マオ・ニュさんじゅうだいに見える
食事後、部屋に戻ろうとした僕は部屋から出て来たパンドラと鉢合わせ、露骨に顔を逸らすパンドラだけれど腰が痛いのか手を当てて壁に手を当てていた。
「わ、若様、先程はお見苦しい所を……」
「見苦しいなんてないさ。寧ろ魅力的だったし、このままベッドに引きずり込みたい気分かな? ……駄目かな」
「は、はい。沢山虐めて貰えれば……あっ」
意地悪のつもりだったのにパンドラも乗り気だったし、食後の運動と張り切ろうとしたんだけれど、言葉の途中で鳴り響く腹の音、あれだけ運動したからね。
「レナがちゃんと暖め直す準備をしているからさ。何なら僕が伝えるから部屋で待っておくかい? 僕の部屋でも君の部屋でも良いけれど……続きは君もしたいみたいだし」
「あっ、いや、その……流石に明日以降に響きそうですし、今後は機を見てお相手を務めさせて頂きます」
まあ、欲望に流されるのは良くないよねって話だ。
僕は未だ学生だし、パンドラは愛妾じゃなくって政務関連を担ってくれている重要人物、それを行為でヘロヘロにしちゃって明日以降の仕事に支障が出よう物なら……。
「ですが、若様が望むのならば押し倒されて服をはぎ取られるのも…‥いえ、止めておきましょう。恐い方々もいらっしゃいますし」
「魔王と死神が居るからね。じゃあ、僕は部屋に戻るけれど、その前にこの程度なら良いかな?」
二人して欲望に流された場合にどんな罰を受けるかを想像すれば身震いが起きて、込み上げる欲望も鎮まるってものだ。
だから今夜はさっきまでのでお終い、お楽しみは今度に持ち越しだ。
でもさ、だからって言葉を交わすだけじゃ味気ない。
だからパンドラの腰に右手で手を回し、引き寄せると唇を重ねる。
向こうも急にキスされて慌てたけれど直ぐに受け入れて遠慮がちに舌の先をほんの僅かだけ唇からはみ出した。
「んっ……」
此処で僕まで舌を使えば抑えが効かない、だからギリギリで堪えて空いた左手で胸やお尻を揉み、腰や後頭部を撫で回す。
散々抱いて、色々試して弱点は知っているから指先で刺激して、唇を離した時にはパンドラはすっかり出来上がってしまっていたよ。
「あ、あの…‥」
「じゃあ、僕は休むから」
最後の一言が言えずにモジモジとするパンドラを放置して部屋に入り、扉を閉める時に見えたパンドラったら口をポカンと開けちゃって笑えたよ。
悪いね、パンドラ。
さっきも話したけれど、これ以上は支障が出るから、だから敢えてキスとかで終える気だったんだけれど、ちょっと試してみたかったんだ。
「これも放置プレイって奴なのかな? 生殺しの状況で放り出したし…‥」
もう受け入れる準備が整った状況でのお休みだ、込み上げる欲求をどうやって解消する気なのか、別れ際と今、そして明日どうやったのか尋ねる時の計三回楽しめる。
「もう少し楽しんでからの方が…‥いや、良いか、我慢だ、我慢」
馬車の旅自体は疲れなかった、問題はお祖父様とマオ・ニュとの旅立って所、あの変態との遭遇も含まれる。
肉体は良いけれど、精神的に本当に疲れたから今日は寝よう。
僕は僕で生殺し状態で気が高ぶってしまったんだけれど……。
こうして僕はちょっと早めに眠る事にした。
レナは今夜は来ないだろうし、安心して眠れるけれどちょっと惜しい気もするな。
まあ、今はパンドラとの行為との余韻を楽しんで、夢の中であの時の彼女を見られるように願うとしよう。
何時も知的で冷静なお姉さんって印象の彼女が乱れる姿は本当に良かった…‥。
「最近複数の子と段階は違うけれど関係を持ったけれど魅力が違うし、大勢を娶る事の利点ってこういった所だよね……あれ? 何か嫌な予感がするぞ。よし、寝ちゃえ!」
マオ・ニュが警備をしてくれているから侵入者の心配も無いし、扉には鍵を掛けた以上は無理に開く事も無いし寝てしまえばどうとでもなる、現実逃避と油断で僕は嫌な予感を頭から追い出してベッドに潜り込んで瞳を閉じる。
睡魔は直ぐにやって来て…‥。
「主、失礼致します」
これは僕が寝静まった頃、ベッドに夜鶴が潜り込んだ時の囁きだ。
僕に密着しながら器用に寝間着を脱がす彼女はベッドに入り込む前から服を脱ぎ捨てていて、互いに生まれたままの姿になると腕を首に絡ませて唇を重ねて来た。
「……これは嫉妬です。我等は道具でしかないと、それこそが存在価値だと信じて疑わなかったのに主の扱いは違いました。だから、これは道具としてではなく情を交わした女としての行動。複数を娶る事の弊害も教えて差し上げます。……我等一同で」
僕を囲むようにして”夜”の手が空いている残り全員がゆっくりと近付き、ベッドに入り込んだ状態で夜鶴は再び僕に口付けをする。
その時、思わず起きてしまう位に苦い薬を舌を使って押し込みながら。
「苦っ!? ……あれ? 夜…鶴……? 一体、何を……」
「未だ余力が残る主が変な誘惑に流されぬようにと思いまして。それと最近少し自制心が失われているようなのでお仕置きを」
「「「我等一同が一滴残らず搾り取ってみせましょう」」」
この後? 天国であると同時に地獄だったかな……。
抵抗は数の暴力で、抗議の声はキスで防がれ、全身に少し低い体温の柔らかい体が絡み付いて入れ替わり立ち替わり僕を攻めて来る。
普通なら天国だろう、結構消耗した状態なのに薬で無理に続けさせられ、”暫くは勘弁と思うまで続けます”って感じだ。
ちょっと僕の行動が浮かれていると思ったのと……普通に嫉妬だってのはポロッと漏らしていたよ。
うん、嫉妬とか色々恐い、調子に乗ったら駄目だよね、ごめんなさい。
複数を娶る事の大変さを叩き込まれた僕は反省する事になるのだけれど、ちょっと言いたい事が。
カーテンの隙間から見えた光、あれってレナの眼鏡に反射した奴だよね、何やってるのさ!?
まあ、レナなら覗くだろうけれど、直ぐに何かに引っ張られて上に向かったのは気になるなあ……。
「あー、しっかり寝た……とは言えない状態だけど少しは寝たのに体が怠い」
翌朝、夜鶴達に埋もれた状態で目を覚ました僕はお祖父様やマオ・ニュには見せられない様なだらしがない歩き方でキッチンまで向かっていたよ。
見られたら小言は間違いないだろうね、恐い恐い。
熱くて濃いお茶でも飲んで無理矢理でも目を覚まそうと思ったけれど、もう明かりが漏れていたからレナが朝ご飯の準備でもしているのかって思ったから運動後(意味深)の軽食でもって思ったけれど、其処に居たのはレナじゃなかったんだ。
「おや、早起きですね。お茶を煎れますのでついでにお菓子……は朝ご飯の前ですから秘密ですよ?」
唇に人差し指を当てて微笑むマオ・ニュの姿はとても三十路前には見えない、見た目通りの十代前半っぽい印象だ。
それは別に良いんだけれど。
お茶とお菓子……え? これが……。
臭いは少し青臭い程度、色は濁りきった深緑でトロミというよりは粘り気がある謎の飲み物、お菓子はお菓子で金色の発光体。
口にしても良い物なのか、これって安楽死させる為の毒なんじゃって僕の抹殺命令が出た可能性さえ感じる中、僕の前に置かれるトレイと引かれる椅子。
「さあさあ、早く座って飲まないと冷えちゃいますよ。お姉さん特製の薬草茶です」
「お姉さ……え? あっ……」
今年で三十路に突入するマオ・ニュの言葉に思わず反応、レナが瞬時に消え去って僕と彼女だけが取り残される。
マオ・ニュの顔を恐る恐る見れば笑顔だけれど、命令次第で僕を殺すと言う時さえ笑っていた目が笑っていない。
「お姉さんですよ? 私は二十代ですので。お肌だってスベスベですし、十代前半に間違われる事もありますので。ほら、私はお姉さんでしょう?」
「……うん、マオ・ニュはお姉さんだよね。マオ・ニュさんじゅうだい」
「ロノス君ったらさん付けしなくて良いんですよ? さん付けなんかしなくって。……さん付け、しましたよね?」
あっ、これは正直に言ったら酷い目に遭う奴だ、間違い無いぞ。
話を逸らすんだ、僕!
目の前の毒かもしれないお茶とお菓子を口にしてでも!
それがどれだけ不味かったとしても!
「うん、したよ。……あっ、意外と美味しい」
相も変わらず目が笑っていないマオ・ニュの煎れてくれたお茶を飲めば、ドロドロで粘着く不愉快な喉ごしは嫌だけれど味は悪くない。
最初にピリッと刺激的な辛さの後で苦さに混じって旨味が訪れる。
お菓子だって外はガチガチ、中身はブニュブニュ、でも濃厚なのに後味は爽やかな甘さだ。
でも、口に残る感触が最悪なんだよなあ、これ。
「お菓子作りは昔から得意で、ロノス君のお母さんと一緒に作ったりしていたのですよ。私は御館様の忠臣ですが、御息女達とはお友達でしたから」
それから彼女は語り出す、叔母上様や母様達との思い出を。
自分が首を跳ねて殺した相手とどれだけ仲良くやっていたのか、それを心底楽しそうに語っていた。