閑話 神を目指す志望動機は? 相応しいから!
まさか評価百人突破本当にするなんて
子供の頃から何もかもが欲しかった。
親を困らせる程に駄々を捏ね、手に入れたとしても別の物が欲しくなる。
満たされず、大きくなり続ける欲求。
「ラーパタ、お前はもう少し我慢を覚えなさい。その様に振る舞っていては評価が下がるぞ」
「そうですよ。お父様が逃した皇帝の座を得るのならば欲に流されていてはいけません」
当然の様に私に苦言を呈し、欲求を何もかも満たしてはくれなかった両親。
だが、私を満たせぬ世界が悪いという真実に気付けたのはこの二人の姿を見ていたからだ。
節制が何の役に立つ? 欲しい物全てを手に入れるのを我慢する理由が思い浮かばない。
「逆だ、逆なのだ。欲しい物全てを手に入れる力を持っていると周囲に示す、それこそが実力主義のアマーラ帝国を治めるに相応しい者だと示す最善の方法なのに、それが分からぬとは。だから父は皇帝になれなかったのだ」
黄金製の城に住んでも、金銀財宝の山を幾ら築いても満足出来ない、もっともっと、沢山沢山お金が欲しい。
権力を、財力を、持った力全てを用いてでも美女美少女、そうではない普通の容姿も、種族や出身地年齢を含めてタイプの違う女を時に非合法な方法を使ってでも集めたが、飽きた訳でもないのに他の女が欲しくなる。
伝手を使って強靭な兵を集め、熾烈な訓練を受けさせている。集めた物を、私が手に入れた物を奪われる事が無いように力を求めた。私自身の力は無用、上に立つ者が力を持っている事に何の意味も感じない、だから国の方針が実力主義だろうがろくに鍛えた事が無い。権力者の一族に生まれた時点で私はどの様な在野の強者よりも力を持っていると言えるのだから。
名声……には興味が無い。私の価値を理解出来ぬ者の戯れ言が耳に届いても何も感じないのだから。私を誰だと思っている? 先々代皇帝の孫であり、父さえ無能でなければ私が国を治めていたのだから。
「私の足を引っ張る邪魔者共さえ居なければ私は帝国を手に入れ、いずれは周辺国を併合して大陸全てを手に入れた最善最高の皇帝となったものを。最早帝国に仇をなす反逆者と同義である」
周りだ、周りの者が私の足を引っ張るのだ。力の足らぬ兵士、私に皇位を捧げられない配下、私の統治する地にて不満を漏らす愚民、本当なら、本来なら、私が国全てを治めていたというのに!
「おい! 金だ。財宝の山を寄越せ!」
だが、私が国を、大陸全土を……いや、世界を手に入れるのは神が決めた運命だったのだ! ”ヒナガミ”と名乗る神獣とやらは無償で私の欲する物を与えてくれる。人の苦しむ姿を見たいからと言うので税を上げ、適当な者に偽りの罪を被せるだけで良いというのだ!
『分カッタ』
「ふふふ、ふははははは!」
忽ち部屋に溢れかえる財宝の山、当然ながら幻でも粗悪品でもない、高貴な私に相応しい物。
これだけの物を躊躇せずに即座に出す者と出会えたのは私の人徳、それだけの運命を持って生まれたのだ。
欲しい物が全て手に入る、父さえ凡人程度の才覚を有していれば私が受けて当然の待遇、それが漸く手に入って来た。
本当に両親は私にとって邪魔な存在だったと確信するな。
「二人揃って行方不明になってしまった時は口うるさいのが居なくなって清々したが、余計な嫌疑を掛けられ迷惑したものだよ。まあ、今となってはどうでも良いが、生きて戻ってくれるなよ」
この為に用意した猫足のバスタブに入り、砂金を混ぜた湯に浸かれば至福の心地よさ、至高の存在である私にのみ相応しい贅沢、いや、私にとってこの程度は贅沢ではない。
他の者とは存在が違うのだ、存在が!
「ふぅ」
目を閉じて心地よさに身を任せる、だが、不埒にして不敬な邪魔者が現れた。
「死罪に値するぞ、愚か者めが。いや、決定だ。一族郎党揃って罪を償わせてやる」
耳に届いた金切り声に眉を顰め、窓から中庭を見れば足を縛って馬に引きずらせている浮浪児の姿、悲鳴が耳障りだった。
「私の栄光に役立てる栄誉を与えてやったというのに無礼者めが。まあ、良い。国を手に入れる為の第一歩が成功している頃だ。くくく、異国からの客人を城で殺されるのだ、付け入るには大きな隙だ」
机の上の小箱の中、厳重に鍵を掛けたその中に入っているのは微量の薬を入れた小瓶、その中に入っているのは皇帝の座を私から簒奪したカーリーを玉座から引きずり降ろす為に必要な物だ。
「わざわざ平々凡々、印象に残らず紛れ込んでも発覚しない者を選んだのだ。城のメイド服も与えてやったし、あの女がどれだけ無能なら失敗するのだという話だ」
望む全てが手に入る事が約束され、どの様な者でも私の思うがままに動く。
私に国を与える為に現れたヒナガミが人形の姿をしている事から人形劇の人形師になった気分……いや、違うな。
「私は神に選ばれた……神になるべき存在だったのだ! ヒナガミ、この様な国などさっさと手に入れるぞ。私は世界を手に納め、やがて神となる!」
「……了解シタ」
「どうした? ああ、私の威風堂々とした姿と隠せぬ覇気に恐れおののいたのか。貴様は私の役に立っている。従っていれば悪いようにはせぬ。では、私は食事にしよう。終わるまでに用意しておけ」
神の配下……つまり行く行くは私の配下になる存在だ、直々に指示を受ける栄光に声も出ないヒナガミを部屋に残して私は部屋を後にする。
「しかし最近体が重い気がする、腹が出て来たし前の逞しい肉体に……いや、神に相応しい肉体を与えさせてやるとしよう」
ああ、そうだ。新しい女が欲しいが、どうせならばカーリーが娘にした者達を私の物にしてやるのも一興か。
小賢しさだけは認めてやっているのだ、あの女が選んだ者ならば私が抱いてやる位の価値があっても不思議ではないだろう。
「あの女に似た小娘の方はどうするか……。屈服させ、畜生のように従わして飼ってやるのも悪くはない。寧ろ神となる私に選ばれたのだから……」
溢れる全能感、自らが神の座に着くのに相応しい者だと自覚しただろうか非常に気分が良い。
柄にもなく鼻歌を歌い、食事等は普段ならば持って来させる所をわざわざ出向くのだ、なんと謙虚な事だろうか。
私は全てを統べる神の王になれると確信するに足りる事柄であった。
「食事で御座いますか? 失礼ながら先程お食べになられた筈では……」
「何を馬鹿な事を言っている! もう良い、貴様は一族揃って生き埋めだ!」
「ひぃ!? お許しを!」
私が直々に出向いたというのに怪訝そうな顔を見せたコック、それだけでも処刑に値する所を慈悲深く堪えてやったにも関わらずの無礼な言葉に怒りを爆発させる。
確かに腹は減っていないが、普段よりも遅い時間だから食事を取らねばと来てみれば不愉快な言葉を浴びせかけられる。
何奴も此奴も私を敬わぬ愚か者揃い、自分が誰に仕えさせて貰っているのかを理解せぬゴミだ。
「金はあるのだ、どうせならば使用人を全て……」
最近どうも不愉快な輩が多く、使用人の多くを処罰し、幾割りかが姿を消したが、ヒナガミに兵士だけでなく使用人も出させれば良いのだ。
「ふふふ、私の知謀が恐ろしい。では、早速命じて来るか」
これから待ち受ける神の座へと続く栄光の道を思い浮かべながら食卓を後にする。
味は悪くないが妙な満腹感を早々に覚えて皿の上の料理は半分も減っていないが、捨てれば良いだけの事。
食べ残しの見た目が汚いと手で払いのけ、皿が割れる音を背中で受けながら笑みが押さえきれないのを感じていた。
「ああ、楽しみだ。私が神になった暁にはヒナガミや、その主にも褒美をくれてやらねばな」
私の人生は邪魔者共が消えた事で本来の輝きを取り戻そうとしていた。
「貴様ガ神? 贄デスラ無イ。リュキ様ヘノ贄ヲ用意スル為ノ消耗品ダ。贄ト違イ、本来見向キモサレヌ、二束三文以下ノ不必要品デ、無駄極マル前向キサガ唯一ノ取リ柄。道化トシテ面白カロウト選ンダガ、予想以上ニ鬱陶シクナッタ。計画変更ノ許可ヲ得レバ即座二消スガ、サマエル様ハ何時来ラレル? ……ハァ」




