吸血姫
遂に総合二千七百突破です!
僕にネーシャではないと指摘された瞬間、ピッタリとくっ付いていた彼女は慌てた様子でバッと離れる、その動きには足の不自由さは感じられなかったけれど、同時に動き慣れている感じもなく、印象としては少し鈍臭いって所かな。
「ひゃっ!?」
そんな子が動揺した状態で急に飛び退けばどうなるのかなんて予想が簡単に可能、後ろに向かって無様に転びそうになった。
おっと、流石に目の前で転ばれるのは彼女の立場的に面倒だし助けようか、と手を伸ばした僕だけれど、先に吸血鬼の彼女が動いていた。
「おっと、気を付けないと」
ソファーの半分を占める夜の闇から苦手なはずの日光の下に躊躇を見せずにスマートな動きで飛び出し、まるで演劇の一幕を見ているかのような華麗な動きで転びそうな彼女を支えてお姫様抱っこへと移り、ソッとソファーに座らせると意に介した様子も見せずに夜の闇に覆われたソファーに腰掛ける。
その腕は僅か数秒日光を浴びただけで日焼けをして赤みがかっていたけれど、それを気にした様子も無い。
「ああ、心配したよ。足は捻っていないかい? 怪我をしたならば私に見せるが良い。体の隅から隅まで癒してあげよう。何なら今から全身を隈無く調べても良いだろう? ……個室でゆっくりとね」
男装が似合うとは思ったけれど、動きも芝居に出て来る騎士や王子みたいだな……。
抱き止めた瞬間、目に好色の色が現れたのは僕の気のせいだ、多分ね。
……いや、さっきの言葉の時も怪しい感じだったし、もしや又しても変態……変人の類なのか?
今日は変なのと遭遇する確率が高いなあ……はぁ。
相手の方が立場が上だから僕は座っている彼女の前で膝を折って敬意を示し、表情や声から怒気を完全に消し去った。
「お怪我が無い様子で安心致しました。それで……今の戯れはどういうお積もりで? お答え頂けますでしょうか、パティ皇女様」
さて、ちょっと悪戯について聞かせて貰おうか。
婚約者の振りをして密着を続けるだなんてただ事じゃない、使用人の表情を見るからに帝国でも尋常な行為では無いのは明確だろうね。
ネーシャと見た目だけなら同じ相手が誰か、そんなのは特殊な魔法での変身や幻覚でもなければ一つしかない。
「そ、そうです。私がアマーラ帝国第二……じゃなくって第一皇女であるパティ・アマーラです」
そう、ネーシャの双子の妹であり、この国の次期皇帝である皇女だ。
そんな立場の人間が何を考えているのやら、表情に呆れを出さないのに苦労しそうだと思いながら観察するけれど、気弱そう……いや、自信が無いって方が近いのだろうけれど、こんな悪戯をするタイプではないだろう。
……って、事は。
「おや、私が言い出したと分かったみたいだね。ご明察そして彼女が私の愛しのネーシャではないと大正解。君を侮っていたみたいだ。悪い悪い」
顔を向ければ予想通り、吸血鬼の彼女は立ち上がると肩を竦め両手を上げて公算を示してはいるんだけれど声からしておふざけの真っ最中、舌を出していないのが不思議な位か。
……今、愛しの、って言ったよね?
ああ、彼女、そういう人か……うん、自由だよね、性癖は。
「おっと、私は君を知っているけれど、君は私を知らなかったか、聖騎士君。私はロザリー、ロザリー・フルゴールさ」
「フルゴール……王族か」
吸血鬼族相手ならば頭を垂れる訳には行かないと立ち上がって向かい合う。
「そう、私の父は今の国王、ラヴンズ・フルゴールさ。まあ、姫って言っても私には姉が二人、次期国王の兄が一人居るし、何なら弟だって居る。だから商人の娘になっていたネーシャとも仲良く出来たのさ。ヴァティ商会がラヴンズ・フルゴールと取引をしているのもあったけれどさ」
「成る程ね。彼女が吸血鬼族に友人が居るって言ってたけれど、まさか王族だったなんて。其れで、その王族が皇女様を唆して僕に悪戯をした理由を教えてくれるかい? 下手すればネーシャと僕の関係に問題が生じるような、ね」
「別に問題は無かっただろう? 向かって来ている時点で違和感を覚えてたじゃないか。分からない程度の男ならネーシャに散々利用され…て……」
挑発めいた態度で語るロザリーは言葉の最後で急に動揺を見せ、その視線は僕の後方やや上に向けられている。
一体何だと思って向けば、空飛ぶ絨毯がネーシャを乗せた状態でゆっくりと降りて来ていた。
良いな、僕も乗ってみたい!
ポチの乗り心地が至高だとして、空を飛ぶ乗り物や生き物に乗るのって心が躍るし、空飛ぶ絨毯だよ、空飛ぶ絨毯!
「……妙な話題が聞こえましたが一体何をしたのですの? 皇女様、そしてロザリー」
「お、お姉様……」
今の彼女は僕の頭の位置より少し高い所から降りている途中で、座り込んだ状態で身を乗り出して此方を見ている。
口調は丁寧で声と表情は穏やかだけど、何やら物騒なオーラと一緒に魔力が漏れて微力ながら氷の魔法が発動して周囲に霜を生み出す。
まあ、怒っている状態で、パティ皇女なんて罪悪感と恐怖を混ぜた目を向けていた。
「……皇女様、私は確かに皇帝陛下の養女となりましたが、それは婚姻関係に特別な意味を持たせる為、唯一の実子である皇女様とは身分が違いますし、偶然にも年齢も同じ。姉様と呼ぶ必要は有りません」
「で、でも、私達は実の……」
「おっと、それ以上は駄目だよ、パティ。変な誤解……例えば君と偶然瓜二つな彼女が帝国で忌まれている双子であると思われてしまうじゃないか。それは君とネーシャの双方に害を招く」
つい口走りそうになったのだろう、悲しそうな表情で自分達の関係を話す所だったパティ皇女の口をロザリーの人差し指が押さえて止めた。
「は、はい……」
こうして見ると実際に双子である二人でも大分違うものだな。
パティ皇女からすれば姉妹だった頃みたいになりたいんだろうけれど、ネーシャは無理な事だからと冷たく突き放すだけ。
それに対して余計な事を言いそうになる辺り、足さえ不自由でなければ次期皇帝はネーシャだったろうね。
もっとも、”たられば”言っても意味が無い、寧ろ平凡寄りな彼女の方が皇帝になった方が助かるのかな?
助言役で母親が実権を握り続ける場合を除いてさ。
「済まないね、ネーシャ。私の案で聖騎士君が君を理解しているのか試しただけだ。結果は成功、一目見た時点で君とパティの区別が付いたみたいだよ。愛されているじゃないか、私の君への想いに匹敵する程に」
「あら、まあ、ロノス様ったら……」
頬に両手を当ててうっとりとした表情のネーシャ、そう、その反応は嬉しいけれど、ロザリーの君に対する想いとかはスルー推奨なんだね、分かったよ。
実は彼女もそっちの気があって、とか心配したけれど杞憂で終わって助かった。
そうこうしている間に絨毯は地面スレスレにまでやって来て、ネーシャは従者の人達と一緒に降りようとしたんだけれど杖の先で小石を踏んでしまって前に倒れそうになる。
「……ふふっ、こうなると思っていましたわ」
でも、近くに僕が居たんだ。
寧ろ狙い澄ましたように僕の方に倒れて来たから正面から受け止めたけれど、まさか……。
「え? やっぱり今のって……」
「野暮な事は言わないで下さいませ。お別れした日より今の様にロノス様の声を聞き、指で触れて頂く時を待ちわびていましたのよ? ……私もシて差し上げたい事が沢山有りましたし」
「そう……」
手ではなく、指か、指ね……うん。
完全に臨海学校でした事を言っているよね。
あの時、最後まではしなかったけれど、ネーシャは色々と奉仕をしてくれて、僕も指先で色々と触った。
正直あの時の姿が重なって見えるし、搾り取られてしまった後じゃなきゃ危なかったかも。
「ネーシャ、愛しの男にくっつくのは良いけれど、愛しい親友にもくっ付いてくれないかい? 君を抱きしめたい気分なん、だっ!?」
背後から聞こえる打撃音に振り向きたくなるけれど、僕の視線は密着しながら熱っぽい視線で見上げて来るネーシャに注がれて……。
「あっ! ロノスさんもいらしたんですね! お会いできて嬉しいです!」