閑話 兵士達の職務 ☆
妙子式2及びテイク式女キャラクターで作成しました
ガンダーラの町中に最初の鐘が鳴り響く少し前、町を守る外壁の上の見張り台、高い場所からモンスターの接近をいち早く察知する為に見張りをする中、緊急時に即座に外との出入りをする為の縄梯子の整備をしていた兵士が思い出したかのように呟いた。
「なあ、クヴァイル家の家臣の女達って全員美人だったよな」
「お前なあ。職務中に無駄口叩いていたら隊長に叱られるぞ。……あの魔王の双翼の片割れである”死神”が可憐な少女だったのは驚きだったな」
「……三十代位だそうだぞ。俺は”才女”パンドラが好みだな。あの知的で如何にも仕事が出来る文官って感じの女が笑顔を浮かべながら指でハートを作る姿とか想像するな」
「妄想の間違いだろ」
呆れた口調で呟きながらも視線は見張るべき方向から離さない男だが、パンドラと同じく知的で冷静な(但し此方は表面だけ)レナが発情した顔を浮かべてハートを作っている姿を思い浮かべている。
「さっさと整備を終えて見張れ。何時どの方向からモンスターが来るのか分からないのだからな」
その言葉は即座に現実となり、二人の頭から女達の姿を消し去る。
まるで最初から猥談じみた会話などしていなかったかの様に。
幾つかの場所で同時に砂が盛り上がって何かが這い出ようとするのを目視するなり見張り台に備え付けていた鐘を鳴らす。
間を少し開けて三回、それを数度繰り返す事の意味は”モンスターの接近”だ。
「モグラかミミズか……それとも」
足音を察知して飛び出し、獣を絞め落としてから補食する巨大ミミズ”砂ミミズ”やそれを餌にする熊に似た巨大モグラ”ベアモール”、町の周囲には人が集まるのを知って近寄った砂ミミズを狙ってベアモールが顔を見せるのは偶にある事であり、兵士達も慣れた物だ。
油断だけはせずに想定外の事態に備えて鐘を鳴らす為の鎚を握り締めて観察すれば姿がハッキリと見え、太陽の光を反射した事で一瞬目が眩む。
「面倒なのが来たな……はぁ」
ガチャガチャと金具が鳴る音が幾重にも重なり、同時にカタカタという音も響き渡る。
「スケルトン……か? ちょっと趣味が悪いだけで」
それは兵士が想定していたモンスターの中では特に面倒であるが、危険だという程では無い相手。
動く屍、鎧を着た骨の兵隊”スケルトン”。
無念を残した、悪霊が取り付いた、等々昔から言われているが長年の研究によって骨の中に入り込んで同化したスライム状のモンスターの仕業であり、同化したが故に骨を砕けば絶命させられる相手だ。
骨が少々硬くなっているのと元々着ていた装備がそのままだと厄介だが慌てるほどでは無いとスケルトンの襲来を知らせる回数鐘を鳴らすが、今回のスケルトンは少しばかり妙でもあった。
「何処の成金の部下だったんだよ……」
町に向かって来るスケルトンの群れではあるが先程兵士が目を眩んだ理由はその装備、太陽の光を見事に反射する……金ピカであったのだ。
頭の先から足の先まで見事な黄金製、しかも武器まで黄金の剣や槍となっており、自らの財力をひけらかす目的か悪趣味なのか、兵士達は後者と判断したのだが、趣味が悪いからと侮りはしない。
「相手は文字通り中身が重要な連中だ。生前あの装備を与えた馬鹿が誰かは知らんがとっとと叩きのめすぞ。じゃないと残業になる!」
「おうっ!」
彼等は皇帝の直轄地を守る誇り高き兵士、これがカーリーではなくラーパタの兵であったならばスカルトンを倒す前から剥ぎ取って着服した黄金の装備の売値の皮算用から醜い争いに発展したのだろうが、迅速に対スケルトン用の装備……槍ではなく柄の長いハンマーや鏃を金属の塊に取り替えて打撃ダメージを与えるようにしたもの。
装備を身に付けたまま死んだ者の骨内に入り込んでスケルトンとなった場合、装備は癒着時に骨の表面に染み出る粘性の液体によって結合するのでスカスカでもズレて外れる事は無く、今回のように内部に衝撃を貫通しやすい打撃が得策だとされている。
「引き付け……放てっ!」
隊長の合図と共に見張りや警鐘を聞きつけ駆け付けた兵士達が攻撃を仕掛ける。
矢だけでなく、石を包んだ布を振り回して勢い良く石を飛ばしたり導火線に着火した小型の爆弾だったりと何時襲撃があっても対応可能なようにと武器は豊富に用意され、常日頃の訓練の賜物か現れたスケルトン達は骨を砕かれた事で内部のモンスターが絶命して倒れ伏して行く。
只単純に突撃するだけなので殆どが遠距離からの攻撃で終わり、残った僅かな個体もリーチを長く取っての攻撃によって討伐された。
最初に放たれた矢は外れる事無くスケルトンへと向かい、防御のつもりなのか掲げた剣に弾かれるも衝撃で腕の骨にヒビが入り、続いての矢で完全に折れて宙を舞い、他のスケルトンの足にぶつかってもつれさせる。
転び、其処に知性を感じさせない後続が迫って同じく転んでもつれ、動きが止まった所に爆弾が投げつけられた。
それを免れた個体も投石や鎚による攻撃を受けて倒されたのだった。
「もう終わりか? おい、ちょっと装備が小綺麗な気がするし、呪いでも掛かっていないか調べて貰うから触るなよ」
「分かってますよ、隊長」
骨は内部のスライムが絶命と共に萎んで行く影響なのか急速に朽ち果てて風化し、風に乗って砂塵と共に飛ばされて行き、残ったのは新品の輝きを放つ黄金の装備のみ。
装着者が骨になるまで共にあったにしては妙であるし、先程の戦いの傷も見受けられない事に兵士達は警戒したのか一定の距離を開けたままだ。
それでも一件落着かと思い、安全を確保した旨を鐘で知らせる為に合図を送ろうとした隊長だが、その表情は地平線の彼方を向いた瞬間に一変、泡を食った様子で鐘を鳴らす準備を整えた兵士に新たな合図を出すとヘルムを被り直した。
部下達も彼が何故そうしたのかを理解出来ていない様子ながらも棒立ちにならず戦いの準備を始めた所からして信頼と実績が伺える。
「……来るぞ」
隊長の呟きと共に現れたのは乗り物である骨だけの獣にさえも黄金の装備をさせたスケルトン達の姿。
砂煙をまい上げながら先程とは比較にならない物量と勢いで押し寄せる。
緊急事態を示す早鐘が町中に鳴り響いた……。
地平線の向こうから怒濤の勢いで向かって来る骸骨の兵団、先頭の兵士が思わず歯噛みしながら戦鎚の柄を握り締めた腕が振るえる。
「……大丈夫だ。こういう事態の時に備えている仲間は……」
「下がれっ!」
僅かに心の底から込み上げて来た恐怖を押さえ込む為の呟き、乱れていた息が整い体の震えも静まった。
誇りと信頼、それが彼を奮い立たせた時、隊長が叫びながら彼の腕を掴んで強引に投げ飛ばした瞬間、彼等先程までいた場所に真上から一メートル大の火球が落ちて来た。
「ぐっ!」
部下を放り投げたせいで咄嗟に体勢を整えられず彼に出来たのは両腕で顔を庇うのみ、地面に激突した途端に炸裂して周囲に息を吸うだけで肺が焼けそうになる程の熱を振り撒いて彼の表面を焼き、熱風を食らい地面を転がった彼は多少フラつきながらも立ち上がる。
「隊長!」
「案ずるな。この程度、今まで何度も受けて来た。それと……来たぞ」
骸骨達の先頭、骨の牛二頭引きによる戦車に不安定な姿勢でしがみつきながら乗る仮面の男。
腕を突き出した姿勢で兵士達を見詰めるその風貌は既に報告があった相手、臨海学校で起きた襲撃事件の犯人であると兵士達にも通達がされていた。
「……何処かで見た覚えがあるな」
その通達とは別に既視感を覚える隊長、その視線の先で仮面の男はバランスを崩して転落、後続の馬に蹴り飛ばされて地面を転がった。
「……」
「なっ!?」
相当なダメージを受けた様子ながら立ち上がった時、仮面が砕け落ちて素顔が露わになる。
隊長が覚えた既視感、その正体は……。