行き着く先
お待たせました
待っててもらえた?
圧倒という言葉すら生温い、と、一気に冷えた周囲の気温に耐える最中も僕の視線はただ一人に注がれる。
生まれながらの冷え症だから四月になってもコートを手放せないのにこの場から離れる気にはなれない理由はそれだ。
聖王国の貴族としての誇りと義務感が僕を突き動かし、実力主義を掲げる帝国の頂点に権力と実力双方の意味で君臨する相手が倒した敵にどう反応するのか・・・・・・ましてや速攻で切り捨てたとしても実弟なんだ。
足の不自由さを理由に実の娘であるネーシャを最初から居なかった者として、今もあくまでも政略結婚の為の養子として扱ったとしても何らかの反応は示す筈。
その情報は彼女と渡り合う為には必須だから・・・・・・。
「さて、敵は排除したが少しばかり派手にやり過ぎたか。これでは実行犯の首を晒す事も出来ない」
絶句し、戸惑いを外に出しそうになるのは耐えた。
身内を手に掛けた事への反応は一切示さず、有象無象の刺客を仕留めた程度の、既に情報は得ているから失敗とまでは言えない些細な事を一応口に出してみた、その程度の反応しか示して居ないんだ。
見通しが甘くて、自惚れがあった、それを知れたのがせめてもの収穫か。
……僕は自分の事をそれなりに非情な人間だと思っていたけれど、随分と見通しが甘かったみたいだね。
目の前で凍り漬けになった黄金の巨人像は、内部から操っていたらしいアイザックと共に粉々に砕け散って周囲に散らばる。
これじゃあ罪人としてさえ墓に入る事もなく、やがて氷が溶ければ虫の餌になってしまうだけだろうに、実の弟に非情な事だね。
実の弟だからこそ、余所の国の貴族が来賓と来ている最中に襲撃した犯人だとは知られたくはないんだろうけれどさ……。
馬の蹄の先で細かい氷を踏み砕き、言葉とは真逆に一切困った様子の見られないカーリー皇帝の声を聞きながらアイザックが散らばっているだろう方を見る。
彼が着けていた仮面が誰に与えられた物なのかも予想可能だし、裁判であれば情状酌量等で原型にするだけの物は有ると思うけれど……。
まあ、僕としては彼って嫌いなだけで、利益ももたらさない興味の薄い奴だ。
なんたって打算と一目惚れから大通りで求婚したんだからね、僕の可愛い愛しの妹であるリアスにさ。
「此処はいっそ、ロノス殿に襲撃犯を復活させて貰うべきか? 噂は耳に入っている。時を操る魔法は死者蘇生や不老不死さえも齎すと。襲撃犯の仲間についての情報も欲しい所だ。可能なら頼みたい」
カーリー皇帝の声には真剣身が感じられない。
当然といえば当然だね。
「噂ですよ、噂。死者蘇生なんてのは勿論、不老不死だって不可能。お祖父様が元気ですからその手の噂が流れるのでしょうが……少なくても今の僕には不可能です」
この手の相手、勿論不老不死なんて物を追い求めて僕に縋る様な連中とは違い、心身ともに本当に強い相手に中途半端な嘘は通じない。
逆に筒抜けになる位なら正直に話す方が最適だし、僕は隠さず話すだけだ。
だからこそ、隠そうともせずに忌々しいって目をされたんだけれども。
嘘の見抜き方を心得ている、特に頭の良い責任感高めの権力者には特に有効だよ。
古典的だけど、曖昧で勘違いの可能性を残した言い回しってのはさ。
「今は……か。ロノス殿がネーシャを娶る事になって良かったと思うぞ。血の繋がらぬ娘とはいえ、娘は娘。娶らせたのならばロノス殿は私の義理の息子だ」
「僕も偉大なるカーリー皇帝と身内になれて光栄ですよ」
これは割と正直な感想かな?
実際の所、政治的な面は別として、武力的な戦いは互いの立場が邪魔するし、注意しつつも他の敵に向ける割合が多く出来るから安心、ってのが正確だけれど、今の戦いや非情さは見習いたい。
まあ! 僕が可愛い妹であるリアスを手に掛けるとか有り得ないんだけれど。
絶対に駄目な状況になって、リアス一人で死なせる位なら僕も一緒に死んであげる位の事はするからね僕は。
……しかし、此処で探りを入れて来たか、本当に厄介な相手だよ。
今は、って部分で九割以上は察しているみたいだし……お祖父様の叱責は確定だな。
友好の握手を求めつつ、僕の目や喉の動き、呼吸のテンポ、それらが目の前の相手に考えを読む為の手段として意識を向けられているのを感じ、正直に答える。
含みを保たせた部分や真実に行き着く可能性こそあれど、今はこれで良い。
「しかし、不老不死や死者蘇生に興味が?」
個人の力で命を保ち続けるなんて事が権力者にとってどれだけ危険なのか、その程度は分かっているだろうにさ。
「……興味を向けぬ権力者がどれだけ居ると?」
だって分かるんだ、カーリー皇帝には焦りが僅かに有るんだって。
皇族でさえ弱者は冷遇される程の実力主義、其処に誕生した歴代最高の天才……そう、天才だ。
偉大であれば偉大である程に後継者が霞む、ましてや次の皇帝は平凡な娘にずるか、もしくは……。
「そうそう。次期皇帝の婿になるのはどの様な方ですか? お会いした事が有りませんで」
もしくは、優秀な相手をあてがい、実質的な皇帝に据える、とか。
最終的に国の利益にさえなれば良い、それこそ身内を手に掛けてでもってのはお祖父様と同族だよ、この皇帝。
「おや? 既に知己の中だと思っていたが。石竜王のイトコ殿とはアーキレウスで何度も頂点を競い合った好敵手であり、親友であったと聞いていたが」
「あくまでも個人間の付き合いなので、従兄弟を紹介とまでは……」
……よし!
僅かだけれど想定外だったのかカーリー皇帝の目に揺らぎが生じる。
エワーダ共和国の武門の名家の彼を帝国に向かい入れる事にどれだけの対価を支払ったのかは調べている途中だけれど、僕と彼に繋がりがある前提で動いていたのか。
直ぐに情報の伝達や今後の方針の変更をするんだろうけれど、これは情報を手に入れる絶好の機会だ。
頼んだよ、夜鶴達!
「ロノス様、帝国最強の魔法使いの実力はどうでしたか? 凄まじいでしょう?」
「確かにね。君と結婚する事であの方が味方になるのなら心強いかな?」
あの後、僕は特にやる事が無い……いや、他国の事だから僕がやる事があった方がある方がおかしいんだけれどもさ。
今日はサマエルやら何やらの後に黄金の巨人像、詳しい事は”夜”が調査しているから報告待ちで夜鶴が分体の聴覚と視覚を共有した状態で護衛としても控えて居るんだけれど……。
部屋のソファーに座り、会話をしながら天井に目を向けるんだけれど、それを咎める声が耳元で囁かれた。
「ロノス様、その様な事よりも空気に流されてしまいませんこと?」
今のネーシャ、僕の膝の上に向かい合う形で座っているんだよ、しかもベビードールに猫耳と尻尾まで着けて。
甘え声を出して僕に体を擦り寄せる間にカチューシャの猫耳とショーツの尻尾が獣人みたいに動いていて目で追ってしまう。
……アリアさん、何処に行ったんだろう。
牽制してくれたら此処まで迫られる事も無いんだけれど……。
「な、流されるって、どんな感じかな?」
「……レディの口から言わせたいなんて意地悪ですわ。言わせたいのなら……命じて下さいませ。ロノス様が今から私にさせたい事すべてを……」
あっ、ちょっと流されそう……。
尚、この光景は夜鶴にバッチリ監視されている。