魔法? それより物理です
時間は少し巻き戻り、リアス達が学園ダンジョンに潜る少し前、本来のルートから大きく離れた隅の小部屋に帝国の貴族四人が集まっていた。
「……お前達、覚悟は良いな? 今から行うのは我々に貴族の地位を受け継がせてくれた先祖の名に泥を塗る行為だ」
「何を今更。元から失態を犯す為にあの出来損ないと共に王国にやって来たのではないか」
内紛の火種であり、皇族の名に傷を付けかねないアイザックのお供として留学して来た四人だが、彼等の仕事は建前だけの護衛であり、いずれは彼等の不備によってアイザックには死んで貰う予定だった。
当然、不名誉な事であるし、家名に傷を付ける事になるとは重々承知の上、アイザックへの嫌悪だけではとても引き受ける筈が無い程度の知性を有する彼等が引き受けた理由、それは帝国への忠誠心である。
最初から不名誉が与えられると理解していて尚、祖国の為ならばという滅私奉公の精神。
言外に後々の報酬は約束されてはいる物の、それを目当てに行動している訳では無く、今回こうして集まり……リアスを抹殺しようと企んだのも帝国を想うがこそなのだ。
「あの出来損ないの求婚を受け入れるとは思えぬが、クヴァイル家が帝国を掌握する為に飲む可能性は捨てきれん。悪いとは思うが……」
「来たぞ!」
決して悪人な訳でも、帝国以外に存在価値が無いとも思っていない彼等だが、祖国の火種となる可能性が有るのならば芽が出る内に始末したいと企み、こうして様子を伺う彼等の一人が風の魔法によってリアス達がやって来たのを察知する。
リアスとアリア、そして奥には元敵国である王国の大貴族のアンザック、そして先代皇帝を殺した女の息子であるルクスが居る。
四人は覚悟を決めた顔付きになり、懐から小さな丸薬を取り出すと躊躇無く飲み込んだ。
「それにしても奇妙な服装の奴だったな……」
球体を飲んだ瞬間、腹の中が燃え盛るかの様に熱を帯び、限界まで睡魔に耐えている時の様に意識が遠ざかる。
その様な中、この球体を渡して来た商人の姿を思い浮かべた一人が呟いた。
騙される方がどうにかしている程に不審な男であり、その様な相手に渡された物を何の疑いもせずに皆が揃って飲む事に一切の疑問を抱かないまま彼等は人間を辞めてしまう。
「キュルルルルルル……」
その目にはもはや貴族の誇りも祖国への忠誠心も宿っていらず、完全なる野生の獣のそれだ。
着ていた服も変貌して神聖さを感じさせる謎の金属製の鎧と化し、手には同じ金属製の剣と盾、何よりも肉体が最も変化激しく、人ならぬリザードマンになっていた。
互いに仲間だとは認識している様子ではあるが人の様に複雑な言葉での意志疎通は不可能なのか軽く鳴く中、小部屋に続く通路の向こうから聞こえた拍手の音と足音に一斉に反応する。
だが、その相手が自分達をこの姿に変えた商人だと認識するなり動きを止めた。
まるで同じ群の仲間であるかの様に。
「ご要望通りに人を越えた力をお渡ししましたよ。お客様ぁ! まあ、理性や知性は失いましたが、国の為に殉じるのは本懐なのですよねぇ! まあ、主の計画通りに人の全てを滅ぼした世界を叶えれば元に戻して差し上げますよ。当然祖国は滅びていますけれど。アヒャヒャヒャヒャ!」
心底愉快そうに大声で笑い、両手を広げながら大きく背中を反らす商人の首に亀裂が走り、首の中央辺りまで大きく裂ける。
内部から巨大な舌と鋭利な牙を持つ人外の者の口があった。
マザコン王子と眼鏡が本体の男を文字通りに秒殺し、後は起きたら失礼な態度を謝らせて終わり……の筈だったのに、ゲームでは三つ後位のダンジョンで戦うモンスターが現れるだなんて、本当に何がどうなってこうなったのよ……。
あのモンスターは忘れがちなゲームのイベントの中でハッキリと覚えているわ。
凄く嫌な展開だったから途中からリビングを出て行く程度にね。
「はぁ……」
少し戸惑いながらも前を向けばジリジリと距離を詰めて来るリザード・ホーリーナイト達の姿。
アリアは自分でも知っているモンスターの更に少し強そうなのの登場に少し怯えているし、男連中は大の字に伸びていてマジで役立たずだし、お兄ちゃんが居ればパパッと終わらせてくれるのに面倒ね。
「……ちょっと今のアリアじゃキツい相手よね、あのリザードマン。確か古文書で似た様なモンスターの記述が有ったわ」
「えっ!? リアスさんが古文書を読むんですかっ!?」
「いや、せめて”さんが”じゃなくて”さんって”にしなさいよ。その言い方じゃ私が古文書を読まないタイプの人間みたいじゃないの」
「……」
「無言っ!?」
まあ、自分でも古文書を読むタイプじゃないとは思うけれど、他人に言われたら傷付くわぁ……。
てか、アリアったら目を逸らしてるし、チェルシーだったら此処でフォローを……する子じゃないわね。
何で私が古文書なんかを読んだかと言えば、ゲームの知識があるし、間違いとか途切れてる所が有る古文書なんて読む必要なんて無いと思って居たんだけれど、お兄ちゃんが一応読もうって言い出したのよ。
「”何で知っている”って質問されて”前世のゲームの知識です”って答えても通じないし、一応読んでおこうよ」
クヴァイル家の倉から取り出した古文書をお兄ちゃんが分かり易く教えてくれて私も少しは理解している。
光属性のモンスターは本当に昔、それこそ私の国の建国前の時代に姿を見せただけの存在で、古文書の記述とリザード・ホーリーナイトは一致していた。
「アリアは邪魔な二人を守ってなさい。私がさっさと終わらせて……甘いお菓子でも食べに行きましょうか!」
同じ属性を持っていても完全無効化出来るのは中位以上のモンスターのみ。
本当なら互いに弱点となる闇を使えるアリアに攻撃を任せて功績にしてあげる所なんだけど、それは出来ない理由がある。
あくまでもゲームの話だけれど、もうそうなら凄く厄介な事になっちゃうわ。
「キュルルルルルル!」
一番先に姿を見せた一匹が剣を突き出すと同時に鞭みたいに動かした尻尾で私の横顔を狙う。
これで私が一般人なら首の骨を折られて胸を貫かれて終わりよね。
だって得意の魔法が通じないんだもの。
「……でっ?」
「キュル!?」
突き出された剣は片手で持ったハルバートの柄で防ぎ、空いた手で迫る尻尾を後ろから掴み取る。
指先が鱗を砕き、肉が軋む音がして、骨を握り砕く感触が伝わって来て、当の本人であるリザード・ホーリーナイトの悲鳴が上がる。
そのまま尻尾を掴んだまま振り回して床に叩きつける事、数度。ピクピクと痙攣しながら泡を吹くリザード・ホーリーナイトの腹を蹴り上げれば天井に上半身が突き刺さった。
「魔法が通じない? だったら素手で殴れば良いじゃない。武器を使えば良いじゃない。最終的に物理攻撃が頼りだわ」
「あの、貴族令嬢としてそれはどうなのでしょうか……」
「女ってのは逞しくってなんぼよ? 私の乳母なんて家ほどもある大岩を片手で持ち上げる怪力だし」
「特例中の特例ですよね!?」
……さて、残りを倒しましょうか。
蹴り上げた時の感触からしてアリアなら最初に距離が有ればギリギリ倒せると思うんだけど、任せたら駄目なのよね。
だって此奴達をモンスターにしたアイテムの力って闇属性で中和出来るもの。
しかも殺したら人の姿に戻る絶妙な調整とか制作者の性格の悪さがにじみ出てるわ。
……まあ、その事実を知っていながらアリアに人殺しの汚名を被せたゲームでの私とどっこいどっこいだけれど。
「じゃあ、残りも掛かって来なさい! ……矢っ張り私から行くわ。そっちの方が手っ取り早いもの」
ハルバートを振り回して二匹目に襲い掛かる。
咄嗟に盾を構えたから躊躇無く振り抜けばハルバートの刃が盾を割り、鎧ごと肉体を両断した。
三匹目と四匹目は左右から同時に襲って来たけれど、私が何かする前に右側の方にアリアが放ったシャドーボールが命中、僅かに怯んだだけだったけど鎧を拳で砕いて腹を陥没させ、砕いた鎧の欠片を掴んで最後の一匹の頭に投げつけてやった。
「キュ……」
悲鳴を言い終わる前に頭が砕け散り、リザード・ホーリーナイトの死体が転がる。
ああ、人間に戻らなくて良かった。
……正直言って前世の日本人的な感覚で戦いや殺しに忌避感を感じる事は乳母に連れられて向かった賊退治の影響かかなり薄れて来ている。
お姉ちゃんが昔のままだったら、再会した時に泣かれちゃうのかしら?
「アリアは手を出さなくて良いってば。まあ、成長したわね。最初に比べたら段違いよ」
「わ、私も何かしたくて」
「責めてないから大丈夫よ。ほら、男二人はさっさと立ちなさい。こんなのが出たから報告に行くわよ!」
でも、未だ来ていない未来の事は未来に考えましょうか。
今はちょっと面倒な事が目の前で起こっているもの……。
「お兄様に苦労掛けちゃうわね……」
何時の間にか目を覚ましていた役立たず達を見ながら私は悩む。
アリアの魔法を受けたリザード・ホーリーナイトの死骸の中から小さな球体が姿を消した事に気が付きもせずに……。