、喧嘩はその辺で終わらせて部屋から一旦出て行って貰えるかな?」


「この様な状況では毅然とした態度で早々に退出を促すものですよ? 何時言い出すのかと思いきや、中々言わない上に言ったかと思いきや……まあ、良いでしょう。その前に……」


 突然始まった批評のコメントは流石にへこむ。

 いや、確かに次期当主ならもっと早く毅然とした態度で諫めるべきだっただろうけれど……。


 あれ? パンドラが僕の頬を手で挟んで顔を近付けて……ええっ!?


「ちょっ!?」


 まさかの口付けかと思い慌てる僕に構わずパンドラはそっと唇で触れる。……僕の額に。


「恋文の内容を囁くのは最初の所で終わりましたし、今回は残念賞です。続きが欲しいなら今後も頑張って下さいね」


 僕の思考と期待を見透かした笑みを浮かべながらパンドラはベッドから降りて椅子の上に畳んで置いてあった服を着始める。

 スカートやシャツ、そしてスーツを優雅な動作で着る姿に思わず見取れてしまい、レナの咳払いで慌てて顔を背けた。


「若様、私から一つ提案が……」


「な、何?」


「いえ、あの会話の内容からして……パンドラさんと私を比べ、どっちに色々教えて欲しいか選んで戴くべきだったかと。取り敢えず次は私が下着姿になりますので比べて下さい」


 そんな提案をするなりボタンに手を掛けるレナだけど、パンドラは黙って微笑むだけで、僕は恐ろしくて黙っているしか出来ない。




「騒がしいと思ったら朝から何をしているのですか?」


 だってメイド長が鬼のオーラを纏ってレナの背後に立っていたんだから……。






「彼女も相変わらずですね。メイド長に収まっているのが不思議でなりません」


 レナの襟首を掴んで引っ張って行くメイド長の姿を見るパンドラの呟きに対し、僕は普段のメイド長の姿を思い起こす。

 僕達と一緒にレナスの特訓を受けたレナが手も足も出ずに従うしかないし、偶に新鮮な食材を仕入れるからって出掛けたと思うとドラゴンを狩って来たし、ポチも懐いては居ないけれど逆らわない。


「……前から気になっていたけれど、メイド長って一体何者?」


「恐れ多い事ですが、若様が知るには早いかと」


 僕の問い掛けに対し、パンドラの表情は途端に仕事モードである冷静で優しさや愛嬌の欠片も無い美しくも恐ろしい物へと一瞬で変わる。

 まるで先程迄の笑顔が嘘だったみたいなのを見れば言われずとも伝わって来るよ。


 ”聞くな、知るな”ってね。


「では私は退室いたしますのでお着替えを。報告したい事とお聞きしたい事も御座いますし、本日の登校時は馬車に同乗させて戴きます」


 ぺこりとお辞儀をしたパンドラはそのまま部屋から出て行き、僕も慌てて着替える。

 パンドラ、暫くは滞在するのかな? 嬉しいような怖いような……。




「げげっ!? パンドラっ!?」


「ええ、パンドラで御座います。お久しぶりですね、姫様。早速ですがお小言を。クヴァイル家の長女であり聖女の再来とされる貴女様がその様な言動では……」


 ドアの向こうから聞こえて来るのはリアスとパンドラの遣り取り。

 普段ならリアスの味方をする所だけれど、パンドラが相手の時だけは見ざる聞かざるで行かせて貰うね、リアス。


 ごめん。本当にごめん。


 心の中で手を合わせて謝罪し、頃合いを見計らって部屋を出る。

 曲がり角で待ちかまえてたりは……してないよね?




「忙しい時期も過ぎましたし、若様達のサポートをすべきと判断し、暫くは滞在させて戴きますね」


 朝ご飯の時も一挙一動にも気を配り、リアスが時々パンドラの指摘を受けた後での登校時間、馬車の中で報告を受けたリアスは僅かに身を竦ませる。

 お転婆で自由奔放なこの子からすれば真面目で厳しいパンドラは天敵だから仕方が無いのだけれど、今も目を光らせて居るからね?


「パ、パンドラ、大丈夫? ほら、レナとも仲が悪いし……」


「ええ、大勢他国の子息子女が使用人と共に集まりますし、獅子身中の虫を炙り出す釣り餌には丁度良いでしょう? 昨日今日からの不仲では有りませんし、幾人かは引っ掛かるかと」


 この時の笑みは仕事モードの時の物だ。

 今までの喧嘩は演技?

 いや、あり得ないか。


「あれ? 二人って実は仲良しだったり?」


「……姫様、その悍ましい仮説を二度と口にしないようにお願いいたします。私も冷静を保つ自信が御座いません」


「うん、分かった……」



 ほら、矢っ張り。

 これって自分とレナの不仲さえも、それを政敵が利用すべく動く為に利用するんだから怖い。

 だから少し苦手なんだけれど、同時に其処に憧れるよ。

 僕も何時か……。





「若様。お言葉ですが”何時か”と言っている内はその時は来ないものですよ?」


「君、読心術まで会得してる?」


「さて、どうでしょう?」


 本当に僕の心を見透かしたみたいなパンドラはからかう時の笑顔を向けて来て、その笑顔には素直に賞賛を送りたい。


「色々な理由で君が婚約者で良かったよ」


「光栄ですね。……では、早速ですがご所望の資料を纏めた物と、これは事後報告になりますが、今後必要となりそうな人材のスカウトを進めておきましたので、資料と共にリストをご覧下さい」


 渡されたのは要点を分かり易く記載した資料で、この手の資料を読むのが苦手なリアスにも分かり易い様にとイラスト付きだ。

 随分と可愛らしい動物の絵だけれど、誰が描いたのかは聞かない方が良さそうだ。


「依頼したのが一昨日の夕方なのに仕事が速いね。でも、無理はしないでね。頼んだ僕が言うのも何だけどさ」


「私はクヴァイル家に拾われ、能力を見出して取り立てて戴いた身です。ならば尽力するのは当然でしょう。家臣として、そして未来の妻として私の力を存分にお使い下さい」


 心配する僕に対し、パンドラは誇らしげに言った。





「ああ、それはそうと今後の休日の度に仕事の予定を入れさせて戴きました。若様は聖王国各地を回って損壊が激しく修復が困難な歴史遺産や資料の修復、姫様は聖女の再来として慰問活動を中心になさって貰います。では、ボロを出さない為にこの質疑応答マニュアルの暗記をお願いしますね」


「分厚っ!? ちょ、ちょっと分厚いんじゃないの!?」


「姫様は普段から言葉遣いや内容に問題が有りますので。今日から早速練習をなさって下さいね。メイド長に講師を頼みましたので」


「げげっ!?」


 もぉ、普段から雑な言葉ばかり使ってるから……頑張れ!




「若様も何を他人事の様な顔をなさっておいでで? 当然若様にも用意して有りますよ」


 僕に差し出されたのは向かう場所毎に出すべき話題、出すべきでない話題を言葉遣いも含めて事細かく指示している極厚のマニュアル。

 リアスの方も同じ位の厚さだ。



「……おや、そろそろ到着ですね。では、神獣に関する資料は私が保管しておきますので、帰宅時に改めてご覧下さい」


 まあ、大っぴらに広げて良い内容じゃ無いしね。


「にしても今日はあの二人が待ち伏せで居なかったわね」


「ご安心を。既にルクス殿下達両名の家臣に鼻薬を嗅がせてスケジュールを把握済みです。既に王妃として嫁いでいるアース王国の王家に姫様まで嫁がせるメリットは少なく、デメリットの方が大きいですからね。例の皇弟は論外、反皇帝派は手を組むに値しません」


 ……流石パンドラ、仕事が速い。

 僕達が煩わしいと思っていた事がたった一日で解決するだなんて、だから彼女は尊敬出来るし信頼しているんだ。




「所で若様……幾人か側室としてクヴァイル家に取り込みたい女性のリストを作成中ですので帰宅次第確認をお願い致します」


 そしてこんな所が怖いんだよね。

 良くも悪くもお祖父様の弟子って感じでさ……。


 取り敢えず途中までと資料を渡された僕は馬車を降りる。

 


「さて、軽く目を通しておかないとね。僕、告白されたばかりなのに……」

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