これは敵ですか? はい、アホだけど敵です
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もし婚約者と出掛けた他国で人間を滅ぼそうとしている神の創造物に出会ってしまったら、皆さんならどうする?
相手の敵意は満々で、虫を払うかの様に人に害をなし、神の創造物の中でもそれらを率いるだけの力を持っている。
戦えない事は無い状態だ、何時誰に襲われるか、それこそ身内に殺されそうになっても不思議じゃない立場だから、常に有る程度の備えはしている。
……夜鶴達は既に包囲済みか。周辺の人はいざ戦いになれば小火騒ぎでも起こして追い払うとして、駆け付ける兵士の方が問題だ。
「うん? 私様がどうかしたのかの? ……さては魅力にメロメロなのじゃな! にょほほほほほ!」
問題は見た目が普通の女の子、然も見た目も中身もアホな事だ。
詳しく知らなくちゃ油断するし、伝えても実際に力を見せなくちゃ信じないのは目に浮かぶ。
アホだけど! 凄くアホなのに厄介なんだよ!!
この転移魔法が使える癖に忘れたみたいに泣きじゃくりながら偽乳シスターに道案内されて、既に遭遇してモンスターまで差し向けている僕までを忘れた……いや、もしかして本当に忘れている? いやいや、それは流石に、有り得るよね、アホだから!
「まさか僕が誰か分からない?」
冷え性で春先でもコートが手放せない僕だって夏に砂漠地帯の国に来ればコートを手放すけれど、たったそれだけで僕が分からなくなったのか、肯定の方が都合が良いけれど、心の隅では否定を望んで尋ねてみれば、不思議そうに首を傾げているよ、畜生!
「むむう。実は私様は”ひどくこうしつ”? での。何も思い出せんのじゃ」
「記憶喪失、じゃないかい?」
「そうじゃそうじゃ! 貴様、随分と頭が良いの!」
うん、誉められても全然嬉しくないや、そして酷く硬質っていうか無駄に頑丈なんだよ、お前は。
僕は忘れない、僕に向かって使命を遂行させてやると……リアスを殺させてやるとほざいた事を。
腸が煮えくり返る思いとはあの時や今の事だろう、下手に戦闘になった時のリスクを考えて直ぐに手出ししないのが不思議な程だと思う。
一撃で殺せる雑魚なら殺して刻んで生ゴミに混ぜてやりたい所だよ、全くさ!
「実はこの子……自分が捨てたバナナの皮で滑って転んでしまったんです」
「……うん?」
「バナナを食べながら歩いているのを見て、皮のポイ捨てを注意したら私を見たんですが、その瞬間にバナナの皮を踏んじゃって、信じて貰えないと思いますけれど身長の何倍もの高さまで飛び上がった上に、取り落として先端が地面に刺さった傘の持ち手に頭から落ちていって……何故か異様な迄にタンコブが膨れ上がった上に目の前を星が回って……私、頭がおかしくなったんでしょうか?」
「大丈夫。君は全然おかしく無いさ。聖騎士の僕が保証しよう」
「ロノス様……」
頭がおかしいのは君が連れている迷子のサマエルをギャグキャラエフェクト搭載にした女神リュキだけだから。
だから安心は……うん、絶対に教えないで置こう。
ギャグシーンを目の当たりにして不安になっているラビアの涙をハンカチで拭い、不安を忘れられるように恥ずかしい二つ名を使って励ます。
それで何とか不安をどうにか出来たけれど、疑問は残るよね。
「取り敢えずその子はそんな感じだから気にするだけ無駄さ。常時発動の魔法みたいなもんさ」
「さっきも思ったのですが、その口振りからしてこの子はお知り合いなんですね! 良かったです。聖女リアス様と同じ金色の髪だから関係があるのかと思っていましたが、もしやご親戚だとか?」
「そうなのか? もしや私様のお兄様……いや、お兄ちゃ……」
「いえ、一切微塵も一欠片も僅かも些細な血の繋がりも無いし、このアホとリアスを一緒にするなよ、偽……いや、何でも無いよ。知り合いだけれど、別に親しくも無いし」
このアホと愛しの妹が同じだって? 同じ金髪で光属性でもゴミ山とエレベスト位違うだろう、胸は僅差だけれども!
そしてお前は兄という意味でお兄様と呼ぶな、お兄ちゃんは更に許さない!
「え? 何か複雑な理由が……あぐっ!」
流石に敵意を隠せなかったからか信じられない勘違いをした偽乳シスター・ラビアが困った様な顔を見せ、次の瞬間には脂汗を流す勢いで顔を苦痛に歪ませた。
まさか既にサマエルに何か……。
「お、お腹が痛い。ちょっと臭うけれど大丈夫だと思って食べた一昨日のシチューが痛んでたみたい…です……」
お腹を押さえ、前屈みで苦悶の表情、こんな暑い地域で二日前のシチュー(臭い)とか食べるとか、そんなに貧しいのか、この国のリュキ教会って……。
「こ、こんな事なら数日分の食費をつぎ込んで良いお肉を買わなければ……はぅぅ! ごめんなさい、トイレに行くのでその子をお願いします!」
大貴族でお金に苦労していない僕が言うのもアレだけれど割と自業自得だよ、この子。
美味しいお肉食べたい気持ちは分かるし、僕が言うなって感じだけれど……彼女もアホで、更にアホを押し付けられた!
爪先走りでチョコチョコと、そしてそれなりの速度で教会が有るらしい方に向かい、その後ろ姿を見ていると不意に袖を引っ張られた。
「私様との関係は知らぬが、兵士の詰め所までは案内して欲しいのじゃ。後生じゃからどうか……」
今にも泣き出しそうなサマエル(見た目は幼い美少女)、本当は僕よりずっと年上だ。
それでも別の不安が……放置して逃げたら名前呼びながら泣く此奴が僕の名前を大声で呼ぶのか?
此処で殺せれば良いけれど……本当に此処で殺せれば!
せめて自国で自領だったなら……。
「良いよ、案内してあげる」
「本当かの! 貴様は凄く良い奴じゃな! 気に入ったぞ、喜べ!」
うん、さっさとお別れで、夜鶴達の監視はしっかり続けておこう。
……ふぅ、胃が痛くなりそうだ、アホのせいで。
「あぁあああああああああああっ! ……ふぅ」
さて、向こうから妙な声が聞こえたけれど行くとするか。
「早く終わらせてアリアさんとネーシャの所に戻ろう。ほら、行くよ」
「うむ。良きに計らえなのじゃ」
今の今まで泣いていた癖に僕が道案内するって分かった途端に(見た目の)年相応の笑顔なんて見せちゃって調子が狂うんだよな。
いや、よく考えれば今の姿で創造されて直ぐに封印されたなら精神が子供でもおかしくないのか?
アホの子供として創られたみたいだし……って、絆されるなよ、僕!
自分の実家の領地に手を出した相手に情が移りそうになっている事に慌てる中、小さな手が僕の手を掴む。
「手を繋いで行くのじゃ!」
「……仕方無いな」
まあ、僅かな時間だ。不愉快だけれどね。
「……なんじゃ。妙に人の数が多いの」
サマエルと(不本意ながら)手を繋いだ状態で路地裏から出てみれば買い物客が随分と増えていた。
夕食の準備でも始めるのかと何となく思っている僕と違い、不安そうな様子でサマエルは僕の背中に隠れるようにしつつ握った右手を左手に替えつつ更にしっかりと握って来たけれど本当に調子が狂いそうだよ。
妖精国も聖王国も襲った此奴への認識が敵のままなのには変わりが無いけれど、こうして接してしまうと単純に敵としてのみ見られなくなりそうで、ゲームでのイベントの様子を思い出しそうになるのを必死に止めた。
そういう風に創られた上で切り捨てられた事への同情も、人間を滅ぼすのは創造者……親や主と言うべき相手の為だという事への有る意味での共感も、貴族として大勢の民衆の生活を背負う身としては不要でしかないのにさ。
「人間は嫌いかい? ……知らない相手って意味で」
「うーん、分からんのじゃが……どうもモヤモヤする。自分の事を見ていて欲しい人が他人ばかりを見ている、そんな気がするのじゃが……」
「そう……」
ああ、本当に駄目だ、敵と分かっている相手となれ合うのはさ。
相互理解とかが必要な相手も居るだろうけれど、リュキが創り出した神獣に関しては何も知らないまま敵だって事だけ分かっていたかったよ。
何も思い出せないのに寂しそうに呟くサマエルの様子に敵対する意思が少しだけ揺らぎそうになって、後先考えずに行動が出来るリアスが羨ましかった……。
「まあ、だったら僕の後ろに隠れていなよ。詰め所の兵士への説明も僕がするかい?」
でも、これは馴れ合いじゃない。記憶を失って大人しくしている怪物を刺激しない為だけさ。
「お主は良い奴じゃの! 私様の友達にしてやっても良いぞ。光栄に思うが良い! にょほほほほほ!」
明るい笑顔を向けて来るとか、そういうの勘弁してくれないかな。
割と本気で困るんだからさ。