魔王降臨
神が地上で力を振るうのは大きな影響を残すだけでなく、神自身にも行動次第では大きな反動がやって来る事もあり、好き勝手に行動している様に見える自由と悪戯(とパンダも最近追加して)司るアンノウンでさえも問題解決には部下である擬獣部隊キグルミーズに任せる事が多いのだ。
なら、目的があって行動する場合はどうするのかというと、自らと似た力を与えて創造した神獣を使うのだが、この神獣の力や数は神の力に左右させる。
光を司る女神のリュキは多くの神獣を創造したが、格下の神の中には一体すら創造出来ない場合すらある程で、リュキの直属の部下である時の女神ノクスとて一体創れるかどうかであった。
「……さて、貴方を作り出した理由は分かっているわね? リュキ様が……あの自由奔放で気紛れな御方がどうしても人間を皆殺しにするべきだと説得を続けて来られて……」
この時、生まれたばかりの神獣は人の姿ではなく、丸みを帯びた白い岩に鋭い爪を持った岩の手足を持ち、その上から苔を生やした姿の異形。
その神獣は自我を持って数秒で、迷いが生じている様子の創造主から最初の命令を受けていた。
神獣にとって創造した神は文字通りに神であり主である親である存在、命令は聞いて当然、そもそも神の命令を聞くのは存在意義であり、当然の事。
中には主を異性として意識し、鬱陶しい程に口説き続けていた結果、性別を変上に記憶を奪われた馬鹿も居て、もし将の名を冠する存在でなければアホの同僚共々記憶ではなく存在その物を消されていた事だろう。
「はい。我が神のご意志の下、人間は……」
「……はい? えっと、リュキ様? 矢っ張り人間は滅ぼさないってそれは一体……」
故に雛が最初に目にした相手を親だと思う刷り込みと同然に命令された内容が神獣の存在意義としてインプットされる最中、創造した神に問題が起きた様子で慌て始める。
結果、人間を滅ぼす為に生まれたのだと魂の根幹に刻み込まれる途中での突然の中止、だが時既に遅しといった奴で、本能として人間への殺意は取り除けず、だからと創造した相手を消し去る事が出来ない程に善良な神であった彼女はどうすべきか考えた。
「あの、ノクス様。私はどうすれば?」
神獣の創造は肉体と魂を創り、名と使命を与える事で完成するのだが、一種の儀式故に融通が効かない。
例えるならば包丁を打った後で肉叩きを作る予定だった事が判明しても包丁の峰で肉叩きの代わりをするにも限度がある、といった所。
「……少し待ちなさい。ええ、本当に少し、どうにか途中まで与えた使命を守りつつ積極的に人間を殺さずに済む方法を考えるから……」
暫く考え込む女神の前で跪いた神獣は命じられるその時を粛々と待ち続け、やがて数日間その場を後にした彼女が持って来たのは光り輝くハルバート。
光を武器の形に押し込めたと言い表すに相応しいその武器を女神は己の神獣に差し出した。
「ノクス様、これは?」
「リュキ様が人間に向けた悪心を切り抜いた時に溢れた力を凝縮した物よ。名は”プリューナク”。神殺し……リュキ様の悪心とテュラ様を封印し、テュラ様に力を与えられた魔獣王を殺す為の存在が力及ばない時に次のに与える為に用意したけれど……」
「これ以上は不用意に干渉出来ないのですね?」
「説明が省けて話が早いわ。貴方に預け、共に封印するから、封印が解かれれば試練を与えてから渡しなさい。森を荒らす人間は……使命だから殺して良いわ」
こうして人間を殺すという使命を与えられ、その途中で予定が狂うも撤回は出来ない状態だった神獣は封印される。
眠り続けるようで実際はノクスから情報が入って来ていたのだが、危惧されていた神殺しの力不足は無く、片割れである闇属性の神殺しの裏切りがあるも世界は救われた。
「あの方は元から乗り気では無かったですし、これで良いのでしょう」
プリューナクと共に封印された神獣は本能であり存在意義でもあった使命が果たせない事を微塵も嘆かず、寧ろ自らの為に女神が悔やまずに済む事を安堵しつつ眠り続けていた。
それから百年に一度の周期で光属性と闇属性の使い手達が誕生し、それによって起きる政治的問題や迫害を知った時には一度女神がした決意が間違いでは無く、命令を最後までされた状態ならば心変わりなどあってはならぬとばかりに動いていただろうとも考え……ある日、何かが起きた。
プリューナクから感じるリュキの力、そして創造された事で存在するノクスとの繋がりから両女神に何かが起きたのを感じ取り、焦り故か妙な違和感には気が付かない。
例えるならば世界の壁に二度穴が開いた、その様な奇妙な感覚だ。
そして今、何かが起きた事で封印が緩み今解けた神獣は森が荒らされ、直ぐに時が戻されたのを感じ取って侵入者の前に姿を見せる。
その姿は創造された当初の苔むした岩の塊のような物からアルビノの小柄な中性的な少年へと変わり、鋭く長い爪は大太刀へとなっていた。
怪物の姿では問答無用で戦いになると、己の主が気を利かし創り直したのだと神獣は心中で祈りを捧げる。
「困ったな。神殺し殺し……裏切った神殺しを殺す役目の君は殺せません。宣告します、直ぐに出て行け……とも行かないのも困りもの」
虚ろな赤い瞳を細め、主や自分と同じ力を持った少年と、その仲間らしい人間三人を見ているだけで神獣の心の底から殺意が沸き立ち、それを主への忠義で抑え込みながらも柄に手が伸び抜刀していた。
「申し訳ないが……戻した所で森を破壊した連中を無罪には出来ませんので……一人死ぬか私に降参をさせられたのなら許して上げましょう。だから……死ね、人間」
どれだけ理性を働かせても存在意義は消え去らない。
主への義理立てと使命の両立、それを成し遂げるべく神獣は動き出す。
「私はクリア・アイナーレ。女神ノクス様に創造されし神獣。では……死になさい」
静かな声で告げ、そっと目を閉じる直前、クリアは誰を消し去るべきか鼻と目で判断した。
心では殺したくはないが存在意義がそれを許さない、だから殺すべき理由を探し、ターゲットに選んだのはゼース。
他の者も多少なりとも感じるも、特に長らく血に染まり続けた事で染み付いたであろう血の臭い、殺し続けたのならば殺される覚悟を持っているだろうと言い訳を心の中でし、己の時間を周囲から切り離しての高速接近、低くした姿勢から斜め上に向けての切り上げ。
「目で追えず反応も出来ずか。鈍いな、老人」
クリアは決して剣術に励んだ戦士ではなく、寧ろ本来なら己の爪牙によって戦う獣、されど人としての姿を与えられた時、不覚を取らぬようにとノクスによって技術を与えられていた。
人外の尽力から放たれるのは全く違う時の流れの速度から放たれる必殺の一撃。
クリアはゼースに一切の痛痒を与えず胴体を両断し絶命させた姿を思い浮かべ、それは数瞬後に訪れる……事は無かった。
刃が服に触れる寸前、顎に真下から叩き込まれる衝撃に真上に打ち上げられ、続いて下顎の骨が砕け散ったのを感じたクリアの目に映ったのは短槍の石突きを真上に向け振り上げていたゼースの姿。
全く構えず自分を見もしなかった状態から視認不能な速度で槍を叩き込まれたのだと理解するのと同時に彼は地面に落ちた。
「目で追えず反応も出来ずか。鈍いな、若造」
「……これは参った。私の速度に付いて来られるのは同じ時使いだけと思っていたが素の力で……いや、素の力は素の力だが、時の恩恵を受けているな?」
「分かるか。所で誰か一人死ねば良いという事だったな?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「貴様が死ね」
静かに呟いたゼースの腕から先程のクリアを上回る速度で槍が放たれた。