表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

364/393

挑戦状

新章!

 アマーラ帝国首都ガンダーラより東に進んだ先、常に燃えさかる山を迂回して辿り着く場所にその洞窟が存在する。


 "忘却の洞窟”、皇族の婚姻が決まった際に儀式として訪れる場所であり、奥にはあらゆる記憶、それこそ神の力で封印された記憶すら思い出させる"追憶の宝珠”が存在するという。


 尤も奥まで辿り着く必要は無く、入り口において儀式を執り行った正式な訪問者であったならば一定以上のダメージで外まで戻される安全機能付き。

 但し、それが適応するのは正式な手順を取って入った者だけであり、企て事があって入り込んだ……もしくは何らかの偶然で迷い込んでしまった招かれざる客には洞窟が牙を剥くのだった。


「困っりましたねぇ。何っにも思い出せませんねぇ」


 洞窟の中に広がる光景は神秘的、鏡の様に周囲の光景を映し出す水晶に壁も床も天井も覆われ、似た構造の通路を進みながら入り組んだ洞窟の奥にまで辿り着けた二人は長い歴史でも片手の指で足りる程。

 忘却の名の通り、何処をどうやって通ったのかという記憶が抜け落ち続け、現れるモンスターに関しても戦闘後に朧気になってしまう。


 忘れる無かれ、これは仮にも国を、民を率いるに値するかどうかの秤、侮って良いものでは決して無いのだ。


「私はだぁれ? 此処は何処? 分からない分からない分からない」


 ましてや許される事無く入り込んだ者であるならば記憶の抜け落ちは洞窟内部に関する事に留まらず、今もこうして侵入者の自らに関する記憶すら奪って行く。


 例えそれが女神リュキに創造された神獣将シアバーンであったとしても逃れられない。

 与えられた力によって他者に己のルールを強いて来た存在であっても洞窟が押し付ける試練と罰則には逆らえない。


 本来ならば全ての記憶を抜き取られ廃人となる所だが、それでも言葉を話し動き続ける事、記憶の消失の自覚、それが存在するだけでも人とは別格の存在だという事だろう。



「アァ……美味ソウダ」


 だが、格の違う存在であっても其処で罰が品切れになりはしない。

 ダンジョンの力によって生成されたモンスターが排除しに掛かるのだ。


 坊主の袈裟に似た茶色の服を着て三つ叉の銛を持った鯰の怪物、ヌラヌラと光る粘液で湿った人型の胴体でシアバーンの背後より忍び寄り、無防備な首に向かって銛の切っ先を突き出す。


 神の獣すらにさえ影響を与える洞窟にて現れたるこの怪物、試練の為に生み出された特別製。

 言葉を扱う程の知能と武器を扱う器用さ、そして怪物らしい腕力を持った強者だ。

 条件次第では中堅以上の神獣にすら完封勝ちが望める、それ程の存在。







「まあ、何かを殺せば良いのは分かっていますし、近付く者を皆殺しにするのが良いですよねぇ。アヒャヒャヒャヒャ」


 巨大な毛むくじゃらの獣の腕が鯰の怪物の胴体を貫き、抜き取られた。

 胴体に巨大な穴を空けられ、それでも生きているのは余程の生命力の証。

 意地か本能か、半死半生の状態でも武器を手放さず、寧ろ後先を考えずにの特効の構え、死なば諸共、反撃される隙を減らすよりも一撃の威力に巨体全てを乗せようと飛びかかる。


「おや、未だ生きてらっしゃるのですねぇ」


 特に興味を向けていない口振りで鋭い爪が喉に突き刺され、グリグリと傷穴を広げながら抜き取れば漸く怪物の息の根は止まり、倒れ伏す巨体などに目もくれず進むシアバーンの嗤い声が周囲一体に響く。


 その笑い声に紛れるのは靴に付着した血によって響くベチャベチャという水音。

 シアバーンが彷徨い歩いた道に残るのは赤い靴跡、それは薄くなって途切れる事無く入り口からこの場所まで続く。



「自分が誰かは忘れましたが、命を奪うのは楽しいですねぇ。凄く凄く凄く凄く楽しいですねぇ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」



 何度も何度も床に足跡を描く為の赤を補充しながら……。




挿絵(By みてみん) 






「変な夢を見た気がするな」


 薄紫の天蓋付きベッドの中、目蓋を貫通して来る日差しに僕は目を覚ます。

 部屋の中は熱帯地方の夏場とは思えない程に涼しい快適な部屋で、だから毛布の暖かさが心地良い。

 このまま目を閉じたままで二度寝したいという誘惑がやっては来るんだけれど、生憎鍛錬の時間だ、頭は怠惰を求めるけれど、肉体は運動を求めていた。


「んっ……ロノス様……そんな所を……」


 もう目を開いて起き上がろうとした時に耳に届いたのは甘えるような声色の寝言、目を開ければ目の前には白い肌と薄い水色の布地。

 そして僕の頭を抱える白い細腕、隣で寝間着を着崩して眠り、ブラが露出した状態で僕の頭を抱き締めているネーシャの物だ。


「……そんな所って、夢の中で僕は君に何をしているんだい?」


 静かに呟くけれど彼女は幸せそうに眠ったままだ、当然ながら返答は無い。

 起きたとしても誤魔化される内容な気はするんだけれど……敢えて言わせてみたい気もするや。


 ……本当に起きるか。

 もう怠惰じゃなくって色欲の方が誘惑してるけれど、余所の国の余所の人の城で朝っぱらから寝込みを襲うとか何処の色狂いだって話だよ。

 出会って数ヶ月の相手とか疎遠になっていた婚約者に続けて手を出してるから色狂いってのは否定出来ない僕だけど、人間だから不都合な事からは目を逸らそう。



「それに、どう考えても……」


 最初に用意された部屋じゃなく、ネーシャと同じベッドにした事に関する帝国の思惑に従うのも癪だしさ。



「ロノス様、来て。……ぁん」


 ちょっと、ちょっとだけ惜しい気もするけれど!


「本当に寝ているよね?」


「寝言ですわよ?」


 いや、起きているじゃないか……。






 何故僕がこんな風にネーシャと同衾しているのか、それは受ける事になった儀式に関連する。

 元々原作知識を完全にする事で致命的な事態やイレギュラーの確認に必須だった”追憶の宝珠”、それが存在する帝国所有のダンジョンに入るのだから文句は無いし、目的地でなくたってネーシャとの結婚の上で必要なら喜んで受けるさ。



「では、儀式の準備が整うまでは城に滞在するが良い。必要な品があれば用意しよう。遠慮せず言ってくれ」


 こんな風に扱いだって上々、ノンビリと夏期休暇を楽しもうと思ったけれど、部屋を新しくするからと案内されてみればネーシャとの同室だ。


「まあ! ロノス様と一緒の部屋で過ごせるだなんて幸せですわね。ふふふ、皇帝陛下からの最高の贈り物ですわ」


 急に部屋を変えるって時点でおかしいと思ったんだけれど、親交を深めて儀式に臨んで欲しいってのが建前だとは思うよ。

 

 ……その親交が何処までを指しているかで建て前じゃ無くなるんだけれど。





「朝から誘惑とは……」


 朝からエロい……じゃなくエラい目に遭った後、僕が居るのは庭の端にある修練場、カーリー皇帝の許可を得て使用している僕に向かい合うのはパンドラ。

 彼女の周囲には岩の大蛇がとぐろを巻き、その作りは鱗の一つ一つさえも繊細であり、一種の芸術品でさえあった。


「昨日は手を繋いで眠りたいって頼まれたから手を出したら指を絡める程度だったんだけれどさ」


「私もそんな風に甘えて……いえ、今は止しましょう。行きますよ、若様!」


 開始の合図と共に地を這って動く蛇の姿は本物の蛇であるかの様な柔軟で自然な動き。

 先頭の一匹が全身のバネを使って飛びかかり、僕は夜鶴を大上段に構えて振り下ろす。

 そのまま空気のみを切り裂いたかの様な抵抗の無さが腕に伝わる中、蛇は両断、左右に分かれて砕け、その破片の一つ一つが此方も精密な作りのサソリに変化した。



「へぇ、腕を上げたね。並みの……いや、経験豊富な人でも砕かれたゴーレムを此処までの速度で再利用出来ないよ」


「若様と共に歩む為には強くなりませんと。私、強欲ですので政務だけで満足は出来ませんよ?」


「君に強くなられたら僕の立つ瀬が無くなりそうでは有るけれどね」


 残った蛇、そしてサソリの群れ、一斉に向かって来たそれらからバックステップで一旦距離を取り、一度に視界に納める。







「まあ、だから暫くは引き離しておくよ。そして政務では追い付く」


 そして、その全てを細切れに切り裂いた。

 細切れになって散らばった破片が新たな物にならないのを確認すると、パンドラは両手を挙げて降参の意を示していた。



「では、どちらが先に追い付くのか勝負ですね」


 ああ、そうだね。

 これは絶対に負けられない戦いになりそうだ。


評価待ってます


挿絵(By みてみん) 商人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ