余興
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私は舞踏会の主役にはなれはしない、片足の自由を自分の浅はかさで失った事から分かっていた事。
杖が無ければ満足に歩けない私では踊りは少し厳しいですし、何よりも相手に気を使わせながら踊るなんて私の矜持が許さないのですわ。
「……はぁ。まあ、分かっていた事ですけれど」
今まではさも”眺めているだけで楽しいですわ”と言わんばかりの態度で過ごしていたのですが、誰かを好きになったのはこの年齢になってから……皇女だった頃は誇りが邪魔して、ヴァティ商会の養女になった後は自分には恋愛の自由など存在しないと一切考えず、己の地位を少しでも高めてくれる相手との結婚を考えていて……ロノス様に助けて頂いた瞬間に今までしなかったせいで恋愛耐性が無いのに気が付いたのですわよね。
優雅な音楽に合わせて出席者がダンスを踊る、男女が手と手を繋いで。
ロノス様は先ずパートナーであるパンドラ様と踊り、続けて数人の女性にダンスに誘われていましたが、彼女達もクヴァイル家との繋がりが欲しいのでしょう。
この場に居るという事は余程でない限りはそれなりの地位、ロノス様も誘わない訳には行かないのがおかわいそう。
「……知ってます? あの方々、実家がヴァティ商会に借金をしているのですわ。今は私の裁量で返済はゆっくりしていますが、家の経済状況はそこまで良くないのですわよね」
「へぇ、そうなのですか。ルメス家も貧乏ですから大変だって分かりますよ。借金の返済に関する契約って貸している側の方が強いですからね。結局は向こうの好意という名の思惑でゆっくりと返済している訳ですしね」
「ええ、最近は返済の遅れも起きていますし……皇女となった私ならば貴族相手でもどうとでもなりますわ」
その余程の相手である私のパートナー兼協力者であるアリアは料理を盛った皿を片手に私に笑顔を向けている。
彼女も闇属性なんて厄ネタ持ちですから私のパートナーだろうと誘われませんから此処にいますけれど……いや、ちょっとだけロノス様と踊っていましたわよね、貴女から誘って。
胸の大きさと少し地味ですが顔は良い方ですし、その場での遊び目的の馬鹿もクヴァイル家と揉めるのが嫌なのか誘いませんでしたし、それを口実に誘ってますわよね?
しかも直接本人に頼むのではなく、パンドラ様に”時折嫌な視線を感じまして”と相談していたのも知っていますからね?
そうすればあくまでもロノス様の意思で誘って貰えるのですから腹黒いですわよ、全く。
「ご一緒に踊るなんて羨ましい限りですわ。……別の場所で足を使わずのダンスは私が先ですわよ?」
「ええ、ネーシャ様はお友達ですから」
海ではロノス様に色々とご奉仕して差し上げられましたけれど、次に似た機会が有れば今度こそ……。
あの方に跨がって腰を使った淫らな踊りを披露する、その様な光景を想像するだけで熱い物が込み上げて来ましたけれど、今日は私とあの方との正式な婚約発表の場でもあるのですし、夜中にお部屋にお邪魔しても良いのでは?
「今晩、偶々警備の目を逃れて、偶々他の誰も居ない時間帯にロノス様のお部屋にお邪魔出来るかも知れませんわね。ふふふ、その時はご一緒します?」
「いえいえ、ちょっと恥ずかしいですし、私はお会いするなら二人っきりの方が……」
「あら、一緒にお話がしたかったのですが、今日は恥ずかしいのなら仕方有りませんわね」
互いに利用する協力者、夜の方も色々と協力可能なら都合が良いと思ったのですが、今日は……つまり最初の一度目は二人っきりが良いと告げられましたし、私は私だけで話を通しておきませんとね。
先ずはパンドラ様からかと考えた時、音楽が止んで皇帝陛下が壇上に姿を見せる。
「もうそんな時間ですのね。アリアさん、大丈夫ですか?」
「口にされていた余興ですね? はい、準備はバッチリです」
今から何が始まるのか知っているのは三割程度、ですが用意された余興に参加する気の方は更に半分以下。
招待客のパートナーとして同行した屈強な自慢の家臣や立場を偽った傭兵……ヴァティ商会で雇った事もある方が貴族の親戚として出席しているのは失笑物ですわ。
「皆の者、此処で恒例の余興を始めるとしよう。我こそと思う腕自慢は用意したモンスターに挑むが良い! 見事倒した者には報奨を出そう!」
途端に沸き上がる会場、何度も出席している方や事前に情報を得ていてパートナーをそれ用に選別した方は随分とやる気を見せていますが、陛下が手元の鐘を鳴らすと同時に庭から銅鑼の音がが会場を震わせる程に響き、窓の外に視線が集まれば今まで行われた同じ余興から相手の強さを推察していたらしい人達は言葉を失っていましたわ。
特殊な檻の力で今は眠っていますが、その姿は誰もが恐ろしい相手だと知っているモンスター。
「マ…マウンテンバイソン……」
既に何度も報奨を勝ち取っている屈強で大柄な貴族(という事になっているベテラン傭兵)が絶句して震える。
それはとても大きい野牛。
足の先から頭までの高さは三メートル程、毛皮の上からでも分かる程に隆起した分厚く頑強な骨はゴツゴツとしており、巨体と併せて岩山にさえ見えるのが”マウンテンバイソン”の名を冠する由縁。
尻尾なんて胴体と同じ長さを持ち、地面に引きずる程に分厚くて大きく、その形状はまるでメイス。
過去には討伐に出た一個中隊を半壊させ、逃げ込んだ。砦の外壁を一撃で砕いたという記録さえ。
角は後頭部から頭に沿うように生え、不規則に枝分かれして突進時に面積を広げる。
少しでも引っ掛けられたら柔な人間の体なんてどうなるかは想像に容易いでしょう。
「……金属製の武器や魔法でも並みの使い手では傷一つ負わせられないそうですが、お相手出来ます? って、あら? 気が早いですわね」
因みに用意したのはヴァティ商会、だから事前情報は得ていたのですが、実際に目にして臆すると思いきや既にアリアの姿はマウンテンバイソンの檻の前に。
飛び降りるのははしたないと後で言っておきましょう。
「おい、彼奴死ぬ気か?」
「いや、あの黒髪を見てみろ。此処で死んでくれた方が……」
容易いだろうと侮って準備をし、予想外の相手だったからと臆した連中が遠くからアリアの姿を眺めて言葉を交わす。
そもそも闇属性だからと利用価値も考えずに排除しようとする等愚かですわ。
まあ、その様な立場だからこそ一度大勢に認めさせてしまえば反動は大きい。
この場は正にその為に必要な一歩、招待した者として、建前では友達として一切不安な様子すら見せず、それはロノス様も同様。
それにしても陛下は急に余興の相手を数段上げましたが、誰と戦わせるのを想定して……ロノス様でしょうね、どうせ。
誰も彼も臆して挑戦しない所で親類となる彼の強さを知らしめる事で……。
少しばかり予定が狂ったと言いたそうな陛下を横目で眺めているとマウンテンバイソンを閉じこめていた特殊な檻が開かれ、目を覚ましたマウンテンバイソンが起き上がると目の前のアリアを見詰め、ゆっくりと近付きながら頭を下げて角の先で地面に線を引いていました。
尚、マウンテンバイソンは雑食、草も肉も食べますし、人だってお肉の内ですわよ、怖いですわね。
「ロノス様、何秒持つと思います?」
「三秒以内」
心配していないのは彼も同じ、何事もないかの様に庭を見下ろせばアリアが右手を真上に挙げて……。
「”シャドーウィップ”」
腕を振り下ろすと同時に手の中に現れていた黒い鞭がマウンテンバイソンを頭から尻尾に掛けて叩き割り、地面にも深い跡を刻んでいました。
「三秒以内は幅が広過ぎでしたわね」
「……否定はしないさ」