命張る時
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……そうか、外す事にしたのだな。
小生は背の上で主の魔力が跳ね上がるのを総毛立ちながら感じ、要因となった敵に視線を向ける。
小生の種族であるサンダードラゴンは温暖な山岳部に生息する種族、潮風の香りには慣れておらず、主の魔力の余波によって羽毛に霜が付くものの気にはして居られない。
一族の掟によって雌ではなく雄として生きる事を強いられ、不自然さによって隠すべき事実を悟られぬようにする為の忌むべき道具は我が主たるアンリ殿の魔力を平常時に微量吸い取り続けて発動するのだが、それに魔力が十分に貯蔵された状態で外せばどうなるか。
答えは簡単、その身に受け止め切れぬ程の魔力が逆流して溢れ出す、制御不能な程になって自己の意思で発動せずとも氷の魔法が自動発動してします程にな。
「ルルネード先輩、そして何処の所属かは分からぬ援軍の淑女達、これで僕の方も機密を明かした事になる。これで互いに枷を填めた結果だな」
皮膚が凍り付き裂ける小さな音が聞こえ、クチバシを強く閉じる。
不甲斐無い不甲斐ない不甲斐無い!
小生の力が足りてさえいればアンリ殿にこの様な無茶などさせずとも済んだ。
あのチョーカーを外すのはこれで二度目、互いに領土だと主張している国境付近の荒れ野にて吸血鬼共の斥候に遭遇してしまった時以来だ。
あの時、矢を翼に受けて飛んで逃げる事を封じられた小生を庇いながら戦うアンリ殿の姿に生涯の忠誠と奉公を誓った筈だ、それなのにこの様とは!
結局、帝国の介入によって連中との決着は有耶無耶となり、小生にとって悔やむだけになった経験、二度と繰り返さぬと誓った筈なのに!
「何をしたかは知らないけれど、自分を傷付ける程の魔力、そう簡単に魔法を構築するのは無理でしょう? 何かする気なら……何かする前に殺すだけ」
敵が何やら言葉を向け、犬共も鎖で縛り付けられながらも無理に動いて海面に口を付け、海水を一気に吸い上げて膨れ上がった。
続いて放たれるのは僅かに開いた口の隙間からの高圧水流。
無理矢理首を動かしなぎ払えば鎖こそ壊せぬものの鎖を手にした者達は吹き飛ばされ……いや、消えたのだ!
シードラゴンの水のブレスにすら匹敵する放水が直撃し身体がバラバラになる直前、霞の如く消え去った彼女等は全く違う場所に現れてクナイを投げ付け、再び鎖を握ろうとするも別の犬が放つ水流で邪魔をされ、その間に犬共は身体を振るって鎖から抜け出す。
「”ギガ・メタルウィップ”」
その脳天に合計数十にも渡る巨大な金属製の鞭が振り下ろされた。
宙の空間の歪みより出でし突起物だらけの鞭は犬共の肉を引き裂き、回復されるも時間を稼ぐ。
四本のクナイが本体の両目両耳に突き刺さり、盛り上がり破裂寸前の肉に押し出されそうになっているが、この瞬間はどちらも使えないだろう。
機はこの時だ!
「ピピピィッ!」
この鳴き声は警告だ、アンリ殿以外には小生の言葉は通じなくとも意図は伝わるのだろう、小生の口内で激しく放電が始まった事で一斉に海面から離れる。
サンダードラゴンは雷を吐き出す能力を持ち、耐電性も極めて高い。
……但しそれは耐性があるというだけで全く効かないという訳では無いのだ、特に今の如くブレスを吐き出す為に耐電性能が他の部位よりも高い口内にさえ大きな負担が掛かる程の出力ならば。
全身が悲鳴を上げ、これ以上は無茶だと警鐘を鳴らすが、主であるアンリ殿が体を張っているにも関わらず家臣である小生が此処で身を張らずして何時張るというのだ!
溢れ出した電撃だけで吐き出す己の身すら焼き焦がし、傷が開くのを感じながら敵を電撃で包み込み続けた。
皮膚を焼き、肉を焦がし、痺れた肉体から自由に動く力を奪うも瞬時に再生を始める。
されど、再生を続けるのならば追い付かれぬ威力を浴びせ続ければ良いだけだろう?
小生の役目はアンリ殿の最大威力の魔法を放つまでの時間稼ぎ、それはこの身を焦がしながらも続けるべき事ではあるが、倒しても構わぬという意気込みで挑まずしてどうするのだ!
「ピッピピピィ!」
我が名はタマ! 誇り高きサンダードラゴンの戦士なり!
「もう構わないぞ、タマ。皆、時間稼ぎ感謝する」
溢れ出していた冷気が瞬時に消え、小生もブレスを止めれば芯まで電撃で焼き焦がされ口から煙を吐き出しつつも再生の為の破裂が始まる寸前の少女と犬共の姿が見え、小生の背からアンリ殿が腕を前に突き出した姿勢で飛び降りる姿も見えるが、その腕は肘から先が霜に覆われ凍傷を負ってしまっている。
酷い怪我だ、ドラゴンと違い人の子の雌は残る傷を負うのを嫌うと知識にあるが、あの傷も残るのだろうな。
「”ヘル・ブリザード”」
アンリ殿はその怪我など一切気にした様子を見せず誇り高き笑みを浮かべ、腕より放たれた白い光が広がった瞬間、世界の時が停まる。
氷に閉じこめられている訳でも無く、まるで精巧な色付きの彫像のように海も犬も人の姿をした者も何も起きなかったと誤認する程に破裂寸前の姿で綺麗に止まっている。
「南無三!」
あの謎の女達の手より周囲から投げられしクナイが犬に同時に命中し、少女を大太刀を持った者が脳天から両断、敵はガラスが砕ける様な音と共に砕け散る。
今度は犬も少女も同時に光の粒子になって消えて行き、残ったのは凍り付き時間が止まった海。
其処に着地したアンリ殿は首に手を当てて数度鳴らし、そのまま倒れ込みそうになるのを目にし慌てて近寄ろうとするが、小生の意識も同時に途絶える。
その寸前、潮風に運ばれて来たのは先ほど倒した敵に酷似するも別の臭い、先日ポチ殿と共に不意打ちから追い詰めた……いや、向こうに全く抗戦意思が無かった以上は追い詰めたとは言えぬだろうが、あの時の金髪のアホっぽい少女の物だ。
あの島、人魚が隠れ住んでいる場所から人魚に関して何やら企んでいる者の存在を感じつつも伝える余力が無く、意識は閉ざされる寸前だ。
ぐっ! この様な所で……。
……タマが島から漂う臭いに反応する最中、リカルドは島を彷徨っていた。
元々彼は招かねざる客、もしくは自らアリの巣穴に迷い込んだキリギリス、侵入者として殺されるか、セイレーン族との争い前に力を付ける為に襲われ犯された後で食われるか、危機を知らせに危険を冒す理由である姪のミュズにどれだけ早く出会えるかが彼の命運を分ける。
「運が良い。見張りが少ないって言っても居ない訳じゃ無いんだろうしよ」
彼が島に入るのに選んだのは鋭く尖った岩が飛び出す難所のルートであり、人魚であっても好んで通らない水中洞窟だ。
実際、彼の身体には所々傷が見られ……左腕は鮫のモンスターに食いちぎられたのを蔦で強く縛って止血するも命に関わる状態だ。
最も、唯一の肉親であるミュズの為に毒を塗ったナイフを手に貴族の居る場所に潜入しようとした彼だ、今更命は惜しくは無いのだろうが。
ミュズから聞いた話では通った水路は生活区域とは少し離れた場所に繋がり、実際に出てみれば、成る程、人魚の身体では少し離れた場所まで移動するのは困難だろうと納得した彼は水面を囲む小さな洞窟を抜け、出た先の川に沿って声が聞こえる方に向かう。
強く縛っても血は垂れ、激痛で意識を手放したくなるのを必死に進む中、大勢の人魚が集まっている場所が見えて来た。
人魚達が彼に気付いた様子は無く、中心の岩場の誰かを囲んで宴を開いている事を悟ったリカルドの視界にミュズの姿が映る。
「にょほほほほほほっ! 結構な宴、ご苦労なのじゃ! こうなれば皆揃って私様の家臣にしてやろう!」
「……あれは誰だ? 人魚じゃないみたいだが……」
リカルドの視線の先に居たのはサマエル、石版にもたれながら歓待を受けすっかり上機嫌な彼女の姿に疑問符を浮かべた時、何かが飛んで来るのをリカルドは感じ、次の瞬間にそれは彼の腹を貫いて木に縫いつける。
リンゴを模した日傘だと理解するよりも前に彼の意識は閉じた。
「食ってはならぬぞ、お前達。せっかく同胞の封印を見つけたのじゃ。お前達を拠点に連れ帰る前に同胞の復活の贄にせねば」