協力者と友人
あの日あの時、ロノスさんと体を重ねた時の事を私は忘れない。
忘れない”だろう”ではなく、”絶対に忘れない”という確信が、魂に刻み込まれ、自分が何者なのか分からなくなる事が有ったとしてもそれは変わらないのが分かる。
正直、あの時の事を思い出すだけで本とか読まなくても……いや、あれはあれで必要か。
惜しい事に純血を捧げるまでは行かなかったが、指で触れ、指で触れられ、唇は互いに唇以外とも触れ合った。
思い出すだけで胸の奥が心地良い温かさに包まれ、母と過ごした頃の様。
祖父母から……いや、祖父母と呼ぶのは家族のようで嫌なので母様の血縁者と呼ぼうと思う……母様の血縁者にちゃんと食事を与えて貰えなかったのに大きく育った胸と母様に似た顔、そして身を守る為の明るい性格の仮面といった表面上の容姿には卑猥な欲を向け、それでも持って生まれた黒い髪と瞳には忌避する、そんな連中とは違い、私の感情が死に体の本性も闇属性も全部分かった上で受け入れてくれたロノスさん、ずっと彼の側に居たい。
もし母様に関する記憶を代償と言われても母様なら許してくれるだろうし、彼が居ない人生に意味が無いのだから寿命の半分だって……それこそ十年間しか生きられないとしても受け入れる。
ああ、でも次こそは彼の愛に包まれ、前みたいに互いにゆっくりと求め合いながら純潔を捧げたい。
闇属性なんて物を持って生まれたのだし、その位の我が儘さえ許されないのなら、私の生まれた意味はロノスさんと出会って一緒に過ごして、最後までは行かなかったけれど互いを求め合えた位しか無い事に……悪くは無いけれど、もっともっと、そう、彼と一秒でも長く側で過ごしたい、それが私の願いだ。
その本願を叶える為、私はクヴァイル家内での高い地位を望むネーシャと手を組む事にした。
向こうの対価は後ろ盾、帝国随一の商会である実家と義理の母親である皇帝の権威を使って私を守り、私は無駄に攻撃性能が高い闇属性を活用する……つまり互いにロノスさんに嫁ぐ以上は力を貸すのは普通だろうし、それがやや彼女寄りになっただけ、実質的に私が払う対価は無いも同然。
そんな彼女との友好関係アピールの一環でパートナーとしてやって来た帝国の城の一室、野外で人前で同性であるネーシャに言い寄っていたロザリーは頭が痛むらしく撫でていた。
「あ痛たたたたたた。父上も容赦が無いね。本気で拳骨を落とさなくたって良いじゃないか」
「あれはロザリーが悪いでしょうに。私は慣れていますけれども、来客の中には不慣れな方もいらっしゃいますし、ラヴンズ陛下とて貴女の性癖自体を否定はしていないでしょう? 場を弁えろと何度も言われていますし、拳骨だって何度目かさえ忘れましたわ……はぁ」
この遣り取りからして話に聞いていた通りに気心の知れた友人……向こうはネーシャに友情以外にも抱いているみたいだが、それを見抜いた上で受け流す姿は素直に感心しよう。
忌み嫌われるだけだった私ではこの対応が出来るか分からない、経験の差という奴か。
「ほら、これで冷やしなさい」
演技なのか本気なのか、一国の王女を相手に随分と手慣れた感じで溜め息を隠そうともせず呆れ顔を見せた彼女が小さな氷の山を魔法で出せば、ハンカチで包もうとした所で控えていた従者が懐から取り出した袋に入れてロザリーに差し出す。
何とも用意が良いというか、あの袋は何の為に用意していたのやら。
まさか拳骨を予想して? 嫌、それは流石に……。
有り得ないと思うが、あの時、彼女の父親らしき人が拳骨を落とし、脳天を押さえて悶えている所で首根っこを掴んで城まで引き摺って行ったが、ネーシャや周囲は見ない振りをして、ロノスさんも空気を読んで振り返らなかったが、まさか本当に……?
「随分と用意が万端ですわね、リュミイエモンさん。まさか外交の際もああなると予測していまして?」
ネーシャも袋の準備は予想外だったらしいが、従者は指先で眼鏡の弦を押し上げ、さも当然のように告げる。
「ええ、幾ら友好国へ公務半分で出掛けているとはいえ、姫様が在り方を隠す必要は御座いませんし、陛下がそれにどの様に対応するのか口を出すべきではありませんので」
「ははっ! 彼女、私の教育係をしてて今は内政の責任者なんだけれど、基本的に父上や娘に対しては笑える位に肯定しかしないのさ」
「当然です。絶対にして究極の存在たるラヴンズ陛下とその血を引く王子や姫を否定する大罪を犯す程に不忠義な者は家臣にはおりません」
私はロザリーが肩を竦めて”やれやれ”って様子なのにも関わらず誇らしげにしている彼女、”リュミイエモン・カウゴス”に視線を向ける。
整えた髪は黒に似ているけれど目を凝らせば黒が強い青っぽい色である勝色だと分かり、長方形のレンズが綺麗に磨かれた眼鏡も似合い、知的な印象を受ける。
今回、私はネーシャとは友好的関係だとアピールする為に招待され、今もこうして紹介されている。
夜の神を信仰しているからか、はたまた初代聖女の子孫であるクヴァイル家とは友好的ではないからか闇属性への忌避感は無いらしく、時々話を振られていた。
だから指摘すべきか迷ったが、これはちゃんと指摘出来るのか試されているのだとネーシャの視線から察し、賭けに出る私。
この選択がどう出るのだろうか……。
「……所で何故キグルミパジャマなのですか?」
そう、ロノスさんの家の家臣で、今回も同行していたパンドラさんに似たタイプの仕事が出来るタイプの女性で表情も真面目その物……主に対する肯定具合が少しどうなのかとは思うがそれも忠誠心の結果なら仕方無いのでしょうが……彼女、何とも可愛らしいキグルミパジャマを着ているのだ。
因みにライオン(雄)で胴体には飾りと思われる大きなボタン、そして丈が短いからか転んだ時に下着が見えそうだ。
もう色々と台無しである。
「この服装ですか? 偉大なる吸血王ラヴンズ様とその一族へのリスペクトとしてライオンを選び、信仰心と忠誠心の狭間で悩んだ結果、忠誠心の方に傾いた結果です」
誇らしげに胸の辺りのボタンに手を当てて語る姿は正気その物、逆に正気を疑ってしまうが、考えてみれば主であるロザリーも白昼堂々ネーシャを口説いていた、然も同じ事を繰り返している模様。
「成る程。崇拝する主に少しでも近付きたいのですね」
「分かって頂けましたか。そう、足下にさえ近付けず、近付けると思う事さえ無礼な物なのですが、道化程度の真似事でもしたい程に眩しく、近付けずとも近付こうとしないのは不忠でしょう」
成る程、納得したが理解は出来ない、寧ろしたら終わりの類だ。
どうやらこれ以上は追求しない方が良いのだろう、止めておこう。
私がすべき事はネーシャとの仲を印象付ける事、余計な真似はしない方が吉だ。
「しかしだ……あの聖騎士君、予想以上に出来るね。普通にしているのに動き方が戦士のそれだよ。今代の聖女の箔付けの為の盛り過ぎとは思っていたが……一手付き合って貰いたいね」
何とも気の抜ける会話から一変、ロザリーの瞳が剣呑な光を灯して部屋の奥に置かれた大小二本の刀に向けられる。
……変人なだけでなく戦闘狂?
少し不安になってネーシャに視線を向けた時、彼女は笑っていた。
そう、紛れもなく笑顔だった……目だけは笑っていなかったが。
「分かった分かった。冗談だよ、冗談。君が惚れた相手に手を出したりしないさ。それで良いんだろう?」
何かしらの警告もせず、静かに名前を呼んだだけでさえない、なのに相手には何を言いたいのか通じる、これが長年の友人の間に芽生えた信頼の証なのだろう。
少しだけ羨ましいと思う、私もロノスさんと同じ物を持ちたいと思うからだ。
「所で気を取り直す意味も込めて水風呂にでも入らないかい? ルメス……いや、アリアも一緒にどうだい?」
「左様な理由から……流石です、姫様」
私も狙われているのと、リュミイエモンは何を察して頷いているのだろう?
知りたい……とは絶対に思わないけれど。
所で信仰からキグルミパジャマって何故?
太子@イラストレーター兼Live2dモデラー様の提供
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