問四.パンダビームに含まれる粒子の名前と、それが人体に及ぼす影響を述べよ(配点二十)
評価者数79! 後二十一……一人!
「皆~! 下降するよ~!」
突如闇の空間に開いた穴、其処から僕達を見下ろす無数の小さなパンダ達、それが微妙に野太い声の一匹の号令によって重なって行く。
肩車の上に更に肩車して、バランスが悪いのかグラグラと揺れて今にも崩れそう、一番上の方は穴から見える範囲では死角になっていて完全には見えないけれど、何か素早く動く人影がパンダ達の上を駆け上がる。
「……アレは一体何だ?」
呆然、意味不明の状態で流石の隠しボスも動けない、そりゃそうだ、何か予想が付いている僕でさえ声が出ないのだからさ。
「多分……アンノウン様の関係?」
「アンノウン? あの性根が根腐れした、その場のノリと勢いだけで行動し、何をするのか未来予知が可能な神でさえ予想が不可能な自由と悪戯の神か」
「あっ、矢っ張りパンダの神なのは最近の話なんだ」
って言うか、他の神からもそんな認識なんだね、心底嫌そうな顔をしているし、本当に自由なんだ、自由の神だけに。
前世では優しい人だったのに、こんな顔をするだなんて闇の女神の部分が影響して……いや、アンノウン様が問題だらけなだけか。
「パンダ……? ……いや、熱でもあるの? 疲れているなら休まないと駄目だからね? お姉ちゃん直ぐ側に居てあげられないんだから注意して。 ……うん、本当に人間を滅ぼして大変な生活から解放してあげないと」
そして何をしに来たのかは分からないけれど、余計な事をしちゃったのは間違い無いな!?
自由と悪戯に加えてパンダまで司る物に加わっただなんて僕が言っちゃったもんだから日々の苦労から来てると思われちゃって、僕でも思うんだろうけれど。
「下降開始~!」
「まさかカッコウのキグルミを来たのが降りて来たりはしないよね?」
「無いと思うな、お姉ちゃんは」
パンダのタワーがグニャリと撓み、パンダ達は上が逆さの状態になって穴から降りて来る。
一番上のパンダの両手でカッコウのキグルミの足をしっかりと掴んだ状態で。
この瞬間、凄く気まずい空気が流れる。
「……ワンモア」
「撤収! うんしょ! うんしょ!」
ユラユラと揺れながら引き上げられて行くパンダとカッコウ、何とも言えない光景に僕達二人は何も言えず、関わりたくなかったから黙って見守る。
あっ、何か落ちて来たけれど……キグルミの頭?
「……」
地面から突き出される無数の杭、一本一本が木程の太さと長さを持って居て、カッコウの頭部を貫いて、そのまま細切れに切り刻む。
同じ様な魔法ならアリアさんも使えるだろう、同じ様な魔法なら、だけれど。
魔力の無駄が一切無く、密度も段違い。
練度、濃度、速度、その全てがアリアさんを超越している、それこそダークマターを使った状態であってもだ。
恐らく今の一撃だけで今のアリアさんの全魔力の二割相当が注ぎ込まれているだろうに、放った本人は涼しい顔でズタズタになったカッコウの頭の破片を眺めているだけ。
これが闇を司る女神テュラの実力、神と人の差か……。
「全く、急に現れたと思いきや、謝罪も無しに直ぐに去るとは。つくづく他者を馬鹿にするのが好きらしい。……次が来たか」
お姉ちゃんが女神の顔を浮かべながら不愉快そうに見詰める先、先程パンダタワーとカッコウが逆向きになってぶら下がって降りて来た穴の向こうでは、再び誰かがタワーの頂点に飛び乗り、僕達に視線を重ねる高さで止まる。
先程のカッコウの轍を踏まない為か片手で頭を押さえるのはグレーシアさん、その瞳は無機質な作り物だから何を考えているのか分からないけれど。
いや、パンダタワーにぶら下がって逆さまの状態で姿を見せるウサギのキグルミって時点で思考が意味不明なのか……。
「お初にお目に掛かります、女神テュラ。私の名はグレーシアと申します」
逆さ吊りの上に頭が落ちないように押さえている、そんな状況を除けば貴族の挨拶を思わせる優雅で丁重なお辞儀が向けられる。
「此方としては珍妙な格好の者を視界に入れたくは無いのだがな」
但し、どう足掻いてもパンダのヌイグルミに逆さ吊りにされたウサギのキグルミ、優雅な分、寧ろ滑稽にしか映らず、丁重なだけに却ってふざけて見える。
お姉ちゃんも絶対相手が馬鹿にして来ていると思ってるな、これは。
「先程は申し訳御座いません。何せこの空間は貴女が支配する場所、坑道の奥に進むにはカナリアが必要ですので。無礼を謝罪致します」
「現在進行形で無礼を働いているのだがな、女」
うん、ごもっとも。
キグルミの上に逆さまって礼儀を払った態度とは言えないよね。
「そもそも何故キグルミなのだ? アンノウンの趣味であろうと拒否すれば良いだけだろうに、従う時点で貴様の趣味も入っているだろう。故にその不敬、万死に値する」
当然お姉ちゃんは先程の怒りも含めてなのか全身に闇のオーラを纏い、片刃の大剣を出現させた。
全長は使い手と同程度、刃の腹には毒々しい紫色をした血管のような物が脈動しながら浮かび上がり、ダークマター同様に巨大な目がギョロギョロと忙しなく動き続けている。
今即座に切り捨てる、その意思を感じさせる程に濃密な怒気を向けられながらもグレーシアさんは微塵も動じず、寧ろ自分の方が不服だとでも言いたい、と、そんな風に見えるんだけれど……いや、本当に着替えれば良いだけじゃないのかな?
”擬獣師団キグルミーズ”だっけ?
そんなのに参加している時点でさ……。
「この格好の事でしたら腐れ糞パンダ擬きの性悪に苦情をお願い致します。私は心底心外であり屈辱の極みではありますが、奴の配下ですので”パンダビーム”を受けています」
「パンダビ……い、いや、待てっ! その情報、頭に入れてはならぬと本能が告げているぞ!?」
「”パンダビーム”とはアンノウン様の目から生成される”アンノウン粒子”を放つ白黒の光であり、食らった者は体表面に付着した”キグルニュウム”の活性化によって衣服が強制的にキグルミ、極希に黒子衣装になってしまい、それ以降も服を着れば自動的にキグルミに変化します」
これ程までに頭に入れたくない情報が有っただろうか、無いだろう。
何かを察したのか慌てて止めようとするのも気に止めず説明を続けるグレーシアさん、僕の頭は情報量過多でパンクしそうだ。
「止めろと言ったはずだぞ、女。貴様、正気かっ!?」
「……正気でなかったならばどれ程良かった事かと思いますよ」
「いや、何だその……すまぬ」
謝った、謝ったよっ!?
余りに哀愁漂う姿に女神の側面を見せたままお姉ちゃんは謝罪を口にし、そのまま柄を握る手に力を込めた。
グレーシアさんもそれに気が付いたのだろう、咄嗟にバリアみたいな光の膜を目の前に出現させるけれど、周囲の闇が集まって浸食されて消え去った。
「慈悲だ、死ね」
剣を振り抜く、そう判断した時には既に横一文字に振り抜かれた後。
グレーシアさんに向けて放たれた女神による斬首の一撃は片方の耳を切り落としただけであり、既に彼女は穴の近くにまで引き上げられている所だ。
「今日は帰らせて頂きましょう。では、用件として一つだけ述べましょう。……真に家族を思うのなら、真に家族の為に何をすべきなのかを考えなさい。実の父によって我が子二人と引き離された愚かな女からの忠告です」
返事代わりとばかりに振り抜かれた大剣から闇の刃が飛び、それが命中する前に彼女が出た直後に穴は消え去って再び周囲は一面の闇、僕達二人の姿だけがハッキリと見えていた。
いや、僕の視界も徐々にぼやけ始めている、そろそろ意識が戻る頃なのだろう。
「……待ってて。お姉ちゃん、必ずまた二人に会いに行くから。絶対に封印を解いて、三人で一緒に……」
泣きそうな声は途中で聞こえなくなり、僕の目の前には鏡に映った僕の顔だけが見えている。
「矢っ張り戦えないな……。いや、戦ったらいけないんだ」
自分に言い聞かせるように、静かにそう呟いた。