抵抗出来ない(する気も無い)
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机の上に置かれた資料の山の中から一束手に取って目を通す。
「動きが無いのが本当に不気味だな。潜んで動いているのか、何か大きな事をしようと準備を進めているのか……」
”読んでおくように”と送られてきた資料(この後で処分はするけれど誰かに見られても構わない程度)を読んでいるけれど、頭を悩ませるのは”ネペンテス商会”の動き。
神獣将の一人であるシアバーンが率いる組織で少し前までは幸せの門だのレキアへの接触だの色々と動いていたんだけれど、最近になって末端が勝手に動いたらしいのを捕縛した以外は音沙汰無し。
「サマエルとラドゥーンの仲間だから間抜けだったら助かったんだけれど……」
関わった僕が抱いた印象だと二人のお守りの苦労人で頭脳労働担当だって印象だったし、動きが見えないのはどうも怪しい。
背もたれに体重を預けながら資料を眺め、見落としが無いかと最初から最後まで三度見直し、資料をペンが通される前の状態に戻す。
机の上には未だ読んでおくべき書類の山、読むだけでこれだし判子や修正を命じる必要がある場合は更に山が積み重なると思うと頭が痛くなりそうだ。
「まあ、将来的にはそんなのをする必要があるんだし、欲を言えば今の僕が出来た方が良いんだけれども……んっ!」
グッと伸びをしながら時計を見ればお昼前、朝早くに二人と混浴して戻って来てからずっと書類に目を通していたからか体が凝り固まってしまいそうだ。
未だ読んでいない書類の山は多いし、夏休みの宿題だって残っているのをやらなくちゃいけないんだけれども、気分転換がしたいな。
「バザーとかを見に行きたいし、レナでも引き連れて……あっ、無理か。厨房で勉強中だ」
お祖父様達は先に戻ったけれどレナは僕と一緒に帰る予定だ。
でも、此処はクヴァイル家の屋敷じゃないし、僕の身の回りの世話にしてもやる事は限られているし、この機会にって帝国の宮廷料理を習う事にしたのを思い出した。
「確か……”女性の裸体を皿の代わりにするのもあるとか。教わりたいものです”とか言ってたよね。教えないよね、普通はそういうの」
教えてくれる人達を困らせていないか心配になった僕は椅子から立ち上がると一束だけ書類を流し読みにして机の上に放り捨てる。
残りは後から加速状態で一気に読むとして、厨房に様子を見に行くついでにバザーを見学にでも行こうか。
「屋敷だったら買い食いするからお昼ご飯は要らないって言えるんだけれど(毎週は無理)、ちょっと小腹を満たす程度かな? 取り敢えず肉が食いたい、肉が」
帝国は水源となっている大河や膿で穫れる種類豊富な魚介類がメインの場合が多い。
聖王国に虫料理の風習が有るのと同じで食文化の多様さは種類の豊かさに繋がるけれど、今の僕の舌は肉の脂を求めている。
魚も良いけれど肉をたらふく食べたいんだ、贅沢を言えば揚げ物か炭焼きにタレを塗った奴!
当然、僕と同じ事を思う異国の客を予想しているのかバザーには帝国の食卓では上がる事が少ない肉料理の屋台だって幾つか見かけているし、めぼしい店は来た時にチェック済みだ。
「さて、そうと決まれば早速出るか。お昼に響かない程度にするのが残念だけどさ。流石に客が余所の国の城の料理人に屋台の方を食いたいから用意しなくて良いとか言えないし……はぁ。ん? 誰かな?」
遠慮がちに響く数度のノック、扉の先から感じる気配は一つ。
「もし、ロノス様。お入りしても宜しいですか?」
「ネーシャなら構わないよ。ほら、今開けるから待ってて」
幾ら城の中でも足が不自由なんだし、皇女になったって立場からして少し不用心かとも思ったけれど、それを指摘する前に彼女を迎え入れる方が先決だ。
一刻も早く彼女の顔を見たい……先に言っておくけれど、さっきのお風呂で台無しになったナニソレを改めて、とかは考えてないよ?
うん、本当にちょびっとだけしか。
それよりも杖を使わないと歩くのが大変な彼女が扉を開けるのが大変だろうから慌てた様子を見せない程度に急いで扉を開ければ普段着に着替えたネーシャが笑顔で僕を待っていた。
アマーラ帝国は砂漠の国(エワーダ共和国は山脈連なる地形だし、周辺国で環境が違い過ぎるとかはまあ、大地に宿る魔力の影響的な?)、日差しも強いからか肌を出さない方が涼しい程でもあるけれど、長袖にフード付きって服装を見ればお出掛け前なのが分かる。
「わざわざ申し訳御座いません、ロノス様。私の為に扉を開けて下さったお礼をしたい所ですわ」
「君の為だから構わないさ。それでもお礼がしたいなら……今のお洒落した君を見せて貰った事で十分さ。お出掛けかい?」
ちょっと出るから挨拶だけしに来たって所かな?
花柄の服を着たネーシャの姿と風呂場で濡れ透けの下着姿だった時の姿が重なってしまい僕が一瞬だけ硬直してしまった時、横を彼女がすり抜ける。
「お出掛けじゃなかった?」
それなら直ぐに外に向かえば良いのに彼女は僕の客室の中を進み、少し話をしたいのかと思ったら椅子じゃなくベッドに深く腰掛けた。
そのままベッドのバネで遊ぶように体を揺らしているし、少しのんびりしようって感じだ。
「ええ、その予定でしたが、今朝の大バ……ではなくってドロシーの愚行で台無しでしたでしょう? 私としても不本意でして、せめてご一緒にお出掛けしたいと思い、こうしてお誘いに参上しましたの。……本音を言えば誘って頂きたかったのですが、我が儘でしたわね」
……護衛も荷物持ちも連れていない時点で気が付くべきだったか。
ネーシャの立場を考えれば普通は一人じゃないって分かっているんだし、少し配慮が足りなかったね。
ちょっとだけ不満げに見えるけれど、そんな表情を見せてくれるのは嬉しいな。
出会ったばかりの頃は取り入ろうって感じだったからね。
女の子の方からデートに誘わすのは少し野暮だったかと反省する僕だけれど、この後はちゃんと分かっている。
「それは助かったよ。僕も息抜きがしたいと思っていたんだ。じゃあ、バザーでも見に行こうか?」
そう、僕から改めて誘うんだ。
ネーシャもそれで満足かなって思ったんだけれど、彼女は一瞬だけ嬉しそうな顔になったのに、次の瞬間には悩み、直ぐに悪戯をする時の様な笑みを浮かべたまま後ろに向かって倒れ込んだ。
そして思いの外勢いが強くなったのか大きく跳ねてバランスを崩してベッドから落ちそうになったけれどベッドの縁を掴んでギリギリ止まる。
……うわぁ、凄く焦った顔をしたのに一瞬で余裕を取り繕ってるよ。
「……本当にそれで構いませんの?」
「それだけって?」
此処で”大丈夫?”とか言ったら駄目な気がする。
ネーシャの中で僕の評価がガクッと下がるな。
故に素知らぬ振りをして尋ねれば彼女は胸元を緩め、足を組み替える。
……パンツ見えた。
「うふふふふ。例えば……これ以上をレディの口から言わせるなんて意地悪な事をしないで下さいませんか? 私は何をされても抵抗出来ませんし、する気も有りませんの。なすがまま、好きなように、したい事を、やりたいだけ。……人払いは済ませております」
そんな事を言った後、ネーシャはゆっくりと瞳を閉じて急に起きあがったかと思うと窓まで移動して外の様子を注意深く伺う。
……一体何を……あっ。
「まーたダイフクが突っ込んで来るって思っているの?」
「あの子は単純で余りにもアホ……いえ、純粋ですもの。ドロシーに誘導されて悪意無く邪魔をしますわ」
「……ふーん。だったらさ……」
窓を含め、扉も壁も天井も床も、全てが黒く染まって行く。
ちょっと暗くなったけれど……丁度良いか。
背後からネーシャを抱き締めれば、彼女は腕に手を重ねて僕の方を見て微笑んだ。
「あらあら、これからどうなってしまうのでしょう。こわいですわー」
最後の方は明らかな棒読み、随分と楽しそうだな。




