義理と筋
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僕、アンリはエワーダ共和国の軍門一族の一員、竜騎士として幼い頃よりドラゴンと寝食を共にし意志の疎通を可能とする。
無論、物心付いた頃より戦場の空気を肌で感じ、耳や頭で知るだけの物との違いを経験せよと同年代の者達と共に賊やモンスターの討伐に参加させられたのだが、性別を隠す必要があるから苦労したよ。
……中には僕と同じく男装をしているのではと思わせる子が居たが、端から見れば分かってしまうのではと不安になったのを覚えている。
「覚えて置きなさい。例え親兄弟、相棒であるドラゴンであろうとも屍になれば顔も名前も知らぬ者達と同じ。屍に縋り付いて泣くよりも成すべき事を優先せよ。さもなくば犬死にだと心得るのだ」
この時の任務は異常発生した”ヒポポイズンタマス”、尻尾に隠された針と唾液に毒を持ち、増え過ぎれば水質汚染が起きる厄介なカバだ。
僕が配置されたのは前衛が取りこぼしたのを狩る為の部隊、成体は前衛が優先的に狩るも濁った浅い川や水草に隠れられる小さい幼体は数匹取り逃す事があるが、その程度の個体ならば大きな被害も無く終わる……この時は実際に怪我人が少し出たものの幼体の持つ毒の致死性は低く、僕も無傷で終わらせたよ。
……そして自分で言うのもどうかと思うが、僕は優秀だ、同期の仲間だって今まで殉職したとは聞いていない。
任務やら家庭の事情があるとやらで全く顔を見ない奴も居るが、殉職であれば別に隠す必要も無いし、何かしらの理由があって隠すというのなら理由は心当たる、
だからだろう、あの時の父の言葉を本当の意味で理解等出来ていなかった、本や先達の話で得た物と肌で感じる物がどれだけ違うのかを。
タマ、僕の大切な相棒、家族、一心同体の相手。
それが僕の目の前で喪われようとしている、その瞬間まで僕は全く分かってはいなかったんだ。
「忠節見事。我等一同、義と怨によりこの者の討伐に参加仕る」
タマに食い付いた巨犬の頭が音も無く切り落とされ、周囲から迫った者達の肉に鎖が絡み付き動きを封じられていた。
鎖の先の鎌が眉間に突き刺さり、口先から胴体の中間辺りまで雁字搦めになって縛り付け、巨体に相応しい剛力を封じ込めていた。
「誰だ……?」
鎖の先には海面に立つ覆面の女達、見覚えは無いが服装からして表沙汰には出来ない者達なのだろう、全員覆面からはみ出た毛が同じ色なのは気になるが……そういう一族か?
「ピピピィッ!」
「タマ!」
巨犬の牙から解放されると同時に僕とトアラス先輩の足下に割り込んで受け止める。
傷はそれ程浅くないだろうがドラゴンの肉体は強靱、傷を肉体が自動で締めて止血しているが、一応凍らせておこう。
「安心なさい。味方よ」
「……成る程」
詳しくは聞かない、トアラス先輩の表情からして彼女達を知っているのだとすれば所属も自ずと判明だ。
本来ならば人前には現れないのが掟だろうに、それが姿を見せたのはタマを救う為。
……僕に出来るのは知ろうとしない事、それが恩と仁義という奴だ。
共和国の軍人とすれば問題なのだろうがな。
「……また邪魔が入った」
巨犬達がもがく事で穏やかだった海面が波打ち水が飛び散る音が聞こえる中、スキュラの静かで不愉快そうな声が響く。
それに対して彼女達の返答は武器を構える音、確か東の大陸の武器でクナイや下げ尾の長い直刀、鎖鎌や鎖分銅等を手に、どうやっているのか水面に平然と立っている。
「お命頂戴仕る」
服装も武器も彼の大陸の物では無いので少々異様な集団であるが、特に異様なのはリーダー格らしき女が手にした大太刀。
巨大なモンスターを討伐する事を目的に打たれたのかと思う程に刃が長く、あの部類の武器は全長で三メートル程になる物が存在するとは知識で知っているが、彼女が手にしたのは、真新しい布を巻いた柄を除いて三メートルに匹敵するであろう、扱いが困難なのは間違い無い。
何せ刃に対して柄の長さはそれ程長くないのだ、アレでは素振りすら難しく、振るう軌道上に物が在れば直ぐに引っ掛かる、観賞用で実戦向けでは無い物に見えたのだが、復活した巨犬に振るう姿がそれを否定した。
「貴女から食い殺してあげる」
向かって来る巨犬に向かって大太刀が振るわれば、刃が骨肉を断つ音すら立てず、存在するように見えるだけで実際は刃は無いとさえ思ってしまう。
まるで幻を通り過ぎたかの様な感覚に痛みすら無いらしき巨犬が戸惑ったのは一瞬、直ぐに動こうとして頭が落ちた。
「幻? いや、違う。切れ味が凄まじいんだ、異様な程に」
切られた事すら感じない程の切れ味、成る程な、あの様子なら振るう向きと刃先が合わさってさえいれば障害物等一切の障害になりはしない、そういう事だろう。
だが、それで振るうのに問題が無いのと、あれだけの長物を自らの体の一部の如く扱えるのは話が別だ。
彼女自体がかなりの使い手らしいが、ロノスも随分と長い刀を持っていると聞いた。
もしや同じ流派……いかんな。
通すべき筋として詳しく知ろうとしないと決めた僕だが、どうしても情報収集の癖が出てしまう。
何か枷になる物がないかと思う最中、自然と指がチョーカーに触れていた。
喉仏の有無を隠すだけでなく、他の点から僕の性別に気付かれるのを防ぐ魔法の力を持つ特別製、それを意識すれば枷に何をすべきか分かる。
いや、枷以前にこの場ですべき事か。
「無駄。幾ら犬達を倒しても、私を斬ったとしても、その程度じゃ私は……」
”殺せない”、とでも言おうとしたのだろうが、スキュラの言葉は口の中に飛び込んだクナイによって途切れさせられる。
内部から盛り上がった肉がクナイを押し出すが、指示を出している彼女の意識が途切れたからか動きが鈍った巨犬達の目や鼻にもクナイや手裏剣が突き刺さった。
「確かに厄介ですが目やら鼻やらに突き刺せば此方の動きを察知し辛く時間を稼ぐのも容易でしょう。後は再生の種さえ見抜けば……」
「種は分かっている。少しの間時間を稼げるだろうか?」
「……御意。それでは我等一同時間稼ぎを承りましょう」
僕が何故信用されているのかは不明だ……彼が何か話しているのだろうか?
詮索は……止めておく。
スキュラの本体が復活し、消えかけていた巨犬達が再生する直前、異様な回復能力の弱点のヒントとなる光景が視界に入ったんだ。
まるで水が並々と入った容器の底に穴を開けたかの様にスキュラを中心として海面が窪み、海水が急激に流れ込んでいた。
「スキュラ、君の回復能力は海水、もしくは水を吸収して行う物だろう? 違うかい?」
「それがどうかした? 私は大きい。貴方は変異属性で氷を扱えるみたいだけれど、感じる魔力じゃ周囲全体を凍らせるだなんて無理よ」
「ああ、その通り。今の僕なら無理だろう。今の、ならば……」
「だから無駄でしょう? 人魚の見張りもあるし、さっさと死んで。神に直接創造された私の方が偉いんだから言う事…を……」
僕を嘲笑する目で見ながら見下す態度を一切隠さぬスキュラだが、僕がチョーカーを外した瞬間に表情を豹変させる。
僕の魔力は十倍ほどにまで爆発的に跳ね上がっていた。




