鋼鉄を蹴りで粉砕するのはお転婆ではない
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「……負けだな。対外的には勝利だと喧伝出来るけれど、実質的には負けでしかない」
学園上層部の指示で対処が決定された人魚の部族間闘争、海の災害を起こす人食い種族、それも食べた相手が強ければ強くなるって厄介極まりない相手。
そんな力だけでも危険なのに見た目が美しく人食いの本能さえ無ければ意志疎通も交友も可能っていう完全な敵対を躊躇う者が必ず出るような種族の闘争は起きれば巻き込まれる者が多かった事だろう。
その点だけならば勝利だと言えなくもない。
何せ桃幻郷の人魚は捕らえ、トアラスが何をしに来たのかを多少手荒な方法で聞き出した。
上半身は同じであり恋にすら落ちる人間を食らう人魚でさえ禁忌とされる行為……それは同族喰らい、子を身ごもった状態の人魚のみ同族を食ってその力を吸収出来る。
交わった男を食っても力が丸々手に入る訳じゃないのに対し、同族喰らいの吸収効率はほぼ全て。
知識も魔力も腕力も全て手に入る。
但し、元は同族であり、殺し合いにさえ発展する寸前であってもセイレーン族とウンディーネ族の間では行われる筈が無かったであろう行為。
別の国から来た連中だからこそ躊躇無く行えたであろう行為だけれど、これを防げたのは大きい。
何せ桃幻郷は敵国だ、そんな連中が実質数倍の力を得るのを防げたのだから全ての問題を解決したと意気揚々と帰れる事だろう。
「それを考えるとポチに任せたのは良かったかな? 優秀なのなら扱いが溺愛気味でも文句は出し辛いだろうし」
結局の所、世の中は実績だ。
帳面上優秀なだけでは優秀な者に対する扱いに不満が出る。
優秀な能力を優秀な結果に活かせて初めて優秀な能力に相応しい扱いが容認されるのだからさ。
社交界で武勇伝として語り、吟遊詩人にでも尾鰭背鰭付きで謳わせば領民への宣伝には十分だ。
学園上層部も自分達の指示で行ったって厚顔無恥に騒ぎ、権威を守る事が出来たって喜ぶだろう。
……最後のは兎も角、此処までなら満足だし、これ以上は傲慢な高望みだとも思う。
只の貴族の子息としてなら……だけれども。
「ウンディーネ族は消えていた。多少争った痕跡こそ有れ、全滅して肉片一つ残さず消え去ったって様子でも無い。……セイレーン族の方も大きな違いこそ有れども……」
あの後向かったらセイレーン族の隠れ住んでいる洞窟は崩壊……当然、僕なら何でもない、”わざわざ崩落した洞窟を掘り起こす? いやいや時間を戻せば良いじゃないか”って感じで何時もみたいに戻したさ、そして人魚も居なかったさ。
争った痕跡?
在った在った、随分と劣性の状態で少人数が争ったっぽいのがさ。
……はい、この時点で実質的には負けですね! 以上!
「隠蔽がザル過ぎて罠を疑うんだけれど、あのアホが来ているらしいから……」
ゲームの知識としてではなく、実際に遭遇したり遭遇した人の話を聞いたり部下からもアホって呼ばれていたり、そんなサマエルのアホみたいな顔が頭に浮かぶね、タンコブ作って星が回っている状態のが。
時間を戻せる僕が居るのに洞窟を崩しているだけで、痕跡を残さない工夫すらしていないなんて余計な手間を取らせる嫌がらせの為に余計な手間を取ったのだろうか?
いや、アホだから違う、だから余計な心配はするなよ、僕。
敵を侮るのは悪手だけれど、あのアホに余計な心配をして疲れるのも悪手だろうさ。
……しかし人魚を大勢集めて何を考えているんだ?
アホなら海で一ヶ所に集めて暴れさせるとかだろうけれど、馬鹿のラドゥーンは別としてシアバーンが嫌ぁな手を考えて指示していたなら厄介だ。
アホが余計な事をして計画が狂えば良いけれど、アホがどれだけアホなのかは仲間の彼奴の方が理解している。
「それこそ僕には予想も付かないアホの考えを読み切って指示を出している可能性も……」
今は海上への警戒と情報収集、地道な事からやっておこう。
アホの行動を読み切るのは大変だからね、しかも力のあるアホだ、敵味方共に厄介な存在だよ、あのアホはさ。
今後の方針を帰り支度をしながら考えていた時、窓の外に迎えの馬車がやって来たのが見える。
「さて、今は敵国の人魚の野望を打ち砕いた英雄の凱旋をするか。……自分で英雄とか言うの恥ずかしいな、結構」
自分の発言ながら無いわ、実際の所さ。
さて、気分を入れ替えるために窓を開けて外の空気でも吸おうかな。
「よーし! 折角だから一分以内で行きましょうか!」
えっと、”どうせ後で処分するんだから鋼鉄製のアイアンメイデンを手刀で壊して行こう”とかしているリアスの姿が見えるけれど気のせいだよね、うん。
いや、気のせいじゃ無いよね、暴れ足りないのは分かるけれど、貴族令嬢だって忘れちゃ居ないかい?
「せめて手刀じゃなくって足技で粉砕にして欲しいな。元気なのは何よりだけどさ」
今は元気なだけで収まる範疇だけれど、もしかしたらお転婆娘って扱いを受けるかも知れないし、暴れるにしても暴れ方を考えて欲しい、そんな風に思った僕だけれど、元気に動く妹の姿を見ていると微笑ましいし、今は言わなくても良いかってなったんだ。
「それではロノス様、私は帰りは馬車で戻りますけれど……今後も宜しくお願い致しますね」
「そうだね。ネーシャとは随分と仲良くなれたんだし、夏休み中にも一緒に過ごしたいかな」
「まあ、嬉しいご提案。では、日を選んで帝国にご招待いたしましょう。皇帝陛下には私の方からお願いしてポチの入国の手続きを簡略化しておきますし、ご一緒に来られても大丈夫ですわよ」
一見すれば普通の挨拶、帰りは迎えの馬車に乗って帰るらしいネーシャが笑みを浮かべて夏休み中のお誘いをしに来ただけだ。
まあ、言外に”手を出したのだから分かっているよね?”的な事を伝えて来ているんだけれどさ。
帝国へのお誘い……大体予想は出来るけれど、皇族の婚約が決まった際に行う儀式を受けさせられるんだろうな。
僕としては儀式の場である”忘れじの洞窟”に行きたかったし、どうにか頼み込んで行く方法を考えていた所だ。
それなら頼んだ事が切っ掛けで儀式を受けるより、向こうの提案の方が都合が良いかな?
「お互い忙しいだろうけれど、何とか僕の方も都合を開けておくよ」
「ええ、出来れば帝国に共に行く以外でも一緒にお出かけがしたいですわね。デートのお誘いだと捉えて下さって構いませんわ。……内容はロノス様の望むがままで」
帰れば即座に楽しい楽しい夏休みを満喫出来る……筈も無い。
未だ正式に跡を継いだ訳じゃなくとも同じ派閥の家への挨拶回りや領地の視察、流石に聖王国の実家でずっと過ごすまでは行かなくてもやるべき事は多いんだ。
尚、ポチを王国に連れ込む時に手続きに時間が掛かったし、多分ポチはお留守番。
ポチでビュンッて飛んで行った方が手っ取り早いし一緒に居られるけれども、王国にもう一度連れ込む時に長い間狭い檻で我慢させたくはないから屋敷でお留守番して貰うしかない。
メイド長に頼み込んでお留守番の間はうーんと甘やかして貰おうか。
そして当然なんだけれど婚約者との時間を作るのも責務の内、ネーシャと王都でのデートだってしなければならない事だ。
あれ? 未だ皇帝の養女とのお見合いは残っているから終わるまではデートとかは不適切なのかな?
「……その事でしたらご安心を。どうせ私で確定なのは皆様分かっておいででしょうし、ロノス様との絆が深まったからと陛下の力と実家の財力でごり押ししますわ」
「僕としては時間が出来るから良いけれど、そんな事して良いのかい?」
ちょっと気になったけれど、矢張り不適切ではあったらしい。
建前って大事だからね。
その建前を壊し、自分達から申し出たお見合いを中止するとか残っている子達の家の顔を潰すんじゃ?
帝国とヴァティ商会がやってくれるならクヴァイル家としては困らないけれど……。
ちょっと心配になって放っておけないのは彼女に好意を向けているからだろう。
……行為をしちゃったし。
「……だってロノス様と結婚するのは私ですもの。名目上だけとはいえ他の女がお見合いするなんて嫌ですわ」
そんな僕の心配にネーシャは拗ねた様に振る舞う。
彼女の立場からすれば感情の問題でしかなくデメリットだけだっていうのに、こうも好意を向けられたら悪い気はしないよ。
「では、またお会い致しましょう。……デートの日を楽しみにしていますわ」
向けられる笑顔に見惚れながらネーシャを見送る。
さて、僕もそろそろ……。
「おい、妾にも何かしらの案内をせよ。王国は好かぬから聖王国、それもクヴァイル家の領地だ。貴様が治める事になる場所を見てみたい」
「逢い引き、私とも。それと暫し屋敷で世話なる」
「あ、あの! 出来たら私もロノスさんと…その……デートがしたいです」
当然、僕が将来結婚するのはネーシャだけじゃないし、彼女達が除け者にされるのは気に入らないのは予想が付いた。
頭に乗るレキアに左右から僕を挟むアリアさんとシロノ、端から見れば両手と頭に花だ。
大変だけれど、これが複数の相手と結婚する奴に必要な事なら頑張ろう。
うん、大変そうだけれど楽しそうでもある、この場に居ないパンドラとも一緒に出掛けたりもしたいな。
……うん? シロノ、屋敷で過ごすって言った?
気のせい……だよね?




