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閑話 とある鍛冶屋一族の滅亡まで

ブクマ待ってます!

 とある男の話をしよう。


男の生まれは桃幻郷の鍛冶屋一族、妖刀魔剣何でも御座れ、異国の技術をも積極的に取り入れて腕を磨き続ける様は同業者からは狂気の沙汰だと陰口を叩かれるも、一族の作品に比べればその者共の打つ妖刀の類の力等は児戯に等しく手妻同然、元より腕を磨き続ける事にのみ心血を注ぐ男の血族にとって他者の述べる戯れ言など耳から耳に抜けていた。


 そんな一族の生まれにして男は野心旺盛、腕は才こそ有れども天才中の天才であり一族の当主であった父には遠く及ばぬ程度。

 鳶が鷹を生むと有るが、それを言い換え龍が鷹を生んだと称される。



 それでも凡才の者ではなく、先ず間違い無く父の跡を継ぐのは彼であるのだと本人も周囲も信じて疑いはしなかったのだ、……彼の父を除いては。



「父よ! そろそろ私に後をお譲り下さい!」


「いや、未だだ。お前の腕では任せられぬ」


 結婚が決まった時、男はそれを機に申し出るも父は背中を向けて作業を続けながら断る。

 父は偉大であり、尊崇の念を向ける男はそれを受け入れた。



「父よ! もう引退の時期ではありませぬか!」


「いいや。まだまだ私は腕を上げ続けている。引退などしてなるものか」


 今までの当主が引退をした年齢を越えた頃、男は再び父に願い出るも断られる。

 子が結婚し、そろそろ孫が生まれてもおかしくない歳になっても完成には至らず、高見に上り続ける父の言葉に男は納得した。

 ……心の奥に不満の種を植え付けながらも。



「父よ! 私は既に当主に相応しい腕を身に付けました!」


「いや、未だ未熟なり。譲るに値せぬ」


 男は確かに天才であり、この時既に歴代で二番目の腕前に達していただろう。

 だが、一番である父との差は歴然、龍と鷹ではなく、龍神と鷹、男が生まれるよりも前の父にさえ劣っている彼に父は家督を譲る気は無かった。




「父よ! 私の子は既に成人した! もういい加減に引退するべきだ!」


「その年寄りに遠く及ばぬ未熟者が何をほざくか!」


 決定的な親子の決裂の寸前まで行ったのはこの瞬間、されど言い返せぬ程の腕の差の前では鍛冶の腕こそ何よりも重要だとする教えを受けた男は黙り込むしかない。



 やがて子に子が……男にとって孫が生まれても父は引退せず、孫が育ち男の子供が不慮の事故で亡くなった頃、漸く父は引退を表明し、一族の前で告げた。




「次の当主は私を越える才を持つ孫二人のどちらかだ」




 その言葉に男は我が耳を疑う、実際にここ数年で耳が遠くなってはいたからだ。

 まだ鍛冶仕事という重労働が不可能になっている程ではなくとも鎚を振るう手に力が前ほど籠もらなくなり、一日中工房に籠もっても平気だったのが半日仕事に熱中すれば倒れそうになる程、若い頃には平気だった事が歳を取ってから困難になって来てはいた。


 だが、引退の二文字は男の頭には浮かばない、浮かぶはずが無い。

 物心付いた頃より続けて来た鍛冶仕事、鎚を振るえなくなるまでは現役であり続けると思っていたし、実際に父は最近まで続けていた。


「父よ! 次の当主は私であった筈でしょう!」


 何よりも若い頃から自分がなるのだと信じて疑わなかった当主にはなっていない。

 自分を飛ばして孫から選ばれる等と僅かなりとも思った事は無く、故に受け入れられる筈もない。


「何を言う。二人の才は誰よりもお前が分かっているだろう? 亡き父親に代わり教えたのはお前なのだから」


「それは認めよう! この二人は貴方を超える才能の持ち主だ!」


 男は父には遙か遠く及ばなくとも非才の身ではない故に孫の才を理解していた、それこそ父が口にした通りに一族の誰よりも、孫達本人よりもだ


 他の鍛冶一門ならば天才中の天才、一族ならば凡才とされる者で十年、男なら五年、父なら半年掛けて漸く物にした技術を、孫二人は見習いから初めて1ヶ月で会得した。

 鍛冶屋としての顔が前に出る男ではあるが身内の情が無いわけではなく、親を亡くした不憫な孫に愛情を注ぎ、自分との才能の差を見せ付けられる事には嬉しくもあり悔しくもあり妬ましくもあり誇らしくもあったのだ。


 故に自分が長になっても数年もすれば譲る事になるのは薄々分かっていたし、それを受け入れていた。

 それ程までに孫の才は彼にとって眩しい程に喜ばしく、受け入れるのは鍛冶屋としての誇りだ。


 ……だが、自分を飛ばして二人のどちらかを長に選ぶのだけは受け入れがたい。

 それだけはあり得ない、だって、それでは自分が磨いてきた腕も才も無価値だったようではないか。




「何を言う? 私がお前の歳になった頃、もう隠居する頃合いだと口にしたのはお前だろう? 歳を取って腕も落ちて来たのだ、長になどなれる筈がないだろう」


 男の叫びに対して当然の如く述べられる父の言葉。

 この瞬間、全てが瓦解した。


 親子の絆も、鍛冶一門としての誇りも、孫への慈しみも、人として守るべき何かも。


「認めぬ、認めてなるものか! 私を当主にせぬと言うのなら、私の腕を見せてやる! 私以外の者が生涯懸けても作り出せぬ最強の妖刀を打ってやろう! その為にどの様な手段を使ったとしても……」




 数日後、男は孫二人を連れ去って姿を消す、初代当主が作り上げるも鍛冶屋として人として間違っていると封印した技術書を持ち出して。


 数ヶ月の捜索の後、男は見付かった。

 年老い衰えた命全てを注ぎ込んだ一対の妖刀を作り上げ、満足した顔で息絶た状態で。




 男が持ち出した書に記されていたのは自らの血縁者の魂を抜き取り封じ込める事で妖刀の力を高める秘術にして禁術。

 鍛治に魂を捧げた一族でも悍ましいとする技であるが見作り上げられた物の出来に目を奪われ魂を引き寄せられる。


 一つは刃渡り三メートルにもなるが柄は通常の長さを持つ少々歪な大太刀。

 無論、この長さは大型の怪物を相手取る為だけでなく、この長さ、この割合が込められた力に影響する故だ。


 銘は”夜鶴”、分身能力を持つ忍びの姿として刀の意思に肉体を与える力を持つ。


 もう一つは形状に特筆すべき箇所が無い、一見すれば普通の刀。


 銘は”明烏”、特殊な極一部の属性以外の魔法を使いこなす力を持ち主に与える力を持つ。



 使いこなすには特殊な手順を踏む必要があり、鍛冶一門の誰もが使えぬが、それでも妖刀を打ち続けた一族には力を理解する事は出来た。

 そして、二人の魂を抜き取って刀に籠めている事も。



「これ程の品だ。神に捧げよう」


 当主の提案に異議を唱える者はおらず、二振りの刀はかくして神……女神リュキの怒りを買い、人を滅ぼす決意に繋がった。

 尤も、まず最初に報いを受けたのは二人の魂を解放しようとも弔おうともしなかった一族。

 見事な出来映えの二振りに心を奪われ社に捧げ、空から降り注ぐ天罰の光に立ち尽くすしか出来なかった。





「矢っ張り人間は醜いわ。でも、死んだら罪は許してあげる。ええ、一番不愉快なあの人間は別だけれども。満足したままで終わらせはしない。妄執に囚われたまま彷徨い続けなさい」


 かくして女神の怒りを買った一族は滅び、妖刀は紆余曲折あって人魚の一族へ、それから色々あってクヴァイル家の手に渡る事となった。

 刀に宿る意思が生け贄となった二人の物かどうかは定かではなく、男は今も死ぬことすら許されず彷徨い歩いている。


 仮に二振りの意思が捧げられた二人の物だとしても、魂を抜き取られた影響なのか過去の事は全く覚えていないだろう。

 そう、忘れてしまった過去を思い出すのは容易ではなく、それこそ特別な道具の力でも無い限りは……。


下から評価待ってます


挿絵(By みてみん)  妖刀・夜鶴

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