おかえりください、アホの上司は
残り21人でブクマ900に! 頑張って1000目指します 行ったら記念に何かしよう
少年マンガの読み切り風悪役令嬢物 ちょっとだけ浮かんだので何時か投稿するでしょう
俺が初めて兄貴の船に乗せて貰った日、船酔いでゲェゲェ参ってた俺の頭をワシャワシャと撫でながら兄貴が言った事を今でもハッキリと覚えている。
「リカルド、さっさと大きくなれ。そんで強くなれ。こんな生業だ、嵐だのモンスターだので何時死んじまうか分からない癖に俺達にはこれ以外は無理だ。だから……俺に何かあったら家族を守るのはお前の役目だぞ」
朝にちょっと食べた程度で殆ど入っちゃいない胃の中の物を吐き出しながら兄貴の言葉を聞いていたが、餓鬼にとっちゃ親ってのは凄い存在、親父が居ない俺にとっては兄貴が親父同然だったんだ。
だから兄貴が死ぬなんて、俺が守る立場になるだなんて想像すら出来なかった……。
拷問貴族ルルネード家、そんな相手が俺の尋問をすると聞いた時は何をされるかと恐れた物だが、所詮は学生、餓鬼のお飯事って奴だ。
水責め? 鞭打ち?
その程度の拷問、ボロボロの船で海に出ていた事に比べれば大した事ではないんだよ。
海は直ぐに表情を変える、晴れていると思えば急に嵐になって横波を食らえば海に飲み込まれる、俺も何度も海に投げ出され、板切れに掴まって浜辺まで辿り着けたのは本当に運が良いのだろう。
だから今、こうして俺は忍び込んだログハウス……ログハウスだよな? から抜け出せていた。
忍び込んだ時にグリフォンに捕まっちまったのは不運だが、随分と甘い待遇をする連中だったのには本当に安心だぜ。
貴族のボンボン共には人をマトモに傷付ける事は出来ませんって事か?
……俺が育ったのは貧しい漁村、先代王妃の時代は本当に俺達の生活は糞で三日に一度は水を飲んで空腹を誤魔化す、育ち盛りの俺には本当に辛く一日中イライラして喧嘩ばかりしたもんだ。
そんな俺が生きていけたのは、立ち直れたのは兄貴のお陰、兄貴がいなかったら体の弱いお袋と俺はとっくに死んで居ただろう、親父が生きてさえいれば最初からマトモに生きられたもんかね?
「待ってろ、兄貴。アンタの娘は俺が守る」
自分の食い扶持を減らしてまで俺に飯を食わせてくれて、他の漁師が出ないような時でさえ海に出て稼いでくれた兄貴、甘ったれていた俺を厳しく叱って簡単な手伝いから漁師の仕事を叩き込んでくれていなきゃ今頃俺は飢え死にだ。
今の王妃になって随分とマシな生活になった頃、これから俺達の生活も楽になると思っていた時に兄貴は死んだ。
最初は気になる女が居ると言っていて、今は会わせられないとどんな相手かは教えてくれない。
だから後を付けてみれば相手は人魚、交わった相手を喰らっちまう見た目は美人な化け物さ。
「もうお袋は居ないしお前も一人前だ。それに俺と彼奴は大丈夫、本能だろうが乗り越えてみせる」
俺にとって兄貴は誰よりも凄い、だから本当に兄貴ならば大丈夫だろうと信じ、だから今この世に兄貴は居ない。
そんな兄貴が大丈夫って言ったんだ、俺は信じて止めないで、今考えれば止めれば良かった、殴り合いになったとしても兄貴が生きる道を選べば良かったのに俺って奴は……。
兄貴が人魚の所に行って一日、随分とお楽しみなのだと思った。
二日目、引き留められているんだって不安にもならなかった。
三日目、女の側を離れたくないんじゃって少し不安になって、四日目に兄貴を探しに行っても見付からない。
ああ、兄貴は食い殺されたんだって分かっちまったよ。
家族の敵を討つ、それだけが俺の人生になった瞬間だ。
人魚の顔は覚えている、だから人魚に関する噂を追って各地を回り、人生を捧げて見つけたのは人魚の餓鬼、親とはぐれてモンスターに襲われて死にかけていた其奴は兄貴が愛した人魚に瓜二つ、つまり此奴が兄貴を殺した怪物の娘だと一目で理解して……殺せなくなった。
もう兄貴は居ない、目の前の人魚だけが兄貴が存在した証だと思うと憎む事なんて出来ず、俺は其奴を助け、身内として偶に会う様になった。
彼奴は親も兄貴も居ない俺にとって唯一の家族だ。
「待ってろ。俺が守ってやるから」
気を失った振りをしているのにも気が付かずに俺を放置した間抜けの目を盗み、窓から脱出した後は塀の役割として設置されたらしいアイアンメイデンをよじ登り、有刺鉄線で怪我を負いながらも抜け出せた。
次の世代を担うのがあんな連中だ、俺みたいに貧しい生まれの奴は何時までも貧しいままなのだと思うと気が沈みそうになるが頭に浮かぶ兄貴の言葉とそして兄貴の血を引く姪……俺に残された唯一の身内の顔が奮い立たせ今やるべき事は何かと問い掛ける。
「人魚同士の争いも、人間の相手も勝手にやっときやがれ。……待ってろ、無理にでもお前を連れ出すぞ」
温い拷問を受ける前にグリフォンから受けた傷が痛み、貴族の所在を確かめる為に数日間動き続けて疲労が溜まっているが、死なせてはならない相手の存在が俺を突き動かす。
気絶の振りの最中、思わず寝てしまっていたのが功を奏して頭が冴えた気分だ、今の俺には不可能など無いとさえ思えて来た。
「そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。そうだろう? ミュズ」
ミュズ、兄貴の血を引く人魚の娘の顔を思い浮かべ俺は脚に力を入れると更に速度を上げて海岸へと走り抜けた……。
「うむ! 行ったようだな!」
「ちょっと声が大きいわよ、ニョル。拷問は軽~くに留めておいたけれど、随分とお疲れだったから心配したのよねん。でも、元気で何よりよ。……さてと、鞭で撫でた程度じゃ吐かなかったウンディーネ族の隠れ里まで案内して貰えるかしらね? ……途中でモンスターに襲われても困るから見つからないように周囲で戦うわよ」
「了解した! 気取られぬように最速最小限で静かに戦おう!」
「いや、貴方は一旦ログハウスね、五月蠅いから。……ヒージャ、ちゃんで良いかしらん? ああ、さん付け? それは後で聞くとして、今は追い掛けましょうか」
「さん、でお願いしよう、先輩。承った、僕も尾行の訓練は受けているし、任務で経験している。……ルート先輩は本当に帰ってくれ。見つからぬように静かにな」
「了解し……」
「「だから声が大きいのよん(です)!」
リカルドが罠に気が付かずに未来を嘆きながらも突き進み、トアラスとアンリが人の話を聞かないルートに溜め息を吐きそうになる頃、ウンディーネ族の隠れ里がある孤島より少し離れた海上、其処で腕組みをしながら島を眺める少女が居た。
服装はロングスカートのワンピース、膝から下が海に浸かった状態で直立する彼女は目元を隠した状態の群青色をした前髪の隙間から島を眺め、憂鬱そうに溜息をこぼす。
「む? どうしたのじゃ? 私様が見ていてやっている、大船に乗った気で励むが良いぞ、にょほほほほほほほ!」
その背後には神獣最アホの子ことサマエル、憂鬱そうな少女とは対照的に脳天気に笑う彼女が立っているのは海から顔を出した巨大な犬の頭の上、時々ヒールの踵が目の上や耳の穴付近に当たって犬が困った様に鳴いていても気にした様子が無いので気が付いていないのが見て取れる。
「……サマエル様が居るから不安なのに」
「む? 何か申したか?」
「いえ、サマエル様が素敵で溜め息が出るなあ、と」
「そうか! そうかそうか。まあ、私様の魅力ならば当然じゃ。にょほほほほほほほ!」
「……はぁ。死なないかな、死んでくれないかな、死んで欲しいなあ……」
矢継ぎ早に出される毒舌もサマエルには自身の高笑いに紛れて届かず、少女はそれに気が付いているらしく声の大きさを小さくしては呪詛を送り続けている最中だ。
「して、此度の任務の確認をしたいのじゃが、桃幻郷の連中に力を貸してやる理由は分かっているのか? わ、私様は……うん。忘れてはおらぬぞ?」
「絶対忘れているし、それを理由に落としたい。海の藻屑になってくれないかな? 帰りたいし、サマエル様には還って欲しい、土に」