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優秀なのも良し悪し

「相変わらず手厳しいなぁ……」


 早朝、朝一で届いた手紙を読んだ僕は苦笑していた。

 一定の間隔で送られて来る婚約者からの手紙には、毎回過去の事例を出して当主としてどの様な指示を出すべきかメリットとデメリットを挙げろって問題用紙が同封される。


 まあ、今回は及第点だったけれど、僕が気が付かなかった事を事細かく指摘して、容赦の無い駄目出しの後で最後に誉める所は誉めてやる気を出して来る。

 正直言って僕が知ってるどの座学の先生よりも教師に向いているんじゃないのかな?


「……おや、彼女からの手紙ですか」


 背後から少し不機嫌そうなレナの声が聞こえたけれど、仲が悪いのは相変わらずらしい。

 僕よりも頻繁に会ってるから少しは改善してると思ったけれど、この数年で余計に仲が拗れてない?


「”入学してから気になる人は出来ましたか? 今後の事も有りますので娶る可能性も視野に入れてご報告いただければ幸いです”、だってさ。……報告しなかった場合に想定されるデメリットを箇条書きにして添えてるし、これって強制だよね」


「強制ですね。……どうも彼女とは反りが合わないのですよ」


「レナの立場からすれば分かるよ。僕としては仲良くして欲しいけどね」




 最初に彼女に出会ったのは僕が五歳の時で、二年ぶりに会ったお祖父様が連れて来たのが出会いの切っ掛けだった。


「将来の側近候補だ。顔と名前を覚えておけ」


 その一言で二年ぶりに顔を合わせた祖父と孫の会話が終了し、既に用事は済んだとばかりに執務室に向かう背中を見送った。

 当時の僕には前世の記憶なんて無かったし、これが貴族の家族関係だって思い込んでいて、それよりも一緒に来て目の前に残った同じ年頃の子供の方に興味が向くのは当然の流れだろうね。


「ねぇ、君の名前は?」


「パンドラと申します。今後ともお見知り置きを、若様」


 赤紫の髪を長く伸ばした彼女は僕より一歳上なだけなのに知性を感じさせる顔立ちで、僕の問い掛けに丁寧に返事をしながら恭しく頭を下げる。

 この頃、僕の遊び相手になってくれる子供はリアスかレナだったけど、ちょっと僕を置いて出掛けて居たから退屈していたのがちょうど彼女がやって来た日だ。

 レナス以外の使用人の子供は使用人用の住まい付近で生活するし、僕が遊んで欲しいって言ったら困るのは相手とその親だって経験で分かっていたけど、お祖父様が口にした”側近候補”というのが僕の興味を引く。


「パンドラは将来僕の近くで働くんだよね?」


「ええ、そうなれる事を目指して誠心誠意努力させて頂きます」


 偶に会う同じ年頃の子は親から言われているのか大した事でもないのに誉めて来ては取り入ろうとするか機嫌を損ねないかビクビクする子ばかりで、丁寧なんだけれど自然体なパンドラの事を僕は直ぐに気に入った。


「じゃあ、今から一緒に遊んで」


「若様がお望みでしたら」


 この時、僕は新しい友達が出来た程度に思っていたんだ。

 差し出した僕の手を取ったパンドラの手は小さくて柔らかく、今まで近くに居た子達とは違うパンドラと遊ぶのは楽しかったのを覚えている。

 側近候補だから明日からも一緒に遊べるし、その時はリアス達も一緒だと予定していたんだ。



 でも、彼女と次に出会ったのはこの日から数年後、僕が十歳の誕生日を迎えて1ヶ月後の事だ。


「お久しぶりです、若様。私の事を覚えていらっしゃいますか?」


 あの日の顔合わせは本当に顔と名前を印象付けさせる為の出会いで、それからずっと側近になる為の英才教育を受けていたらしい。

 他にも同じ様な子達との出会いは有ったけれど彼女だけは特別だった。

 それは僕が強く印象に残したって事も有るんだけれど……。


「えっと、パンドラがどうして此処に? お祖父様に”お前の婚約者を用意した”って言われたんだけど」


「それは私です

。では、私はこれで。生まれ等の問題は既に解決済みですのでご心配無く。今後は交流の為に手紙の遣り取りをする事になりましたので宜しくお願いします」


 数年後、僕より背が伸びて美人になっていたパンドラは知的な笑みを浮かべて衝撃的な事を告げ、直ぐに僕の前から去って行く。


 後にお祖父様から聞かされた話では、僕には力を伸ばすのを優先させ、彼女は妻の一人になって家の政務を一手に担う事になったらしい。


 この日からも滅多に顔は合わさず、その代わりに手紙の遣り取りだけは続ける関係になり、同時に色々と噂も入って来る。


 お祖父様の小間使いとして多方面について学び、任命された代官補佐から狭い地域の代官にまで出世するのに二年しか必要としなかった才女だってね。


 後に僕とリアスが構想を任された結果誕生したラスベガスとパリをごっちゃにした街の運営の成功にも貢献しているとか。


 そんな優秀な相手への劣等感って訳じゃないけれど、手紙の遣り取りで彼女は相変わらず素の自分を見せていて、その上でお祖父様の影響を大きく受けているのに気が付いた時、僕は少し彼女が苦手になった……。




 まあ、何時かは向き合う必要がある相手なんだけどさ

 


 手紙を読み終わり、今回の問題を少し考え始めた僕が二杯目の紅茶を半分ほど飲んだ頃、慌ただしい足取りでリアスが飛び込んで来た。


「わー! 遅刻遅刻! レナ、朝ご飯用意して!」


 風呂上がりらしく石鹸の香りを漂わせながら席に座ろうとするけれど、それより前にレナがバスケットと水筒を差し出した。


「朝風呂に入っていた様なのでサンドイッチとアイスティーを用意していますので馬車でお食べ下さい」


「流石ね、レナ。いやー、今日は朝早く起きちゃったから素振りしてたら汗かいちゃって。それで朝風呂入ったら寝ちゃってたのよ。失敗失敗」


「若様もそろそろ登校の時間ですよ。既に馬車の準備は済ませて居るのでお急ぎ下さい」


 時計を見れば確かに時間が迫っている。

 この時間なら余裕で学園に到着するんだけれど、ちょっと遅れたら馬車で込み合うからなぁ。


 もう少しゆっくりしたいんだけれど、昨日の晩夜更かしして考え事をしていたから少し寝過ごしてしまった以上は仕方が無い。


「ああ、どうせだったら……」


「ポチに乗って行くのは駄目ですよ? 校則では登校に使う乗り物は定められていますがグリフォンは含まれませんので」


 ……ちぇ。


 ちょっとだけ考えた案だけれど口に出す前に却下された僕は渋々ながらも席を立ち、メイド達が差し出したカバンやコートを受け取って門の方へと向かって行った。


「行ってらっしゃいませ、若様、姫様」


「ああ、行って来るよ」


「帰ったら久し振りに模擬戦してくれるかしら? 素振りしてたら熱が入っちゃったのよ」


「ええ、構いませんよ。課題を先に終わらせるのが条件ですが」


「……うぇ」


「相変わらずレナには敵わないね、リアス。じゃあ行こうか」



 本当だったら馬車に乗らなくても通える距離だし、実際の所は僕達なら走った方が速いんだけれど、貴族だからそれは憚られるんだよね。

 深々と頭を下げるレナ達に見送られて僕達を乗せた馬車が動き出す。


「……げっ!」


 だけどその歩みは前の方で止まっている他の家の馬車によって止められた。

 馬車の数は二台で、それぞれ王国と帝国の紋章が描かれた豪華な造りの物。

 中に誰が乗っていて、どうして止まっていたのかは考えるまでもない。


「リアスさん! 一緒に登校しましょう!」


「なあ、一緒に行って良いか?」


「……お兄様、対応お願い」


 乗っていたのは当然ながらアイザックとルクスであり、目的はリアスと一緒に登校する事。

 恋敵な上に争い合っていた国の王族同士だけあって睨んではいるけれど口論は始まっていない。

 いや、御者も敵意を向け合っているし、切っ掛け次第で喧嘩が始まるか。


「仕方無いなぁ……」


 リアスは相手するのが嫌なのか馬車の紋章を確認するなりサンドイッチから視線を外そうとしないし、僕を頼りにして任せて来ている。

 僕はお兄ちゃんだし、妹の頼みなら応えるしかないか……。






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