悩むくノ一 本はお気に入り
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建物の屋上にて腕を組みながら、或は雑踏に紛れながら我々は主と主に肩車されている見た目小娘に視線を送る無論周囲への警戒も忘れないが最大最悪の脅威は信じられない事に奴である。
「即座に始末すべきとお伝えしては?」
「路地裏に連れ込んで首を掻き切り、我々が死骸を離れた場所に埋める。それで良いでしょう」
分体達は殺気を漏らさず獲物を構える。
いや、そも道具である我々は使われる物であり、使う者が発する殺気とは本来無縁の存在、更に闇に潜み動く忍びであるならば当然。
滅私奉公、只主の望むがままに動く、それが我等の誇り。
「肩車か、羨ましい」
滅私奉公、うん、それが道具である我等の誇り、だ。
「デートとか良いよね。主とさ」
我等は只道具として存在を・・・・・・。
「甘い物とか食べて、その後で主に食べて貰いたいな」
・・・・・・だったのになぁ。
主は喜ばれているものの、分体達の一部にこうも本来と剥離されては妖刀夜鶴の名が泣くと言うか何と言うか・・・・・・。
警戒は緩めず、それでも肩を落としてしまいそうになる中、比較的まともな分体が私の肩に手を置いて首を左右に振っていた。
「夜伽の名目なら誤魔化せますが、他の女性に嫉妬して主を襲った時点で只の道具だと言い張るのは無理があるのでは?」
「ぐっきゅう……」
「何ならあの時に大声で言っていた事を此処で言いますか?」
「ま、待て! 待たぬのなら私にも考えがある!」
「“この偽りの身では子を成せませんので、お好きなだけ注いで下さい”。とか、しがみ付きながら言っていましたよね」
「”ほら、もっと注いで下さいませ。私を無茶苦茶人参したいのでしょう?“とも言ってましたよ。主に跨って激しい動きをした後で耳元で囁いてましたかと」
「”主の子を宿せたら良かったのに……“とか手を繋いで余韻に浸ってる時に寂しそうにしてたよー」
「淫らな女を演じているけれど基本はチョロいし耐性が低いんですよね。本人は自覚無いだけで主にベタ惚れの恋愛脳だけどさ。それとドスケベ、真面目な振りして本当にドスケベ」
「お前達だって私なのを忘れたか? 大体、警護と言って主と他の女性の情事を影から見ていただろう!」
本当に分体達は個性が芽生え過ぎでは無いのか?
真面目様で私に毒を吐く様な奴は……まあ、良いが、脳天気や色ボケは本当に私から発生した存在なのかと首を傾げたくもなる。
何故なら私は冷徹非情、己を持たず主の為に存在する道具なのだから。
「そうだ。お前と私達は同一の存在。つまり本体が覗いていたのと何も変わらないし、実際の所、自分に置き換えてナニをしていたのか知っているぞ」
……本当に、本当に! 制作者に一度話を聞きたい気分だ、とっくの昔に死んだがリュウという子孫は生きているのだし、何か記述が……。
「いーやーじゃー! この建物、狭い所に人間が沢山いる気配がするぞー! 密度じゃ、密度が嫌じゃー!」
考え事に一瞬意識を持って行かれるという失態、それに気が付いて主の方を見れば肩車から背中に張り付きに変化して駄々を捏ねる小娘の姿。
「白昼堂々主に手足を絡めるなど羨ま……怪しからん。そのまま揺さぶり続けて移動を妨害するなど今直ぐ代わ……いや、かわ…かわ……皮を剥いでやろうか!」
「もう私情を隠せてないし、誤魔化し方がエグいですよ、本体」
「ぐっ! だが……」
呆れ顔の分体その一、当然ながら私と見た目は同じである、何ならほぼ同一存在なのだが、それに呆れられる私とは一体……。
思わず膝から崩れ落ちてうなだれる私の背中に触れる周囲の分体達の優しい手。
同時にエロ小説が目の前に差し出された。
「はいはい、聖王国に帰るまでの何処かで可愛がって貰いましょうね。ほら、主への夜伽の参考にって勝手に持ち出した主の私物のこの本の内容とか良いんじゃないですか?」
内容は敵地で捕縛された密偵がエッチな尋問の末に肉欲に溺れてしまうという物。
いやいやっ!? 流石にそれはちょっと……。
その、道具とか持って……思考停止、精神状態を切り替える。
道具として動く時間だ。
「……来たか」
「あっ、誤魔化し……いえ、失敬。敵ですね」
私がドスケベだとか、主との情事が忘れられないとか、道具ではなく女としてあの方を慕っているとか今は思考すべき時ではない。
門の上から外を見張る分体から共有された情報、敵の襲来によって全ての分体が表情から感情を消し去る。
「そうだ、それで良い。我等は道具、我等は刃。己の存在意義の為、主の敵を斬り伏せる者」
分体の一体が主に敵の襲撃を知らせる中、遅れて警告を示す鐘が鳴り響き街中が賑わいとは別の騒がしさに包まれる。
「お前達、分かっているな? 私達の存在は決して表に出てはならない。影に潜みつつ主を害するであろう者共を駆逐せよ。……散っ!」
その掛け声と共に私達はその場から消え失せた。
「記憶喪失かぁ。医者を呼んでどうにかなるのかなあ? うーん、余所の国の子供なら親が届け出を出して探していそうだけれど、迷子の知らせは来ていないし」
サマエルに振り回され(物理的にも)ながらも何とか兵士の詰所までやって来た僕達だけれど、此処から先がちょっと面倒だった。
僕との関係性は数回会っただけで、家が何処に在るかは知らない・・・・・・聖地アトラスが拠点なのは分かっているけれど、そんな場所に住んでる子なんて何者なんだってなるから秘密だ。
「お嬢ちゃん、何か覚えていないかい?」
「ふん。私様に気安く話し掛けるななのじゃ」
「困ったなぁ」
応対をしてくれたのは頼りなさは感じるけれど親切そうな若い兵士、外からモンスターがやって来ているのを知らせる鐘が鳴り響いたからか残っているのは彼を含めて数名で、僕の背中に隠れながら蛇みたいに威嚇するサマエルに手を焼いていた。
「えっと、サマエルちゃんが・・・・・・」
「気安く呼ぶななのじゃ!」
さっきから偉そうにしているのに怒りも不満も見せない兵士と違い、サマエルは怒鳴りながら日傘に手を伸ばす。
……もう話が進まないし、ちょっと口を挟もうか。
「こら。話を聞いて貰わないとどうにもならないだろ? 我慢しなよ」
「うぅ。まあ、友人であるお主の言葉なら仕方が無いのじゃ。心して聞くが良い。私様が私様について知っている事をな!」
ちょっとだけ強めの口調で叱ればシュンとなってうなだれる。
心無しかサマエルの髪に結ばれたリボンの蛇もシオシオと垂れて見えた。
「うんうん、有り難いな。聞かせて聞かせて」
「にょほほほほ! そうじゃろう、そうじゃろう」
僕の言葉で渋々といった様子だった癖に直ぐに調子に乗って胸を張るサマエルの姿に兵士は慣れた様子だ。
まあ、皇帝のお膝元であるガンダーラで勤めているんだしお金持ちや権力者の甘やかされた子供達の相手は新米でも慣れっこなんだろう、うんうん、と頷きながら視線を合わせているし、適当な所で離れつつ監視だけを置いていれば良いかと思いつつも、僕はサマエルの言葉に耳を傾ける。
さてと、さっきまでは他に興味を引かれる物が沢山あって話にならなかったけれど、吐けるだけの情報を吐いて貰おうかな。
「なーんにも覚えていないのじゃ!」
……期待した僕が馬鹿だった!
「そっか。じゃあ、君が記憶を失った事故の時に近くに居た人に話を聞いてみようか」
自信満々にしておきながら無駄な質問だったサマエルだったのに、兵士は少しだけ困った様子で僕の方に視線を向ける。
ああ、事故を目撃した人がお腹を壊したから顔見知りの僕が連れて来たとは伝えたけれど、何をしている誰かってのは伝えていなかったな、サマエルが色々やってくれたから。
……本当に入ってからも暴れるわ、リンゴ味の飴玉を貰ったら大人しくなるわ、直ぐに文句を言い始めるわ!
「うむ! ラビアというリュキ様を信仰するシスターじゃったぞ!」
……所で気になっていたんだけれど、僕だけがギリギリ微妙に見える位置に隠れているリゼリクさんから嫉妬の視線を感じるのは何故だろう?
ロリコンだから……かな?
「へー。旅のシスターなのかな? 少なくともガンダーラにはリュキ様の教会なんて無いしさ」
……え?