名前 タマ 種族 ドラゴン 見た目 ペンギン
不覚 百九十五話が間違って前話の 拷問貴族 に塗りつぶされていた
短編 マッチョが売りの少女 書きました 次回の短編は
30000000000000000000000000000000000000000枚のお札 です
「ピッピピピ」
小生は雷を操りし天空の支配者サンダードラゴン。
その飛行速度は凄まじく、匹敵するのはグリフォン程度だろう、無論あくまでそれは通常のドラゴンとグリフォンの話、小生は主であるアンリ殿と幼い頃よりこの身を鍛え上げて育った、生まれ持った能力に胡座をかいて漫然と狩りをしながら生きて来た同族とは違うのだ。
……だからまあ、最大速度で飛行するのが好きな小生が人の子が手で漕ぐ小舟の後を上空から追うのは一向に構わん、構わんのだが、
「タマ、もう少し我慢してくれ。奴は迷わず進んでいる、そんなに時間は掛からないだろう」
体がウズウズするのを察したのだろう、アンリ殿は小生の後頭部のやや右側を指先で強めに掻く。
あっ、もう少し上を強めにお願いしたい。
「それにしても随分と簡単に騙されてくれてるのねん。私達が随分と間抜けだと思ってくれていて、仕事が楽だと言えば楽なのだけれど複雑と言えば複雑で……」
「確かにもう少し疑ってみるものだが、身内が絡んでいるのだ。焦りから思考が乱れても仕方が無いだろう」
問題はわざわざノロノロと飛ぶ事だけではなく、背中に乗った男……臭い、香水臭い。
それだけでは無く、香水に混じって感じるのは血と鉄と薬品……その上、血に混じっているのは追い詰められた獲物に特徴的な物、恐怖やら苦痛を強く感じた者に特徴的だろう。
獲物をいたぶって楽しむ性質を持っているか、もしくは人間特有の役割である……。
小生は軍属のドラゴン、それなりの事は理解している。
今は味方だが、何時か敵対するのならば警戒せねばならぬ相手として認識しておくべきか。
あの男……アンリ殿の秘密を知るロノス殿によって身内にでもなれば警戒を下げても良いのだが……。
そもそも雌として生まれながら雄と偽って生きる事を強いられたアンリ殿が哀れでならん。
確かに群れには掟が必要だ。
獲物を食べる順番、群れの中の上下関係、人ならぬ小生には人の中でも稀な掟について理解出来ずとも仕方が無いが……。
せめて雌として接する事が可能なロノス殿と過ごせる時間がもう少し有ればと切に願う。
欲を言えば成人する事で雌として過ごせる様になったとしてもだ。
きっと周囲が扱いに困るであろう時も変わらず接して下さるであろう彼の御仁であれば……。
その様に小生が考え願っても何にもならないよしなし事を思案するに浸っていた時、遠方に見えたのはドーナツ状の形をした島。
此方から見る限りでは周囲は断崖絶壁な上に鋭い岩が海面に突き出している故に船で入島を試みるのは無謀ではあるが、小生の鼻にドラゴンやグリフォン等の空を支配する種族が厭う植物の香りが届き思わず動きを止めた。
「ピッ……」
人の場合に例えるならば糞便を溜めて発酵させた物の臭いを濃縮させた様な感じ、あれでは野生のドラゴン等は近寄るまい。
酷い臭いに思わず動きを止めそうになるも、小生は鍛え抜かれたエリート軍ペンギン……ペンギン?
鼻のあるクチバシごともげそうな悪臭に思考がおかしくなるので再考、小生はエリート軍属ドラゴン、この程度の障害で任務を放棄する等は有り得ない。
「タマ、無理はしなくても良い。僕にもこの臭いは感じている」
「人にとっては特に気にならない臭いだけれど、ドラゴンにはキツいのよねえ。私の所にも拷も……尋問に協力して貰う為にドラゴンを飼っているのだけれど、この臭いは嫌いなのよ」
アンリ殿は小生を気にしたのか頭を撫でてくれるも頭を数度横に振ると男の尾行を続ける。
主は本当に優しい御仁だ、ポチ殿は"お兄ちゃんは凄く優しいよ”と嬉しそうに語っていたが、我が主とて負けてはおらぬ。
……ふむ、矢張りあのお二方は相性が良いのでは無いのか?
我等は裸だが、人は違うにも関わらず裸のままロノス殿のベッドに入るアンリ殿の姿を窓から目撃した事だし、本当にアンリ殿と番になってはくれぬだろうか?
男の方は人語の為に小生には分からぬが”ドラゴン”という単語は理解出来た、恐らくはこの臭いについて話しているのであろう。
ロノス殿の群れの一員らしいが、この御仁も嫌な印象だけでは……ぬっ!?
「ピッ!」
拒絶したい悪臭に混じって漂って来た、残り香と呼ぶにはあまりにも強烈な存在感を持つ体臭。
これは小生とポチ殿が不意打ちと相手が本気でないが故に追い返した人外の少女の物。
敵だ、それも間違い無く難敵、それがこの場に先程まで来ていたのだと警告し、口内に電撃を溜める
海は一見すれば凪の状態、海流も穏やかで船が進むには面倒な事だろう。
あの追跡の対象である男は島の近くまで船を漕いだ後は海に飛び込んだ。
崖を上る様子は無く、それどころか海面に顔を見せもしない所を見ると海中に抜け穴でも有るのだろうが……流石に其処までは追っては行けんか。
小生は陸棲のドラゴン、泳げない事は無いがシードラゴン等の海に住む者に比べれば水中での戦闘能力は劣るだろう。
味方の巻き添えを考えれば電撃は使えず、水中での機動力の差を考えれば水の魔法を得意とする人魚を相手にするは愚策……空中より電撃を使って一方的に攻撃するという方法を取れれば良いのだが……この様になっ!
穏やかだった海面が盛り上がり、大猪程の大きさを持つ犬の頭が大口を開いて飛び出して来た。
毛の色は濃い青で、首から下は同じ色の毛に覆われた蛇かタコの触手の類、小生の知識には存在せぬモンスターだ。
獰猛そうな目を血走らせて胴体をくねらせながら襲い掛かって来る犬、その姿が見えた瞬間に既に吐き出していた球状の電撃が正面から炸裂した。
全身に分散されるのではなく、圧縮した電撃を鼻先で解放させる事で無駄無くエネルギーを頭部に叩き込まれた犬から漂う肉の焦げた匂い。
思わず食欲が刺激された時、犬の頭が膨れ上がって弾け飛んで内部から傷一つ無い頭部が現れた。
「ピピッ!?」
此奴、再生能力持ちかっ!
エネルギーの消耗か回数制限、はたまた海中から出て来ている事から海水を吸い取って回復しているのか、幾つかの能力のタネが浮かぶも断定するには根拠が足りない。
腹部を狙っての噛み付きを旋回して回避、背中の二人を考えて全身からの放電ではなく口内からの発射を胴体に食らわせれば容易に焼き焦げ、先程と同じく再生だ。
動きは鈍く耐久性も低いが……面倒な奴っ!
上下左右に飛び交う小生の動きを追うのがやっとの犬ではあるが、伸びる体で何時までも追い続け、柔軟さ故に動きを読むのも困難。
蛇か触手だと思ったが、この柔軟性からして後者の方。
良いだろう、こうなれば全身に電撃を吐き続けてやろう!
……思えばムキになっていたのだろう。
今まで電撃を食らわせて平然と追い掛けて来た者など小生の戦歴には存在せず、戦士としての誇りを傷付けられた故に。
相手の胴体スレスレを這うように急降下、海面ギリギリを飛んで追って来た所を口内で凝縮した雷の矢でぶち抜いてやろうとした小生の真後ろからもう一匹の巨犬の頭が現れた。
挟み撃ちっ! 不覚っ!
「”フリーズキャノン”」
「”スパイクバインド”」
小生の背から響く声、続いて放たれた青白い冷気の奔流が正面の巨犬を凍らせ、背後の全身をビッシリと棘の生えた鎖が雁字搦めにして止める。
「ピピッ……」
むぅ、これこそ本当の不覚である。
小生、一匹で戦っている訳では無いというのに。
凍った方の頭部に降り立って、縛られてもがくも肉に食い込んだ棘が外れず悪戯に傷を大きくするだけ。
傷の周囲が盛り上がり破裂して肉体を新しくしても直ぐに鎖の棘が突き刺さって肉を抉った。
この二人の方が相性が良いみたいだな。
「さてと、此処からが本番だ。僕達も、向こうもな」
アンリ殿の言葉に合わせるように周囲から姿を現す六頭の巨犬、そしてワンピースを着ており、濡れて張り付く前髪を鬱陶しそうに弄っている少女……人のようで人ではない存在だった……。