闇属性は諦めない
私に恋をしているらしいが、結果的に私の恋のキューピットになってくれている馬車からは早々に降り、徒歩で学園へと向かう。
”貴方を慕ってる人が怖いですし、どうにかしようにもどうしても女子生徒だけの時が有るから”なんて事を言い、私が乗っている事が気に入らないらしい使用人達もお為ごかしに賛同してくれたので楽だった。
あの眼鏡、変に真面目だから理屈的な事に弱いらしいし、まかり間違って彼奴と私が出来ているだなんて変な噂が立つのは嫌だ。
……だって子爵家なら兎も角、本当に私が王の隠し子だった場合、”支援を受けた家に辺境伯の次男が婿としてやって来る”、なんて悪夢があり得る。
ずっと放置すれば良かったのに、今の王妃との間に火種でも起こしたいのだろうか?
馬車を降りた地点から少し歩けば校門が見えて来て、敷地内で馬車から降りた生徒達が校舎に向かう中、何人かが私に気が付いて何時ものヒソヒソ話が始まった。
昔から私が姿を見せれば大抵の人がこうなるが、よく飽きないと思う。
「おい、聞いたか? あの魔女が王子達に勝ったんだって」
「確かに授業で魔法の腕を見たけれど凄かったしな」
「でも、魔女が力を持つって怖いな……」
成る程、力を示した事で私への評価が少しはマシになったらしい。
それでも授業で一度見せただけで、決闘は非公開で行ったから些細な違いだが、それでも上向きになったのは良い事だろう。
私は自分への評価がどうなろうと興味が無いが、ロノスさん達は私の評判を気にしてくれているし、悪評だけの私が側に居ても迷惑にしかならないので良い事だと認識しよう。
……あの眼鏡みたいなのが出て来なければもっと良い。
「あっ! ロノスさん、お早う御座います!」
どうやら遅刻ギリギリだったのは私だけでなかったらしく、見ているだけで胸が高鳴る相手の姿を発見した私は小走りに駆け出し手を振りながら近寄って行く。
その途中、もう直ぐ間近に迫るといった所で私は足を滑らせた。
誰が捨てたのか知らないが足下に落ちていたゴミを踏みつけ、そのままズルッと行ってしまう。
「きゃっ!?」
まあ、この程度ならば今の私は楽に体勢を戻せるが、敢えて前に向かって飛ぶ。
計算通り、ロノスさんの胸に受け止めて貰った。
「おっと、危なかったですね。もう少しバランス感覚を鍛えた方が良い。今のアリアさんならば転ばずに済む筈ですからね」
「分かりました。頑張りますね!」
危ない危ない、少し見抜かれてしまったらしい。
さて、人前でロノスさんの胸に寄りかかり続けるのも表向きの私には相応しくないだろうし、惜しい気もするが恥ずかしがりながら離れよう。
何時かはこんな方法じゃなく、普通に抱きしめて貰いたいな……。
「えっと、ロノスさんって既に新入生歓迎の舞踏会で一緒に踊るパートナーは決まっていますか?」
「……忘れていました。そうか、確かパートナーを決めて申請しなければならないんでしたね。余った人は先生方が適当に男女で組み合わせて、それでも余れば上級生から選ぶとか」
何とか遅刻を免れて迎えた休み時間、私は早速”パートナーになって欲しい”とお願いすべく話題に出したが、懸念していた”既に決まっている”という事態にはなっていなかったらしい。
「実はアルフレッドさんに誘われたのですが、あの方は未だ苦手な上にあの方を好きな人が寮の真上の部屋に居て。それで咄嗟にロノスさんに誘われていると嘘を言っちゃって、あの……その……」
あくまで私は少し内気な所がある少女であり、ご褒美という口実があっても素直には誘えない。
何を言いたいか分かり易く匂わせ、モジモジしながら上目遣いを向けて望む返答を待つ。
……実際に本当の私からしても恥ずかしい。
普段は仮面を付けて偽りの自分を表に出しているけれど、この恋は偽りなんかじゃない正真正銘の本物であり、恋愛経験は皆無な私がグイグイ行ける筈が無いのだから。
そもそも舞踏会で一緒に踊るパートナーとは恋人同士等の親しい間柄が多いし、パートナーに誘うという事はそんな関係だと周囲に思われたいという事だ。
その誘いの口実を作ってくれた例の眼鏡に改めて感謝した時、ロノスさんは少し考え込む。
……あれ? もしかして……。
「えっと、ご迷惑でしたか?」
「いや、ご褒美の約束もあるし引き受けるよ。でも、リアスをどうするかだよね。流石にあの二人相手に”特に相手が居ないけれど断る”って言えないし」
「もう踊らないでご飯だけ食べていれば良いのに、それは駄目って面倒だわ。でも、あの二人にどっちかと踊るのも嫌よ。……当日ずる休みしようかしら? でも、それはそれで逃げるみたいで悔しいし」
新入生歓迎の舞踏会を楽しみにしている生徒は多いのにリアスさんは興味が無さそうにしている。
まあ、家が家だし舞踏会の類には飽きているのかも知れない。
でも、結局出席するみたいだし、どうするのだろう?
この時、私は少し不安に襲われた。
ロノスさんは少し妹に甘いし、私よりも彼女を優先させて自分がパートナーになる可能性だって有る。
少なくても王子や皇帝の弟相手に争奪戦を繰り広げようとする程に彼女に好意を抱いている上に二人に都合が良い相手なんて居ないだろうし、私が当日体調を崩した事にすると言い出せば……。
「ああ、そうだ! 丁度良いタイミングで学園にやって来たアンリに頼もう。リアス、前から知り合いだったって事にして貰うように頼むから、了承されたら放課後に打ち合わせだよ」
……ほっ。
どうやら無駄な心配だったらしく、今回の一件は何とか行きそうだ。
問題は私の父親かもしれない男の事だけ……。
「あ、あの……何でも有りません」
本当は相談したいし、力になって欲しい。
でも、私達がこうして関われたのは決闘騒ぎが起きたがら鍛えるって理由で、もう決闘は終わっているのにこうして関われているだけでも幸せなのに、余計な騒動に巻き込む事で関係が終わってしまうのは嫌だ。
その場しのぎにしかならないけれど、今の関係が続いて欲しい……。
「……王子と皇弟か。君の妹も面倒な連中に好かれてしまったものだな。そんな連中に限って”身分など関係ない”等と平気で口にするものだし、僕は連中と知り合いだから予想出来る。まあ、良いだろう。君と僕じゃ将来に変な影響も出ないだろうしな」
「あら、話が早いわね」
「僕もパートナー選びが面倒だったからな。友人に貸しを作るついでだと思えば何とも無いさ」
ロノスさんのご友人のアンリは直ぐに頼みを引き受けてくれ、リアスと握手を交わす。
……影響が無いとはどういう意味だろう?
別に聖王国と共和国は敵対している訳でも無く、家柄だって大きな違いが有るわけでも無く、大勢の前でパートナーとして踊るのに。
……今更だけれど眼鏡の頼みを断って良かった。
だってロノスさんとそんな関係だと少しでも勘違いして貰えたら助かるし、私だって夢を見られる。
「……所で其方の子は髪の色からして闇属性なのか」
「はい……」
ああ、どうせまた”魔女”だの何だのと言って、私とは関わるなと忠告するのだろう。
ロノスさんなら断るのだろうけれど、今後関わってる最中に邪魔されたら疎ましいと思い、少し落ち込んだ様子の表情を作るけれど、何故か手が差し出されていた。
「どうした? 意外そうな顔だが、僕は友であるロノスを信じる。その友人が認めた相手ならば僕だって気にしないさ。ほら、共通の友人を持つ者同士の握手といこう」
「は、はい!」
”類は友を呼ぶ”、成る程、もっともな話だ。
ロノスさんの友達は同じく良い人らしく、私の手を握る手は優しかった。
この時、ロノスさんが他の男の人と仲良くする私に嫉妬して欲しかったのだけれど、どうやら其処までの仲には発展していなかった様だ。
でも、何時か必ず……。
「ああ、そうだ。例の側室予定の才女とはどうなっている? 相変わらず頭が上がらないか?」
……はい? 側……室……?